第93話 天界で交える刃
対峙するウリエルとセリュード。武器を構える両者は同時に動き、真正面から突っ込み、中央で同時に激突した。セリュードは体全体を回して槍を振るが、ジャンプでかわしたウリエルが再び炎をまとった剣を抜く。高速で放たれる斬撃をセリュードは槍の柄で全て防いだ。
「(・・・・・・強い・・・・・・!)」
連続で槍から伝わる凄まじい衝撃にセリュードは顔をしかめたが、わずかに右に動くと柄の左隅に攻撃を受け、その反動で穂先を振った。だが、体を屈めてそれをかわしたウリエルは、右側ががら空きになったセリュードに反撃した。すぐに防御したが、バランスの悪い体勢だったのでいとも簡単に吹き飛ばされてしまった。セリュードは空中を蹴って突っ込み、ウリエルがそれを真っ向から受け止める。辺りに金属音が響き渡り、激突の衝撃で互いに吹き飛んだ二人が地面に着地した。
「・・・・・・惜しいな・・・・・・」
ウリエルの言葉にセリュードが首を傾げる。
「俺と互角とも言えるその腕・・・・・・戦乱が続く地上なら遺憾なく発揮できたものを・・・・・・」
剣に炎を灯し、再びウリエルが斬りかかる。
「―――我々の聖地に押し入った以上、一切の容赦もしない!!!」
「(あの斬撃・・・・・・そう何度もくらう訳には行かない・・・・・・)」
セリュードは回避に専念するが、ウリエルが剣を振う速度は回避可能な限界速度をギリギリで、わずかに剣先を掠めていた。
「(・・・・・・パワーだけじゃない。スピードも高い。これが、ウリエルの力か・・・・・・)」
だが、いつまでも避けられる訳でもなく、追い詰められるのは時間の問題だった。
「逃げるだけでは勝てんぞ!貴様も打ち込んで来い!」
ジャンプで離れようと地面を蹴るが、そこを一瞬で突っ込んだウリエルが剣を振る。ギリギリ槍で防御したが、勝負に出たウリエルの攻撃からくる衝撃でセリュードは草の上に叩きつけられた。トドメを刺そうと剣に炎のエネルギーを溜めるのを見てセリュードはすぐにジャンプで離れるが、真っ向勝負を心情とするウリエルにダウンしている相手を討つ気などなく、セリュードのジャンプを『回避行動』ではなく『戦闘意思の表示』と受け止めてしまった。
「ならば、これで終わらせる!!裁きの炎刃!!」
「(炎の斬撃を飛ばす遠距離攻撃・・・・・・)」
セリュードは思ったが、ウリエルは気迫と炎をまとい突っ込んできた。
「(・・・・・・速い・・・・・・やられる!!)」
その時、闇の力をまとった天魔剣を振ってディステリアが割り込んだ。無理やりだったためウリエルの剣はディステリアに向いたが、本人には承知のことであり狙いでもあった。その狙い通り、ウリエルの剣と天魔剣がぶつかる。と同時に剣の炎がディステリアに襲いかかるが、それを横から飛んできた水の長槍が当たってかき消した。ウリエルが目を見張った瞬間、ディステリアが剣に力を込めて一気に押し飛ばした。
「気をそらすな。今度は容赦しない・・・・・・覚悟を固めろ・・・・・・」
「ほう・・・・・・」
挑発ともとれるディステリアの言葉に、ウリエルは甲冑の下で好戦的な笑みを浮かべた。今度はウリエルとディステリアが激突する万だった。
―※*※―
クルンテープの中央部。天界の中心部と言ってもいいこの場所にある建物は、天使たちには仮の名として〈天界の聖域〉と呼ばれていた。その中を、白衣を着た天使が急いでいた。
「失礼・・・・・・ミカエル、いいか!?」
「何かあったのか?」
巨大なステンドグラスがある部屋に入ると、中に二人いる天使の内の一人、ミカエルが聞いてきた。
「天使宮の草原エリアに侵入者だ」
「なっ・・・・・・なんですと・・・・・・!?」ともう一人の天使、ドミニオンが聞いた。
「今、ウリエルと警護の兵が対応しています」
「ミカエルさま。それはもしや、例の者たちでは・・・・・・?」
「おそらくそうだろう」
眉間にシワを寄せ答えるミカエルだが、この時ミカエルが言った『例の者たち』と、ドミニオンが言った『例の者たち』は、全く別のものだった。後者は天使が警戒している倒すべき敵。しかし、前者は・・・・・・
「すぐに追撃の部隊を編成し、応援に駆けつけさせます」
「ん?いや、待て、待て、ドミニオン」
「なぜ、待つ必要があるのですか。地上の人間が天界に踏み入るなど、一つの例外もなく許されるはずがありません」
「・・・・・・ところが、許さなくてはならない事態になりかけているのだよ・・・・・・」
「それは・・・・・・どういう」
困り顔のミカエルに、当然ながらドミニオンは戸惑った。
「彼らはちゃんと、『通行の許可証』とやらを持っているのか?」
「いえ、それが・・・・・・」
言葉の意味が理解できずラファエルが言葉を詰まらせると、「ああ、わかった」とミカエルが口を挟んだ。
「その『許可証』については、『一目でわかるもの』としか教えられていない。まったく・・・・・・いくら我々でも、それだけでは判断しかねる」
「えっと・・・・・・ミカエルさま?いったい、なんのお話をされているのですか・・・・・・?」
話が飲み込めていないドミニオンに、ミカエルは全てを話した。
「ええぇええぇえぇええっ!!!!!」
その大音量は、宮殿内で出動準備中の天使たちの耳にも届いていた。
「そんな話は聞いていません!!いくらミカエルさまでも、そればかりは賛同しかねます!!」
「そうは言いますがドミニオン。我々は過去にも、地上から来た者の通行を許可したことがありますよ」
なだめる口調のラファエルに、「わかっている」とドミニオンが叫んだ。
「わかってはいるが・・・・・・それはイサク、神の許可をもらった者だろう!!!」
「それ以外にも・・・・・・少なくとも三人はいる。その内の一人か二人は、我々、天使の血を引いていただろう・・・・・・」
「え・・・・・・ええ」
ミカエルの言葉にそう言ったが、すぐに「しかし」と食い下がる。
「それは天使の血を・・・・・・ミカエルさまの血を引いていたからこそ、特命として許可したまでで・・・・・・」
「要するに、天使の血を引いていればよろしいのでしょう?ミカエルさま、『許可証』と言うのはもしや・・・・・・」
ラファエルの言葉に、「ふむ」と溜め息交じりの声で呟く
「とにかくラファエル。その戦いを収拾してきてくれ」
「わかりました」と答えると、ラファエルは宮殿を後にした。
―※*※―
一方、〈転移の門〉の近くの草原では。セルスとクウァルにセリュードが合流し、他の天使たちを牽制している間、ウリエルとディステリアの激闘が続いていた。
「はぁああっ!!」
「だぁああっ!!」
炎をまとったウリエルの剣と、属性を持たない魔力をまとったディステリアの剣がぶつかり合う。
「すごい・・・・・・ディステリア、互角だ・・・・・・」
セリュードの傷を治癒魔法で治療しているセルスが呟くが、セリュードはそれを「いや」と否定した。
「一見、互角の勝負を繰り広げているように見えるが、魔力に特定の属性を持たせない場合、相手の属性攻撃に負けないと同時に、勝つこともできない。その場合、己の実力で押し勝つしかない・・・・・・」
「今のディステリアに、ウリエルに勝てるほどの実力があるとは思えない。いずれその差が・・・・・・」
「魔力の属性がない?だが、確かあいつの属性は・・・・・・」
「だが、今の彼の魔力に属性はない」
不審そうに眉を寄せたクウァルに、セリュードが指摘する。言われてよく見てみれば、天魔剣を包む光は光を表す黄色味がかかった白でも、闇を表す黒がかかった紫でもない。
「どうして、あいつの魔力が・・・・・・」
「悪魔の力・・・・・・それと、この天界の環境が関係しているのか?」
「セリュードさんも・・・・・・ディスが悪魔って信じてるんですか?」
「ただの悪魔ではない、悪魔の力を持ってる、とは思っている」
「だが・・・・・・」
言いかけたクウァルは、隙を突いてきた天使を殴り飛ばす。一方、三人の心配どおりディステリアは、少しずつウリエルに押され始めていた。二人の間には数百年近くの実力差があり、互いに剣を交え、時間が発つにつれてそれが表れていた。
「まずい・・・・・・このままでは、いずれ押し切られる・・・・・・」
クウァルが駆け出そうとした時、「ご心配なく」と白衣をまとった天使、ラファエルが降りてきた。
「新手か!?」
身構えるクウァルに、「慌てないでいただきたい」とラファエルが言う。
「ウリエル・・・・・・戦いを中止されよ・・・・・・」
だが、ウリエルはディステリアと剣をぶつけるのをやめない。
「・・・・・・地上からの客人よ・・・・・・あなた方にも止めていただきたい・・・・・・」
「さっきから止めようとしてるんだけど・・・・・・」
セルスはそう言うと、「ディステリア、落ち着いて!!」と叫んだが、彼の耳には届いていなかった。
「・・・・・・どうしよう・・・・・・このままじゃあ、二人とも・・・・・・」
「同士討ちですね・・・・・・」と、ラファエルは右手で口元を隠す。
「―――それではこちらも困ります。お嬢さん、お連れさんを止めてください。私は相方を止めます」
『相方』という言葉にセリュードは違和感を覚えたが、これ以上の戦いが無意味とわかった以上、とりあえずディステリアを止めることにした。
「縛れ―――アレスト・ウィンド」
ラファエルが両腕と翼を広げると、そこから静かに風が吹き始めた。やがてその風は、緑色の太い綱のように現れ、いまだ戦い続けているウリエルの体と四肢を縛り上げた。
「何!?この技は・・・・・・」
「―――そこだ!!」
ウリエルが縛られると同時にディステリアが斬りかかる。しかし、その直前に突然、水晶の壁が現れ、ディステリアは避ける暇もなく顔面から衝突した。
「・・・・・・なっ、ラファエル・・・・・・これはいったい、どういうことだ・・・・・・」
自分を縛った技を放ったラファエルのほうを向き、ウリエルが聞いた。
「こいつらが侵入者だということはお前も知っているはずだ。それに、こいつは悪魔の力を持っている」
それを聞いてラファエルが眉を動かすが、そこに「ウソよ!」とセルスが叫ぶ。
「ディステリアが悪魔だなんて、そんなこと・・・・・・」
「我ら天使は、嘘偽りで人間を惑わせはしない。それに私は、直接、剣を交えて感じ取ったのだ!」
「ウソ!」とウリエルを睨むセルスに、「セルス」とセリュードが言った。
「だが同時に、不自然でもある。ディステリアが悪魔の力を持っているのなら、なぜ、天使に酷似した翼を持っているんだ?」
ラファエルが束縛を解除すると共に、ウリエルはディステリアのほうを向いた。確かに彼の背中には確かに純白の天使の翼が生えており、説明できないことにウリエルは言葉を詰まらせた。
「闇の力を持つ天使と言えば、闇に落ちた天使『堕天使』だが、天使の頃の姿を維持できる者は、そう多くはいないだろう」
「だが、ラファエル。現にこの者は闇の力を使うし、悪魔の気配も感じさせる。それにどういう訳か、天使の力まで・・・・・・」
ウリエルの言葉に、ラファエルを含めた大勢の天使たちは驚きを隠せなかった。
「・・・・・・許可証・・・・・・一目でわかるもの・・・・・・天使の血を引く・・・・・・なるほど、そういうことですか・・・・・・」
額に指を当てるラファエルに、「何かわかったのか」とウリエルが訊ねる。
「ええ。先方もとんでもないものを送ってきたものです・・・・・・」
溜め息交じりに言うラファエルに、天使たちはもちろん、クウァルたちも首を傾げた。
―※*※―
クルンテープの中心部にある、〈天界の聖域〉。そこに、『地上から来た人間を四人も通す』という異例の事態に、中にいる天使たちはもちろん、天界にいるほとんどの天使たちが驚きと戸惑いを隠せなかった。特に、天使の身体的特徴と悪魔の力を合わせ持つディステリアは、恐れと奇異の目で見られていた。
「なんなんだ、さっきから。感じの悪い・・・・・・」
「みんな、悪魔の力を持つとか言うお前に、警戒を向けているのだろう」
「ちょっと」
指摘したクウァルにセルスが注意する。やがて、巨大なステンドグラスがある部屋に通され、中に入ると大きなテーブルを前にして席に座っているガブリエル、ミカエル。各天使階級の代表セラフィム、ケルビム、オファニム。パワー、ヴァーチャー、ドミニオン。プリンスパリティーズ、アークエンジェルがこちらを見つめてきた。
「地上から来た四人組み・・・・・・というのは、君たちだね。立場上、『ようこそ』とも『よく来たね』とも言えないが、まあ気を悪くしないでくれ」
席の中央に座っているミカエルの後、右側の席に座っている天使の一人が声を出した。
「本来ならここまで侵入してきた時点で、君たちとは話し合いの余地はないと判断されてもおかしくはない」
「まあまあ、ドミニオン」
ミカエルのすぐ右側の席に座っていた女性の天使、ガブリエルがなだめる。
「ミカエルさまがここまで連れて来るよう指示した者たちでしょう。そこまで目くじらを立てる必要はないのでは?」
「だが!!本来ここは、我々、天使しか立ち入りを許可されていない、我々の聖域だ!いくらミカエルさまでも、その辺りをよく考えていただきたい!」
「そうは言うが・・・・・・」と、向かい側の席に座っているアークエンジェルが口を挟む。
「我らの〈永久の主〉は、かつて持っていた決定権を、我らにも与えてくださった。その中心となっているのは、他でもないミカエルさまだ」
「ドミニオン。お主は、もう少し落ち着いた方がいいな」
アークエンジェルの隣に座っていた、プリンスパリティーズの代表者が言うと、ドミニオンは少し自分を落ち着かせようとした。
「さて・・・・・・ドミニオンが落ち着いたところで聞くが、君たちはここへ来るように命令した者は、君たちに何か渡したか?」
ミカエルの質問に「いや」と、クウァルが即答する。
「天界へ行く方法については俺たちも聞きましたが、『〈転移の門〉の通行に許可を下すものがあれば、おのずと道は開ける』としか言われていません」
「では・・・・・・その〈転移の門〉は、どこにある物を使った?」
「〈APE〉・・・・・・絶対禁止区域エルセム内にあるゲートです」
ディステリアが答えた途端、その場にいる天使たちは表情を強張らせ、ざわめき始めた。
「・・・・・・連れが・・・・・・ディステリアが何か変なことを言いましたか・・・・・・?」
セリュードが聞いても、ざわめきはしばらく治まらなかった。
「いや、失礼。君たちの話を続けてくれ」
ミカエルの言葉の後、チームを代表してセリュードがクトゥリアからの伝言、〈デモス・ゼルガンク〉が地上界の全世界に宣戦布告したこと、神の存在を否定したこと、敵対関係にある天使と悪魔を同等の存在にしたこと、いずれ天界や魔界にも攻めてくる可能性があることを伝えた。
「しかも、自分たちの手を汚さず、人間の軍事部隊をけしかける可能性もあります。我々の任務はこのことを天界と魔界を含めた『全世界』に通達することで、天界と魔界に限っては対応策を任せるそうです」
「・・・・・・いい加減なものだな」と、プリンスが不満そうな声を出す。
「見方を変えれば・・・・・・『我々は的確な判断と対応ができる』と認識されているということだろう。いい加減と怒るべきか、喜ぶべきか・・・・・・」
ヴァーチャーが苦笑いすると、パワーも「フ~ム」と腕を組んで溜め息をついた。
「ではその対策・・・・・・しばらく君たちで話し合っていてくれ」
「ミカエルさま・・・・・・どこへ」とガブリエルが聞く。
「この者たちと、私の部屋で話をする。ウリエル、ラファエル。済まぬが付き合ってくれ」
「わかりました」
二人が答えると、「ガブリエル、会議の進行役を」とミカエルは指示を出した。
「はい。わかりました」
「では、参るか」
席を立ったミカエルが部屋を出ると、肩をすくめたセリュードに促されてディステリアたちも後を付いて行った。
「・・・・・・あのドミニオンって天使の、俺たちに対する不信感・・・・・・どうも普通じゃない」
廊下を歩きながら呟いたクウァルに、その理由をセルスが考える。だがその中で、ディステリアだけが思いつめた表情で歩いていた。
「どうかしたのかい?ディステリア君」
様子が気になって話しかけたラファエルに、「いえ、なんでもありません」と答えた。