第91話 新たな出発
終盤は原作にもあります、投稿のための書き下ろし第9弾。ラストです。
メリスが使わせてもらっている部屋・・・・・・と言っても、英里の部屋だが、中は大量の資料で埋め尽くされていた。負傷した殷楚軍兵士の容態を記したメモ群で、治療が終わったものは線を引かれて消されていた。
「最初は、所構わずメモを書くのはどうかと思いましたが・・・・・・テントごとに分けているなんて思いもよりませんでした」
「あくまで記憶を引き出すためのものよ。患者一人一人の状態は覚えておかなければならないし、行う処置も間違えてはいけない」「はい・・・・・・」
テントを張ってある区画ごとの仕分けが終わると、メリスと英里は一息ついた。
「すみません・・・・・・あなたには、織原さんの治療があるのに、こんなことにつき合わせてしまって」
「・・・・・・・・・は?」
メリスから返ってきたのは唖然とした感じの呆けた声。思わぬ返答に今度は英里が目を瞬かせた。
「まさか、私が徹夜続きなのは、自分が患者の治療につき合わせているせい・・・・・・なんて言う気じゃないでしょうね」
「そ、そんなことはないけど・・・・・・どうして?」
「いや、ね。あなたの態度がどこかよそよそしかったから」
「そっか・・・・・・疲れてるのかな・・・・・・」
額を押さえた英里に、「じゃあ、あなたが休んだら」とメリスが提案する。
「ダメです。私はこの軍の医療責任者。患者をおいて休むわけには行きません。徹夜続きのスタッフが休んでいる間、私がやらないと・・・・・・」
「だからって、その医者が倒れたら元も子もないわよ」
「わかってます。暇を見つけては休みますよ。メリスこそ、休んだほうがいいんじゃないの?」
「無理ね。私、ワーカーホリックってやつだから・・・・・・」
「それで倒れたら、医者としての面目丸潰れよ」
「そうね」と寂しそうに微笑み、一端目を閉じると顔を上げる。
「さて、と。じゃあ、織原の様子でも見に行きますか」
「・・・・・・話聞いてた?」
眉を寄せた英里の言葉に、「アハハ、冗談よ、冗談」と苦笑した。
「織原、復帰はできるんですか?」
「・・・・・・指揮をする分は問題ないけど、闘いとなれば難しいわね。手以外に、足もかなりやられてるから」
「そうだったんですか・・・・・・」
デモス・ゼルガンクの持っていた宝玉を奪い、敵は取り返せないと見るや自爆させ、敵に情報が渡るのを阻止した。それが自らの力を捨てるようなことでも、戸惑うことなくやってのける。それだけ、彼らが覚悟を固めているということ。
「・・・・・・でも、だからって・・・・・・」
「ん?」
「だからって、この世界を滅ぼそうとするなんて・・・・・・」
「そうね。自分の力を捨てて情報を死守する。確かにそれも覚悟だけど・・・・・・そんな覚悟があるなら、自分たちが嫌う世界を変えようともできるはず」
それをなぜしないのか、メリスには理解できない。もしくは、すでにやろうとして挫折したのか。だとしても、あれほどの覚悟があるのなら簡単には折れないはず。
「(彼らをあそこまで追い詰めたものは・・・・・・何?)」
考えても、何も思い当たらない。自分たちはただ対抗するだけで、デモス・ゼルガンクという敵について何も知らないという事実を再確認させただけだった。
―※*※―
ブレイティアの本拠地がある〈名も無き島〉では、クトゥリアが睦月から定期報告を受けていた。
「そうか・・・・・・わかった、帰還してくれ」
《了解。ところで、ディステリアたちのことなんですけど・・・・・・》
「ああ、彼らか。こともあろうに、君たちへの物資を他人に任せてしまってね」
《でも、彼らは任務から帰ってきた直後に言い渡されたとアウグスさんから聞きました。ゆっくり休んでる暇がなかったのでは・・・・・・》
「それもそうか。しかし、物資を要求したのはそちらだろう?」
《それは・・・・・・そう、ですが・・・・・・》
言いよどむ睦月だが、近くで聞いていたアウグスがクトゥリアの前に立つ。
「だが、疲れた彼らをあごで使っちゃダメだろ」
呆れたアウグスの言葉にあごに手を当てて唸り、クトゥリアは己の判断の甘さを悔やむ。
「・・・・・・・・・そうだな。カティニヤス、天界、魔界、ノーサリカ大陸まで回ってもらうつもりだったが・・・・・・少しは休んだほうがいいだろうと行き」
《待ってください。それはハードすぎるんじゃ・・・・・・》
「そうか。私としたことが、それは迂闊だったようだな」
唸ったクトゥリアに、画面向こうの睦月とアウグスは頷いた。
「想像以上に疲れることが予想されるな。サウサリカ大陸では俺が引き受けよう」
「わかった。アウグス、君に任せよう」
「では、早速出発します」
「なら、完成したばかりの小型スキーズブラズニルを使ってくれ。ドヴェルガーたちから運用データの収拾を進言されている」
「了解。では、こき使われてきますよ
」笑みを浮かべて皮肉を言いながら部屋を後にするアウグスに、溜め息をついたクトゥリアは頭をかく。
「・・・・・・・・・一言余計だって・・・・・・」
もっとも、その余計な一言や文句を言われることをしたのだから、仕方ないと言えば仕方ない。
《ところで、俺たちが保護した妖狐の女性なんですが・・・・・・》
「ほう、妖狐。それはまた珍しい」
古くから一方的な迫害を受け、人間社会から離れて暮らしてきた妖狐の種族が、幻獣の混成部隊という形を取っているとはいえブレイティアに接触してくるとは。クトゥリアにはいささか以外だった。
《サングラスをした黒コートの男に、あなたを訪ねるよう言われたそうです》
「サングラスに黒いコート・・・・・・?」
《心当たりが?》
眉を寄せたクトゥリアはそう聞かれるが、「いや・・・・・・」と答えを返す。
「その妖狐の女性、名前は聞いているか」
《ええっと・・・・・・玉藻妲己と名乗っていました。おかげで、カティニヤスでは苦労したそうです》
「いや、女性もそうだが・・・・・・サングラスに黒コートの男、彼の名前を聞いてるかと・・・・・・」
《そうですか。・・・・・・いや、こっちは聞いてません。後で聞いて伝えましょうか?》
「いや、それには及ばん。彼女は到着次第、余裕があるようだったらここに通してくれ」
《というか、メリスから聞いていたんじゃなかったのですか?》
「彼女が忙しそうだったから、保護したい人がいるとしか聞いてなかったよ。では、頼むぞ」
《わかりました》
睦月が通信を切ると、クトゥリアはイスにもたれて天井を見上げた。
「・・・・・・・・・まさか、ね」
―※*※―
殷楚軍基地の滑走路に、セリュードたちはカプセルから出したイェーガーを置いていた。
「じゃあ、俺たちも出発だ。次の目的地はどこだって?」
「次・・・・・・そっか、俺たちまだ行かなきゃならないところが・・・・・・」
シートに座ったクウァルの質問に、ディステリアが気だるい声を出す。ナビゲーターを操作していたセリュードは顔を引きつらせて振り返った。
「・・・・・・・・・天界。天使の住む世界だとよ」
それを聞いたクウァルたちは唖然とした。
「・・・・・・・・・なんでまた」
「クトゥリアはなんのつもりで俺たちをこき使ってんだ。いくら人手不足だからって!」
文句をクディステリアに、セリュードは顔を引きつらせたままナビゲーターを操作する。
「人手不足もあるが・・・・・・アウグスが言うには、デモス・ゼルガンクの行動に対して各国の対応が鈍すぎるらしい。おかげで俺たちは協力を得られないばかりか・・・・・・」
「場所によっては、ここのように疑われてるわけか」
すでに終わったことだが、殷楚軍の対応を思い出してディステリアが呟いた。
「だから、俺たちが回って交渉する、もしくは担当部隊と合流してその手助けをするための任務らしい。住処探しと物資運搬はそのついでと言ってた」
「ついでで、駆けつける時間が遅れるようなこともさせるのかよ。交渉する前に手遅れになったら・・・・・・」
「待って、交渉?警告じゃなくて?」
口を挟んだセルスが疑問を口にすると、セリュードは一端ナビを操作する手を止める。
「協力か観戦か・・・・・・もしくは敵側につかないでもらうための交渉だ。まあ、警告といえば警告だろうが・・・・・・」
そこに、空に浮かぶ飛天がやって来る。
「ああ、ディステリア。よかった、まだいた・・・・・・って、どうした?」
コクピット内で憂鬱な表情を浮かべているディステリアたちに、飛天は一瞬驚いた。
「飛天よ・・・・・・天界への行き方、わかるか?」
「えっ、ええ~~・・・・・・天界と言っても、色々あるからな。どこだ?」
「天使がいるって言う・・・・・・」
セルスが言いかけ、「すまない、力になれそうにない」とさっさと行ってしまった。
「・・・・・・ちくしょう、八方塞かよ」
ディステリアがシートを叩きそうになったその時、「どうかしましたか?」と落ち着いた声がする。コクピットから顔を出すと、玄奘法師一行がいた。
「玄奘さん。今出発ですか?」
「ええ。玉藻って人を、睦月たちに任せるのに時間食って・・・・・・」
上を見上げた沙悟浄が話すと、「先ほど、悲鳴が聞こえましたが」と玄奘が聞いてくる。
「ああ。天使がいる天界への生き方がわからなくて」
「天使のいる天界、ですか・・・・・・?」
クウァルが相談すると、現状はあごに手を当てて怪訝そうに眉を寄せる。
「地上には確か、各地に異界への門があると聞きます。その中でも特に聖地と呼ばれる場所に神界や仙界へ続く門が、よく命を落とすいわく付きの場所に魔界や地獄へ通じる門があると・・・・・・」
「「マジかよ!!」」
クウァルとディステリアが声を上げ、コクピットから乗り出す。左側の席に座っているセルスを押し潰しそうになるが、二人が離れた時にはすでにセリュードが検索を始めていた。
「しかし、中には人間が続けた争いのせいで聖地としての力を失った場所もあると聞きます。そこがまだ、天界に続いてるかどうかの確証は・・・・・・」
「手がかりをくれただけでもありがたい。恩に切ります!」
「お役に立てたのなら教えたかいがありました」
検索を続けるセリュードに玄奘が微笑む。
「しかし、私が言ったことを忘れないでください。力を失った聖地には、幻獣を凌駕する力を持つ怪物がいると聞きます」
それを聞いて、セリュードがナビゲーターを操作する手を止める。
「まさか、その怪物って・・・・・・」
「私も詳しい話は知りません・・・・・・では、お気をつけて」
「はい、玄奘法師さまも・・・・・・」
「ありがとう」とセルスに返すと、玄奘法師一行は殷楚軍基地を後にした。
「玄奘法師さまが言ってた怪物って・・・・・・」
彼らが思い浮かべたのはディゼア、デモス・ゼルガンクが使役する怪物群である。ということは、奴らの本拠地は玄奘法師の話にあった場所にあるのか。だが、確証はない
「そう・・・・・・なのかな?」
だが、それに異議を唱えるセルスに、ディステリアたちは首を傾げた。
「だって、幻獣を凌駕する力を持つ怪物がディゼアなら、私たちもっと苦戦してるはずだよ?」
「あっ、そっか・・・・・・」
なら、ディゼア以外の未知の怪物ということになる。もっとも、そんな奴がいるのかどうか聞かれれば、その存在は疑わしい。とは言え、判断するだけの材料がないだけで、いないと言い切れないところも怖い。
「(まさか・・・・・・)」
ハッとしたディステリアの脳裏に浮かんだのは、故郷で戦ったクルキドという謎の怪物。習性、出現理由何一つわかってない、だが幻獣種の迫る力を持つ謎の生物。似たような姿をしている点や破壊を目的としている点、性質的に見ればディゼアと似ている部分も多々があるが、ただ一点違うのは、呼び出す者、使役する者の有無。
「(いや・・・・・・)」
考えてみれば、そう考えるのはおかしい。クルキドを操る存在がいないと誰が言い切った。呼び出せる存在がいないと誰が断言した。自分の物差しでそう決め付けているのではないか。クトゥリアと出会い、エウロッパ大陸を巡り、今世界を回っているディステリアはそう思うようになっていた。
「どうかした?」
「いや、なんでもない・・・・・・」
セルスに話しかけられ我に返ると、頭を振ってごまかす。
「ねえ、ディステリア・・・・・・手、大丈夫?」
「手?またどうして?」
質問の意味がわからず聞き返すと、「えっ、だって・・・・・・」とセルスは目を丸くする。
「アポリュオン・・・・・・ううん、デーモと戦っている時、顔をしかめてた。まるで・・・・・・まだ反動があった時の、激しい痛みを受けてたみたいに・・・・・・」
反射的に目を丸くする。が、すぐ平静を取り戻す。
「何言ってんだ。確かに俺はまだ弱いが、あの反動は克服したぜ。デーモから受けたダメージが大きかったせいだろ」
「そ、そう・・・・・・」
そう答えたセルスだが、納得はできない。確かに痛みは痛みで顔を歪ませており汗も流れていたが、あれはデーモの攻撃を受けた痛みだっただろうか。攻撃をしようとした時に顔を歪めていなかったか。だったら、『デーモの攻撃で受けたダメージ』で顔を歪めたのは不自然に思えた。
「いやいや。それはそれで大問題だ」
そんなセルスの思案を、後ろを振り返って口出ししたクウァルの声が断ち切らせる。
「奴は時間差でダメージを与える能力を持ってるってことだろ、それ。こっちが攻撃に転じた時に合わせて、こちらがダメージを感じて怯むようになれば・・・・・・」
こっちは攻撃の機会を潰されて一方的に攻め立てられる。実力に差がある相手ならそれだけで勝負が決まってしまい、同時にそれほど恐ろしい状況はない。
「いや、どれだけ大げさな話だよ。俺がダメージを感じるのが遅かっただけの話・・・・・・」
「だったら、いいが・・・・・・」
納得してない様子のクウァルにディステリアは少し焦りを抱いたが、それ以上のことを聞かずシートにもたれた彼を見て、誰にも気付かれないほど小さく溜め息をついた。
「で、セリュードよ。俺たちは次、どこに行かなきゃならないんだ?」
「だから、それを探している」
ウンザリ気味に言ったクウァルに答えを返し、セリュードはナビゲーターの操作を続けながら呟く。
「玄奘法師は、『天界行きの門は聖地にある』って言ってたな。この近くに聖地ってあるのか?」
「だが、仙人ゆかりの地だと仙界に行ってしまう。それ以外だと、どこがある?」
「この辺りだと・・・・・・」
ナビゲーターを操作して地図を映し出すと、セリュードとクウァルは顔をしかめた。
「〈APE〉・・・・・・絶対禁止区域・・・・・・」
「ウソ!!」とセルスが悲鳴に近い声を上げる。
「他には?」
「あっ、ああ・・・・・・」
クウァルに聞き返されてすぐ、セリュードは他の聖地を検索する。しかし、仙人や神々と関係が薄い聖地は、一つしかなかった。
「そこしかないってことなのか・・・・・・」
クウァルに答えず、険しい表情のセリュードはイェーガーを離陸させた。窓辺に肘をかけたディステリアの表情は誰よりも険しく、不機嫌というより憤りを感じてるようにも見えた。まるで、エルセムに行ったその先を知ってるかのように。
―※*※―
出発からわずか一時間。イェーガーは〈APE〉エルセム上空に差し掛かっていた。
「なんだ・・・・・・ここは・・・・・・?まるっきり廃墟ではないか・・・・・・」
「確か、絶対禁止区域なんですよね?それって、あの砂嵐のせい?」
地上付近ではわずかに砂嵐が吹いていたが、視界が確保できないほどでも、建造物が破壊されるほどでもなく、視界が見えづらくなる程度のものだった。無論、イェーガーの出力なら簡単に通り抜けられる。
「・・・・・・どういうことだ?」
セリュードがそう呟いたその時、地上から銃撃音が聞こえてきた。
「なんだ・・・・・・銃撃・・・・・・?」
セリュードが気にかけた直後、コクピットの中に警報音が鳴り響く。ナビゲーターの画面内に拡大された地図に、イェーガーを表す点に向かって来る、違う色の点がいくつも近づいていた。
「なんだ?」
「―――ミサイルだ!!」
首を傾げるセリュードに、外に目を向けていたクウァルが叫ぶ。すぐさま、セリュードは操縦桿を傾けてミサイルを回避した。
「いきなりなんだ!?」
「わからない。なぜ、いきなりミサイルが・・・・・・」
戸惑うクウァルとセリュードに、「また来るわ!!」とセルスが叫ぶ。
「今度は10発かよ!!」
「ダメだ!!回避しきれない!!」
操縦桿を傾けるが、とても避けきれない。被弾を覚悟した時、コクピットのハッチが開いてディステリアが飛び出した。無論、背には光り輝く翼が生えている。
「ルーチェセイバー!!」
即座に償還した天魔剣に込めた光の魔力を巨大な刃にして、イェーガーに迫るミサイルをなぎ払った。切り裂かれたミサイルは爆発を起こし、爆風が吹き荒れた。
「うわぁぁぁっ!!」
三人が叫んだ時、「ルーチェ・フリューゲル」と先程より広い光の刃で残りのミサイルをなぎ払った。
「どわぁぁぁぁぁっ!!!」
10発全てのミサイルの爆風が、開け放たれたイェーガーのコクピットで吹き荒れた。
「いったい、なんだ?・・・・・・あれは!?」
ミサイル発射の際の強風で砂嵐が相殺され、露わになった地上には、全身が闇のように黒く、血のように赤い線が入った人間のような姿の怪物が群がっていた。