第90話 目を逸らすな、突きつけられる現実
投稿のための書き下ろし第8弾。
アポリュオンの撤退を感じ取ったのか、防衛ラインで足踏みしていたディゼアの群れも退いていた。殷楚軍は数十人余りの死者を出し、生き残った兵士のほとんどが重傷を負っている。右手が丸ごと吹き飛んだ織原も、その一人。傷口を押さえている布を染め上げ、なおも出血は続いていた。
「ぐうううううううっ!!ああああああああああああっ!!」
「織原さん・・・・・・織原さん・・・・・・!!」
「止血をしっかり!あと、鎮痛剤を急いで!」
「医務室や病棟に置いてある物は全て使いきりました!後は倉庫に置いてある在庫を引き出すしかありません!」
英里を始めとした医療スタッフの声が響く。殷楚軍基地の庭にテントが張られ、医務室に入りきらなかった重傷兵士の呻き声や、せわしなく走り回るスタッフの足音が庭に響いている。
「応急処置は十分です。後は我々が!」
セリュードやセルスは回復の魔術は使えるが、それでできるのは軽傷の治療だけで、目の前に広がる重傷患者には何もできないに等しかった。事実、ヒールウィンドを使っても、織原の傷を治すどころか痛みを和らげることもできない。
「くっ・・・・・・」
「セルス、離れよう・・・・・・ここで突っ立っていては、英里たちの邪魔にしかならない」
「でも・・・・・・!」
促すセリュードに振り返るが、彼が首を横に振ると現実を痛感する。重傷患者の運び込まれているテントを後にすると、頭や腕に包帯を巻かれたディステリアたちの元に戻ってきた。
「大丈夫か?気分が悪いんだったら、休んだほうがいい」
「ううん、平気。慣れてきちゃったのかな・・・・・・」
元一般人のセルスとクウァルも、ここまで凄惨な光景を何度も見ているため動じなくなった。しかし、その変化は果たして喜べるものかどうか・・・・・・。
「・・・・・・・・・ごめんね、ディステリア。私が怯んだせいで・・・・・・」
「もう過ぎたことだ。反省するのはいいが、気にしすぎるな」
「うん・・・・・・」
ディステリアに励まされても、イスに座ったセルスの表情は暗かった。
「(何も・・・・・・できなかった・・・・・・)」
その事実だけがセルスに圧し掛かる。夜が更けても誰も眠ろうとはせず、己の不甲斐なさに憤る者、怪我を負った仲間を心配する者様々に夜を過ごした。やがて朝日が登った頃。彼らの部屋に英里が入ってくる。
「英里・・・・・・さん・・・・・・」
「とりあえず、みんなできる限りのことはした。後は彼ら次第・・・・・・」
徹夜で治療を続けた英里から疲れをうかがい知るのは容易かったが、それを承知でセリュードが立ち上がって聞く。
「織原さんの容態は?」
「だいぶ落ち着いたわ」
「よ、よかった・・・・・・」
「それで、彼から話があるって・・・・・・」
―※*※―
織原は、峠は越したということで自室に移されていた。重傷患者を設備のない部屋に移すのは非常識もいいところだったが、負傷者のあまりの多さに、医療機器を使わなくても大丈夫だと判断された者は部屋に戻されていた。と言っても、それが叶ったのは数えるほどしかいない。ディステリアたちや玄奘法師一行を引き連れた英里は、部屋の前に立つとノックする。
「・・・・・・どうぞ」
中からの応答に「失礼します」と声をかけ、自動ドアを開ける。中にはすでに小香、真緒、永華の三人もいた。
「・・・・・・揃ったようだな」
「織原さん、その腕・・・・・・」
「ああ、これか・・・・・・」
セルスが絶句すると、織原は包帯に巻かれた右腕を見せる。傷口の部分が丸められている右腕には、先端がなかった。
「・・・・・・・・・酷いものだったわ。あのまま放置しておいても壊死して、命に関わる危険性があった」
「だから、切除するしかなかったの・・・・・・」
後ろで辛そうな声がして全員が振り返ると、宙を浮くメリスと玉藻がいた。
「始めまして。君が医療部隊の、宙を浮くマーメイドかい?」
「ええ。カティニヤス大陸防衛部隊前任メンバー、井 織原さん」
「「「「―――!!」」」」
メリスの言葉に、小香たちが目を見張る。全く意味がわからないディステリアたちも戸惑っている。
「どういう・・・・・・ことだ?」
「俺もブレイティアのメンバーだったってことだ。もっとも、主力部隊からは外されたがな」
「あれほどの実力で・・・・・・」
「主力から・・・・・・外される!?」
唖然とするディステリアとクウァルに、「おいおい、それはちょっと違うぜ」と肩をすくめる。
「私たちを・・・・・・」
小香が震えた声を出す。うつむけている彼女の手は震えており、やっとのことで声を絞り出す。
「私たちを・・・・・・騙していたの!?」
「結果を見ればそうなるが・・・・・・それも違う。私は元から殷楚軍であり、ブレイティアのメンバーでもある。主力部隊に加えられなかったのは、私がここで指揮官をしていたほうがいいと判断されたためだろう」
「だとしても・・・・・・クトゥリアの考えがわからない・・・・・・」
「はは、それは俺も同感だよ」と、頭を抱えるディステリアに織原も同意して苦笑する。
「・・・・・・かつて共に戦ったときも、よくわからない奴だった」
「っ!?クトゥリアと一緒に戦ったことがあるんですか!?」
驚くディステリアだが、「その話は後で」とメリスに割り込まれた。
「織原。傷に触るから、話は早くして」
「わかった。俺の手の傷が深かったのは見ての通りだ。だが、悪いことばかりじゃなかった」
意外な言葉に全員が目を丸くする。聞きたかった小香だが、織原が疑いを向けていたブレイティアのメンバーだったことに動揺して、思考が混乱している。それを見かねた真緒が、彼女の代わりに聞いた。
「なぜですか?」
「俺の腕の中に、奴が身につけていた宝玉の欠片がいくつか残っていた。奴が宝玉を爆破させた瞬間、とっさに魔術凍結型の秘術を使ったのが功を奏したらしい」
「魔術凍結!?発動した術式の上にそれを停止させる術式を上書きする、あの超高等魔術ですか?」
「ああ。それもコンマ一秒単位のとっさの判断。おかげで術の発動は不完全で、この通りさ」
驚く英里に失った右手を見せて悲しそうに微笑む。
「だが、そう悪いことばかりではない。俺の右手と引き換えに、奴らの力の秘密がわかる」
「それは・・・・・・」
「あんたはそれでいいのか!?」
息を飲んだ英里の後にディステリアが口を挟む。だが、織原はしっかりとした眼差しを彼らに向ける。
「ああ。これが解明の代償なら安いものだろう」
なぜそう言い切れるのか、ディステリアとセルスとクウァルには理解できない。だが、セリュードや小香たちは押し黙っている。なんたって、一人か二人やられてもおかしくない状況だった。その中で失ったのは誰かの右手一つ。全体量から見れば安いかもしれないが、それでも手放しで喜べる話では決してない。
「奴の・・・・・・アポリュオンの強さを考えたら、魔導変化の核を取れただけでも奇跡かも知れません・・・・・・」
「でもそのせいで、織原は右手を失ったのよ!」
「だから生かさなければならない」
厳しい表情で場を黙らせ、織原はセリュードたちに目を向ける。
「早速だが、採取した欠片をブレイティア本部まで届けてくれ」
「待ってください。分析なら、ここでもできます」
「魔術的な調べ方でなければ、録に手がかりも掴めないだろう」
異議を申し立てる小香に、織原は諭すように言う。殷楚軍が誇る現代の最先端技術を持ってしても分析できないという。その発言に小香は目を見張るが、自分たちの理解を超えた力を見せ付けられたため、反論することすらできない。
「・・・・・・・・・でも・・・・・・」
「信じろというのも無理だろうが、もはやそうやって理解してもらう時間すらない。一刻も早く回収した欠片の分析をしたい・・・・・・」
「・・・・・・でも」
「小香さん」と玄奘法師が話しかける。
「少し落ち着きましょうか。時間をかけられないと言っても、急ぎ過ぎて答えを謝っては元もこもありません」
「あんたはそう言うが、こちらとしてはすぐにでも決めてもらいたい」
「だけど!それだと・・・・・・あなたが国家反逆罪に問われる可能性が・・・・・・」
国を襲った敵の力の核を、真偽不明の組織に渡せというのだ。手を失なったショックで判断力を逸したのでなければ、国家反逆と思われても仕方ない。
「そうなったら、俺はブレイティアに戻るだけだ。いや、見切りをつける、かな?」
「そんな・・・・・・」と真緒が声を上げると、織原は彼女と小香を見る。
「・・・・・・どうする?すばやい判断が求められる状況だぞ、これも」
「・・・・・・・・・あなたは、卑怯です・・・・・・」
手を握り締めて呟いた小香に、英里は眉を寄せて彼女の前に立つ。
「小香、それは・・・・・・」
「ブレイティアに有利な判断をさせるために、私たちを教えていた」
「違う・・・・・・・・・と言って信じてもらえるとは思っていない」
覚悟はしていた。織原はそう思っているんだろうか、とディステリアは思った。
「わかりました、好きにしてください。その代わり・・・・・・」
顔をうつむかせた小香は部屋を出て、廊下で一端立ち止まる。
「―――私は、あなたを見損ないます」
「・・・・・・・・・どうぞ。俺は、そう思われて当然の男だ」
「くっ」と声を漏らし、小香は走って行った。
「―――小香!!」
後を追って飛び出しかけた真緒は、入り口で止まって織原のほうに振り返る。
「軍人としては、その考えに同調します。でも・・・・・・人間としては否定します。彼女の気持ちを考えてください!」
そう言い残して部屋を去り、残ったディステリアたちも気まずそうな顔で織原を見る。
「あんた、それでいいのか?」
「ああ。こいつで不利な状況を切り開けるなら・・・・・・」
「そうじゃない」と今まで黙ってていたユウが口を挟む。
「あなたにとって、小香さんはなんだったの?」
「生徒だ・・・・・・それ以上の感情は持たないようにしていた」
「そう・・・・・・ですか・・・・・・」
落胆した表情で下がると、ユウは「失礼します」と頭を下げて部屋を後にした。頭をかいて睦月も後を追う。
「・・・・・・・・・いずれ離れるんだ。親密になりすぎたら。その時が辛くなる・・・・・・」
「そういう問題じゃありません」
顔をしかめたメリスが、交換するため包帯を解く。
「えっと・・・・・・怪我してるんなら、私は外したほうが・・・・・・」
今まで気に求められなかった玉藻が、気まずそうな声を出す。いつの間にか部屋の外に立っており、ディステリアたちは行動の早さに唖然とした。
「そうね。奴らの持ってた核の欠片、睦月くんたちに持って行ってもらいたいんだけど・・・・・・」
「そうですか・・・・・・」
セリュードが肩を落として視線を逸らすと、「ごめんね~」とメリスが囁く。
「あなたたちの他に適任がいないらしいの」
「ちぇ・・・・・・」とディステリアが顔を逸らす。
「玉藻ちゃん、だっけ?あなたのことを話したら、クトゥリアさんが連れて来るようにって」
「わかりました~~」
「で、なんで部屋の外に?」
「だって私・・・・・・キツネの毛が落ちますから・・・・・・」
そう言って、頭に生えている狐耳に手を当てると、メリス以外の全員が同じことを思った。
「(ああ、それはまずいな・・・・・・)」
―※*※―
殷楚軍基地の廊下を、浮かない顔の小香が歩いている。今まで信頼していた上司の正体に落ち込んでいる。実質、裏切って部下を殺したわけでも情報を流したわけでもない。ただ身分を隠し任務に当たっていた、それだけのこと。なのに、騙されていたという感情が消えない。
「(私・・・・・・軍人失格かな・・・・・・)」
ますます落ち込むと、誰かの気配を感じる。振り返ると、心配そうな顔の英里が立っていた。
「英里・・・・・・」
「ちょっと・・・・・・外の空気、吸いに行こう」
優しく微笑む彼女に誘われて、外に出る。英里がブレイティアメンバーと友人関係だということは昨日の時点で判明したため、いつもの小香だったら警戒した。しかし、今の彼女はそんなことすらできないほど、強く動揺していた。
「織原のこと、気にしてるの?」
「わかるんだ」
「そりゃ、付き合い長いから・・・・・・」
「そっか・・・・・・そうだったよね・・・・・・」
軍学校の時から一緒の英里。他にも真緒や永華とも同じ年度に過ごした。その時に教えを受けていた教師が、織原だった。再会したのは五年ほど前。ここの王に仕える官吏の一人となり、同時に軍の司令部も任された。
「織原は・・・・・・学校で教師をしていた時から、ブレイティアのメンバーだったのかな」「話によると、五年前からブレイティアに誘われていたみたい。でも、織原にはここでの指揮があった。離れるわけにいかなかった彼がそれを承知したのは、二年前だったらしいわ」
「二年前・・・・・・?」
世界各地で不可解な騒乱が起きた頃。ブレイティアもデモス・ゼルガンクも、その時から動いていた。ただ本格的に動き出したのは、今年に入ってから。
「私たちの知らない内から、ずっと前から戦っていたんだ・・・・・・」
それが芝居なのか、本当なのか、今の小香に判断することはできない。だが、決断しなければいけない時はすでに迫っていた。
「例の欠片、どうするか決めた?」
「うん・・・・・・」
―※*※―
英里と小香は織原の自室に戻る。すでにディステリアたちや玄奘一行はおらず、中にいたのはメリスと織原だけだった。
「その顔・・・・・・元に戻ったようだな」
「・・・・・・心配してくれてたんですか」
小香の表情を見た織原の言葉に、彼女は意外そうに呟く。
「例の欠片は、ブレイティアに提供します」
「驚いたな・・・・・・俺は曲がりなりにも殷楚軍の一員なんだからこちらに提供すべきだ、と言うと思っていた」
「あなたの教え子であった私が、ですか?」
笑みを浮かべた織原は、両手を頭の後ろに回してベッドに倒れこんだ。
「いてっ!」
「織原さん!傷口が開いたらどうするんですか!」
「す、すまない・・・・・・」
メリスにしかられた織原は、彼女に包帯を巻いた右腕を見せる。
「で、例の欠片は?」
「睦月小隊の所にある。いつでも出発できるよう準備は済ませているはずだ」
「許可がでなかったら、盗んででも持ち帰るつもりだったんですか?」
「そんなつもりではなかったんだが・・・・・・ジョークが出るところを見ると、本当に戻ったようだな」
「ジョークなどではありませんよ、決してね」という小香の表情は、どこか笑っていた。
「玄奘法師は?彼にもお礼を言いたいのですが・・・・・・」
「ああ。睦月小隊と共に本拠地に行く手はずをしている」
―※*※―
「だから、俺たちは行けないの」
「ど、どうしてですか!?」
睦月たちのいる部屋の隣部屋では、孫悟空と玉藻が言い争っていた。
「俺たちは天帝さまから頼まれた人を探さなきゃいけないんだ。手がかりすら掴んでない」
「ですから、私たちは再び大陸巡りです」
「そ、そんな・・・・・・」
「この広い大陸を四人で探せってか・・・・・・」
騒ぎを聞きつけてやってきた睦月が口を挟む。
「あんたらの上司も、えらい無茶言ってくれるね・・・・・・」
「そう言う意味では、あいつらの気持ちもわかるな」
苦笑する孫悟空に、「タハハ・・・・・・」と睦月も苦笑し返す。
「それで・・・・・・わたしはそこに行ってどうなるんですか?」
「さあ。あんたをクトゥリアに会わせようとしてる奴は、どういうつもりで俺たちとあんたを接触させたんだ?」
「え~っと・・・・・・」
孫悟空に聞かれた玉藻は、頭に指を当てて思い出そうとする。
「黒いコートを着たサングラスの男の人が、『手がかりが欲しければ、ブレイティアのクトゥリアという男を尋ねるといい』って教えてくれたんです」
「・・・・・・・・・それ、思いっきり怪しくなかったか?」
「そんなこと言っても・・・・・・それまで私、右も左もわからなかった上、『化けキツネの化身に違いない』ってわけのわからない人たちに追いかけられたんですよ」
「この国の奴らにとって、キツネの精は反王朝のシンボルだからな」
沙悟浄がそう言うと、「そんなこと言われても困ります」と玉藻が顔をしかめる。
「まあ・・・・・・連中の気持ちもわからんでもないが、今の俺ならあんたがそう言う奴じゃないかもと思える」
「可能性の範囲じゃないですか~~・・・・・・」
睦月の言葉にがっくり肩を落とすと、部屋に入って来たユウが玉藻の頭を撫でた。
「元気出して」
「うう、ありがと・・・・・・」
「キツネは犬が苦手じゃなかったか?」
「ユウは狼だよ」
「吼えるだけの犬より、ユウちゃんのほうがかわいいです~~」
ユウを抱き締める玉藻に、睦月はどことなく悔しさを覚えた。そこに、真緒がやって来る。
「睦月くん。欠片を持ってく許可、下りたわよ」
「サンキュ・・・・・・色んな意味で世話になったな」
「ホントよね」と真緒は肩をすくめた。
「最初は疑って、様子見して・・・・・・その後、仲間も連れてきて、協力だもん。今でも信じられない」
「で、その信じられないきっかけは?」
「もう出発したんじゃない?」
ユウを抱き締めたまま顔を出した玉藻に真緒が答える。ユウもさすがにうっとうしくなったらしく、顔を引きつらせていた。