第89話 アポリュオン再び、魔導変化の秘密
投稿のための書き下ろし第7弾。
「ぐあっ!!」
「かあっ!!」
互いの一撃を体に食らい、クウァルとカイネが後ろの瓦礫に叩きつけられる。
「カイネ、しっかり!」
「大丈夫・・・・・・しかし、ここまで互角か・・・・・・くそっ」
「なんか、嬉しくないな」
息も絶え絶え言うクウァルに、「君と意見が会うなんてね」とカイネは不愉快そうに表情を引きつらせた。
「だが、君はもうまともに戦えない。ヘスペリア、目的を果たす時だ」
「で、でも・・・・・・」
「あの時、迷いは捨てたはずだ」
「そうじゃなくて・・・・・・」
とヘスペリアが返すと、クウァルの側にメリスが近づく。
「あんた・・・・・・」
「どうも。こうして現場で会うのは初めてかな・・・・・・」
「ちっ・・・・・・」と舌打ちしたカイネが、ヘスペリアに支えられながら立ち上がる。
「やる気?」
「やめておくよ・・・・・・ある極秘研究に関わるあるものを回収に向かった部隊が、邪魔を受けて全滅したという話を聞いたことがある。その中に、宙に浮かぶマーメイドがいたという話も、な」
「それが、彼女?」
「その話を知ってるなら、私からも聞きたいことがあるわ」
ヘスペリアがカイネに視線を向けた後、メリスが右手の剣を向けて聞く。
「あの子たち・・・・・・あなたたちにとってなんなの?」
「知らないよ。ただ、同盟を組んだ協力者から回収を依頼された、ってだけでね」
「じゃあ、捕まえて怪我を治してあげるから、その協力者について教えてくれない?」
独断で決めるには暴挙とも取れる発言にクウァルが目を見張ると、カイネは笑い声を漏らす。
「い・や・だ・・・・・・」
「あら、そう。残念ね」
両手の武器を構えるメリスに、カイネは右手にいくつかの玉を握る。
「それに・・・・・・そろそろ来るだろうし」
「・・・・・・?」
「巻き込まれたくないから帰るね」
屈託のない笑みを浮かべ、カイネは地面に玉を叩きつける。途端に煙幕が起こり、「しまった」とメリスが呟いた時には、すでにカイネとヘスペリアの姿はなかった。
「くっ、残念・・・・・・」
「メリス、今の話は・・・・・・」
と言いかけた時、ディステリアたちが戦っているほうで大きな音が響く。顔を向け、立ち上がろうとするクウァルだったが、すぐよろめいてメリスに受け止められる。
「その怪我じゃろくに戦えないわ。とりあえず、動けるほどに応急処置するわ」
「くっ・・・・・・」
地面に寝かされたクウァルは、悔しさに顔をしかめていた。
―※*※―
ディステリアとセリュードの合体攻撃は、ここまで善戦したデーモを下らせるには十分な威力を誇った。天魔剣の一撃を受けた肩口の殻が砕け、刃が届いた体から血が吹き出す。砕けていく欠片を散らし、デーモは地面に打ち付けられた。
「がはっ!!」
「―――っ!!」
着地したディステリアは天魔剣を構える。相手はデモス・ゼルガンク、油断はならない。だが、竜巻の周囲を回っていたため三半規管にきており、視界がぐらつく。
「おのれ・・・・・・よくも、俺を・・・・・・俺に土を着けたな・・・・・・」
「まだやる気か・・・・・・」
あれだけの高さから落ちても息があることには驚くものがある。が、すでに虫の息。倒してもいいが、できれば目的や現世の存在でありながら神々を圧倒する力を得られた理由を聞き出したい。
「(もっとも、無理だろうな・・・・・・)」
この手の狂信者ともいえる連中は崇める者に裏切られない限り何も話さない。かといってそう言った幻影でも見せれば、生きる理由を失って自暴自棄となり、最悪自害しかねない。取り調べに置いて最も扱いに困る。
「(まあ、それ以前に・・・・・・俺たちブレイティアには、取り調べ権はないんだけど・・・・・・)」
捜査は自分たちで行いつつ、聴取はできても尋問はできず、必要な時は証拠提示の上地元警察と協力する。それで円滑な捜査が行われてるかと聞かれればそうではないため、彼らが頭を悩ませている話である。
「どうする?こいつらの尋問」
「軍に任せるのが妥当だ」
「ククク・・・・・・」
天魔剣を向けたまま聞くディステリアにセリュードが答えるが、それに対してデーモは顔を伏せたまま笑う。
「何がおかしい・・・・・・?」
「貴様らは俺をすぐ殺さなかった・・・・・・敵戦力を減らすチャンスをみすみす逃したのだ・・・・・・」
不気味に笑うデーモに警戒を強めた時、黒いエネルギーをまとった何かが突っ込む。それはデーモの横に落ち、衝撃波を発生させてディステリアたちを吹き飛ばす。
「どわあああああああああああああっ!!」
爆風で吹き飛ばされる瓦礫と、周りに散らばった欠片。その中に、デーモの殻とは違うものがある。水晶のような質感を持つ透き通った欠片が。だが、それは誰にも気付かれずに瓦礫の中に消える。
「くっ・・・・・・いったい、なんなんだ!?」
なんとか耐えたディステリアが悪態をつきながら、口に入った埃を吐き出す。まだ舞う土埃の中、その中に立つ影にセルスは息を呑んだ。
「あいつ・・・・・・」
「また知った顔か?」
「ううん・・・・・・よく知ってるとしたら、多分クウァルのほう・・・・・・」
「何?」
「おや?あの少年を知っているのですか?」
クレーター中心部の男性が興味深そうに呟く。
「あの、使いこなせないくせに魔装神具を持っていた愚か者・・・・・・」
「まそう・・・・・・しんぐ・・・・・・?」
「その顔・・・・・・ククク、あの少年と同じだ」
唖然とするセルスを嘲笑い、男性は黒い短剣を抜く。
「アポリュオンさま・・・・・・申し訳・・・・・・ございません・・・・・・」
「今回は謝る必要はありませんよ。あなたにはなんの落ち度もない・・・・・・」
「しかし・・・・・・」
無理に体を起こそうとするデーモを見て、アポリュオンは一瞬目を見張る。そして、細めると敵の目の前にも拘らず、背を向けて膝を着ける。
「―――!?」
「敵に背を―――!?」
「―――無防備に晒しただと!?」
敵を前にして、とても信じられない行動。それは圧倒的力を持つゆえの余裕か、それとも仲間を慈しんでの行動か。
「確かに、前と比べ物にならないほどの失態だね。だけど、粛清すれば私はソウセツさまに消されるだろう。だから・・・・・・」
円にいくつもの三角形が描かれた手形を落とすと、デーモの下に同じ模様の魔方陣が現れて、どこかに転送される。
「仲間を逃がした・・・・・・」
「そんなに信じられないかい?」
短剣を構え「魔邪刃、解放」と呟く。刀身から溢れた黒いエネルギーが、無数の蛇を形成し地面に落ちる。
「ぎゃあああああああああああああああっ!!」
「セルス!?」
「(なんだ、精神攻撃か!?)」
ディステリアとセリュードは警戒しながら自分の常態を見る。視界、感覚、呼吸共に異常なし。だが、セルスの様子を見るからに、なんらかの幻覚を見せている可能性が・・・・・・
「ヘビ、ヘビ、ヘビ、ヘビ、やだああああああああああっ!!!」
・・・・・・・・・なかった。群れを成す黒蛇の大群を前に、ディステリアはこけて、セリュードは風をまとった剣でなぎ払った。
「なあ~~~~~~にかと思えば!そんなくだらないことか!」
「くだらなくなんてないよ!ヘビ嫌いだもん!あのうねうね見るだけで・・・・・・」
「テュポニウスって怪物は平気だったろ!あれもヘビだぞ!」
「ウソ・・・・・・」
呆然とするセルスに、「本当だ、下半身」と追い討ちをかける。
「うっそ~~~・・・・・・」
「ああ、もう・・・・・・」
ディステリアが頭をかきむしっていると、「漫才は終わったか!」と蛇の群れを捌くセリュードが叫ぶ。
「セリュード、てめっ・・・・・・」
「だったら、アポリュオンって奴の相手を頼む。孫悟空たちは限界だ、もう戦え・・・・・・」
「ないわけないだろ!!」と飛びかかった孫悟空が黒いヘビを踏みつける。その途端、ヘビを踏んだ足から黒い煙が上がり、焦げ臭い匂いが鼻を突く。
「アッチ!アチチチ!なんだ、こいつ・・・・・・」
「魔邪刃のヘビは高密度の魔力体。エネルギーだから幾分か熱を持つのは当たり前」
「よく言うぜ!俺たちを蒸し焼きにするために高熱を持たしてんだろ!」
「ふっ、それはどうかな?」
とぼけるアポリュオンに回り込んだディステリアが死角から切りかかるが、それを見ることなく体を屈めてかわされる。
「なっ・・・・・・!?」
「魔導変化・・・・・・」
胸元に手をかざしてアポリュオンが呟く。全身から放出された黒い魔力がディステリアを弾き、鋭い爪を持つ、細長く黒い虫の足を形作る。すぐ離れるも何発か爪をくらって地面を転がる。
「ぐっ・・・・・・こいつ!」
「デーモよりかはやるだろう?」
左右五本ずつ、合計十本の虫の足が背中から生えている。
「十本の虫足か、それくらい・・・・・・」
「残念、十四本だよ」
曲げた両手を上げてみせると、その腕が三本ずつに分かれる。うち二つは、変化がないアポリュオン本来の腕。
「どこが十四本だ!おもいきり十六本じゃないか!!」
「あれ?虫の足のことを言ってるんじゃないの?」
そらとぼけるアポリュオンにセリュードが切りかかるが、背中に生えている虫の足が剣を止める。槍に変形させて足を掻い潜ろうとするが、巧みに動かす足に阻まれる。
「このっ!!」
ディステリアが突っ込むが、アポリュオンの足元から湧き出た蛇の群れが彼の足を絡め取ろうとする。翼を羽ばたかせて空に逃れるとそのまま飛び込み、セリュードに加勢するも虫の足を捌ききれない。
「くっ・・・・・・」
「攻めきれない・・・・・・」
「そちらの手数はその程度ですか」
笑みを浮かべたアポリュオンがディステリアのほうを向き、魔邪刃を振り降ろす。背を向けたセリュードには魔邪刃が召喚した黒ヘビが牙を向く。高速で振られる槍で瞬殺。しかし圧倒的手数を持つアポリュオンがディステリアを押して放れるには、十分すぎる一瞬だったらしい。
「もうあんな所に!」
驚くセリュードだが、考えてみれば当たり前かも知れない。足場のない空中では敵の攻撃を受ければ後ろに飛ばされるだけ。敵の攻撃をいなすか捌くか、すれば下がる距離は小さくなるだろうが、真っ向から受け続けるディステリアは飛ばされてもおかしくない。駆け出したセリュードを振り返り、アポリュオンは笑みを浮かべる。
「もう倒したのか。なら、追加だ」
魔邪刃を振ると再び黒蛇の群れが沸く。さすがに嫌になってきたセリュードは「いぃっ!」と声を漏らすが、そこに二周りほど体が大きくなった孫悟空が振ってくる。
「えっ・・・・・・なんだ、その姿!?」
「猿王モード、斉天大聖だ!三分限定だが、てめえのザコを飛ばすには十分!」
「十分すぎてお釣りが来るでしょう?」
「その分てめえを潰す!」
殴りかかる孫悟空だが、同時に隙を見つけたディステリアも切りかかる。虫の足で地面をかいたアポリュオンは横に転がり、孫悟空とディステリアは正面衝突した。
「「いで~~~!!」」
悲鳴を上げた二人を虫足の猛攻で畳みかけダウンさせる。
「もらうよ、一気に二人!!」
左右の虫足を束ね巨大な槍を形成して突き出すが、ディステリアは向かって右の槍を切り、孫悟空は左の槍を脇に挟んで止める。
「あらら・・・・・・」
アポリュオンが溜め息を漏らした瞬間、ディステリアがセリュードに視線を送る。それを受けて後ろから槍を突き出す。
「―――惜しいね、自切!」
「何!?」
背中の虫足を自ら切り放し、身を屈めてセリュードの槍をかわす。そのまま逆立ちして彼を蹴り飛ばし、切りかかったディステリアを肩の虫足で迎え撃つ。地面を押して飛び上がり、空中で回って着地し、魔邪刃で切りつける。
「くっ・・・・・・!」
「なかなかやるだろ?」
鋭いケリで蹴飛ばされたディステリアを孫悟空が受け止める。再び生えた虫足から、アポリュオンは周りに放電する。
「「「うわあああああああああああああっ!!!」」」
「はははははは!!これがデモス・ゼルガンクの実力さ!」
放電が収まり、膝を付いてもなお睨み付けるディステリアたちに、アポリュオンは好戦的な笑みを浮かべる。
「今ので気絶してれば苦しまずにすんだのに・・・・・・」
魔邪刃をディステリアの首元に当てると、苦手なヘビの群れのせいで座り込んでいたセルスが息を呑む。
「(ディステリア・・・・・・やられちゃう!)」
自分がヘビに怯えなければ、もっと消耗は少なかったかも知れない。そんな後悔が起きても後の祭り。
「じゃあ、改めて・・・・・・まず一人・・・・・・」
「―――やめて!!」
悲鳴を上げたセルスが駆け出そうとした時、辺りに影がかかる。誰もがそれを不審に思った瞬間、空から織原が降ってきた。
「でやあああああああああああっ!!」
「ちぃっ!!」
虫足を盾にして防ごうとするが、その足が動かない。壁を張りそこねたアポリュオンへ振り下ろされた剣は、肩から生える虫足に防がれるも切り落とす。鋭い目で敵を睨む織原は、地面に剣先が着く前に剣を振り上げ、アポリュオンはとっさにそれを魔邪刃で止める。凄まじい切り上げの衝撃はアポリュオンを打ち上げ、その隙にディステリアは地面を転がって孫悟空のところまで下がる。
「ちっ、余計なことを・・・・・・」
「敵の行動を邪魔するのは、当たり前と思っているが?」
「そう・・・・・・―――だな!!」
瞬間、互いに剣を打ち合う。動体視力が発達した者でさえ、捉えるにはギリギリのスピード。それが可能になる達人など人間にいはしない。互いに打ち合う剣の速度はそれほどに思えた。
「(織原・・・・・・さん・・・・・・?)」
「(あいつ・・・・・・これほどの実力を・・・・・・)」
加勢に来た永華も飛天も、ただただ唖然としていた。織原とアポリュオンの激突に割って入るものなどおらず、全員が眺めていた。
「ここまでやれる人間がいるとは・・・・・・だが、終わりだ!」
胸元に手を当てると、アポリュオンのスピードが上がる。攻撃する場所がわかっていたのでそこの足元を剣で払うが、飛び上がったアポリュオンの足は八本に分かれ、虫の腹のような尾も生えていた。
「気持ち悪い!!」
「失礼な!我の本質はイナゴ!これこそ我が真の姿だ!」
腰に生えたバッタの羽を羽ばたかせ、一気に接近して織原を吹き飛ばす。背中、腕、下半身の虫足をフルに使い攻め立てるが、織原はそれを捌いていく。
「ぐっ・・・・・・!!」
「織原!!」
すぐに永華が駆け出そうとするが、背中の虫足を高速で振るうアポリュオンの猛攻で発生した衝撃に吹き飛ばされる。
「うっ!」
「大丈夫か!?」
受け止めた飛天に「あ、ありがと」と礼を言うと、地面に下ろされる。
「なんという戦いだ・・・・・・」
驚きに満ちた声を飛天が漏らす。さすがに、この一騎打ちに飛び込める命知らずはいなかった。が、それが織原を徐々に劣勢に追い込み始めた。
「(まずい・・・・・・早くなんとかしなくては・・・・・・)」
と、アポリュオンの胸元の宝玉が目に止まる。確か魔導変化する時、さらなる強化をする時、そこに手をかざしていた。もしやと思い、織原は勝負をかけるべく距離を詰めた。
「でやあああっ!!」
「バカめ、死に急いだか!!」
突っ込んだ織原を肩の虫足が貫く。だが、執念で腕を伸ばした剣先が、アポリュオンの胸鎧を突いた。ついに鎧に日々が広がり、宝玉が取れた。動揺したアポリュオンの虫足の力が緩んだ時、その爪から逃れた織原が取れた宝玉に手を伸ばす。
「―――とった!!」
「―――何!?」
外れた宝玉を織原が掴む。さすがに予想外だったのか、あのアポリュオンが目を見張っている。と、彼の体が魔導変化する前に戻った。
「なるほど・・・・・・魔導変化とやら、こいつに秘密があるようだな」
「ちっ、いつから・・・・・・」
「一度目のパワーアップの時、手をかざしていた部分にあったそれに気付いた。何か秘密があるとわかったよ。後はこいつを分析にかければ・・・・・・」
「そうはさせるか!!」
叫ぶや否や、アポリュオンは人差し指と中指を伸ばした左手を向ける。と、織原が掴んでいた宝玉が爆発した。手の中で炸裂弾が弾けたのも同然の出来事に、誰もが唖然とした。
「ぐああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
腕を抑えて転げまわる織原の痛みは尋常ではない。砕けた宝玉の欠片が手を貫通し、右手が血だらけになっている。一瞬逸れた気をディステリアとセリュード、睦月が戻した時には、アポリュオンは逃走していた。
「・・・・・・おのれ・・・・・・魔導変化の核を失うなど・・・・・・万死に値するどころではない・・・・・・」
歯軋りしたアポリュオンは、カティニヤスの街を駆ける。ラグシェで自ら退いた時とは違う、彼にとって初めての敗走だった。