第88話 命を賭けて!勝負の一撃
投稿のための書き下ろし第6弾。
殷楚軍の本部。会議室に小香と真緒が集まっている。二人が見ている長テーブルには、現場の様子が映し出されている。
「皇帝は?」
「玄奘法師と共に避難してもらっている。有事の際を考えてシェルターに」
「大丈夫なの?本物だっていうのも怪しいんでしょ?」
「本物・・・・・・と判断せざるを得ないんですって」
呆れたように肩をすくめると、真緒はホログラムの町に目をやる。敵は赤い棒で示され、見方は青い棒で示されている。ディステリアたちブレイティアメンバーは、緑の棒の『UNNOUN』。
「名称『ディゼア』と呼ばれる怪物はあらかた片付いた模様です」
「これも・・・・・・彼らの働きかしら」
眉間にシワを寄せる真緒に、小香は心配そうな顔を向ける。
「不安なの?あなたにしては、らしくないわね」
「うん・・・・・・織原の予測どおり、別のほうからもディゼアがやって来た」
「それは、永華やあの烏天狗が片付けてくれたけど・・・・・・どうかしたの?」
怪訝そうに眉を寄せる真緒に、小香は何か言おうとして思い留まる。まるで、信じたくない・・・・・・口にしてはいけない事実を言おうとしているように・・・・・・。
「・・・・・・・・・どうしたの?」
「殷楚軍の攻撃は・・・・・・何をもってしても倒せなかった怪物。それを永華は倒せている・・・・・・織原も、倒せなくても相手にはできている」
「・・・・・・・・・それが?」
「あの怪物を倒すには、幻獣の力を持っていなければならない・・・・・・」
「・・・・・・何が言いたいの?」
眉を寄せて聞く真緒に小香は言葉を詰まらせ、絞り出した。
「織原や永華は幻獣の力を持つ者・・・・・・ブレイティアとつながってるの?」
切羽詰った様子で信じたくない可能性を口にした小香に、しばらく黙っていた真緒は溜め息をついた。
「あなたにしては突飛な発想ね。飛躍しすぎてるわ・・・・・・」
「そう・・・・・・そう、よね・・・・・・」
真緒に切り捨てられ、小香は安心したように微笑む。
「ごめん、変なこと聞いて」
「しっかりしてよ。私たちのミス一つで、部隊全滅がありえるんだから」
「うん」
しっかりした表情に戻った小香は、真緒と共に戦況確認に徹した。
―※*※―
殷楚軍の張った別の防衛ライン。当初、高い攻撃力と防御力を持つディゼアに苦戦する殷楚軍だったが、織原と永華、そして飛天の参戦で徐々に押し返していった。織原が長い棒で飛ばし、永華が双剣で切り伏せる。
「おおおおおおおおおっ!!!」
生き残った者は、高速で動く飛天が八手の葉のように外側がいくつかわかれている剣―――扇羽剣・飛旋翔羽で、風の刃でしとめる。
「お前らなど、この扇羽剣・飛旋翔羽の刀のサビにはもったいない!」
この場合、『剣のサビ』と言うかもしれないが、この際どうでもいいだろうし、そんなことを考える余裕もあるはずがない。英里率いる医療部隊に手当てを受ける中、負傷した殷楚軍は前線に目を向けていた。
「強い・・・・・・あれが、ブレイティアメンバーの実力・・・・・・」
「幻獣を加えるか否かで、ここまで違うのかよ・・・・・・」
「それは関係ないでしょ・・・・・・!」
辛そうに呟く英里に、殷楚軍兵士はハッとする。前線で戦うものの中にいるブレイティアの隊員は、飛天だけ。後は自軍の同僚・・・・・・織原と永華だった。
「・・・・・・・・・すまない」
「ううん。気持ち、わかるから・・・・・・」
ここ、カティニヤスでも、幻獣やその血を持つ者に対する世間の目は冷たい。生き残る確率が低いくらいだ。そんな環境で育った英里は、マーメイドの友人を持ってるゆえすぐ受け入れられる。
でも、他は?
特に心配なのが、ブレイティアという組織を疑っている小香と真緒。国を守るためなら例え親友にでも剣を向ける、犠牲にする。それが彼女たちの覚悟。それは理解できる。『何かを守る』ということはそういうことだ。だが、
「(いざ突きつけられると・・・・・・こんな気持ちになるんだ・・・・・・)」
想像を遥かに超える現実。知って初めてよくわかる。本当の意味で考えることができる。想像では、『その程度』と笑われても仕方ないほどしか思い浮かべられない。
「・・・・・・・・・」
「あの、英里さん?」
「あっ、ごめん」
殷楚軍兵士に話しかけられて我に返り、英里は搬送を続けるよう隊員に指示した。
―※*※―
デーモの猛攻が続く中、ディステリアたちは前線した。敵のスピードに追いつけるユウが取り付いて速度を落とさせ、そこにディステリアが攻撃する。体勢を崩したところにセルスと睦月が後方支援を受け、セリュード、孫悟空が突っ込む。特に孫悟空は分身で畳みかけ反撃の隙を与えない。この波状攻撃で終始有利に進められれば儲けものだったが、それで終わればデモス・ゼルガンクは、世界は愚か神々に対しても喧嘩を売らなかっただろう。
「―――ふん!!」
体を回転させ、尻尾を振り回す。それだけなら孫悟空の分身たちは避けるのは造作もなかったが、翼の縁から伸びた爪が伸び十数人が体を貫かれ消えた。
「ちっ・・・・・・さすがに、簡単にはいかないか」
「いってもらっては困る。簡単にやられてもらっては困る!この魔導変化こそ、我ら矮小な存在が神々を屠るために力なのだからな」
「そうまでして、なんで神や世界を消そうとする・・・・・・」
「世界を再生し、我が主に治められた世界を作るためだ」
振り下ろされた爪を剣で受け止め、セリュードが耐える。
「理解しがたいな。『確かに存在しているのは、自らを神に置き換えた『人間の指導者』という偽りの神』。テメエらの主はそう言ったな」
「それがどうした!」
力を込めて押し潰そうとするデーモを、割り込んだディステリアが蹴り飛ばす。
「テメエらのボスがなろうとしてるのだって、てめえらが『偽りの神』と罵った指導者と変わんねぇんじゃないのか!!」
「そうだ。『人間』という器に収まるままだったらな」
「「・・・・・・!?」」
不敵な笑みを浮かべるデーモの言葉の意味が理解できず、ディステリアもセリュードも眉を寄せる。
「神は世界全ての事象を知り、即座に理解しながら己の存在を保つことができる。これで現世に介入できるとしたらどうだ?」
「そうなったら、不公平などなくなるな。全てを知ってるのなら、問題の発生過程も知っているし、解決法も知っている。だが・・・・・・」
「―――不可能なんだよ!!」
セリュードの言葉を継いで孫悟空の分身が二体ずつ左右から飛びかかり、デーモが構えた腕を如意棒で打つ。強い衝撃が走って殻にひびが入り、すぐ離れたがそれぞれ一体は爪の一撃で掻き消された。
「あんまりドカドカ介入すると、人間は自分たちの力で解決しようとしなくなる。それに、現世事態にも悪影響が出る」
「言い訳だな」
せせら笑うデーモに、「何?」と孫悟空が眉を寄せる。
「・・・・・・世界を入れ物、神を人間に例えた話がある」
銃弾を装填しながら、配置についた睦月が口を挟む。
「入れ物に余裕があれば、指一本、腕一本入れても影響はない。だが、その余裕をゆうに超えるもの・・・・・・入りきらない体全体を無理に入れようとすれば入れ物に負荷をかけ、下手をすれば当然壊れる」
銃を向けて発砲するが、翼で防がれる。だがそれは最初から囮。がら空きの左側からユウが飛び込み本命の攻撃を繰り出すが、死角から伸びた尻尾に阻まれ離脱を余儀なくされる。
「神のように、世界にとって入りきらない存在が、下手に器に入ろうとしたらどうなる?」
結果はわかりきっている。入れ物を維持したいのなら無理に入らなければいい。腕一本、指一本しか入らないのなら、それだけ入れればいい。だが、『世界』はこの単純な入れ物のように『空』ではない。中身がある以上、干渉を行えばその周りになんらかの影響が起きる。しかもそれは、必ずしもいいものばかりとは限らない。その影響の大きさを考えることが、観測する者に求められている。
「自分の行動が与える影響の大きさを考えれば、下手な干渉はできない。すれば、いつかの神話時代の繰り返しになってしまう。だから神は、人間の世界に手を出さない」
「なら、なぜ今は手を出している!?」
孫悟空の言葉にデーモが反論すると、彼は続けながら如意棒を向ける。
「悪いが、今の世界には神様連中にとって興味深い変化が起きてるらしいんだ。だから、潰されたら困るんだとよ!」
「ククク・・・・・・なんとも勝手な言い草だ!!」
「だろうな。だが、俺たちも同意見だ!」
不敵な笑みを浮かべ、ディステリアが天魔剣を構える。
「お前らほど・・・・・・滅んでほしいなんて思ってないんだよ、俺たちは!!」
それが例え、デモス・ゼルガンクにとって無知ゆえでも、ディステリアたちには引き下がれない理由にできる。飛びかかったデーモにセリュードが横に離れると、敵を見据えてディステリアは天魔剣に光の力を溜める。
「(―――ぐっ!?)」
が、異変が起こる。天魔剣を持つ手に焼けるような痛みが起こる。顔をしかめるディステリアにセリュードは目を見張り、攻撃に転じられないと悟ったデーモは笑みを浮かべた。
「―――隙ありだ!!」
「ヴェントランス!」
ディステリアが体勢を崩させてから放つ手はずだった技で彼を助ける。デーモは左腕で弾いたが、そこに痛みを堪え、無理矢理天魔剣を突き出す。剣先が胸の数センチ前で止まる。ディステリアに向けて振りかざすはずだった右腕で、それを止められる。
「―――っ!!」
「危ない!」
嘲笑うように声を漏らしたデーモの尻尾がディステリアを打ち上げる。セリュードが援護をかけようと駆け出すが、それより早くデーモはディステリアに接近する。再び爪を振りかざすが、飛ばされた体勢のまま振った天魔剣をかわすべく急停止し、体を反らせる。天魔剣の剣先が、鼻先を掠める。
「―――フレイムランス!」
連続で放たれる炎の槍が降り注ぐ。体を回して体勢を整えたディステリアは着地し、駆け寄ったセルスが声をかける。
「大丈夫!?」
「ああ。世話かけた」
膝を突いたまま天魔剣を構えるが、魔力を込めると再び痛みが走る。思わず放しそうになったのを堪え、呻き声を漏らして右手首を押さえる。
「どうしたの!?」
「気にするな。それより、敵から目を話すな!」
ディステリアが顔を上げ、セルスもデーモに目を向ける。孫悟空の分身に混じり、猪八戒と沙悟浄も波状攻撃に加わっていた。沙悟浄の武器がデーモの左肩を捕らえ、猪八戒の武器が右の二の腕を打つ。うっとうしそうに舌打ちしたデーモは、体を高速回転させ孫悟空の分身を吹き飛ばした。
「兄貴~~!分身の補充、よろしく」
「バカ言え!これ以上やったら禿げる!」
すでに分身の補充を四回も行っていた孫悟空の髪は、長さがまちまちでボサボサになっていた。残りの分身は30体ほど。術を使うための力も少なく、長期戦は不利になるばかり。
「・・・・・・つっても、それは向こうも同じか。その魔導変化って奴、どれくらい持つんだ?」
挑発する孫悟空の言葉にデーモの顔色が変わり、わずかながら息を切らしている。それを見た孫悟空は、核心を固めた。
「おい、あれをやるぞ」
「あれか?」
「でもよ、兄貴。あれは周りへの被害が大きいって、お師匠さまから止められてるよ。特に町中では」
「そうなんだよな~~・・・・・・ん?」
と、孫悟空の目に止まったのはセルス、それから近くにいる睦月。睦月がこちらを気にしてるのをいいことに、孫悟空は彼を手招きした。
「・・・・・・なんだ?」
「ちょっと相談があるんだがよ・・・・・・」
「内容による・・・・・・」と話している間、セルスはデーモに杖を向ける。
「ストーム!!」
「ハッ、単調だな!」
真っ直ぐ突っ込む竜巻を飛んでかわし、デーモが笑う。
「かかったな、フレイムランス!」
続けて放たれた炎の槍はデーモに当たらず、捉えたとしても爪で掻き消される。
「まだまだ!ブリザード!」
ダメ押しの猛吹雪は翼で防がれる。爪で防げば高温から低音への急な変化に対応できず砕けたのだが、それはデーモに読まれていた。
「もう終わりか?」
「くっ・・・・・・」
「セルス、一端下がれ!」
反射的に後ろに下がって振り返ると、その先にセリュードが立っている。隙を突こうとしたデーモも、孫悟空の分身たちに阻まれている。
「お前は後方支援に回ってくれ。孫悟空らに、何か考えがあるらしい」
「わかった・・・・・・」
頷くと、後ろに飛んでさらに下がる。四方八方から孫悟空の分身たちが跳びかかるが、デーモは翼で止め、尻尾で弾き飛ばし、残りを爪で裂く。
「ぐうっ!!」
「くく・・・・・・次にやられたいのはどいつだ?」
不敵な笑みを浮かべて振り返る。その時、爪でやられた孫悟空の一人が、口から血を流しながらデーモを睨み、太くなった右腕を引いている。
「―――!?」
それに気付いて振り返った瞬間、孫悟空の一撃がデーモに打ち込まれる。それは分身ではなく、孫悟空の本体。
「(バカな!この類の分身は、本体に強いダメージを受ければ消えてしまう!!)」
ゆえに本体は、安全な場所に陣取るはず。だが、孫悟空はあえてそんなことをしなかった。それが、デーモに隙を作った。
「―――いまだ!やるぞ、猪八戒、沙悟浄!!」
「わかったよ、兄貴!」
「ほんとにやるんだね」
よろめいたデーモから離れた孫悟空、デーモの後ろに陣取る猪八戒と沙悟浄。三人は武器を地面に刺し、両手で印を組む。
「水!」
「陸!」
「天!」
「「「三仙法力、魔封爆崩!!」」」
三人が仙人としての力を放出させると、それに呼応してデーモのまとう外殻に亀裂が入る。
「何!?」
戦闘の最中、デーモを捕らえた猪八戒の攻撃と沙悟浄の攻撃。最後に孫悟空が己の仙人の力を打ち込み準備は完了。それをデーモの体内で混ぜ爆発させる。
「セルス!クリスウォールだ!」
睦月の声を受け、セルスが振り返る。
「これは彼らからあらかじめ言われていたことだ。陣の上にクリスウォールを張るんだ!」
視線を向けると、孫悟空たちの周りの地面に溝が掘られている。デーモへの攻撃の間、ユウとサツキが掘り込んだようだった。三人の技を受けてもなおも抵抗を続けようとするデーモを見て、セルスは睦月の指示に従うことにする。一抹の不安を覚えつつも、杖を立てて詠唱を行う。
「―――クリスウォール!!」
着けた杖の先から水晶の壁が現れ、陣に沿って生えて孫悟空らを囲む。本来ならそれで終わりだったが、そこからさらにいくつも結晶が生え続け、ドームのようになる。
「これって・・・・・・!」
「誘導、それから増幅の魔方陣だ」
「でも、これじゃあ孫悟空さんたちも・・・・・・」
「言っただろ、彼らに言われていたと。あの技は周りへの余波も強いんだ」
「・・・・・・っ!」
魔方陣が掘り込んである時点で気付くべき、いやさっさと思い出すべきだった。セルスが悔やんでいると、次に睦月はディステリアに叫ぶ。
「構えてるんだ、ディステリア!恐らく、奴は―――!」
言い終わらない内に辺りに衝撃が走り、水晶の壁に日々が入る。それからすぐに崩れて行きマナの乖離で消滅していくが、その天辺を突っ切ってデーモが飛び出す。尻尾は焼ききれ、翼も体を覆う殻もボロボロ。息を切らすデーモが見下ろしているのは、同じく息を切らせている孫悟空たち。怒りを湧きあがらせ、彼らに襲いかかろうとした時、先に動いたものがいた。
「(天魔剣にいくつも重ねた刃を―――飛ばす!!)」
空中から孫悟空らに向けて突っ込もうとするデーモを見据え、天魔剣を振り上げる。
「ルーチェ・フリューゲル!!」
重なっていたいくつもの光の刃が飛ぶ。空気を裂く音に気付いたデーモが振り返ると、ガラスが砕けるような音と共に貫かれる。
「ぐっ!!」
が、致命傷には至らない。狙いが甘く、数発は翼に偶然当たっているに過ぎない。
「浅い!」
「どころか、ほとんど当たってねぇ!」
「―――ヴェントスピア・サイクロン!!」
ディステリアと睦月が叫んだ直後、セリュードが体を回し、腕を捻る。そして突き出した槍から放たれた竜巻がデーモを捕らえる。
「(ディステリア、行け!!)」
「ちっ、ザコどもが。無駄な足掻きを!!」
ところが、そうとも言えない。孫悟空らの術を食らい、デーモの体には相当のダメージが溜まっている。セリュードの繰り出した竜巻による風圧で、脆くなった外殻が削り取られている。だが、彼らの本命はそれではない。
「(・・・・・・ったく。こいつは結構キツイな)」
竜巻の外側を高速で回っているもの。その遠心力を剣に乗せ、標的に向けて振り下ろす。
「テネブラエ―――!!」
「―――!!」
「―――トルネード・セイバー!!」
遠心力を乗せた闇の刃が、デーモを捉えた。