第86話 湧きあがる疑念、私はお前たちを信じない
投稿のための書き下ろし第4弾。
建物の中を歩いて行くセリュードたち。訓練エリアに差し掛かると、中で手合わせしている二人にセリュードが気付く。
「飛天か・・・・・・相手は誰だ?」
肩まで届く銀髪の女性は細身の剣を両手に持ち、飛天にも勝るとも劣らないスピードで戦っている。しかも、空中から攻める彼にジャンプで対応している。
「すげぇ・・・・・・ジャンプ力もそうだが、空を飛べる奴にあそこまで対応できるなんて・・・・・・」
「彼女は美 永華。私たち自慢の双剣使いです」
かけられた声に振り返ると、群青の髪を頭の後ろでまとめている、目つきの鋭い女性が立っている。
「茂 真緒と申します。お見知りおきを」
「これはご丁寧にどうも。俺はセリュードといいます。こちらはクウァル、セルス、ディステリア」
「どうも」
「よろしく」
「ご丁寧にどうも。あと、よろしくという言葉には答えることはできません」
「えっ、どうして?」
戸惑うセルスに、永華はどこか寂しそうに視線を落とす。
「私たちは、ブレイティアという組織を警戒しております。私もその警戒派の一人です」
「あっ・・・・・・」
悲しそうな顔をするセルスに、「こちらです」と背を向けて永華が案内する。
「警戒派と言うと?」
「今、我が軍はブレイティアという組織を疑う者、信用する者、様子を見るため静観する者に分かれています。最初に会った小香も、警戒派の一人です」
織原の説明にセリュードたちは表情を強張らせる。
「それだけ胡散臭い組織・・・・・・ってことなのか、俺たち?」
「申し訳ありませんが、新設された組織というものはそうでしょう。ちなみに、私は静観派でして・・・・・・」
「聞いてない」と小香が突っ込み、織原が苦笑する。やがて、彼ら四人はある部屋に着いた。
「ここが客人を迎えている部屋です。隔離施設ではないので、余計な警戒はしないよう」
「どうも。余計な気遣いありがたく・・・・・・」
嫌味を込めた小香に、皮肉を込めてディステリアが返す。ドアを開けると、複数の髪の束を槍にしたサツキと半獣化したユウが組み合っていた。
「・・・・・・・・・何やってんだ、あれ」
「さあ・・・・・・」
いつも通りの睦月の取り合いかと思ったら、部屋の中に彼はいない。
「だから!サツキは中距離までしかできないから、ユウが引き寄せた敵を突けばいいの!」
「それじゃあ、あなたが危険じゃない!そんなリスクが高い攻め方するなら、睦月の後方支援を受けて二人で突っ込めばいいでしょ!?」
「この前の戦闘で、あなたの髪の毛がムーの邪魔になったってわかっていってるの!?」
「そりゃ、あれは私のミスだけど・・・・・・でも、こんな無茶はさせられない!」
「睦月の取り合いじゃないみたいだな・・・・・・」
「だな・・・・・・」と、唖然とした声でディステリアがセリュードに答える。
「大体、恋人になったからって睦月のこと馴れ馴れしく呼びすぎ!」
「ムーのことムーって呼んで何が悪いの!?」
「呼び方が幼いの!」
「余計なお世話よ!」
脱線した言い合いにディステリアたちはますます呆れ、セリュードは織原と顔を見合わせる。
「ええっと・・・・・・これは・・・・・・」
「見ての通りです。このような言い争いがそりゃ、日常茶飯事で・・・・・・」
「あの二人・・・・・・今度こんな言い合いしたら追い出すって言ったのに・・・・・・」
表情を引きつらせている小香に、「そう言うなよ」と織原が話しかける。
「どうせもうすぐ終わる・・・・・・」
「どういう意味だ?」
クウァルが言いかけると、「あっ、お前ら」と聞き覚えのある声がする。ディステリアたちが顔を向けると、首にタオルをかけた睦月が立っていた。
「睦月・・・・・・」
「物資補給の要請をしてたが、まさか来るのがお前らだったとはな」
「遅くなってすまない」
セリュードが謝罪すると、「いや、いい」と睦月を首を振る。
「お前ら、今度は何やってんだ」
「あっ、ムー」
「お帰りなさい。お風呂どうだった?」
途端に取っ組み合いをやめ、変化を解いて人の姿に戻った二人に誰もが唖然とした。
「どうだったって・・・・・・いつも通りだ」
肩をすくめて部屋にはいった睦月は、「で・・・・・・」とセリュードたちに目をやる。
「依頼した物資は?」
「うちの軍が検閲中。悪いね・・・・・・」
「まったく・・・・・・慎重なのはいいが、いい加減信用してくれ」
「そうはいきません」と小香が厳しい眼差しで睦月に返す。
「こちらで食べた食料の分は、兵糧も押収するつもりです。これくらいはよろしいですよね?」
「あらら、しっかりしてる・・・・・・」
がっくりうな垂れ溜め息をついた睦月は、顔を上げてディステリアに目をやる。
「第一、なんでここまで時間がかかったんだよ」
「お前らが見つからなかったんだ。場所くらい教えろ」
「カティニヤスってことはわかってるだろ。それに、殷楚軍に保護されてからは・・・・・・」
そこで「あっ・・・・・・」と声を漏らす。
「提示報告してなかった・・・・・・」
「おい、ダメだろ!」
「仕方ないんですよ」と織原が口を挟む。
「うちの軍に制限されていたんですから」
「そ、そうかい・・・・・・」
―※*※―
一方、殷楚入り口の検問。普段は犯罪者が指名手配されない限り使われないが、デモス・ゼルガンクの宣戦布告以来、今日まで厳戒態勢が続いていた。そこに、白い龍馬を連れた一行が近づく。
「―――!待て!」
不審に思った兵士が門を閉め、武器をもつ手に力を入れて駆け寄る。
「見るからに怪しい奴。何者だ!?」
「なんだと、てめえ」
「悟空、抑えなさい」
孫悟空を諌めた玄奘法師は、竜馬から降りる。
「私は玄奘法師という者。殷楚に入りたいのだがよろしい?」
「各地で市民を助けているという、三蔵法師の生まれ変わりか?」
胡散臭そうに聞き返す兵士だが、門側の建物から兵士が頷く。
「確認が取れた。軍の隊長が礼を言いたいそうだ。基地まで同行してくれないか?」
「わかりました」
拘束しようという裏があるのは見え見えだったが、下手に騒ぎを起こして殷楚を敵に回したくはない。裏の有無に関係なく、玄奘法師は兵士の申し出を受けた。迎えに来た装甲車は法師らを乗せ、殷楚軍の基地に走っていった。
―※*※―
殷楚軍基地の一室。緑の短髪の女性が、通信で画面越しに誰かと話していた。
「・・・・・・というわけでさ~~。睦月くんたちを保護してから基地の中がピリピリしてるのよ」
《それは、なんというか・・・・・・》
画面向こうの女性は苦い顔で答えると、女性は不安そうに顔を曇らせる。
「ねえ・・・・・・ブレイティアって、問題を引き起こすために動いてるの?」
《そんなことはないわよ。だったら、私は参加とか協力なんかしないから》
「うふふ・・・・・・冗談よ、メリス」
画面向こうのマーメイドは、《まったく、もう》と肩を落とした。
「私としては信じてあげたいんだけど、小香ったら疑う気満々なんだもの」
《生粋の軍人・・・・・・だから?》
「ううん。彼女って、軍の指揮の中心に近い立場だから、そのプレッシャーがあると思う」
《そっか・・・・・・》
責任が大きければ大きいほど重圧もかかり、人は焦りを感じる。下手をすれば勇み足を踏むこともある。小香はそんな状況の中、慎重に動こうとしているのだろう。
《じゃあね、英里。また何かあったら教えて》
「オーケー、オーケー。メリスも気をつけてね。医療部隊ってことは、戦場に出ることもあるんでしょ?」
《そうね。護衛があるとは言え、危険なのは変わりないから》
儚げに微笑んだメリスの画面が消えると、英里は背もたれにもたれて伸びをする。
「ん~~~~・・・・・・・・・・・・はあ・・・・・・」
そのままだらりと腕を垂らし、天井を見上げた。
「・・・・・・・・・な~んで一人で背負っちゃうかな、あの子」
指揮に近い者として、他者に弱みは見せたくない。だから、自ら壁を作り孤立する。そんなので人は生きていけない。知ってるはずなのに、ついてくる部下を不安がらせないよう気丈に振舞う。
「・・・・・・そんなことせずに、相談しなさいよ。上司と部下じゃなくて、親友同士として・・・・・・」
何度入っても聞いてくれない頼みを口にし、英里はイスから立ち上がった。
―※*※―
玄奘法師一行を乗せた車が到着した頃。殷楚軍のミーティングルームでは、織原、小香、英里、永華、真緒の五人が集まり、資料が載ったテーブルを囲んでいた。
「玄奘法師とは何者だ?」
「国内の町を巡り、人々の助けになっている人物とある。事実、圧制を強いていた者を戒めたり、悪事を暴いたりしている」
「世直しでもしているつもりなのか?」
織原の説明に真緒が疑いを込めて眉を寄せる。
「圧制を強いていたとは言え、下手をすれば暴動が発生して多くの死傷者が出た可能性だってある。ブレイティアもそうだが、私は簡単に信用できない」
「私は、あの人たちは信用できると思う」
おもむろに口を開いた永華の言葉に、全員が彼女に目を向ける。
「少なくとも、あの飛天という烏天狗は裏なんかなかった」
「あなたが言うなら間違いないでしょうけど・・・・・・」
永華はそう断言したが、小香にはそんな安直な判断は許されない。指揮官を補佐するものである以上、その一言が指揮官の考えを左右させるきっかけであり、状況次第では自分の無責任な考え一つで軍の全滅もありえる。だから、楽観視はできない。そんなことしたら、補佐とは言え指揮官としての器が疑われる。
「織原、あなたがブレイティアを信用する根拠は?」
「彼らは謎の怪物から人々を守っている。我々の対応が後手に回っている間に、な」
「しかし、それは人々の心を掴むためとも考えられます。現に、彼らは市民を勧誘して組織に加えています」
「優秀な人材を取り入れようとするのはどこでもやる、ってことだ。それに、無理矢理じゃない。話をした上で志願したらと言う話だ」
「そう誘導しているのかも。デモス・ゼルガンクという連中とも、裏でつながっている可能性があります」
「自作自演か。考えられなくもないな」
小香の意見に織原が頷く。
「だが、彼らと行動を共にする者の中に、気になる名前がある。エウロッパのある街じゃあ、ジークフリートやらクーフーリンという名前の奴が共闘してたそうだ」
「誰ですか、その二人?」
説明する織原に小香が首を傾げていると、永華が口を出す。
「異国で語られる伝説に出てくる英雄の名だ。しかし、共に動いてたとは初耳だな」
「験かつぎのため、かつての英雄の名を名乗らせているのでしょうか?」
厳しい言葉を呟く真緒を、織原は横目で見て気付かれないように溜め息をつく。
「(さすが堅牢で名高いカティニヤス軍。信用させるにも一筋縄じゃいかないか・・・・・・)」
「それと、他にも気になることが・・・・・・」
そう言って真緒が数枚の写真を放る。映っていたのは、軍が基地に連れてきた玄奘法師一行。
「例の・・・・・・?」
「ああ。彼らはブレイティアとの接触を求めてきた。様子見として、今別室で、会わせている」
「随分と危ない賭けに出たわね・・・・・・」
褒められた行動ではない、と言うように小香は眉を寄せ、真緒は申し訳なさそうに眉を寄せて軽く頭を下げる。
「一応、監視カメラで見張っている。おかしなとこがあれば、すぐわかるだろう」
「わかりませんよ。彼らは妖術が使える可能性もありますので」
そう返した真緒に、織原は「(敵わんな)」と内心笑った。
―※*※―
「・・・・・・ということで、俺たちは見張られている」
玄奘法師一行が通された部屋で、睦月を始めとした面々が話している。
「敵と見方の区別もつかないのか!?」
「そう言ってはなりません。それだけ、敵と味方がわからない状況にあるのですから・・・・・・」
憤慨する孫悟空を玄奘法師がなだめ、睦月たちのほうを見る。
「しかし、なんら不自由はないのでしょう?」
「ああ。気を抜いた俺らがボロを出すのを期待しているらしい」
「はあ・・・・・・お宅らも大変ね~・・・・・・」
「他人事かよ」と沙悟浄が猪八戒に突っ込む。
「ところで、俺たち人数が足りなくないか?」
猪八戒の一言に誰もが頭に疑問を浮かべる。それがすぐ受け入れられたのは、玄奘法師とセリュードと飛天くらいだった。
「そういえば、何人か足りないな。誰がいないんだ?」
孫悟空が見渡すが、最初にいたメンバーが誰かなど彼が知るすべはない。セリュードも見渡すが、彼の小隊は全員いる。
「睦月、キミの部隊は?」
「・・・・・・・・・ユウがいない」
「そうか。じゃあ、いなくなったのは彼女だけか」
「いえ」と玄奘法師が否定する。
「もう一人・・・・・・私たちの連れがいません」
「「「「あっ・・・・・・」」」」
孫悟空ら四人が声を合わせ、セリュードたちと睦月たちは首を傾げる。
「連れ?誰かいたか?」
「いたでしょう。狐の耳を頭から生やした・・・・・・」
「いたか?」
「さあ?」
顔を見合わせるディステリアとセルスに、「おいおい・・・・・・」と孫悟空が呟く。
―※*※―
会議が終わった後、廊下で織原に、不安そうな顔の英里が話しかける。
「・・・・・・ねえ、織原。私・・・・・・話したほうがいいかな。ブレイティアのメンバーに友人が加わってるって・・・・・・」
「いつかはそうしたほうがいいだろうが、タイミング的に今はまずい。君まであらぬ疑いをかけられる可能性がある・・・・・・」
「うっ・・・・・・」と英里は表情を曇らせる。折原のいうことは正しい。だが、小香や真緒は訓練校時代からの友達。永華とは、交流ができたのは軍属になってからだが、他の二人に隠し事をするのは気が引ける。
「うう~~・・・・・・」
「あまり根詰めるな・・・・・・と言っても無理か」
「無理です・・・・・・」
沈んだ声を出して英里と織原が歩いていると、分かれ道の先で何やら人だかりができている。
「だから、違いますって!」
「どうかな?あんたら、司令部のほうから警戒されてるんだろ?」
英里と織原が人だかりに近づくと、玉藻とユウが言い争っていた。
「私たち、あなたたちに怪しまれるようなことはしていません!」
「じゃあ、なんで揃いも揃って拘束されてるんだ!?」
「拘束!?任意の事情聴取じゃなかったんですか!?」
「それは口実だ!」
「おい、それはまずい」
兵士の一人がもう一人に突っ込むと、「と、とにかく」と兵士は言い直す。
「怪しいもんは怪しいんだ。こんな所にいるんだってな」
「だから、それを言う理由がどこにあるの!?」
「言えないことなのか?」
「それにお前、妲己って名前だそうじゃないか!かつてこの国を地獄に変えた、金毛白面九尾の狐の化身!」
「そ、それは・・・・・・」
目を逸らす玉藻に「そら見ろ!」と強気で迫る兵子の前に、四肢を狼の毛皮に包まれたユウが立ちふさがる。
「この人、いじめるのダメ」
「いじめって・・・・・・情に訴える気か!?」
「ユウたちは道に迷っただけ。こんなことされる覚えはない」
「どうかしら」と人ごみを掻き分けて小香が前に出てくる。
「確かにこの基地は、道を知らない者が無闇に歩けば迷うよう複雑な構造になってるわ。でも、それはあらかじめ話したよね」
「私は来たばかりだから知らないんだけど」
ユウよりも先に玉藻が言うと、小香は眉を寄せる。
「でも、彼女は知ってるわ。迷うフリをして中の様子を探ってたのかしら」
「随分、意地悪なことを言うのね。どこの世界も軍人は・・・・・・」
「(どこの世界も?)」
玉藻の言葉が引っかかり、人だかりの向こうで聞いていた織原が眉を寄せる。
「とにかく、私たちは怪しまれるようなことはしてないから」
「じゃあ、どこに行ってたか教えてくれない?」
「それは・・・・・・」
ユウが視線を逸らすと、小香は怪しく感じる。顔を赤らめているが、疑ってかかっている小香はそれに気付かない。と、玉藻が両者の間に割り込む。
「答える必要があるかしら。プライベート・・・・・・とまではいかないけど、やましくなくても話せないことってあるよね」
「ええ。でも、そう言ってごまかそうとしてるんじゃないの?」
「疑い深いのね・・・・・・それとも、臆病なのかしら?」
「挑発?」
「そうとれる?」
小香と玉藻が睨み合い、兵士たちも殺気立っている。不安そうに英里が織原を見ると、彼は呆れて溜め息をついていた。織原が口を開こうとした時、ユウが先に動いた。
「何?」
「これ以上いじめるなら、容赦しない」
両手を構えるユウに、「だから、いじめじゃないって」と小香は返す。
「それとも、本性を現したのかしら?」
「これだと、いじめと間違われても仕方ないぞ」
耐えられなくなった織原が口を出すと、兵士全員が振り返り、身を正して敬礼した。
「織原司令官」
「司令官?あんたの部下は随分と失礼ね・・・・・・」
「それは悪かった」と、強気の玉藻に織原が謝罪する。
「だが、兵士の疑念も仕方ない。ここで何をしてたか、差し支えなければ教えもらえないか?」
「差し支えあるから教えられません」
「何かやましい所があるのか!?」
兵士の一人がいきり立つと、「ないわよ!」と玉藻が言い返す。
「・・・・・・・・・トイレよ」
「はい!?」
顔を赤らめたユウの一言に誰もが唖然とする。通路全体を気まずい空気が支配し、意味を察した織原は深く溜め息をついた。
「・・・・・・・・・気が利かない部下が失礼した」
「まったくよ・・・・・・」
部下の勇み足により着せられた濡れ衣とマナー違反に、織原は謝罪するしかなかった。