第85話 二匹の聖獣と老いた熊猿とボケるセルス
投稿のための書き下ろし第3弾。
カティニヤス、ヒンディア、ひいてはエイジア大陸を横断する大きな道、〈砂中の貿易路〉。砂や荷物を狙う山賊避けの木々や城壁がある道の側にいくつもの町があり、古くから貿易路として存在していた。その道に沿い、イェーガーは蛇行しながら西へ向かっていた。
それから一週間が経ち。
「全っ!然っ!見つかんねぇえええええええええええええええっ!!!」
〈砂中の貿易路〉の果てに近い砂漠地帯で、ディステリアが声を荒げた。イェーガーから降りているセルスとクウァルはダウン寸前で、暮れかかってることもありセリュードは野宿の準備をしていた。
「どういうことだ!?睦月たちはエイジア大陸にいるんじゃなかったのかよ!ええ、おいこら!?」
「黙れ・・・・・・」
飛んできた枝をかわすディステリアだが、イェーガーの装甲に跳ね返ったそれが後頭部に命中した。
「いっつ~~~・・・・・・」
「ああ、もう。何やってるのよ・・・・・・」
枝は自然に折れて地面に落ちたものをそのまま持ってきたもので、当然端はささくれ立っている。当たった箇所に指を当てたが、幸い傷は内容だった。
「セルスとクウァルは休んでていい。ディステリア、焚き火の準備をしてくれないか」
「わかったよ・・・・・・」
「待って。私も手伝う」
「だな。この程度でくたびれてたら、奴らと戦うなんてできねぇよな」
「そうか・・・・・・だったら、二人はテントを張ってくれないか?機材はイェーガーの中にある」
「はーい」
セリュードの指示にセルスが答え、クウァルと一緒にイェーガーの中に入る。
「砂の上だからな。うまく作れよ」
「へ~~い」
ディステリアは手ごろな石を探すと手早くそれを丸く並べ、その中にセリュードが拾ってきた枝を置いた。
「・・・・・・そうだ、火をつけるのはどうするんだ?」
「そうだな。ライターかマッチでも・・・・・・」
「ああ、私に任せて」
コクピットから顔を出して杖を向けたセルスに、ディステリアとセリュードは嫌な予感を覚える。
「ファイアボール!」
杖から撃ち出された火球はディステリアが積んだ石を砂ごと飛ばし、積み上げられた枝を爆発で散らした。飛び散った枝は、小さく付いた火で燃えている。
「あっ・・・・・・」
「・・・・・・戦闘では問題ないが、着荷には威力が強すぎるって、パラケルに言われてただろ」
「すっかり忘れてた」
ごまかすように笑うセルスに、セリュードとディステリアは深く溜め息をついた。
―※*※―
クウァルとセルスがテントを張ってる間、セリュードとディステリアは火がついた枝を集めた。小ささゆえ、疲労前に燃え尽きたものもあったが、焚き火を燃やせるほどは集められた。だが後からくべる分がなく、夜の森を拾いに行か言わざるを得なくなった。
「まず・・・・・・セルスは行くとして」
「ちょっと待って。なんで私が・・・・・・」
「枝をぶっ飛ばしたのはお前だろ」
クウァルに言われ、「うっ・・・・・・」と黙り込む。
「じゃあ、連れはディステリアな」
「「待て、こら!!」」
軽いノリでセリュードが指定すると、クウァルとディステリアが待ったをかけた。
「なんで夜道に男女二人きりなんだ!?無用心だろ!」
「俺が信用ならん、と言いたげなようだが、今回ばかりは俺も賛成だ」
「この場合、誰が行っても同じだろう」
「「ぐっ・・・・・・」」
セリュードの指摘に二人が黙り込むと、セルスは苦笑いした。
「悪いがセリュード、俺も行く。いくら隊長でもこればかりは譲れない」
「そうか・・・・・・一人なのは寂しい気もするが、二人より三人のほうが効率はいいかも知れん」
残念そうにセリュードが溜め息をつくと、クウァルとディステリアは目を合わせる。
「じゃあ、できるだけ早く頼むぞ。言っとくが、枝を折るのはなしだ。枯れる木が多くなって、保存団体が目を光らせている」
「「「了解」」」
三人が夜の森に入ると、「・・・・・・で」とセリュードは呟く。
「いつまでそこに隠れてるつもりだ?敵じゃないなら、一緒に火に当たらないか?」
ちらりと目を向けると、木々の間から二つの影が出てくる。一つは白い牛、もう一つは翼を持つ白い象。
「・・・・・・・・・あれ?」
牛と象が出てくるとは思わなかったセリュードは間抜けな声を出し、手に持っていた枝を焚き火の中に落とした。
―※*※―
焚き火で燃やす小枝を捜しに行ったディステリアたち三人は、セルスが杖に灯した光を頼りに夜の森を進んでいた。いくつか拾ったが、そんな中クウァルは表情を厳しくする。
「・・・・・・・・・気付いているか?」
「ああ。舐めんな」
「数は一人。押さえられそう?」
「さあ、な・・・・・・」
小さな声で会話して道を曲がると、杖の先の灯っていた光が消える。後をついて来ていた影が慌てて駆け出すと、曲がった先には誰もいない。影が目を丸くした時、上から小枝が落ちてくる。
「・・・・・・?―――!?」
一瞬首を傾げ、上に目をやると、無数の小枝が落ちてくる。頭から被りながらも飛び出すと、上から地面に押さえつけられる。背中に白い鳥の翼を生やしたディステリアが、影を押さえていた。
「毛皮・・・・・・?」
肌触りに眉を寄せると、再び灯った光が近づく。
「なんだ、こいつ。猿?」
「ただの猿ではない。我はヴァナラが一人、ジャンバヴァンだ」
「ジャンジャかジャン?」
真面目な顔で言ったセルスのボケに、「えっ・・・・・・」と全員が声を漏らす。
「だから、ジャンバヴァン」
「ジャバジャバン?」
困った顔でセルスが首を傾げると、ディステリアに押さえられたヴァラナが彼を押し退けて立ち上がる。
「どわっ!!」
「ジャ・ン・バ・ヴァ・ン!!」
「・・・・・・ジャ・バ・ジャ・バ・・・・・・バヴァン?」
考えながらゆっくり復唱したつもりのセルスに、ヴァナラはがっくり肩を落とした。
「ジャンバヴァンって、猿の毛皮と尾を持つ種族だろ?」
「そう、そうだ!いや~~、キミはよく知ってるな~~!」
正しく名前を言い当てられて上機嫌のジャンバヴァンは、クウァルの手を握って強く振る。
「それにしては・・・・・・サルじゃなくて熊っぽいですね」
「ぐぁはっ・・・・・・!!」
ふらついたジャンバヴァンは足元に散らばった枝を踏みながら後ろに下がる。
「ああ~~~~~~っ!!こら、てめえ!」
「人が気にしてることを・・・・・・」
「人がせっかく集めた焚き火を―――」
掴みかかろうとしたディステリアを、「ストップ!」とセルスが止める。落ち着いたディステリアがよく見て見ると、ジャンバヴァンはひどく落ち込んでいた。
「えっと、とにかく・・・・・・セリュードのところに戻ろう?」
「そ、そうだな・・・・・・」
セルスになだめられ頷いたディステリアは、クウァルと共に散らばった小枝を拾い集めだした。
―※*※―
「・・・・・・で、小枝と一緒に彼も連れてきたのか」
「ええ。さすがに、放っておくわけには行かなかったもので」
戻ってきたディステリアたちは、唖然とした。野営地貂にはセリュードのほかに、白い牛と翼の生えた象がいた。
「ナンディンにアイラーヴァタ。よかった~~、やっと見つかった~~」
「え~~っと・・・・・・事情が全く見えないんですけど?」
唖然とするディステリアに、「ええ」と振り返る。
「私はシヴァさまとインドラさまから、デモス・ゼルガンクなる輩に連れ去られたナンディンとアイラーヴァタの捜索を命じられていたのです」
「命じられたって・・・・・・こいつら、普段はどこにいたんだ?」
「私らの世界・・・・・・ローカパーラです」
「奴ら、神々の世界にも行けるのか!?」
「そういえば・・・・・・アテナさまが負傷したのって、デモス・ゼルガンクの手下がオリュンポスに侵入したからなんだよね」
「あっ・・・・・・」とディステリアが気付き、クウァルも顔をしかめる。
「望みを叶える聖牛カマデーヌを狙ったようですが、あの聖牛は七聖仙と一緒にスメール山を囲む山のどこかにいますから難を逃れました。ナンディン強奪の報を聞き、すぐサムパーティに透視を頼み大体の位置を掴みました。ナンディンとアイラーヴァタを連れ出した連中は倒したのですが・・・・・・」
「肝心の二匹はおらず、今まで探していたと」
クウァルの問いに、「はい」とジャンバヴァンは申し訳なさそうに頭を下げる。
「こんなことでしたら、クトゥリアという方が持ってきた、携帯電話とやらを素直に使っておくべきでした」
「はい?ちょっと待て。今おかしかったぞ・・・・・・」
「なんでクトゥリア総隊長の名前が?」
思いもよらない名前が出たためディステリアとセルスが驚き、クウァルとセリュードも顔を見合わせる。
「あれ、知りませんか?あの人、神々の世界をあらかた巡ったらしいですよ」
「あらかた・・・・・・って」
「デモス・ゼルガンクもそうだが・・・・・・何もんだよ、あいつ」
唖然としているディステリアらを尻目に、ジャンバヴァンは機嫌がよかった。
「しかし、あなた方のおかげでやっと帰れます。あの睦月って人の言ったとおりだ」
「ちょっと待て!なんで、ここであいつの名前が?」
「強奪した連中と戦う時、世話になったんですよ。二匹の聖獣のことを話したら、あなたたちが力になるかも知れないと」
「あんにゃろ~~~」
顔を引きつらせて拳をふるわせるディステリアを、「まあまあ」とセルスがなだめる。
「なあ。睦月らの居場所、わかるか?」
「ええ。カティニヤスの首都に向かうと。私も少し用があるので、行くついでに例を言おうと・・・・・・」
「マジか!」とディステリアが立ち上がると、ジャンバヴァンが驚いて身を震わせる。
「俺たちもラッキーだ。なあ、あんた。力に自身はあるか?」
「え?ええ。老いてはいても、ヴァナラの一族であり熊ですから」
―※*※―
翌日。テントを片付けたディステリアたちが乗ったイェーガーの側には、アイラーヴァタにナンディンと荷物を持ったジャンバヴァンが乗っている。
「じゃあ、頼んだぞ」
「ええ。責任を持ってお届けします」
クウァルとセルスにジャンバヴァンが頷いた時、「どうしてだ!?」とディステリアの声が響く。
《何度言われてもダメだ。引き継ぎは認められない》
「だから、どうしてだ!!」
画面向こうでジャンバヴァンへの引き継ぎ許可を却下したクトゥリアに、立ち上がったディステリアが怒鳴る。
《いくらついでがあるからって、睦月小隊への物資の引き渡しを他人に任せるのは、無責任すぎやしないか?》
「ぐっ・・・・・・」
確かにその通りだ。そう理解したディステリアは黙り込む。
《だが、クトゥリア。あまり彼らを酷使するのはいただけんぞ。現にここまでほとんど休みなしだろ?》
口出ししたアウグスに言われ、クトゥリアはあごに手を当てて考え込む。
《ん~・・・・・・・・・それを言われると、ぐうの音も出ないな》
《軽いな。ったく、さっきの厳しさはどこにいった》
アウグスが呆れていると、「どうしたの?」とセルスが乗り込んでくる。
「物資引き継ぎは却下された。俺たちは、ジャンバヴァンに渡した荷物を返してもらわなければならない」
「えっ・・・・・・もう行っちゃったよ・・・・・・」
セルスが振り返りディステリアたちも振り返ると、アイラーヴァタは翼を羽ばたかせて飛んで行った。
「・・・・・・大丈夫かな?」
「大丈夫だろ。アイラーヴァタの飛行速度は、イェーガーよりも上だと聞く」
「でも、すぐ追わなきゃならないんだろ・・・・・・はあ~、どうしよう・・・・・・」
「俺が一っ飛びして話をつけてくる」
翼を広げたディステリアが飛び立つと、セリュードは溜め息をつく。
「まあ、俺の判断の甘さだ。さっさと取り返そう」
セルスとクウァルも乗ると、コクピットハッチを閉めたイェーガーは発進した。
―※*※―
追いついたディステリアから事情を聞いたジャンバヴァンは、快く同行を了承してくれた。
「しっかりしてるんですね。そのクトゥリアって方・・・・・・」
「人使いが荒いだけだ。戻ってきたばかりの俺たちに、『世界を回れ』なんていうか?普通・・・・・・」
「・・・・・・・・・そっちも十分ありえないな・・・・・・」
ディステリアのグチに唖然としつつも、ジャンバヴァンは預かった荷物を落とさないよう気を配った。やがて離陸したイェーガーが追いつき、一路カティニヤスへ向かった。
―※*※―
カティニヤス大都市の一つ『殷楚』。そこの指定ポイントに着地したイェーガーとアイラーヴァタを一人の男性が出迎えた。
「お待ちしておりました。ブレイティアの方々ですね?」
「あなたは?」
イェーガーから降りたセリュードが聞くと、「失礼」と男性は頭を下げた。
「この都市『殷楚』の王に仕えております、井 織原と申します。あなたがたのお仲間と共にお待ちしておりました」
「・・・・・・というと」
「携帯する物資が届かず、今の今まで私たちが食わせていたのです」
若干の反感が含まれた声がすると、織原は頭を抱え、セリュードたちは声のほうに目をやる。建物の近くには、黒いショートヘアーの少女が腰に手を当ててこちらを睨んでいた。
「あの、お子さんですか?」
「あん!?」
恐る恐る聞いたセルスの言葉に顔をしかめ、ドスの聞いた声を出す。驚いたセルスは、近くにいたセリュードの後ろに隠れる。
「・・・・・・か、彼女は文 小香。王に仕える四人の官吏の一人です。先に言っておきますが、成人はしています」
「「「ウソ!?」」」
「悪かったわね!子供以外に見えないなりで!!」
セリュード以外の全員が声をそろえて驚くと、小香が叫ぶ。
「ちなみに、官吏の中では最年長・・・・・・」
言いかけた織原の口を掴み、無理矢理黙らせるが、精一杯背を伸ばしているため、いまいち迫力に欠ける。
「女性の歳は明かさないのがエチケットよ?わかってるわよね?」
「ふぉ・・・・・・ふぉい・・・・・・」
「ならいいわ」と放すが、織原は深く息をついて頭をかく。ちなみにさっき彼が言ったのは、『はい』ではなく『おい』だ。
「では・・・・・・そちらの物資はこちらで回収し、検閲させていただきます。食料に関しましては、そのまま押収という形になります」
「待て!なんでそんなことされなきゃならないんだ」
抗議するディステリアに、小香は動じず眉を寄せる。
「そちらから物資が届かない間、彼らの食料は我々がまかなっていました。その分の損失をそちらからいただくのは当然のことかと」
「なっ・・・・・・」
表情を引きつらせるディステリアに、織原もセリュードも沈黙している。
「・・・・・・・・・いやはや、申し訳ない」
「こちらこそ、このような対応しかできず・・・・・・」
「お願いします」
後ろで待機していた小香が兵士に声をかけると、兵士はアイラーヴァタから下ろされた荷物を運びだした。それを見送るクウァルは、小香に目をやる。
「ただの損失回収じゃないだろ。だったら、食料以外はそのままにしておくはずだ」
「気付きましたか・・・・・・」
「どういう意味だ?」と振り返ったディステリアに、クウァルは溜め息をついて小香に目をやる。
「あんたは俺たちが何か企んでないか、それを探るために検閲をしてるんだろ?」
「じゃあ、私たち疑われてるの!?」
驚くセルスに、小香は顔色を変えず黙っている。
「睦月小隊に衣食住を提供したのはそれを探る一環。違うか?」
「違うわ」と返した小香に、眉を寄せたクウァルは敵意を込めた眼差しを向ける。
「私はあなたたちを疑っている。でも、あなたたちの部隊を保護してるのは、彼の命令よ」
小香が視線を送ったのは織原で、セリュード以外の三人は目を丸くした。
「じゃなきゃ、私は彼らを迎え入れることを許してない」
「そうかい」とディステリアは目を細めると、織原は咳払いする。
「さ、長旅でお疲れでしょう。中でお休みになってください。お仲間と顔をあわせてもよろしいでしょう」
「そうだな」
「睦月くん、ユウちゃんとサツキちゃんのどっちを取ったのかな?」
「お前があいつに求める話題はそれだけか」
織原について行きセリュード、セルス、クウァルの順に中に入っていく。だが、ディステリアだけは浮かない顔をしていた。
「・・・・・・なんか、嫌な予感がするから会いたくないんだけど・・・・・・」
「そう言わずに・・・・・・」
セルスに押されてディステリアも入っていく。しかし、この予感が当たることはこの時、誰も知らなかった。