第84話 法師一行、妖狐と出会う
書き下ろし話第2弾。
イェーガーに戻ったディステリアたち。シートに座ると共に、セリュードは機器を作動させる。
「次は?」
「まずは睦月らと合流だ。孫悟空一行を探してもいいが、正直、どこにいるかわからないらしい」
「睦月らは場所がわかってるのか?」
ディステリアが聞くと「ああ」とセリュードが答える。
「カティニヤス大都市の一つ『殷楚』。そこで、謎のテロ組織が活動してるらしい」
「それを睦月らが調べてると?テロ組織って言うと・・・・・・デモス・ゼルガンク?」
「だったら、本部もその名を使ってるだろう」
風のマナを使って強化したホバーで浮き上がり、ジェットエンジンに切り替えて発進する。シャニアクとカティニヤスの空軍にはクトゥリアが働きかけており、通行は許可されていた。
―※*※―
そのカティニヤスにある小さな町。周りを自然に囲まれた町の中で、竜馬を連れた数人の若者が町の人に囲まれていた。若者たちは、一人は九本の刃を持つクワのような武器を持った、豚のような顔の男性。一人は半月刃の杖を持った河童。一人はサルのような顔をした男性。最後の一人は白い法衣をまとった色白の男性だった。
「ありがとうございます、法士さま。おかげでこの町は救われました」
「いえ。私たちは当然のことをしたまでです」
「これはお礼です。どうかお納めください」
そう言って町の人の一人が差し出した謝礼金に、法師は首を横に振った。
「いいえ、受け取れません。宿に止めてもらった恩だけで十分です。そのお金はあなた方が使ってください」
「なんという慈悲深さ。あなた方はまさに、三蔵法師一行の生まれ変わりのようです」
「(いや、本人なんだけど・・・・・・)」
「(しぃ~~。悟空、それは秘密)」
「(わ~ってるよ・・・・・・)」
「では、私たちはこれで」
法師は会釈すると、竜馬に乗って三人の若者を連れて去って行った。それを深々と頭を下げた町の人たちが見送り、一行の姿が見えなくなると散り散りになる。その中で、表情をしかめた若者が一人いた。
「・・・・・・ちっ。ブレイティアばかりに気が行っていたが、もっと厄介な連中がしゃしゃり出てるじゃねぇか」
法師一行が去って行った方向を見て忌々しげに呟くと、その若者は振り返ると共に一陣の風の中に消えた。そうとは知らない法師一行は、山越えの道に差し掛かっていた。
「道が硬いな。玉竜、大事無いか?」
「はい。太上老君さまの用意してくださった靴のおかげで平気ですよ」
背に乗っている法師の問いに、顔を向けた竜馬が意気揚々と答える。
「馬が靴って・・・・・・おかしくないか?」
「私は竜馬ですから、問題ないですよ」
「そういうもんか?」
「そういうもんですよ~~~」
納得できない表情で首をひねる孫悟空に玉竜が答え、後ろを歩いていた猪八戒と沙悟浄が表情を引きつらせる。
「・・・・・・玉竜って、こんな性格だったっけ?」
「さあ・・・・・・どこかはっちゃけてるよな・・・・・・」
「お二方、何か言いました?」
後ろを向いた玉竜に、「「い、いえ、別に」」と二人同時に声を上げる。
「陰口なら、早めに謝るべきですよ」
「そういうことじゃないですよ、お師匠さま」
「はい、そうですよ。ただ、玉竜の性格が・・・・・・」
そこで猪八戒と沙悟浄が言葉を切り、孫悟空も足を止めて表情を険しくする。
「ん?なんですか?俺の性格が・・・・・・?」
「ちょっと黙ってろ」
「悟空、そのような言い方はないでしょう」
諌める法師だが、声の調子からして孫悟空らが気付いている何かに、自分も気付いているようだった。
「出て来い!出てこないと、こちらから行くぞ!」
「悟空・・・・・・そのように威嚇したら、出てくるものも出てきません」
「し、しかしよ・・・・・・」
法師に諌められた直後、上から土が落ちてくる。その音に気付いた孫悟空ら三人が崖の上に目を向ける。
「(―――上か!!)」
隠れていた敵が法師に奇襲をかけようとしている。そう思っていた。
「きゃああああああああああああああああっ!!」
耳を突く女性の甲高い悲鳴を聞くまでは。
「ぐえっ!!」
続いて孫悟空の悲鳴が聞こえる。我に返った猪八戒と沙悟浄が目を向けると、如意棒を手に持った孫悟空が、座り込んだ赤みがかった褐色の長髪の女性の下敷きになっていた。ちなみに女性の格好は、袖に鳶色の羽の模様が入った、丈の短いオレンジの着物に黒のストッキング、白い足袋の上に靴を履いており、帯からは狐のレリーフを下げている。
「兄貴~~、なんてうらやましい。ねえ、変わってくれない?」
「てめっ・・・・・・よく・・・・・・そんなことが・・・・・・」
落下時に女性の膝が背中に直撃し、それがちょうど肺の後ろに近かったため、衝撃で中の空気が押し出された。いくら妖仙でも、これはキツイ。
「わっ!す、すいません!大丈夫ですか?」
「大丈夫に・・・・・・見えるか・・・・・・」
慌てて降りた女性が聞くと、孫悟空は苦しそうに顔をしかめて立ち上がる。さすがに法師も玉竜から降り様子を伺う。
「その様子だと、悟空もあなたも大丈夫なようですね。しかし、どうして上から?」
「あ・・・・・・ああ!!」
聞いてきた法師の顔を見て、女性が大声を上げて彼を指差す。
「さ・・・・・・三蔵法師!?」
「ああっ、お師匠さま!この人、頭からキツネの耳が・・・・・・!」
大声を上げた猪八戒が法師の近くに来ると、女性はハッと頭に手をやる。慌てて周りを見渡すと、崖の側の意思の近くに鍔のない帽子が落ちていた。
「しまった!」
「てめえ、妖狐か!!」
すぐ臨戦体勢を取る孫悟空だが、「悟空、落ち着きなさい」と法師に止められる。
「しかし、お師匠・・・・・・」
「確かに妖狐でしょうが、それだけです。私たちはそれ以外に彼女のことを知らない」
「しかし、もし悪さをしていたら・・・・・・」
「その時は相応の対応をするだけです。しかし、今の私たちはそれすら知らないでしょう」
「うぐ・・・・・・」
顔を引きつらせながら如意棒を握る手を震わせていると、後ろに回った沙悟浄が話しかける。
「それよりお師匠さま。彼女、逃げようとしてますよ」
「なあっ!?」
素っ頓狂な声を上げたのは孫悟空。だが、「違います」と即座に否定したのは、彼の上に落ちてきた女性。
「あなたたちが本当に頼りになるのかと、不安だったんですよ」
「はあ、どういうことだ?」
孫悟空たちは意味がわからず首を傾げ、法師は眉を寄せる。女性はヒモで帯にくくっている袋をあさると、そこから一つの端末を取り出した。
「これは・・・・・・?」
「お師匠さま、下がって!!」
「こいつは俗に言う、手榴弾!」
「そんなわけないでしょ!四角くて、安全ピンがなくて、信管がない手榴弾がどこの世界にある!?」
法師を庇う沙悟浄と孫悟空にもっともなツッコミを入れ、「二人とも」と法師も諌める。
「うっ・・・・・・」
「・・・・・・話を聞きましょう」
「さすが三蔵法師。話がわかりますね」
「いえ。今私は、玄奘法師と名乗っています」
「玄奘・・・・・・三蔵法師じゃなくて?」
「色々と事情がありまして」
「情勢・・・・・・?世界の状況が状況だからな。正当防衛ということで、襲ってきた奴を倒してしまうかもしれない」
「えっ。ダメなんですか?」と、キツネ耳の女性は機器をいじりつつ聞いてくる。
「三蔵とは、経蔵、律蔵、論蔵の三つの聖典に精通した者のことだ。律蔵とは戒律のことをいい、その中に『生き物を殺してはならない』と教えが説かれている。無論、正当防衛で命を奪った場合も反する」
「な、なんというか・・・・・・スーパーどころかハイパーなハードさですね」
「???何言ってんだ、お前?」
孫悟空らは首を傾げたが、そうしてる間にキツネ耳の女性はやっと機器の横のスイッチに気付いて押した。広い画面から光が立ち上ると、装飾の付いた鎧を着て直立した猿が浮かび上がった。
「ああっ!兄貴のそっくりさん」
「まさか、偽者か!」
「何を言っているのです。彼は異国の猿神、ハヌマーン殿でしょう」
玄奘が諌めると、立体映像のハヌマーンが咳払いする。
《この映像を見ているということは、お前らはキツネの耳を持った彼女に会ったということだな?》
「もったいぶってないでさっさと説明しろ」
詰め寄る孫悟空だが、《敵だと思って襲ってないだろうな》と言われ眉を動かす。
《彼女の名前は玉藻妲己。だが、その国に古くから伝わる悪女ではない》
玉藻。その名を聞いて孫悟空達は表情を険しくし、女性は曇らせる。ただ一人冷静なのは玄奘だけ。
《彼女を蓬莱山か、ブレイティアの使いのものに保護してもらって欲しい》
「はあっ!?」と孫悟空が声を上げるが、「いちいちうるさい」と沙悟浄が頭を軽く叩く。
「てめっ・・・・・・」
「悟空、静かに」
玄奘にも諌められ、「うぐっ・・・・・・」と黙り込む。
《彼女を追う敵は何者かわからないが、相当の実力の持ち主だ。それに、我らに匹敵する武器やそれを使いこなす業も持っている》
「ウソだろ!?」
信じられない孫悟空は声を上げたが、今までも妖怪とは違う敵ディゼアと戦っていたことを思い出し、徐々に受け入れる。
《俺たちがブレイティアって連中の本拠地に送りたいんだが、ランカー島でラーヴァナたち過激派を牽制しておかなければならない。悪いが、彼女のことは任せたぞ》
馴れ馴れしく右手を立てるハヌマーンに、「まてや、こらあ!」と孫悟空が吼える。
「勝手に決めてんじゃねぇ!それに言いたいこと言うだけ言って、こっちの都合も考えろ!」
《頼んだぞ》
「何!?おい、待て!」
最後の一言を言いハヌマーンの立体映像は消えたが、詰め寄った孫悟空は喚いている。
「おい、てめえっ!勝手に消えるな!」
「そうは言っても、立体映像の伝言機器ですから、言うこと言ったら消えるんです」
「立体映像?伝言??」
玉藻の説明に頭をひねるが、意味が全くできずに頭をかきむしる。
「訳のわかんねぇこと言うな!!」
「ええっ!?」
「こら、悟空!」
怒鳴り散らす孫悟空に玉藻は押されていき、沙悟浄と猪八戒が止めようとするが一向に治まる気配が見えない。玄奘が呆れて溜め息をつくと、玉竜が話しかける。
「・・・・・・・・・お師匠さま、どうしますか?」
「・・・・・・あの頃から成長しているでしょうから付ける必要はないと思っていたが・・・・・・私もまだ甘いようですね」
そう言うと玄奘は、懐から金の輪っかを取り出す。それが何かすぐわかった玉竜は「ああ」と懐かしそうに言い、投げられたそれは真っ直ぐ孫悟空の頭にはまった。
「あれ?この感触は・・・・・・」
孫悟空が自分の頭に手を当てると玄奘が呪文を唱え始め、頭が締め付けられる。
「んぎゃあああああああああああああああああっ!!!」
「ええっ、兄貴!?」
「うっわ~~、久々・・・・・・」
呪文を唱えるのを止めると、頭を押さえた孫悟空は恨みがましく玄奘を見る。
「お師匠~~・・・・・・」
「仙界での様子から大丈夫とは思っていたのだが・・・・・・血の気が多いところは変わってはいなかったようだな」
「そう簡単に変わるもんじゃないですよ」
「そうそう。特に兄貴の血の気の多さは」
「そうそう・・・・・・って、猪八戒てめえ!」
「うわ~」と逃げ出す猪八戒を、「待ちやがれ」と孫悟空が追う。その様子に沙悟浄と玉竜は唖然とし、玄奘も溜め息をついた。
「だ、大丈夫なんだろうか・・・・・・」
唖然としていた玉藻が不安そうに呟くと、その上を一機の飛行機が飛んで行った。
「ん?おい、孫悟空、猪八戒。あれを見ろ」
気付いた沙悟浄が指差すと、追いかけっこをしていた孫悟空と猪八戒は振り返り、玄奘と玉竜と玉藻も空を見上げる。
「飛行用の法貝という奴か?」
「いいえ。人間界では空を飛ぶ乗り物が存在しているようです。おそらく、あれもその一つ」
「ブレイティアって連中のか?」
玄奘に孫悟空が聞くと、「そうと決まったわけではありません」と釘を刺す。が、孫悟空は玄奘たちから離れる。
「悟空、何を・・・・・・」
「あいつらに押し付ければ、さっさと終わる。来い、金斗雲!」
孫悟空が指笛を吹くと、空を流れる雲の中から黄色身がかった雲が飛んできた。目の前に止まったその雲に乗り得意そうに振り返った孫悟空に、猪八戒と沙悟浄は顔を引きつらせ、玄奘は慌てて詰め寄る。
「悟空、お前まさか・・・・・・」
「ちょっくら行ってくらあ」
そう言って飛行機の飛んで行ったほうに向かっていく孫悟空に、「待ちなさい、悟空。悟空!!」と玄奘が声を上げるが、聞き入れられることなく飛んで行った。
「・・・・・・まったく」
「どうしますか?いつものあれで・・・・・・」
「それで戻って来ればいいのだが・・・・・・」
沙悟浄に言われて溜め息をつくと、玄奘は再び輪を絞める呪文を唱える。
―※*※―
「うむっ!?」
金斗雲に乗って高度を上げる孫悟空は、一向に飛行機に追いつけない。さらに頭の輪が絞まりだし、金斗雲の速度が落ちていく。
「お師匠さまか・・・・・・あ~~、くっそ~~!」
悪態をつきながら高度を落とし、孫悟空を乗せた金斗雲は雲の中に消えた。その時、彼が追っていた飛行機―――イェーガーの中では外を眺めていたディステリアが何かに気付く。
「今、何か見えなかったか?」
「何かって、なんだ?」
「そういえば、レーダーに何か反応があったな」
クウァルが聞いた後、操縦桿を握っているセリュードが一瞬だけレーダーに目をやる。
「・・・・・・・・・奴らか?」
「ないとは言えん。こんな高度に来れるものは限られるからな」
セリュードがそう言った時、再びレーダーに反応がある。コクピットに緊張が走ると、目の前を白い鳥が飛んで行った。
「えっ、あれは・・・・・・」
「カラドリウスか。この辺りにもいるんだな」
「カラドリウス?なんだ、そりゃ?」
ディステリアが聞くとセリュードはクウァルに視線を送る。説明を頼む、ということらしいが生憎クウァルはカラドリウスのことを知らず、横に振った彼にセリュードは観念して溜め息をついた。
「カラドリウスは、人の病気を瘴気として吸い込み、高い天に吐き出す白い鳥だ」
「瘴気?高天とはいえ、吐き出して大丈夫なの?」
「瘴気の濃さにもよるが、空気に薄まって雲散するようだ」
驚くセルスにセリュードが説明し、イェーガーは空を進む。ちなみに彼らは知らないが、カラドリウスが吐き出した瘴気は高天に存在するアイテルやウラヌス、ディヤウスといった古き天空神が浄化している。それを知る者は、地上でも数えるほどしかいない。
―※*※―
戻ってきた孫悟空は、早速玄奘に文句を言おうとしたがあっさり止められた。
「確かにお前なら飛行機に追いつけるでしょうが、お前を見たものはどれだけ驚くと思っているのですか!?操縦を誤って墜落したら、大惨事ですよ」
「そうは言うが!あれにブレイティアって連中が乗ってたら、あいつらに行って引き取ってもらえばいいだろ!」
「都合よく通るはずがありません。幸い、この辺りでも彼らの仲間がいるらしいですから、彼らを見つけ出して任せたほういいでしょう」
「そんな都合よく会えますか?」
皮肉を込めて言い返す孫悟空を、「まあまあまあまあ」と沙悟浄が割って入ってなだめる。
「そのために、行く先々で情報を集めてるんでしょ。天帝さまの言う尋ね人?・・・・・・は手がかりなしだけど・・・・・・」
「むう・・・・・・」
何も言えない孫悟空に、現状は深く息をつく。
「過去に旅をしていた時のように破門にはしませんが・・・・・・単独行動は控えてください。一人でいるところを襲われたら、いくら悟空でも分が悪い」
「わかってるよ・・・・・・くそっ・・・・・・」
孫悟空たちから見れば、ディゼアいったいいったいの実力はたいしたことない。しかし、これまで戦ったものは厄介な能力を持ったものや数で攻めるものが多かった。数で責めるものは孫悟空の分身による人海戦術で切り抜けられたが、それに厄介な能力持ちが加わると戦況は拮抗する。そんな連中が現れる時に単独行動を取ろうものなら、『倒してください』と言ってるようなもの。それを理解してるため、孫悟空は反発しようとも離れることができなかった。
「・・・・・・ということです。頼りないでしょうけど、一緒に来てください」
「は、はい」と玉葉は玄奘に答える。
「よ、よろしくお願いします」
「おう」
「美人は大歓迎だよ」
「・・・・・・・・・」腕
組みして睨んでいる孫悟空に、「あ、あの・・・・・・」と玉藻は恐る恐る話しかける。
「お師匠さまがこう言ってんだ。一応は信用してやるよ」
「は、はい。ありがとう・・・・・・」
表情を明るくした玉藻を、「だが」と遮り睨みつける。
「・・・・・・騙し討ちしようもんなら、わかってるな?」
「あなたたちを騙しても得はないんですけど・・・・・・」
苦笑しながら気圧される玉藻に、近づいてきた玉竜が声をかける。
「すみません、兄貴は不器用なもんで」
「は、はあ・・・・・・」
「余計なことを言うな」
今にも噛み付きそうな勢いで怒鳴ると、孫悟空はソッポを向いた。