第82話 カミングアウトタイム
「(なんで知って・・・・・・)」
クルスは一瞬そう思ったが、さっきの会話を思い出した。そんなクルスを放って置き、フレイアはリリナの顔をまじまじと見る。と思ったら、フレイアは自分の額をリリナの額に当てた。思いもよらない行動に、クルスもリリナも目を見張った。
「・・・・・・暖かいね。あなたの体・・・・・・」
これまた思いもよらない言葉に、二人は唖然とした。
「・・・・・・フレイアさま・・・・・・それ以上、戸惑わせるのはどうかと・・・・・・」
「そうね。ごめんなさい」
そうオッタルに注意されて離れると、クルスのほうを振り返った。
「・・・・・・がんばれ、男の子♪」
そう笑いかけたフレイアと、溜め息をついたオッタルが立ち去ると、リリナ頬を涙が伝っていることに気付いた。
「・・・・・・!?おい、リリナ。大丈夫か!?」
駆け寄ったクルスに、「うん」とリリナはうつむきながら答える。
「・・・・・・辛い・・・・・・のか・・・・・・?」
「・・・・・・ううん、逆・・・・・・嬉しいの・・・・・・」
リリナは涙を拭いながら、クルスに笑顔を向ける。
「・・・・・・私のこと・・・・・・受け入れてくれる人に・・・・・・会えて・・・・・・とっても・・・・・・」
「そうか」
嬉しそうな声のリリナに呟くと、優しく彼女を抱き寄せた。リリナは嫌がる様子もなく、そのまま彼の胸に顔をうずめた。
廊下を歩いていたミリアが、「いいな~」と呟いた。
「?何が、だ・・・・・・?」
それを聞いたミリアは、「もう~、に~ぶ~い~」と頬を膨らませた。
「あの二人のことだよ。あんなに仲がよくって・・・・・・」
「当然だろう。自己紹介の時に恋人って言ったのだから・・・・・・」
「はぁ~・・・・・・鈍い。鈍すぎる・・・・・・」
ミリアのその溜め息が気にさわり、「悪かったな」と不満そうな声を出した。
「ご機嫌斜めになるのはこっち。本当に鈍いんだから・・・・・・」
後ろを振り返りながら、「どういうことだ?」とご機嫌斜めのミリアに聞く。
「本当に鈍いから教えてあげるわ。リリナさんが『恋人』って言ったのは・・・・・・」
「あれが勢い・・・・・・というより、趣味の悪い二人の企みだと言うのは、俺にもわかる」
苦々しく顔をしかめたユーリに、ミリアも表情をこわばらせる。
「ただ・・・・・・その後の二人の様子から、ただ勢いで言っただけではないとわかる」
感心するような顔で聞いていたミリアだったが、その後に「だが」と聞いて頭に疑問符を浮かべた。
「それならなぜ、二人共あんな顔で黙り込んだんだ?すでに恋人と言える間柄だったのなら、あそこまで不意打ちをくらったような顔はしないはずだ・・・・・・」
それを聞くと、「ああ。それは多分」と右手の人差し指を立てた。
「お互い好きだったけど、あの自己紹介の時まで知らなかった」
ミリアの説に「ハハ・・・・・・」と失笑したが、あながちありえないとは言えなかった。
「・・・・・・もしかして・・・・・・バカにしてる・・・・・・?」
ユーリはすぐに「いや」と否定しようとしたが、意地悪することにした。
「どっちのことで?」
ユーリが聞いたのは、『あの二人の関係に関する仮説を立てたこと』と、『他人の恋愛話に首を突っ込むこと』の、どちらをユーリがバカにしたか、と言うことだった。
「両方・・・・・・だったりして・・・・・・」
笑顔で聞いたミリアに、「正解」と目を逸らして答えた。すると、再びミリアの顔を見た時、彼女は眉を動かす。
「そうなんだ・・・・・・バカみたいだと思ってたんだ、あたしのこと・・・・・・」
「はい!?」と裏返った声で驚くが、その時のミリアは泣きそうになっていた。
「バカ!もう『少しは構って』なんか言わない!」
後ろを振り返ったミリアを「お・・・・・・おい」と呼び止めようとしたが、ミリアは聞きもせず廊下を走って行った。
「(こんなはずでは・・・・・・)」
「見ちゃったぞ~。このバカ弟子は~・・・・・・」
突然した声に驚いて辺りを見渡すと、
「このバカ弟子が~~!!」
フレイアが後ろから手刀を振り下ろしたが、ユーリはそれを白羽取りで止めた。
「・・・・・・ちぃ~・・・・・・。やるじゃないの~。バカ弟子のくせに・・・・・・」
「その『何々のくせに』ってのは、死語ですよ」
呆れ顔のユーリに「うるさい」と、左腕で彼の額を叩いた反動で後ろに下がる。
「自分の女を泣かせる奴が、正当論を語るんじゃない」
「なっ・・・・・・」
顔を赤くして驚いたユーリに、フレイアが得意げな顔で指を指す。
「あんたも彼女の彼氏なら、責任の一つや二つ取れって言うのよ!!」
「彼氏って・・・・・・だいたい、俺とミリアはそんなんじゃあ・・・・・・」
「じゃあ、なんだって言うのよ?従者?下僕?それとも、道具?」
ユーリは即座に「違う!!」と叫んだ。
「あんた。それは以上あいつを侮辱するなら、いくら女神でも許さないぞ!!」
すると、フレイアは鋭い目で真っ直ぐユーリを見つめた。
「別に侮辱なんてしてないわ。でも・・・・・・彼女を泣かせたあなたに、そんなことが言える訳?」
的を射ている彼女の言葉に、ユーリは黙り込んだ。
「このままでいいかどうか、それはあなた自身がよくわかっているはずよ・・・・・・」
黙り込んでいるユーリに、フレイアは黙って背を向ける。
「・・・・・・もしわからないんだったら、師弟の縁を切るわ。・・・・・・確か『破門』って言うのよね」
冷たい声で聞くフレイアに「ああ」と答えると、彼女はユーリを置いて去って行った。
―※*※―
「そういえば、クトーレってなんで旅をしてるの?」
通路を歩いている中で、ルルカが聞く。
「・・・・・・俺自身の正体を・・・・・・探るためだよ・・・・・・」
「・・・・・・?どういうこと?」と首を傾げるルルカを置いて、クトーレは通路を進んでいた。
「ちょ・・・・・・ちょっと待ってよ」
クトーレを追いかけようとした時、その横をミリアが駆け抜けていった。
「・・・・・・?どうしたのかしら?」
「さあ・・・・・・彼氏とケンカでもしたんじゃないのか?」
―※*※―
本拠地の中を一通り走った後、ミリアは格納庫の隅にうずくまっていた。
「・・・・・・ユーリのバカ・・・・・・そりゃ・・・・・・はしゃぎ過ぎたとは思ってるけど・・・・・・」
「ねえ・・・・・・」
「・・・・・・でも、だからって・・・・・・あんな風に意地悪しなくてもいいじゃない・・・・・・」
「ちょっと・・・・・・」
「・・・・・・ユーリのバ~~~カ・・・・・・」
「ねえ・・・・・・ちょっとってば!!」
「わひゃぁ!?」
「うわぁあっ!?」
すぐ近くでした大声に悲鳴を上げて立ち上がると、大きな声がした。目の前には、薄茶色の作業着を来た青年、ローハが立っていた。
「どうも・・・・・・」
落ち着きを取り戻すと笑いかけたが、見慣れない顔に目を瞬かせる。
「あ・・・・・・あなた、は・・・・・・」
「悪いんだけど・・・・・・そこにいると、気になって作業に集中できないんだ」
「えっ、でも・・・・・・ここは隅っこだし、誰の邪魔にもならないんじゃあ・・・・・・」
「・・・・・・いや。整備しているマシンの向こう側で落ち込まれていると、気になって整備に集中できないんだ・・・・・・」
ローハが後ろを振り向くと、整備中のイェーガーがあり、その位置はミリアが座り込んでいた隅から見て真っ直ぐの位置だった。
「そんなこと・・・・・・私に言われても・・・・・・」
拗ねるミリアに首を傾げると、「ミリア」と声がした。振り向くと、格納庫の入口からユーリが歩いて来ていた。
「ミリア、ここにいたのか」
「・・・・・・バカユーリ・・・・・・」
ミリアの言葉に、「ぐっ」とユーリが固まる。
「さっきのこと・・・・・・まだ気にしているのか・・・・・・」
「う~・・・・・・女の子はとっても・・・・・・傷つきやすいの・・・・・・」
「・・・・・・さっきは悪かった。ごめん・・・・・・」
「聞こえない」
ミリアが拗ねると、「ごめん!!」と大きな声を出して謝った。しばらく黙っていたミリアだったが、何かボソボソ呟いた後、ユーリのほうに顔を上げた。
「・・・・・・私のほうこそ・・・・・・ごめん・・・・・・困らせて・・・・・・」
ユーリが顔を上げると、ローハの姿が目に入った。
「その人は・・・・・・?」
戸惑いながら聞くユーリに、「どうも」と会釈する。
「新入りメカニックのローハ・ヴィクティートです。よろしく」
「・・・・・・ユーリ・ハンスヴルストだ。こっちは幼馴染のミリア」
「よろしく」
「あっ、こちらこそ」
ミリアが軽く会釈すると、ローハも軽く頭を下げた。
「えっと・・・・・・誰に連れられてここに・・・・・・?」
ユーリの質問に、「ああ」とローハが答える。
「僕を連れて来た人たちは、確か新しい任務を受けるって言ってたな・・・・・・」
―※*※―
「じゃあ、来たのはかなり前なんだ」
「いや、ついさっきだ」
思わぬローハの言葉に、「「えっ!?」」とユーリとミリアは驚く。
「そうだな。来てすぐスタッフの紹介があって・・・・・・それからこいつの整備が始まった。僕の場合、休めって言われたんだけど自分からやりたいって言い出してね」
「メカニック魂に火が点いたか」
からかうように笑うユーリに、「まさか」と笑ったローハは肩をすくめた。
「この組織に使われてる技術は未知の物が多いらしいからね。興味がそそられて入るけど、理解して応用できるとは思ってないよ」
「えっ・・・・・・じゃあ、どうして」
「ただの好奇心。理解できるかということと知りたいと思うのは別だ」
「は、はあ・・・・・・」
よくわからない理屈にユーリが呆けた声を出すと、「おい、新入り」とディックが声を上げた。
「おっと。言い出したからには、さっさと作業に戻らないと」
不敵に微笑み、「それじゃ」と言うとローハはディックの元へ駆けて行った。
「なんか・・・・・・軽いっていうか、気さくな人だね」
「本心を悟らせないための仮面じゃなければいいんだが・・・・・・」
「えっ?」とミリアが振り返ると、「いや、なんでもない」と踵を返した。
「あっ、待ってよ~」
―※*※―
その頃。廊下を歩いていたクドラは、ソファに座ってペットボトルに入った飲料水を飲んでいるディステリアと出会った。足を止めたクドラの気配に気付き、ディステリアが視線を向ける。
「誰だ、お前?」
「新しく加わった者だ。君は?」
と言いつつ、お互いに眉をひそめ合う。
「どこかで会ったか?」
「奇遇だな。俺もそう思っていたところだ」
「ディステリア~、パラケルさん来たわよ~」
「おーい、クドラ~。クトーレが呼んでるぞ~」
「「おう・・・・・・」」
互いに廊下の向こう側で呼ばれ、歩いて行く。最後に振り返るが相手のことを思い出すには至らず、そのまま去って行った。
「あれ?あの人、どこかで見たような・・・・・・」
「そうか?俺もそう思ってたんだが・・・・・・」
一方のクドラも、ディステリアのことが思い出せず首をひねっている。
「どうしたんだ、お前?」
「ああ。ちょっと引っかかることがあってな・・・・・・」
「クトーレのことか?」と眉を寄せて聞くクルスに、「いや」と首を振る。
「しかし、あいつは自分のことを何も明かしていないよな」
「それ言えば、ルルカたちも俺たちのことをよく知らないだろ?自己紹介で話したこと以外・・・・・・」
笑って言った冗談のはずだった。しかし、仲間意識が薄かった組織に属していたクルスと、味方がいない逃亡生活を強いられていたクドラにとって、本来なら冗談では済まされない。そんな自分に気付き、二人は固まった。
―※*※―
「・・・・・・と言うことで、俺たちは俺たちで改めて腹を割って話し合ってもらいたいとの容貌だ」
〈名も無き島〉にある屋敷の一室。クトーレの前にはクルスたちの他、一緒に馬車に乗っていたユーリとミリア、たまたま本拠地に戻っていた飛天たちのチームがイスに座っていた。
「各々が己のことについて語るのはいいが、彼らが知らないメンバーが戻った時にいちいち集まるのか?」
そう苦い顔をする飛天に、リリナとルルカが興味深そうな視線を送っている。
「・・・・・・なんだ?」
「鳥の頭を持った人間・・・・・・」
「物珍しそうに見るな、不愉快だ」
腕を組んで顔を逸らした飛天に、「ご、ごめんなさい」とルルカが謝った。
「俺としては、人狼がいたことに驚いた。よく襲われなかったな」
「その言い草、教会に関係する組織に属してたと見える」
意外そうに言ったクルスに、眉を寄せたロウガが言い返す。
「それに人魚も。普通に陸上で生活しているなんて・・・・・・」「珍しいのはわかるけど、そんなに驚かれると・・・・・・」
自分の開発した技術があまり浸透してないことは知ってるつもりだったが、こうも反応がないと開発者のメリスは落胆する。
「まあ、それも含めて話してもらおうと思ってる。題して、『第一回カミングアウトタイム』」
前に置かれたホワイトボードを反転させ、文字が書かれた盤面を叩く。あまりに軽く、底抜けに明るいノリに、ルルカとメリス以外が引く。
「ここって、どういう組織なんですか?」
「防衛組織だが?・・・・・・一応は」
一番気分を害しているクルスの問いに、最後の部分は聞こえないほど小さく呟いてごまかす。
「まあ、悪くないとは思うぜ。連携をとるにも互いのことは知っていたほうがいいし、訳ありなのは全員一緒だ。そんなとやかく言える立場じゃない」
「それはそうですが・・・・・・大体、腹を割って話すも何も、一番謎めいているのはあなたでしょ」
「俺?俺は少し性格が悪い旅の青年だ。それ以上に何かあるか?」
「答えになってません!」
納得し切れてないクルスは思わず立ち上がる。睨むように見る彼に、頭をかいたクトーレは溜め息をつく。
「別段、面白くもないぞ?特にクルス、お前にはな」
「どういう意味ですか?」
「これ見て大体は察したと思ったが、な」
手袋を外して見せた手を見て、クルスたちはハッと思い出す。閉鎖的だったはずのクルスの組織の事情を知り、ミリリィの体の状態に妙に詳しい。おまけにミリリィと同じ武器、そこから想像すると・・・・・・。
「俺の事情はクトゥリアさんらも知ってる。だがお前らは知らない。ということで、わかってる限り種族云々差支えのない程度で」
「じゃ、じゃあ、まず私から」
おずおずと手を上げたのは、雰囲気に引かなかったルルカ。
「私の家系は結構複雑で、南北のルサールカ、ヴォジャノーイなど、水に関係する一部の精霊と人間の血を合わせ持っています。私が知ってるのはそれだけですが、これでいいですか?」
「判断はそれぞれで・・・・・・」
「それを言うと、俺は何も話せないぞ」投げ遣りのクトーレに、腕を組んだクドラが言う。
「だがお前・・・・・・ただの人間とは思えないな。あの国で変身能力を持つのは、吸血鬼とクルースニクだけだと聞く」
「その吸血鬼だったりしてな。そこの少年少女は」
ロウガの指摘に続いてクトーレが口を滑らす。クドラとリリナは体を震わせたが、わざとらしいクトーレの態度に眉を寄せたクドラは一息ついた。
「確かに、俺は吸血鬼の一種、クドラクだ。だが、ヴァンパイアハンターと言われるヴィエドゴニャの力を持っているらしい」
「なんだ、クドラクとは?」と、聞き慣れない名前に飛天が聞く。
「悪の魔術師がなった、悪疫や凶作の原因と考えられる怪物だ。姿は黒いオオカミ。だが、不思議と破壊衝動は持ち合わせていないし、旅をしている間、悪疫や凶作が広がったという話もなかった」
「不思議ね・・・・・・」とメリスが呟く。
「不思議なのはクルスも同じだ。なんたって幼馴染が宿敵なんだからな」
「幼馴染が宿敵?クドラクの宿敵といえば・・・・・・」
「お前・・・・・・」としかめた顔でクルスが睨むが、クトーレはそ知らぬ顔をしている。彼の言葉が気になったユーリとロウガはクルスを見ており、それに気付くと深く溜め息をついた。
「ああ、そうだ。俺はクルースニク。だけど、クドラのことは敵とは思えない」
「なんでだろうね?」
不思議がるメリスに、「そうね」とルルカも首を傾げる。
「不思議と言えば、吸血鬼に恋しちゃうんだよね~。まあ、キレイだからわかるけど」
「それ以上は黙ってろ!!」
我慢の限界に達し飛びかかったクルスを、クトーレはあっさりかわす。
「で、吸血鬼だということ以外をまだ明かしていない少女は、このままでいいのかな?少年」
「それ以上、話さなければならないよう誘導するのはやめろ!結局、無理矢理じゃないか!」
「まあ、カミングアウトってそういうもんだから」
「「「違うだろ!!!」」」
ロウガ、メリル、クルスのツッコミが入る。その後、飛天らのことも紹介してこの話しはお開きとなった。