第81話 不器用な自己紹介
「えっ、ちょっと!」
あまりにも唐突で突然のことにルルカが慌てるが、ミリアも含めて気にかける者はいなかった。
「はあっ!!」
「なんの!!」
高速で繰り出されるユーリの攻撃をクルスが紙一重で捌き続ける。その間、彼の死角に半人半獣の姿になったクドラが飛び出す。
「隙あり!そこだ!」
「そうはさせない!」
両腕に溜めた闇属性の魔力を翼の形に具現化させた羽の弾丸をクドラが放とうとしたが、攻撃が放たれる直前にミリアが両腕から無数の火の玉を撃ち出す。だがそこに、ユーリと戦っていたはずのクルスが飛び出す。
「そちらこそさせるかあああああああっ!!」
白光に包まれた両腕で火の玉を叩き落とし、離れると同時にクドラが攻撃に移る。
「テネブラエ・フェザー!!」
闇の魔力で作られた羽が弾丸となってミリアに襲いかかるが、今度はユーリが飛び出してサーベルで全て叩き落とした。それを見たクルスとクドラは驚きを隠せなかった。着地と同時にユーリがサーベルを構えて、クドラに向けて突進する。
「ちょっと待って!!」
ミリアが叫んだ瞬間、ユーリのサーベルがクドラの胸の直前で止まる。サーベルを掴んでカウンターをかけるつもりだったクドラは、一瞬唖然としたが、クルスが離れると同時に自身も離れた場所に飛び退いた。
「(あれを叩き落とした・・・・・・)」
「(いや、それよりも・・・・・・仲間を庇った・・・・・・)」
戸惑うクドラとクルス。同じことはユーリとミリアも考えていた。
「(俺たちよりもチームでの戦い方がうまい・・・・・・)」
「(とても悪い人たちには見えない・・・・・・)」
戦いは再び沈静化し、互いに警戒したが、最初ほど空気は張り詰めてなかった。
「あ・・・・・・あの~・・・・・・」
一人、状況から取り残されたルルカが話しかけても、言葉を返す者はいなかった。
―※*※―
一方、戦いに参加しなかったリリナともう一人はと言うと。
「おっ?静かになったな・・・・・・」
「ほんとだ。終わったのかな・・・・・・?」
額に手を当てて遠くを眺めたクトーレは、森の外でフレイアたちと共に戦いの様子を見ていた。
「フレイアさまもお人が悪い。このようなやりかたで、彼らを試すなんて・・・・・・」
「私に言われても困るわ。これを言いだしたのは、クトーレさんだもの」
「やっぱり・・・・・・」
いつの間にかユーリたちの側から消えていたオッタルは、そう言って顔に手を当てた。
「まだまだ続くとしても、そろそろ止めないといけませんね。きっかけもあったことだし、リリナさん、頼みます」
「ええっ!?私ですか!?」
クトーレの言葉に、リリナは大声と共に自分を指差した。
「これも修行の一つです。頼みましたよ」
オッタルが言う。戦いも沈静化しかけているので、リリナは溜め息をつきながら引き受けようと考えた。
「不安なら、俺も行こうか?」
「だ、大丈夫ですよ。『あの人たちは仲間です』って伝えるくらい、私でもできますよ・・・・・・無力な・・・・・・私でも・・・・・・」
声が震えているリリナに、クトーレは頭をかきながら呟いた。
「あ~、やっぱりダメだ」
「えっ、そんなはっきり・・・・・・」
「自分が無力だと思い込んでいる奴に、できることなんてない。やっぱり、俺も行くよ」
「やっぱり心配なんですか?ラブラブですね」
「からかわないで下さい、フレイアさん」
面白がるフレイアにクトーレが呆れ顔に手を当てると、オッタルも溜め息をついた。
―※*※―
「ハイハイ、注目~!!」
現場に着くと、クトーレは臨戦態勢を取っている四人に話しかけた。そのあまりにも脳天気な声に、四人は驚くほど同じタイミングでそちらのほうを向いた。
「リリナ・・・・・・と!?クトーレ、今までどこにいたんだ!」
物凄い剣幕でクルスはリリナではなく、クトーレに迫った。
「おいおい。リリナにはなんのお咎めもなしかよ」
クトーレにそれを言われて「ぐっ」と唸ったクルスに、ミリアは完全に警戒を解いていた。
「どうやら、そちらのお嬢さんはこちらへの警戒を解いたようだな」
「(しまった)」
クドラに言われて一瞬そう思い、再度臨戦体勢をとろうとしたが、それより先にクドラは構えを崩して人間の姿に戻った。
「ああ、安心しろ。不意打ちなんて真似はしたくない。何より、今の空気に戦う気を削がれた」
不意打ちは戦いにおいて、別に卑怯な戦術ではない。それにも拘らず、それをしないということは、どんな相手に対してもフェアプレイを重んじるか、あるいは効果的な戦い方を知らない素人か。しかし、洗練された二人の動きとチームワークが後者を否定させた。
「(いかなる相手にもフェアプレイを重んじるバカ・・・・・・ってことか・・・・・・)」
もっともそれは、ユーリ自身にも言えてしまうことだが。
「(こんなのでは、とても奴らには・・・・・・)」
無意識の内に、サーベルを握っている手に力が入る。そんな様子のユーリの顔を、心配そうな表情のリリナが覗き込んだ。
「・・・・・・?うわぁっ!?」
「・・・・・・えっと、だいじょうぶですか?」
驚いたユーリは「えっ、あっ、ああ。すまない」と謝った。
「まあ、立ち話もなんだ。どこか落ちつける場所で話そう。ちょうど近くに、フレイアの猫馬車があることだし・・・・・・」
なぜ、クトーレがフレイアのことを知っているか問いただそうとしたユーリだが、そのすぐ後にフレイアの猫馬車がやって来た。またしてもあまりに突然なことに、ユーリたちとクルスたちが驚いた。
「にゃんだあああああ~~~~~~っ!?」
間抜けな声を上げて驚いたクドラに全員の視線が集中し、気付いたクドラは赤くした顔を逸らす。
止まった猫馬車の荷台が開くと、出て来たフレイアが大々的に声を上げた。
「四名さま、ご案内~~!!」
その雰囲気に圧倒されクルスたちは言葉も出ないが、ユーリは頭を押さえていた。
「フレイア。これはどういうことだ・・・・・・と聞く必要はないよな・・・・・・」
「もうわかったの?さすが私の弟子」「正確には、私が鍛えています」
フレイアの後にオッタルが言うと、ミリアは目を瞬かせたままユーリのほうを見た。
「えっと・・・・・・どういうこと?」
「クトーレ、訳がわからないから説明してくれ」
「案外鈍いな」
呆気にとられた声で聞くクルスに、失望したような声でクトーレが返す。
「俺たちが行く場所。彼女らはその案内人さ」
「「「はあ・・・・・・」」」
クルスたち三人が呆然とした声を出し、クトーレと一緒にいたリリナは大体の見等をつけた。そして一歩は慣れた場所から傍観していたユーリは、クトーレの態度から全ての合点が行った。
「さあ、乗った、乗った。見た目ほど中は狭くないから」
フレイアに急かされて馬車の二台に乗ったクルスたちは唖然とした。中はホテルの一室ほど広く、外見と中の様子がまったくあってなかった。
「ほら、後がつっかえてるから早く乗って」
「あ、ああ・・・・・・」
唖然とするクルスを押し、続いてクドラ、ルルカ、リリナが入ってイスに座る。その後にユーリたちが入ると、最後に入ったクトーレがクルスたちの前に座った。騎手の座る席があるほうにユーリ、ミリア、オッタル、クトーレが、反対側にはクルス、クドラ、リリナ、ルルカが座っている。
「じゃあ、出発するわよ」
二台の前に乗ったフレイアの一声で、馬車馬代わりの猫が鳴いて動き出す。列車のように景色が流れる馬車の中では、戸惑いの色を浮かべたクルスが代表してクトーレに聞く。
「どこに行くのですか・・・・・・?」
「最初に言ったとおり、『希望を探す場所』さ。この馬車は狭いが、着くまで勘弁してくれ」
「こら~!悪かったわね!狭くて!」
「おお、こわ」
御者の椅子に座っているフレイアの文句に両耳を塞いで言うと、クトーレは改めてクルスたちのほうを向いた。
「では改めて、各自自己紹介と行こう。俺はクトーレ・ベオヴォルフ。とある事情で旅をしているのだが、その途中、スヴェロシニア国を立ち寄った時に彼らに会った」
「スヴェロシニア国!?確かセリュードさんたちが行っている国・・・・・・」
「何?セリュードたちを知っているのか?」
ユーリの言葉にクルスが驚き、ユーリも「お前こそ!?」と、が声を上げる。
「任務の中で会ったことがある。俺はクルス・タルボージュ。対不死者組織〈ルマーニャ〉所属のヴァンパイアハンターだった」
「『だった』ってことは、今は違うってこと・・・・・・?」
ミリアの問いに、「ああ」と辛そうな顔でクルスは答えた。
「俺は組織を抜けたし、組織自体もその直後に壊滅したらしい」
「あんな民間人も打ち殺そうとする組織、壊滅して当然よ」
ざまあみろと言わんばかりに腕を組むルルカは、口調からしてどうやら裏人格が出ているようだった。
「そうだったのか。すまない。怖い目にあわせて」
謝るクルスに、「気にするな」とルルカは言う。
「あの組織に所属していた者の中で、お前は一番まともそうだからな・・・・・・」
「えっ・・・・・・あっ、あの・・・・・・」
戸惑いながら話しかけるミリアに、「ん?」とルルカが答える。
「ルルカさん、さっきと雰囲気が・・・・・・口調も違うし・・・・・・」
「ああ。驚かせてすまない。私は・・・・・・」
その時、「ダメ!!」と頭の中で声がすると、ルルカの人格の表裏が入れ替わった。
「・・・・・・もう、もう一人の私ったら・・・・・・あっ、ごめんなさい。へんな独り言、言って・・・・・・」
愛想笑いするルルカに、ユーリとミリアは顔を見合わせた。
「・・・・・・その雰囲気が変わるのには、何か秘密があるようだな」
腕を組んで冷静に分析するユーリに、ギクッと固まる。
「安心しろ。誰にでも触れられたくないことは、一つや二つある。それを無理やり聞き出すようなまねはしない」
それを聞き、「そうですか」とルルカはホッと胸をなで下ろした。
「さて、忘れられない内にしておこう。俺はクドラ・レヴィエート。クルスの幼馴染だ」
「なるほど。先程のコンビネーションのよさは、幼い頃から互いをよく見ている君たちだからこそか」
そう指摘するユーリに、「ただの幼馴染ではないが、な」とクドラは自嘲気味に笑う。
「あ~!私とユーリだって、ただの幼馴染じゃないんだから!」
「張り合ってどうする」
話に入ってきたミリアに突っ込むユーリだが、ルルカは興味津々の表情で聞いてきた。
「へえ~、どんな、どんな?」
「一度、悪い人たちにさらわれて、お姫さまのように助けを待っていたけど、助けが間に合わず再び連れさわられ・・・・・・」
話しを聞いているルルカは、「うんうん」と頷いていたが、クルスたちは適当に聞き流していた。
「・・・・・・再会した時に主従関係になった、少しばかり風変わりな幼馴染で~す!」
笑顔で言い終わった瞬間、クルス側の面々は一人を除き固まった。クトーレも苦笑いしており、当のユーリ本人は目を閉じた呆れ顔になっていた。
「・・・・・・誤解を招くようなことを言わないでもらおうか」
その顔は何か飲み物を飲んでいたら、間違いなくそれを吹き出していた。
「あれ?もしかして、気に触った?」
「ああ。気に触った」
腕を組んだユーリに、「ごめん」とミリアは謝った。
「お詫びに戻ったら、いろいろサービスしてあげるから」
「ぶっ!!」とユーリが吹きだす。くどいが、何か飲み物をのんでいたら、間違いなくそれを噴き出していた。
「フレイアさん!ミリアに変なことを教えてないでしょうね!!」
「教えてないわよ、安心して」
騎手が乗る席に振り返って怒鳴るユーリに答えたフレイアに、ホッと胸をなで下ろす。
「魔術に関する訓練の他に、私の『愛の女神』としての知識をちょっとね」
前のほうにガクッと倒れるユーリを、クルスたちは呆れ顔で見ていた。
「・・・・・・要するに二人は、お嬢さまとそれに仕える執事・・・・・・?」
呆れ顔のルルカに、「違いま~す。逆で~す」とミリアが言う。
「私がユーリに仕えるメイドなの」
底抜けに明るい声で答えた途端、ユーリを見る三人の目が冷たくなる。
「だ~か~ら~、誤解を招くようなことを言うな!」
ついには叫びだしたユーリに、「だったら!」とミリアが叫び返す。
「・・・・・・もう少し私のこと・・・・・・かまってよ。修行が大変なのはわかってるけど・・・・・・かまってよ・・・・・・」
涙を流しているミリアに、ユーリは罪悪感を覚え始めた。
「・・・・・・わかった。善処してみる」
涙を拭いながら、「約束だよ」と言ったが、その後からは頬を赤くして黙り込んだ。
「(フレイアに何か吹き込まれたな・・・・・・こいつは将来、しりに叱れるタイプだな。ったく・・・・・・)」
クトーレは後ろに両腕を組み、「まだまだだな」と呟いたが、誰もその意味をつかめず、首を傾げた。
「ところで・・・・・・まともに自己紹介はできてないが、各自、名前は知ったようだな。とはいえ、まだ名前すら言ってない奴がいるぞ」
そう言って指差した先には、クルスの側で赤くなったまま黙り込んでいるリリナがいた。
「自己紹介できないんなら、さっき教えた練習用のセリフを俺が代わりにやってやろうか?」
意地悪そうな顔のクトーレに、「わ・・・・・・私がやります!」と大声で言った。
「そんなに、緊張しなくていいのに・・・・・・」
呆れ顔のクトーレをよそに、リリナは深呼吸をしていた。
「わ、私・・・・・・リリナ・エルハンスと言います・・・・・・ク・・・・・・クルスの恋人です!!」
無事に終えたと、緊張の糸がほぐれた。しかし、頭が冷静になってくると、さっき言ってしまったことの意味を、時間をかけて理解した。いち早くそれを理解していたフレイアは、面白いことを聞いたような顔をしていた。
「こ・・・・・・こここ、恋人って・・・・・・!!」
声が裏返るクルスに、「違うの?」と不安そうにリリナが聞く。
「命の危機を乗り越えた男女は恋人関係だって、クトーレさんが・・・・・・」
その瞬間、馬車の中が沈黙に包まれる。空で回る車輪の音だけがしばらく響いている。
「クトーレさん・・・・・・」
震える思い声を出すクルスに、「はい?」とクトーレが聞き返す。
「いったい何を教えてるんですか!?いくら命の恩人でも、限度ってものがあります!!」
「お~~。お前もそこまで怒鳴るとは、人間わからないものだね~~」
「ごまかさないでください!!リリナも、こいつが言うことを真に受けないでくれ!」
「えっ?私、からかわれたの?」
「からかってないよ~。さっきの説明『両想いの』が抜けてたけど、恋人とはそういうものだってフレイアさんが・・・・・・」
「ということは、あなたたちは危機を乗り越えた両想いってことね?」
面白がるフレイアの言葉に、顔を赤くしたクルスが黙り込む。
「ふえ・・・・・・?ふええ~~!?」
自分の発した言葉の意味をやっと理解したリリナは、恥ずかしさのあまり顔を赤くして絶叫した。
―※*※―
野を越え、山を越え、海を越えた猫馬車は、ブレイティアの本拠地である〈名も無き島〉に辿り着いた。
「じゃあ俺、クトゥリアさんに話を通してくる」
クトーレが立ち去った後、「クトゥリアさん?」とクルスは首を傾げた。
「ブレイティアの総司令官だが、それ以外は知らない」
「なんだかくえない感じのする人なんだけど・・・・・・」
ユーリとミリアが言うと、クルスの表情がだんだん厳しいものになってくる。ルマーニャでの経験のせいで、部下に隠し事をする上司に不審を抱いている。
「で・・・・・・でも、部下思いのいい人だよ」
「えっ、あっ、いや・・・・・・その・・・・・・」
その疑念を察したのか慌てて取り繕うミリアに、クルスが戸惑う。
「そ、そうそう。だから、そう疑うなって・・・・・・」
慌てるユーリに、「は・・・・・・?」とクルスは首を傾げた。
「いや・・・・・・厳しい顔してたから、てっきり疑っているのかと・・・・・・」
「ああ、すまない」とクルスは頭をかいて謝った。
「・・・・・・上司に恵まれなかったのよね~。同じ組織にいる人を見たから、よ~くわかるわよ・・・・・・」
その後にルルカが、「よぉぉ~~く、ね」と付け加えた。
「・・・・・・最後のところ、えらく伸ばしたな」
肩をすくめて呆れながらクドラが歩いていくと、ユーリとミリアとオッタルもそこから歩き始めたが、リリナ一人だけがクルスの後ろでうつむいていた。
「ううっ・・・・・・ごめんね、クルス」
「・・・・・・?なんでお前が謝るんだ?」
訳がわからないクルスは振り返ると共に聞いてくる。
「だって、私・・・・・・からかわれてたとはいっても、クルスのこと『恋人』って言っちゃって・・・・・・迷惑だよね・・・・・・私・・・・・・ヴァンパイアなのに・・・・・・」
「そんなことはない」
思わず叫んでしまい、戸惑い顔のリリナに今度はクルスが戸惑った。
「えっ・・・・・・あっ・・・・・・その・・・・・・」
「もしも~し」
顔を赤くしてうつむく二人に、気まずそうな顔のフレイアが話しかける。
「「うわあっ!?」」
「・・・・・・二人してそこまで驚く訳?」
不満そうなフレイアに、「ご・・・・・・ごめんなさい」と謝る。
「まあ、いいわ。それにしても、リリナちゃんってヴァンパイアって言ったわよね」
近づくフレイアに、リリナは反射的に恐怖を感じた。