第9話 真に恐るべきは人の業と欲
題名と内容に違和感があるかもしれません・・・・・・。
ハイコットランドの小川で一人の老婆が衣を洗っていた。小柄で緑色の服を着ており、水かきの付いた赤い足をしているその老婆は、ブツブツと小言を呟いている。
「・・・・・・死ぬ・・・・・・今日か明日・・・・・・。人々に望まれず地位を得た愚かな王が・・・・・・死ぬ・・・・・・」
そう呟きながら洗い物を続ける老婆に、横を走り抜けたディステリアは気味悪さを感じた。
「なんだ・・・・・・あの婆さん・・・・・・?」
「あれは、ベン・ニーアだ。死期の迫った人物の衣を洗う女性の妖精。貴族の死が近づくと鳴き声を上げる妖精、バンシーの仲間だ」
「じゃあ、誰かが死ぬ?」
眉をひそめて聞いたディステリアに、「大方の見当はついたんじゃないか?」とクトゥリアが聞き返す。
「あいつが死を預言した者・・・・・・そいつは・・・・・・」
その時、「でやああああああっ!!」と脇の草むらから全身を鎧に包んだ兵士が切りかかる。ディステリアは一瞬でクトゥリアの前に出て、その兵士を天魔剣の峰で打った。
「ぐはっ・・・・・・」
倒れた兵士を置いて、後ろから来る兵士たちが追いかけて来る。
「・・・・・・今の動きは70点。だんだん点数が上がってきてるな。さすが俺の弟子」
「ほざけ!!あくまで仮契約中なんだろ!・・・・・・っつうか、点数なんかつけるな!!」
「でやあああああああっ!!」
「おっと・・・・・・!!」と、草むらから飛び出した兵士を右手で殴り飛ばす。
「・・・・・・さすがにコースが読まれていると、周り込みされている。指揮系統の高さがうかがえるな」
「感心するな~~、アホ~~~!!」
とか言ってると、目の前の道に多数の兵士がやってくる。
「分隊か・・・・・・こっちだ」
脇道に入ったクトゥリアに、「えっ、ちょ・・・・・・」とディステリアも後を追う。
「バカめ、そこは湖への一本道だ」
「回り込め!!」
兵士たちが迅速に行動する。その頃、ディステリアとクトゥリアは草むらの中にある獣道を通っていた。
「どこに通じてるんだ!?」
「わからん」
「お前な・・・・・・」
その時、二人は開けた場所に出る。そこは広い湖で、向こう岸に城らしき塔が見て取れる。クトゥリアはとっさに草むらに隠れ、ディステリアもそれに習った。
「あそこが、この辺りの領主の城か・・・・・・」
「・・・・・・攻めるなら夜か?」
「伊達に騎士勤めしてないらしいな。だが、それは騎士の攻め方じゃない。俺の考えていることも、騎士の攻め方じゃないが・・・・・・」
その時、湖の岸辺で何かの気配がする。二人が身を低くして様子をうかがうと、二人の麗しい女性が歩いていた。その二人を見てクトゥリアが目を見張る。
「・・・・・・知り合いか?」
ディステリアに、「いや・・・・・・」と返す。
「美しい娘の姿で人間をたぶらかし、血を吸う邪妖精バーヴァン・シーと美少女の姿をした邪妖精フィディエル。なぜ、この二人があんな男の屋敷でメイドなんか?」
「メイド!?」
ディステリアが驚くと、クトゥリアはディナ・シーが届けてくれた捜査資料を手渡す。
「この資料によれば、メイドとして勤めているらしい。まあ、邪妖精が人間と共に暮らしたいと考えることは滅多にない。加えてあの領主だ。奴に弱みを握られたと考えるのが妥当だろう・・・・・・」
その時、どこからか唸り声が聞こえる。不思議に思って声にするほうを覗くと、緑色の服を着ている妖精らしきものが二人の女性に近づいているのが見えた。鼻はなく黄色い馬のタテガミのようなものが尾まで伸び、指の間には水かきがある。
「フーハだと!?どうしてこんな所に!?」
「なんだ、そいつ?」
「水、川や池、時として海にも係わりのある邪悪な妖精たちだ。だが、自ら離れたこんな所になぜ・・・・・・」
「目の前に湖がある。ここに棲んでるんじゃないか?」
フィディエルが抱いている子供を下ろすと、子供はあやされるかのような声を出す。すると、湖の草が伸び始めた。今度はフーハがバーヴァン・シーに近づくと、バーヴァン・シーの抱いていた子供がカラスに変化した。しかし、すぐに変身が解けて落ち、バーヴァン・シーがそれを受け止める。その時、服の裾から馬のような足が見えた。
「・・・・・・段々、見えてきたぞ・・・・・・」とクトゥリアが口の端を釣り上げる。
「どういうことだよ」
「あれを見ろ」と指差したほうを見ると、フィディエルとバーヴァン・シーが子供を抱えている。
「フーハとの子供で、その初代となる者たちには皆、尾のようなものと背中にタテガミのような毛が生えている。だが、あの子供はカラスに変化することができ、足だけは偶蹄目のよう。あの緑の髪の子供は水に強い体性を持ち、沼地の絡まりあった草や水草を操れる・・・・・・。間違いない・・・・・・」
その時、周りから槍が向けられる。気が付くと、二人は追っ手の兵士たちに囲まれていた。さっきまで見ていたフィディエルとバーヴァン・シーは、二人に気付いて慌てて逃げ出した。
「見たな・・・・・・?あれを見られた以上、生きて返すわけにはいかない・・・・・・」
「へえ・・・・・・なら、どうするってんだ?」
「本来ならその場で命をもらうが、領主さまは直々に手を下されるという。よって、お前らを領主さまの所に連れて行く・・・・・・」
「いやと言っても力づくだ・・・・・・」
「ほう・・・・・・俺は力づくは嫌いじゃないけど・・・・・・」
ディステリアが天魔剣を構えた瞬間、クトゥリアが彼の首に手刀を当て気絶させた。
「なっ・・・・・・?」
訳もわからぬままディステリアは意識を失い、クトゥリアはその場に座り込んだ。
「抵抗の意思はない・・・・・・ということか・・・・・・?」
クトゥリアは黙っている。
「いいだろう。つれて行け・・・・・・」
二人は縄に縛られ、兵士に城へつれて行かれた。
―※*※―
ぼやけている視界がハッキリしてくる。目が覚めるとディステリアは起き上がり、周りを見る。そこは石造りの壁に囲まれた地下牢だった。
「俺は・・・・・・いったい・・・・・・」
「目が覚めたか?」と声がすると、同じ牢に入っているクトゥリアが手を上げる。ディステリアはすぐに、クトゥリアの胸倉を掴んだ。
「・・・・・・どういうつもりだ?」
「そんな怖い顔するなよ・・・・・・」
「・・・・・・俺を領主に売るつもりか?」
「そんなつもりだったら、俺は牢に入れられていない・・・・・・」
表情を変えず答えるクトゥリアに、ディステリアは手を離す。
「捕まったのはわざとだ。向こうがわざわざ会うって言ってんだ。あえて侵入する必要はない・・・・・・」
その時、地下牢に足音が響く。兵士がやってきて、「出ろ」と牢を開ける。
「領主さまがお会いになるそうだ。くれぐれも、変な気を起こすなよ」
縄で二人をきつく縛り付けると、兵士は二人を引いて地下牢から出る。
「さて・・・・・・どんな奴かな・・・・・・」
クトゥリアは楽しみであるかのように、笑みを浮かべた。
―※*※―
領主がいる広間に引き立てられたディステリアとクトゥリアは、豪華な装飾がつけられたマントを身にまとった男が目に入った。
「お前らか・・・・・・私には向かうという愚か者は・・・・・・」
「そういうあんたは、他の候補者の死で領主の地位につけた、幸運な奴か・・・・・・」
幸運の部分を皮肉そうに言ったディステリアに、「口を慎め」と兵士が縄を引く。
「・・・・・・構わん。今にそんな口を聞けなくしてやる・・・・・・」
そこに、「失礼します」と熱を帯びた女の声がする。胸の辺りが大きく開いたメイド服を来たメイドたちが何人も来た。その中には、湖で見たフィディエルとバーヴァン・シーもいた。
「ご主人さま~。私たち、夜まで待てない~」
すると、領主は猫なで声で「我慢しろ」と言った。ディステリアは気持ち悪くて思わず、身震いする。
「でも~、最近お仕事ばかりだし~。領主さまを落としいれようとする愚か者のせいで、ストレス溜まりまくり~~」
「な・・・・・・なんなんだ・・・・・・」
ディステリアが引くと、さっきから離しているメイドがディステリアのほうを見る。
「・・・・・・あんたたちのせいで、私たちが寂しい夜を送ってるのよ~。私たちで暇を潰すのも、飽きたし・・・・・・」
色っぽい声で唇に人差し指を当てるメイドに、「な・・・・・・何やってんだ・・・・・・」とディステリアが思わず呟くと、クトゥリアが顔をしかめる。
「こいつらの始末をつけたら、久々に楽しむとしよう。そうだな・・・・・・今夜の相手はフィディエルにしてもらおう・・・・・・」
「光栄です、ご主人さま」
フィディエルと呼ばれた女性がスカートの裾を持ってお辞儀をすると、「またフィディエルちゃん~?」と不満そうな声を上げる。
「今夜も楽しませてもらうぞ・・・・・・」
虚ろな目で、「ハイ、ご主人さま・・・・・・」と答えると、フィディエルたちメイドは部屋を後にした。
「・・・・・・洗脳してメイドとは・・・・・・趣味が悪いな・・・・・・」
睨むクトゥリアに対して、「ハン」とバカにしたように笑う。
「私の理想郷に邪妖精などいらない。だが、美しければ話は別だ。保護してやる代わりに私の僕となり、私を楽しませる。それがメイドというものだろ、何が悪い!」
「・・・・・・楽しませるだと・・・・・・」
物凄く鋭い視線で睨むディステリアに、「ああ、そうだ」と領主が笑う。
「あのさまは最高だぞ。美しい女の妖精が隷属的に従い、媚びてくるさまは。お前も私の下に来れば見られたものを・・・・・・」
興奮して下品な笑みを浮かべる領主に、ディステリアの怒りは頂点に達した。
「この・・・・・・外道が!!!!!」
そう叫ぶと、ディステリアは縄を引きちぎって天魔剣を取り出した。驚いて慄く領主が悲鳴を上げると、兵士たちが飛び込んで来る。
「な・・・・・・縄を引きちぎった!?ば、化け物か・・・・・・」
「そうだな。俺は化け物かもしれない・・・・・だが、ならお前はなんだ!?人間だとでもいうつもりか!!」
「か・・・・・・かかれ!殺してしまえ!」
領主の命令で兵士たちが一斉に襲いかかると、ディステリアが睨み返す。天魔剣を反転させて峰で打ち、後ろから飛びかかった兵士にはクトゥリアが飛び膝蹴りで気絶させる。
「・・・・・・ったく、段取りは守れよな・・・・・・」
呆れるクトゥリアの縄がするりと抜け、手首を痛そうにさすった。一瞬目を見張った兵士を剣を抜かず鉄拳で鎧の上から殴り飛ばす。
「・・・・・・縄抜けって奴か?関節を外す・・・・・・」
感情の抜け落ちたような、重く冷たい声でディステリアが聞く。
「・・・・・・お前、アホ。関節を外した所で腕の太さが変わるわけじゃないから、抜けられるわけないだろ」
いつもと変わらない様子で答え、クトゥリアは右手を上げて見せる。
「親指を畳んだ時、手首を同じ太さになるように日ごろから鍛えておくんだ。そうすれば、腕を縛られても・・・・・・」
口調も動作もいつもと変わりない。が、ディステリアに向けられたその目は、どこか鋭さと危機感があった。そこに、剣を掲げた兵士が切りかかるが、
「・・・・・・邪魔だ」
「ぐあっ」
冷たいクトゥリアの一撃で兵士が一瞬で倒されると、ディステリアも他の兵士を倒していく。領主は「ひええ~」と悲鳴を上げた。
「呆気ないな。これで終わりか」
天魔剣を掲げてディステリアが近づくと、領主は窓のほうに後ずさりする。
「こ、こうなったら・・・・・・」
領主が腕輪をつけている左腕にもう一つ腕輪を着ける。ディステリアが不思議に思っていると、領主から不気味な気配が漂い始めた。
「な、なんだ・・・・・・?」
「ハハハハハハ!!」と高笑いすると、領主はディステリアを殴り飛ばした。思わぬ力に、ディステリアは驚く。
「うわっ!!なんだ?さっきのヘタレた雰囲気とはえらい違いだ・・・・・・」
「慌てるな・・・・・・どうやら、あの腕輪にタネがありそうだ・・・・・・」
「ハ~ッハッハッハ!私は無敵!敵う者はいない!」
「ほざけ!!」とディステリアが切りかかるが、領主の腕の一振りで吹き飛ばされる。
「ぐあっ・・・・・・!!なんだよ、いったいどうなってんだ?」
冷静なクトゥリアに対し、ディステリアはまだ頭に血が上っている。天魔剣を構え直して切りかかるが、領主は腕やマントを振るいことごとく攻撃を防ぐ。
「おおおおおおおおおおっ!!」
「ハハハ!!ぬるいわ!!」
渾身の一撃を黒い魔力をまとった腕の一振りで跳ね返され、「ぐっ・・・・・・」とディステリアが着地する。
「ハハハハハハ!!夜はメイドどもで楽しんでやるんだ!!お前らなど、一捻りにしてくれる!!」
「・・・・・・なるほどな」
渾身の一撃を防いでようやく冷静さを取り戻したのか、ディステリアは静かに呟き口に溜まった血を吹き出す。
「その欲望が力の源らしいな・・・・・・胸くそ悪い!!!」
「・・・・・・なら、どうするというのだ?貴様は俺に勝てん!ハ~ッハッハッハッハッハ!」
すっかり勝った気でいる領主に、「どうかな?」とディステリアは天魔剣の刃を上に向けて構える。
「はぁぁぁぁぁ・・・・・・」
目を閉じて深く息を吐き、領主を睨むとそのままの構えで突っ込む。
「バカめ!!」
領主が撃ち出すエネルギー弾を突っ切り、ディステリアは天魔剣を振り下ろした後、即座に振り上げる。
「―――ライジング・ルピナス!!」
無数の光の柱が立ち、「ぐあああああっ!!」と悲鳴を上げる領主。右腕に激痛が走るが、ディステリアが気にせず次の構えを取る。
「―――フォーリング・アビス!!」
大きく掲げた天魔剣を振り下ろすと無数の黒い流星が落ち、領主を押し潰した。
「がはっ・・・・・・!!」
技が収まり、ディステリアは激痛に襲われて膝を着くと、そこにクトゥリアが駆け寄る。技を受けた領主がつけた腕輪は壊れており、人の姿に戻っていた。
「大丈夫か?」
「ああ・・・・・・いつっ・・・・・・」
「無理をするな・・・・・・後は、ディナ・シーたちに任せて置こう」
「えっ・・・・・・?」とディステリアが呟いた時、城の外を妖精の騎士たちが囲んでいた。
―※*※―
主を失った城を後にしたディステリアとクトゥリアは、近くの港を目指していた。
「あの土地を治める領主はどうなるんだ?」
「市民が決めるだろ。今度こそ、厳重な警備のもと行なう選挙で、な・・・・・・」
だが、納得のいっていないディステリアは元より、クトゥリアの顔はさえなかった。
「(・・・・・・あの領主。怪物の姿に変身するあの腕輪を、どうやって手に入れた。それに、選挙中に起きたという、他の候補者の不可解な死。何か関係があるのか・・・・・・)」
浮かない顔のクトゥリアに、「どうした?」とディステリアが聞くが、「いや、なんでもない」と足を速めた。
「・・・・・・それより、喜べ。お前の師匠にする男と連絡が取れた。近くの港から出る船が着くエウロッパの港で落ち合う約束だ」
「本当か!?よっしゃぁ!!」
「そうとわかったら、善は急げだ!港まで走るぞ!」
走り出したクトゥリアを、「おっ、待てよ!」とディステリアが追いかけた。
この後、二人は船を間違えてエリウのほうに渡ってしまい、大変な目に遭うのだった。