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婚約破棄された夜、冷酷公爵に拾われましたが、元婚約者が土下座してももう遅いです

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/05/08

「エレノア・フェルディナンド。お前との婚約は、今日限りで破棄する」


 ――王都最大の舞踏会。


 音楽が止まった。


 貴族達の視線が、一斉に私へ突き刺さる。


「……理由を、お聞きしても?」


 震える声を押し殺して尋ねると、婚約者だったレオニードは露骨に顔を歪めた。


「理由? そんなもの決まっているだろう。お前は嫉妬深く、陰湿で、淑女として失格だからだ」


 その瞬間。


 レオニードの腕へ、勝ち誇ったように女が絡みつく。


 金髪縦ロール。


 甘ったるい香水。


 王都で“男を食い潰す毒花”と呼ばれる女――ミレイユ・クロフォード。


「まぁ……レオ様。そんな言い方、お可哀想ですわ」


 いや、全然可哀想じゃない。


 お前、昨日までレオニードと不倫旅行してただろうが。


 知ってる。


 全部、知ってる。


 だけど私は黙っていた。


 侯爵家のため。


 家名のため。


 ……そして、十年も好きだったから。


「エレノア様ったら、レオ様を束縛ばかりして。男性はもっと自由であるべきですの」


「自由、ですか」


「ええ。愛の形は人それぞれでしょう?」


 開き直りやがった。


 しかも周囲の貴族達まで頷いている。


 は?


 なんで?


 不倫した側が被害者面してるんだけど?


「レオ様は真実の愛に目覚めたのですわ」


「真実の愛ねぇ……」


 口から乾いた笑いが漏れた。


 終わった。


 何もかも。


 私は悪役に仕立て上げられた。


 婚約破棄の“加害者”として。


「今後、我がクロイツ公爵家はミレイユ嬢との縁談を進める。異論はないな?」


 ある。


 ありまくる。


 でも、言ったところで無駄だ。


 ここにいる全員、もう結論ありきで動いている。


 だったら――。


「承知しました」


 私は頭を下げた。


 ざわめきが広がる。


 もっと泣き喚くと思っていたのだろう。


 残念だったわね。


 泣く価値もない。


「では失礼いたします」


 踵を返した、その時だった。


「……面白い女だな」


 低い声。


 空気が変わった。


 ざわついていた貴族達が、一斉に道を開ける。


 現れたのは、漆黒の軍服を纏った男。


 銀灰色の髪。


 凍えるような青い瞳。


 帝国最強。


 冷酷無慈悲。


 氷血公爵――アシュレイ・ヴァルフォード。


「ヴァルフォード公爵……!」


 誰かが息を呑む。


 当然だ。


 この男、滅多に社交界へ姿を見せない。


 しかも。


「君、エレノアだったな」


「……はい」


「俺の婚約者になる気はあるか?」


 は?


 待って。


 今なんて?


 会場が爆発した。


「ヴァ、ヴァルフォード公爵!?」「何を!?」「正気か!?」


 いや本当に。


 私もそう思う。


「理由を伺っても?」


「簡単だ」


 アシュレイ様は、レオニードへ冷たい視線を向けた。


「浮気した男に捨てられてなお、取り乱さなかった。見苦しく泣き喚く女より、遥かに好ましい」


 レオニードの顔が引き攣る。


「ふ、不倫などしていない!」


「ほう?」


 アシュレイ様が指を鳴らす。


 すると黒服の部下が、一冊の手帳を差し出した。


「王都西区、“白薔薇亭”。三日前、二人で宿泊。さらに南区の別邸にも頻繁に出入りしている」


「なっ……!」


「証拠ならまだあるが?」


 会場が静まり返る。


 ミレイユの顔から血の気が消えた。


 あーあ。


 終わった。


「ちなみにその費用、クロイツ家の軍資金から流れていた。横領としても問題になるな」


「…………」


 レオニード、死亡。


「さて」


 アシュレイ様は私へ手を差し出した。


「どうする、エレノア」


 その瞬間。


 私は理解した。


 この人、最初から全部知ってた。


 その上で。


 わざわざ助けに来たのだ。


「……お受けいたします」


 手を重ねる。


 すると彼は僅かに目を細めた。


「そうか」


 それだけ。


 それだけなのに。


 胸が、痛いくらい熱かった。



「広っ……」


 ヴァルフォード公爵邸。


 控えめに言って城だった。


「今日からここが君の家だ」


「まだ婚約しただけですが!?」


「結婚する」


「圧が強い」


 何この人。


 怖い。


 なのに。


「夕食は?」


「え?」


「好きな物を用意させる」


「……お気遣いなく」


「遠慮するな」


「ではビーフシチューを」


「分かった」


 五分後。


 料理長が泣きながら最高級ビーフシチューを運んできた。


 仕事が早過ぎる。


 そして怖い。


 でも。


 不思議だった。


 アシュレイ様といると、心が静かになる。


 優しい言葉を並べるわけじゃない。


 甘い笑顔を向けるわけでもない。


 だけど。


 私が傷付いた部分を、黙って守ってくれる。


「……どうした」


「いえ」


 涙が出そうになった。


 こんな風に扱われたこと、なかったから。



 一週間後。


 社交界は大混乱だった。


 当然だ。


 クロイツ家は不正横領疑惑。


 レオニードは女性遍歴が暴露。


 ミレイユは複数貴族との関係が発覚。


 完全に破滅コースである。


「全部、アシュレイ様が?」


「最低限だ」


「最低限で国家崩壊レベルなんですが」


「俺は温厚だからな」


 絶対嘘。


「……怖くありませんの?」


「何がだ」


「私を婚約者にしたら、面倒事も増えます」


 すると。


 アシュレイ様は静かに私を見た。


「君は被害者だ」


「……」


「傷付けられた側が怯える必要はない」


 駄目だ。


 この人。


 言葉が強過ぎる。


 泣く。


 本当に泣く。


「あと」


「はい?」


「君を侮辱した連中は、全員後悔させる」


 怖い怖い怖い。


 でもちょっと嬉しい。



 そして迎えた夜会。


 会場へ入った瞬間、全員の視線がこちらへ集まった。


 以前とは違う。


 嘲笑じゃない。


 畏怖だ。


「エレノア様!」


 そこへ駆け寄ってきたのは、やつれ果てたレオニードだった。


「頼む! 誤解だったんだ!」


「不倫してましたよね?」


「み、ミレイユに誘惑されただけで……!」


「自分の意思ゼロですか?」


 ダサい。


 想像以上にダサい。


「君を愛してるんだ!」


「私は愛してません」


 即答した。


 するとレオニードは絶望顔になる。


 いや知らん。


「エレノア!」


 次に現れたのはミレイユ。


 髪は乱れ、以前の余裕など欠片もない。


「あんたのせいで全部滅茶苦茶よ!」


「自業自得では?」


「レオ様を返しなさい!」


「いりません」


 押し付けないでほしい。


 本当に。


「――俺の婚約者に近付くな」


 低い声。


 空気が凍った。


 アシュレイ様だ。


 その瞬間、レオニードとミレイユが真っ青になる。


「次はない」


 ただ、それだけ。


 二人は腰を抜かした。


 強い。


 というか圧だけで人を殺せそう。


「行こう、エレノア」


「はい」


 差し出された腕を取る。


 その時だった。


「アシュレイ様」


「なんだ」


「ありがとうございます」


「当然のことをしただけだ」


「それでも、です」


 すると彼は少し黙って。


 本当に僅かに。


 笑った。


「……君が笑っているなら、それでいい」


 心臓が止まるかと思った。


 何この破壊力。


 冷酷公爵どこ行った。



 三ヶ月後。


 私達は正式に結婚した。


 そして。


「エレノア、寒くないか」


「大丈夫です」


「本当にか?」


「近いですアシュレイ様」


「夫婦だから問題ない」


 毎日これ。


 溺愛が重い。


 重過ぎる。


 でも嫌じゃない。


 あの日、婚約破棄された時は世界が終わったと思った。


 けれど。


 終わりじゃなかった。


 裏切られた先に、本当の幸せが待っていたのだ。


「エレノア」


「はい?」


「愛している」


 真っ直ぐな声。


 私は微笑む。


「私もです、アシュレイ様」


 もう二度と。


 この手を離したくないと思った。


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