第7話 黒沢さんの♡えっち♡な高時給アルバイト(絶望編)
同じクラスの隣の席の、いつも自分を見下してくるお高く止まった黒髪美少女が、
〈夜のうさぎ達♡
ふわふわバニーガールズがお出迎え♡
今夜はバニーと遊ばない?♡〉
というお店でアルバイトを始めたと知ったら、人はどうするだろうか。
俺は……緊張と罪悪感と劣情でわけがわからなくなりながら、心臓をバクバク鳴らして店の扉を開けた。
――――――
「いらっしゃいませー♡」
ドアを開けた瞬間、ネオンに照らされたバニーガール達が、一斉に媚びるような鳴き声を上げた。
耳。網タイツ。ハイレグ。
きらびやかな店内で、ふわふわの尻尾を揺らしたバニーたちが笑顔を向けてくる。
……ただ一人、一番衣装が似合っていて、ひときわ目を引くプロポーションの新人バニーだけは、顔が死んでいた。
カウンターの奥から支配人らしき男が顔を出した。
「お一人様ですか?どうぞこちらへ」
俺はロボットのように言われるがまま席に座った。
「チャージ60分3000円で、延長は自動です」
「女の子にドリンクあげると喜びますよ」
「あ、はい」
と答え、メニューに顔を落とした。
先程までは正直、ほとんど黒沢さんに対する劣情しか抱いていなかったのだが……
しかし、いざ入店するとこの強烈な雰囲気に圧倒され、今は「彼女が大丈夫かな」という心配の方が強くなっていた。
案の定、と言ったところか。
突出してかわいい新人バニーがさっそく迷惑客に絡まれていた。
おっさん3人に何か言い寄られ、「そういうのはできないんです」と慣れない様子で応じていた。
が、腕をがっしり掴まれていて逃れられない。
……実際そうなるのも無理もなかった。
あの1人だけ明らかに若い身体に、あの衣装だ。
それだけでもう背徳感がすごかった。
おまけに、他のベテランバニー達は失ってしまった新人特有のたどたどしさというか、露出を恥ずかしがる様が、どうしようもなく扇情的なギャップを与えてしまっていた。
俺はその迷惑客のもとへ歩み寄り、彼女が嫌がってるのでやめてくださいと注意した。
するとそのおっさんは、俺に対してガキが何だというようなことを怒鳴りつけ、唾を飛ばした。
すぐさま支配人らしき人が止めに入った。
ここでやっと地獄から解放された黒沢さんは、ようやく俺が来店していることに気がついた。
また先程のコンビニでのように、ひどい言葉を浴びせてくるのかと身構えたが、今回はそうではなかった。
黒沢さんは俺を見るなり、顔の表情を緩めながらこちらへ走り寄り、俺の両手をぎゅっと握りしめた。
「怖かった……」
そう小さく震えた声を絞り出した。
――――――
「……どうしてこんなとこでバイトしてるの?」
黒沢さんは俺の手を握って離さないまま、目から涙を流しつつ答えた。
「お金が必要なの」
「お金?なんでさ?」
「…………」
「先程は失礼いたしました」
と、支配人がドリンクをサービスしてくれた。
彼は、俺と泣いている黒沢さんを見て色々と察したようで、新人バニーをフォローするように言ってくれた。
「しばらくはお二人でお話されたらいかがでしょう。見たところ、うちの新人のメイとお知り合いのようですし」
〈メイ〉というのは黒沢さんの下の名前だ。
馬鹿な俺は、何も考えずに答えた。
「ああ、黒沢さんとは同じ〈高校〉のクラスメイトなんです。
と言っても、対等にまともな会話をしたことはないんですけどね。はははは」
黒沢さんの表情が一瞬で青ざめた。
支配人の整った顔からは血の気が引いていた。
ケラケラと笑っているのは俺だけだった。
――――――
俺は即座に店を追い出され、2度と来ないようにと釘を刺された。
店から出禁をくらうのは今日だけでもう2件目だ。
先程の店内に比べ、いつも見ている街の様子は穏やかに感じた。
キラキラと輝く夕日が綺麗だった。
10分後、黒沢さんはバイトをクビになり、トボトボと裏口から外へ出てきた。
彼女は、俺の横が空いているベンチに、ちょこんと腰かけた。
「さっきは助けてくれてありがとう」
こういうお店に、高校生は関わってはいけないらしい。
俺はもう18歳だし、黒沢さんにも今聞いたところ18歳とのことだが、そういうルールがあるみたいだ。
「どうして大学生と嘘をついてまでここでバイトを?」
俺は尋ねた。
黒沢さんはため息をついた。
「……うち、借金があるの。
それで親が仲悪くなっちゃって。
お父さんもお母さんも頑張って返してはいるんだけどね。私の学費と生活費まで捻出するとなると、毎月ちょっと足りなくてね……」
……全く知らなかった。
俺は黙って聞き続けた。
「だから私、親に無理言って自分で学費稼いでるの。
親は当然反対したんだけど……もうお金で喧嘩してほしくないって私が泣き落としたら許してくれて。
でも……今月で私……住んでるアパートを追い出されそうなんだよね。
数ヶ月分の家賃払えてなくて、今月までに用意できなかったらもう限界だって。
深夜バイトはさすがに厳しくて続けられそうにないし。
残る最後の希望と思って、今日始めた高時給のバイトも、さっきクビになっちゃった……」
「……ほんとごめん」
でも、こんな危なっかしい方法で稼ぐことないよ……とは言えなかった。
「もうどうすればいいかわからない……。
お父さんとお母さんにお金ないって泣きついて、また仲悪くさせるのもイヤ……。
本当にどうすればいいの……」
黒沢さんは顔を伏せ、黙って静かに泣いていた。
大学生らしい私服のロングスカートに涙が落ちるのが横から見えた。
「…………。
……じゃ、じゃあ、来月から俺の部屋来る?
……ほら、俺って親戚のアパートの空き部屋使わせてもらっててさ、住人が1人増えたところでバレないんだよ……。
……ははは……なんちゃって……」
完全に冗談である。
これでも、俺なりに少しでも場を和ませようとしたのだ。
しかし、場は和むどころか地獄のように長い沈黙が走った。
…………。
……変なこと言ってごめん、と謝ろうとしたそのとき、黒沢さんは小さな声で言った。
「考えとく」
……え?……考えとく???
いったん、これ以上話すのはやめた。
俺はさっき黒沢さんに会計してもらったカップ麺を、彼女にあげた。




