第5話 彼女のパンツの色について
とは言っても、女子のパンツなど見ようとして見られるものでもないので、ひとまずチャンスを伺うしかなかった。
お昼休みになった。
クラスの3分の2くらいが席を立ち、2〜4人の仲良しグループがまばらに形成された。
俺の隣の席では、黒沢さんと朱川さんが体を向け合って一緒に弁当を食べている。そこに銀条院さんも合流した。
……言うまでもないが、俺は1人だ。
今この教室で、黒板のほうを向いたまま飯を食っている人間は、俺以外にいない。
ああ……、もし俺がオオカミ子さんと〈普通に〉お付き合いしていたら……と、どうしても想像してしまう。
きっと今ごろは中庭とか屋上に昼食を持っていって、2人きりの時間を過ごしていたのだろう。
お弁当の中身を交換したり、
口についたご飯粒を取ってあげたり、
照れくさそうに手作りの卵焼きを食べさせてあげたり、とか……?
まあ、そういう高度なイチャつきは無理だとしても、せめて会話くらいはできたらなあと思う。
……と、ここでふと思った。
お互いがこの教室にいるであろう今、もし俺がオオカミ子さんにチャットを送ったら、彼女からの返事は返ってくるのだろうか。
思い立ったらすぐ、俺はカバンに隠してあったスマホを取り出した。
「見てますか」
と送ってみた。
なぜか少しだけ背徳感があった。
さてどうかな、と少しドキドキしながら待った。
――――――
レスポンスはオオカミ子さんからではなく、隣の席からやって来た。
「こいつスマホ見ながらニヤニヤしてる。キモ〜〜っ」
朱川さんが黒沢さんと銀条院さんに、俺の現状を悪意を込めて伝えた。
黒沢さんは、本当にそうだねという趣旨の返答をした。
銀条院さんは、俺を存在しないものと扱うので、無反応を貫いていた。
まあ、実際にキモかったのかもしれない。
朱川さんに指摘されるまで、自分が今ニヤニヤしていることに気づかなかったので。
「何見てるの?」
朱川さんが俺の席の左前方に近寄ってきた。
「彼女とチャットしてる」
俺は目を合わせずに答えた。
朱川さんは、いかにも大げさに腹を抱えて笑い出した。
「友達すらいないのに、そんなわけないでしょ笑笑」
その直後、朱川さんは不意打ちのごとく器用に俺のスマホの上部を掴み取り、下から上へとそれを奪い取った。
「ちょ、返せよ!」
まずい。そのチャット内容は見られたら色々とまずかった。
俺はスマホを取り返すべくとっさに手を伸ばしたが、なんせ席に座っている状態なので、届く距離に限界があった。
朱川さんは俺の手からスマホを難なく遠ざける。遠ざけながら目線はスマホの画面を見ており、中身を確認していた。
もう手遅れだった。
俺の届かない高さまでスマホを持ち上げた所で、朱川さんは2秒間静止した。
その2秒の間に、朱川さんの〈悪い笑顔〉がゆっくりと困惑に変わっていった。
「…………え、……えぇ?」
「……なに……これぇ……?」
「朱川、大丈夫?どうしたの?」
黒沢さんが状況を確認してきたので、朱川さんは今見ている事実を率直に伝えた。
「こいつ……エロい女と……エロいチャットしてるんだけど……」
〈ガタッ〉と大きな音が同時に鳴り、
黒沢さんと銀条院さんがこちらに飛んできた。
――――――
「オタク君のことが好き??……は??……こいつのどこが???」
「そもそも何ですの……このいやらしいアイコンは……?!」
「素敵な紐パンですね、はさすがにヤバすぎでしょ……笑笑」
俺と彼女の2人だけの会話を、この群がる女子達に隅々まで見られている間、俺はうつむいて顔を両手で覆っていた。
死にたいと思った。
「つまり、このクラスの誰かが、オオカミ子さんとして正体を隠しながら……コイツとお付き合いしているということね」
その通りです。聡明な黒沢さんが現状を簡潔にまとめてくれた。
「下着で男子を誘惑するなんて……学院生として恥を知るべきですわ。いやらしい」
胸を隠すようにしながら、
さっきおっぱいを俺に押し付けていたことに気づいていない銀条院さんが言った。
「そもそも、このオオカミ子さんとはどうやって出会ったわけ?」
朱川さんがいい質問をしてきた。
「これだよ」
俺は爽やかな顔で、筆箱の中から、昨日もらったばかりの手紙をさっと取り出した。
「それって……ラブレター……?」
「えええええ〜〜〜……!?!?」
女子達の声が揃った。
そんなに衝撃なのか。
この俺に好意を向ける女子が存在することが。
「そ、それは嘘じゃないですの……?」
銀条院さんも、もはや俺に普通に質問してくる有様だ。
「もちろんだよ、本物さ」
そう返すと、銀条院さんは青ざめて頭を抱えた。
先程のラブレター発言や、3人の驚嘆が教室中に響きわたったことで、今やクラス中の注目がこちらに集まっていた。
黒沢さんは、改めて全員に向けて言い放った。
「つまり、私たちの中にいるってことよ……。
……実はコイツと付き合っている〈人狼〉が」
――――――
クラス中の女子達がこの突如振ってきた恋愛騒ぎに興味津々で、俺のスマホは女子全員に回し見されていた。
「うわ……こいつ、彼女のパンツの色とか指定してやがるし」
改めてスマホを見た朱川さんがパンツの件を知り、教室中に聞こえるように叫んだ。
「みんな〜!オタク君にパンツ見られないように気をつけて!
もし白だったらオオカミ子さんだと思われちゃうよ〜!」
教室中に〈キャー!〉という、おそらく俺に対する悲鳴が響き渡った。
女子達が続々と廊下に逃げていく。
逃げていった子たちはおそらく白パンだったのだろう。
「白ねぇ〜」
人数が少し減った教室で、朱川さんはおもむろに黒沢さんの短いスカートに目線を落とした。
それに気づいた黒沢さんは「ちょっと何よ」と言わんばかりに警戒を強める。
火蓋は突如として切られた。
朱川さんがノーモーションで黒沢さんのスカートに手を伸ばす。
それをとっさの判断で、ギリギリのところでかわす黒沢さん。
「何すんのよ!やめてよもう!!」
ああ…!!惜しい!!
「そんなに短くしてるからでしょ!」
朱川さんはスカートめくりの手を止めない。
スカートの丈長と腰の高さから考えて……この勝負、朱川さんが圧倒的に有利だ……!
その瞬間を見逃さぬよう、俺は固唾を飲んで戦況を見守る。
その隣、銀条院さんは呆れた顔で沈黙を貫いていた。
「そんなに嫌がるってことは……!」
「白なんじゃないの……!」
「昨日みたいにレースの……!!」
3連撃だ……。朱川さんは身を屈めつつ、相手のスカートを狙い、右手、左手、右手と畳みかける……!
決着は突然だった。
「うっさい!!」
「きゃっ!!」
「うぉ……!」
「…………」
黒沢さんの鋭い反撃が風を斬った。
まるで朱川さんの真下で旋風でも生じたかのように、朱川さんのスカートは360度どの角度から見ても完全にめくり上がった。
女の子の下着のあられもない姿が、隠すものを全て取り上げられた状態で全方向に公開された。
「う、うぉぉ……」
俺がそう言った直後、教室はざわめきに包まれた。
スカートが下がりきった時、俺と朱川さんは目が合った。
朱川さんはとっさに顔を隠し、その場にへたり込んだ。
パンティの色は白だった。
――――――
朱川さんは顔を真っ赤にして泣いていた。
「違うもん…!たまたまだもん…!
コイツのことなんか好きじゃないもん!!」
朱川さんとしては、先程の遊びは単なるじゃれ合いに過ぎず、ここまで豪快にパンツを俺に晒すことになるとは思っていなかったのだろう。
黒沢さんはバツが悪そうに謝っていた。
今回黒沢さんは悪くないと思うが、意外と状況に流されやすいのかもしれない。
朱川さんは「黒沢は悪くないよ」と一言残して、走ってどこかへ行ってしまった。
彼女が走り去る中、また一瞬だけ目が合った。
俺はその日、朱川さんの〈白〉が頭から離れなかった。
どうしても頭の中で、彼女とオオカミ子さんを重ねてしまう。
次の日、1日だけ、朱川さんは学校を休んだ。




