第4話 彼女の胸の谷間について
結局、正体不明の彼女と朝までチャットした後、俺は眠りにつくことができず、ベッドから降りてそのまま学校へ向かった。
正直、身体は今にも眠りにつきたいところだが、昨日から今朝にかけての興奮がまだ残っているのか、思い出す度に放出されるドーパミンがなかなか脳を寝かせてくれない。
教室の扉を開け、いつものように、出て行けと言わんばかりの視線を大量に浴びながら、それを搔いくぐるように自分の席までたどり着き、ふぅと一息ついた。
俺は教室を一望した。
本当にこの中に、俺の彼女……オオカミ子さんが隠れていると言うのだろうか。
ふと隣の席を見ると、珍しく黒沢さんが眠そうに、うとうとしていた。
――――――
周囲に意識が向いていない黒沢さんを、俺は少し観察してみた。
黒沢さんの性格は最悪だが、見た目は美しい。
今日の彼女は目線にいつもの眼力はなく、重そうな瞼が時折持ち上がり、その度に深い青色の瞳が覗く。
それにしても、こんなことは久しぶりだ。
プライドを煮詰めて焼いたような女である黒沢さんが、こんな油断した姿を他人に晒すなど、通常ではありえないことだった。
何か特別な事情があったに違いない。例えば
〈好きな人と朝までチャットしていた〉
とか……?
見られていることに気づいたのか、黒沢さんのうたた寝のリズムが一瞬だけ止まった。半目のまま顔だけこちらに向け、
「キモ……、死ねよ……」
と呟いた。
先程の俺の推理は取り消させてもらう。
彼女がオオカミ子さんなわけないか。
俺はバツが悪くなり反対方向に視線を逸らした。
――――――
黒沢さんに気を取られ気づかなかったが、今日はいつもより〈騒々しさ〉がない。
おかしいなと思いつつ後ろの席を振り返ると、
口を開けて爆睡している朱川さんがいた。
普段と比較して、教室での肩身の狭さが控えめに抑えられていると感じたのは、こいつが寝ているおかげだったらしい。
いい眠りっぷりだ。男の子と朝方までチャットでもしていたのだろうか?
そう思ったのも束の間、できればずっと寝ていてほしかった朱川さんが、ちょうど今覚醒めようとしていた。
「んんんーーーーーー」
俺の肩身を狭める諸悪の根源の1つが、思いっきり覚醒めの伸びをしている。
棘のある性格とは対照的な、少し控えめで柔らかそうな女の子の胸が、伸びの最中その意思に反するかのように前方に強調されていた。
意外と大きいなと思った。
胸を張っている最中、朱川さんの身体の凸な部分に服の生地が張り付くことで、女の子の膨らみの形が確かに存在するのが顕になった。
そこから目を離すのは難しかった。
普段は控えめに見えるからか、その本来の膨らみの様子を観察して、なおさらそう感じるのだろう。
彼女はこちらに気づいた。
「あ……お前今、私の寝ぼけた顔見てただろ??」
朱川さんは両足を連続して蹴り上げ、前の席に座っている俺を、椅子の座面越しに攻撃する。
寝ぼけた顔など見ていない。
胸のあたりしか見ていないことは先程述べたからもう良いだろう。
何と言うか、こんな間の抜けた奴が、あんな歪んだアプローチをするはずがないよな。
彼女もまたオオカミ子さんとは思えなかった。
とにかく、今日もまた騒がしくなった。
――――――
不規則な足音がこちらに向かってくるのが聞こえた。
目線を移すと、そこに衝撃の光景と言うべきものが広がっていた。
それは、全然控えめじゃないおっぱいを抱えている銀条院さんだった。
しかし、今回衝撃だったのはそのおっぱいについてではない。
銀条院さんの目元になんとクマがあり、明らかにフラフラとしていて、まともに歩けていないのだ。
倒れる寸前という言葉がふさわしい。
俺は万が一のことを考えて席から立ち上がった。
案の定と言うべきか、銀条院さんは自分の右足を左足に見事に引っかけ、こちらに向かって思いっきり倒れ込んできた。
おっぱいが猛スピードで突っ込んできたため一瞬躊躇したが、俺はとっさの判断で銀条院さんを受け止めた。
胸のあたりにでかい引っかかりがあったので、それを抱えることでギリギリ間に合ったのである。
「銀条院さん……、だ、大丈夫?」
「………。……ええ……、ちょっと寝不足な……だけですわ……」
普通に会話してしまっている。
銀条院さんにとって、俺は存在しないものなんじゃなかったのか?
そんなこともわからなくなる程、判断力の低下が著しい。
銀条院さんのお嬢様生活を想像するに、相当なストレスが溜まっているのだろう。
それを発散するために、気になるクラスの男子と朝方までチャットしていたとしても、不思議なことではない。
俺の腕の中に倒れ込んでいる銀条院さんからは高貴な香りがした。しかしその中に、ほんのりとかわいらしい異性の匂いも混ざっている。
隠したくても女の子の魅力が溢れてしまうのが銀条院さんらしかった。
昨日も言及したが、銀条院さんのおっぱいの谷間は、いつでもどこでも無料で、前から丸見えの状態である。
しかし、〈至近距離〉で〈上〉からとなると話は別だ。有料どころかいくら金を積んでも見られないであろう深い谷間と、その吸い込まれるような影が、今、目の前にあった。
彼女は俺に寄りかかり、目を瞑ってぐったりとしている。
両おっぱいを俺の左腕と手のひらに惜しげもなくガッツリと抱えさせ、全体重をかけてくるので、ほとんど鷲掴みの状態になっていた。
体勢の維持がつらくなってきたが、それよりも大きな問題があった。
女の子の匂い、目の前に迫る深すぎる谷間、左の手のひらに圧をかけるおっぱい、そして眠っている女の子
「今なら少しくらい揉んでもバレないんじゃないか」と徹夜明けの男子高校生に考えさせるには十分過ぎる材料だった。
理性が音を立てて崩れ落ちる寸前、ものすごい衝撃が走り、俺の身体の方が先に崩壊した。
「銀条院さんにいつまで触ってんだよ!!」
そう言って俺の背中を黒沢さんが蹴り上げたからだ。
銀条院さんはその衝撃で眠気が吹き飛んだようで、急いで俺に覆いかぶさった状態から起き上がった。
俺のことが好きとは到底思えない程の気色が悪そうな表情で、制服をはらったり、自分の身体をさすって異常がないかを確かめていた。
今回ばかりは、黒沢さんに感謝した。
「黒沢さん、ありがとう」
「……は?」
俺が一線を超える前に止めてくれて。
――――――
結局、オオカミ子さんと疑われるようなクラスメイトはどこにも見当たらなかった。
しかし、蹴り上げられた衝撃で少し頭が冴えた俺は、あることに気づいた。
俺の彼女であるオオカミ子さんは、今日、俺が指定した〈白いパンツ〉を履いている……はずだ。
もし、女子達のスカートの中身を確認することができれば……オオカミ子さんへの直接的な手がかりが掴めるかもしれない……。




