第3話 オタク君のクラスメイトです。正体は秘密です
日が変わって4時間が経とうとしてした。
何と送ればよいかわからなかった。
「手紙ありがとう。是非、今度お会いしましょう」
などと下手に送るわけにはいかない。
数時間前、今回の手紙の件はいたずらではないと一旦の結論を出しはしたが、そうは言っても万が一のリスクを考えずにはいられない。
もし仮に、万が一、昨日の全ての出来事が誰かのいたずらだとすれば、俺は〈見え見えのハニートラップ〉に引っかかった見境のないクズとして、卒業するまで確実に陰で嘲笑され続けるだろう。
かといって、もしオオカミ子さんの手紙が本心ならば、そっけないレスポンスを送ることも本意ではなかった。
――――――
とりあえず俺は、まずは下書きとして、オオカミ子さんへ対する自分の素直な気持ちを書いてみることにした。
「素敵な紐パンですね」
……俺はバカなんだろうか。
無理もない。もう明け方だ。頭が回らない。
消そう消そう、と思い1文字消すボタンを押した。
……押したはずだった。
しかし、脳の稼働時間の限界だったのか、俺はどうやらボタン操作を誤ったらしい。あろうことか、実際に押されたのは〈送信ボタン〉だった。
「あ……」
容赦なくタイムラインに表示されるメッセージ文を見て、眠気が完全に吹き飛んだ。
送った瞬間に〈既読〉がついた。
心臓がキュッと締められた。肝が冷えた。もう取返しがつかない。
時間が静止した。
……その3秒後にメッセージが来た。
「ありがとう!!オタク君大好き!!」
――――――
よくしゃべる紐パンだった。
「メッセージを送ってくれたってことは、もう私たち、恋人ってことですよね」
「アイコンの黒ショーツ素敵でしょ?お気に入りなんです。ちょっと恥ずかしいから学校には履いていかないんですけれどね」
「もしかして、この時間までメッセージの内容を考えてくれていたんですか?私のせいで本当にすみません……でも嬉しいです!」
怒涛のメッセージ群が送られてきた。
とりあえず俺は、再び誤送信しないよう細心の注意を払って文面を作り、次のように返した。
「変な文章を送ってごめんなさい。送るつもりはなかったんです」
こう返すしかなかった。
再び、すぐに返信が来た。
「いえ、全然かまいません!そもそもあのアイコンを設定したのは私ですから!」
「メッセージをいただいただけで最高に嬉しいです。感激です!」
「これからもよろしくお願いしますね。一緒にたくさんお話しましょうね!」
こちらの送信したメッセージには、全て瞬間的に既読がつき、5秒以内に返信が3つ来る。
会話が一段落ついたように思えたので、満を持して
「あなたは一体誰なんですか?」
と、俺は紐パンに聞いてみた。
「オタク君のクラスメイトです。いつも学校で顔を合わせていますよ。」
と、紐パンは言った。
煙に巻かれた感じだ。どうやら正体は明かさない方針らしい。
言われてみれば、それはそうだ。
そうでなければこんな方法でアプローチはして来ない。
……しかし、だ。
オオカミ子さんがその方針の場合、俺が彼女とお付き合いするにあたり〈絶対に無視できない大問題〉が生じる。
相手が正体を明かすつもりがないのだから、何をどうしたって、浮ついた事などできるはずがないじゃないか。
恋人同士が行う主要なイチャつきはことごとく封印されたも同然だ。通話したり、手を繋いだり、デートでちちくりあうなど以ての外。それどころか面と向かって会話することすらままならないだろう。
それはもはや、付き合っているかどうかすら怪しいのでは……?
……俺は聞き方を変えてみた。
「どうしたらあなたに会えますか?」
初めて、しばらく既読つかなかった。
――――――
会うことはできない、というのが彼女の答えのようだ。
「ごめんなさい。理由は言えないのですが、私はあなたに正体を明かすことはできないんです」
「ですから、こうやってチャットでお話するだけではダメでしょうか?」
……迷ったが、俺は正直に言うことにした。
「オオカミ子さんのことがよく知りたいです。
どんな形であれ、俺なんかを好きと言ってくれた人は初めてで、それは素直に嬉しい。
だから俺もオオカミ子さんに面と向かって話して、あなたについて知りたい」
今回は、既読は一瞬でついたのだが返事の方が中々返ってこなかった。
画面の先から、迷っている感情みたいなものが伝わってくるようだった。
5分後、次ように返ってきた。
「あなたに会うときは、それが恋人としての別れのときになります」
詳細は不明だが、とにかく、どうしても会うことはできないようだ。
会ったとしてもその瞬間に別れることになるとは、一体どんな事情が複雑に絡まるとそうなるのだ……。
彼女は申し訳なさそうに続けた。
「あなたは本音を言ってくれたのに、私は自分の姿や名前すら明かせない……ひどいよね、本当にごめんなさい」
そんなつもりは無かったのだが、オオカミ子さんの心を乱してしまったようだ。
「そっちも告白して本音を言ってくれたんだしいいよ」
そう返信しようとした瞬間、先に彼女の方がメッセージを重ねてきた。
「お詫びに、今日は学校にオタク君の好きなパンツ履いていこっか……?」
俺は送りかけのメッセージを全削除し、
「よろしくお願いします」
と返した。
俺はせっかくできた初彼女に気持ち悪がられないよう、白のシンプルなやつをリクエストしておいた。
俺は、高校生活で青春を謳歌するのが夢だった。
入学前に幾度となく思い描き、渇望していた理想の〈青春〉。
だが、それはもうとっくに諦めていた。
そんなものは、はなから夢だったのだ……。
……そう思っていた。
しかし今の状況は、その諦めた青春に、あと一歩で手が届く──
二度と巡ってこないかもしれないチャンスだった。
だから俺は、この紐パンの正体を、卒業までに絶対に暴いてやると決意した。




