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第10話 妖羽さんとの勉強会で俺の性癖は壊れた

「やあやあ。あがって」

妖羽あやはねさんは、そう言って俺を家に招き入れてくれた。


女の子の家に上げてもらうのは初めてなので、少し緊張していた。


「こっち」

彼女は半分目を閉じたまま、一切こちらを向かずに進行方向を指差して進む。

俺はその後ろに続く。


やっぱり掴みどころのない子だ。




俺達は2階に上がり、妖羽さんの部屋に到着した。

「ここ、私の部屋」

彼女は扉を開けた。

落ち着いた色合いの、シンプルでキレイな部屋だった。

部屋の中央に、勉強会のための低い丸テーブルが用意されていた。


「じゃ……始めよっか」

何というか何事もなく、俺達は参考書とノートをテーブルの上に広げた。

真面目な勉強会が始まった。




――――――




しばらくの間、お互いに無言でノートを取り続ける時間が続いた。


……が、そのスピードが両者で大違いだった。

妖羽さんは参考書をチラッと一瞥するやいなや、大量の文字列と計算を、物凄い速さでノートにさらさらと記述していた。

彼女は左利きのようだった。


「ねえ妖羽さん、

数学ってどうやったらできるようになるの?」

俺は初っ端から核心へと迫った。


「……さあ」


……さあ、と言われてしまった。

妖羽さんなら、簡単に頭が良くなる方法を一発で教えてくれるかも……とか思っていたが、さすがにそんな美味い話は無いか。




「んー…………

何というか、直観だからさ。

直観を教えるのって難しい」


ちょ、直観……なんだそれは……?




「んーと、要は、

知覚と経験で思考をバイパスする感じ」


教わる人を間違えたかもしれない。


人は才能がありすぎると、他人にそれを教えるということが絶望的に下手くそになるのだ。


仕方ない……やはり頼れるのは自分だけか。

俺は半ば諦めたような気持ちで、自分のノートに視線を戻した。




――――――




しばらくすると、彼女は無言で立ち上り、部屋の中をうろうろと歩き回り始めた。

俺はノートに集中していたので、彼女の動きはよく追えていなかった。


キリの良い所でふと前方を見ると、ありえない光景が目に入ってきた。


「……へ?」


妖羽さんはスカートを履いていなかった。

つまり、彼女の下半身をかろうじて隠しているのは、今日学校で身につけていた縞柄のパンツ1枚だけだった。

その状態で部屋の棚からゴソゴソと服を探していたのだ。




「え、え、え?……ちょ?」


彼女はキャミソールを棚から取り出し、ぽいとその辺に投げ捨て、今度はセーターとYシャツを脱ぎ始めた。


「待って待って……!

妖羽さんちょっと!!」


「何……?暑いのに何で止めるの……?

キャミ、新しいのに替えたいんだけど……」


彼女は元から閉じかけの目をさらに細めて、不服そうにこちらを見ていた。

必死の説得によって、Yシャツを脱ぐのは何とか我慢してもらった。


しかし妖羽さんは今、上半身はYシャツ、下半身は縞パンと生脚という格好だ。

妖羽さん、頭が良すぎて羞恥心が壊れてるのか?




真面目な勉強会かと思っていたのに……

妖羽さんときたら、さっきの朱川さんよりも危ない格好になっている……。誰かと違って人を惑わせることに無自覚なのが、より状況を悪化させていた。




――――――




とはいえ、妖羽さんは俺に下着をわざと見せつけるようなことはしない。

基本的にパンツというのはテーブルの下に隠れてしまうから、意識しなければさほど問題ではなかった。


妖羽さんもいったん自分の勉強を中断し、俺の問題の方を見てくれていた。

1人でろくに勉強もできない奴の世話をしてくれて、それは素直にありがたかった。


「……キミができるようになるまで、ちゃんと教える。私が責任持つよ」

とまで言ってくれたのだ。




妖羽さんが一通り解き方を教えてくれた。

しばしの間、時折笑い声が聞こえるような、にこやかで平和な時間が流れた。




「そこ、間違えてる……。

さっき教えたとこ……」


「やべ、俺としたことがもう忘れてるし。

あはははは」




バチィィン……!!!!!!




突如発生した爆音が、温かい場の空気を一瞬にして氷のように冷やした。


何かが物凄い力で引っ叩かれた音だ。

俺は少し遅れたタイミングで、顔面の右側全体に鈍い痛みを感じ、今叩かれたのが自分の右頬であると気づいた。


妖羽さんは紺碧こんぺきの深い瞳で俺を見下ろしていた。




「それ……さっき教えたよね。

やる気あるの?

ねえ……ふざけてるなら死になよ」




俺はお姉さん座りの体勢で右頬を押さえていた。


……気まぐれな彼女は教育方針を変えたようで、どうやらお気に召したのか、しばらくの間これが続いた。




――――――




「ねえ、どうしてできないの……?

どうして?

ねえどうして……???」


「ごめんなさい……。

無能でごめんなさい……。」


俺は問題を間違える度に妖羽さんから右頬を引っ叩かれ続け、自尊心を完全に破壊されていた。


「ごめんなさいじゃなくてさ、どうしてできないのかって聞いてるの」


「妖羽さんの格好が気になって……」


俺は、自分ができない理由を自分の責任ではなく、彼女の格好のせいにすることで現実から目を逸らした。

なんて情けない男だ。




「んー、むちだけじゃダメなのかなー。

というか、そんなにこの格好が気になる?

見たいってこと?触りたいってこと?」


「えっと……それは……」


「ちゃんと言わないとまた叩くよ?」


「……シ、シャツの下……見たいです!

触りたいです……!」




なんて無様だろう。俺の男としてのプライドは木っ端微塵だ。最低だ。死にたいと思った。


「ふーん。男の子って不思議だね……。

あ、そうだ……じゃあこうしようよ。


自分で問題を解けたら、その度に……私が服を1枚ずつ脱いでいってあげる」


妖羽さんは細い指先でYシャツのボタンの列をたどった。


「飴がないとダメだよね?……ごめんね?」




妖羽さんが恐ろしい……。

無自覚で気まぐれな彼女の言動1つ1つが底なしに恐ろしかった。

俺なんかでは到底太刀打ちできない、最凶の女の子だった。




――――――




なお、〈飴〉教育で、俺は覚醒した。

今まで痛みで学んだ記憶を総動員し、問題を完全に自力で1問解ききった。


「すごーい、やればできるじゃん」


妖羽さんはそう言って隣で拍手していた。


「じゃ、ご褒美だね」


そう言って妖羽さんは、Yシャツのボタンを1つずつ外し、控えめな胸を前に突き出すようにしてYシャツを脱いだ。


彼女が身にまとっているのは、ブラと一体型の緩いキャミソールと、縞パンだけになった。




「あと1問で全部見えちゃうね……。

次も頑張って」




次の問題には〈難〉の印が付いていた。

……もうここで終わってもいい。

俺は、持てる全ての力・記憶・糖分をかき集め、人生で一世一代の大難問に挑んだ。




――――――




3時間後。


「おー、やっとできたねー」


すっかり涼しくなり、もはやキャミソールの上からタオルを羽織っていた妖羽さんが言った。


俺は抜け殻のようにテーブルに倒れ込んだ。

あれ?どうしてこんなに頑張ってたんだっけ?


この3時間、何度も諦めかけた。

でもその度に妖羽さんが励ましてくれた。

彼女の優しさのおかげで、俺は子供のようにすすり泣きながらも、自分にとって高すぎる壁に体当りし続けられたのだ。

ノートはびしょ濡れでくしゃくしゃになっていた。




「キャミの中……見たい?」


俺は頭が回っておらずまともに答えられなかった。


「……寒いからちょっとだけね」


妖羽さんは座ったまま後ろを向いて、羽織っていたタオルを落とし、キャミソールを脱いだ。

脱ぐ瞬間、控えめな胸が持ち上がり、それが落ちて少し揺れたのが後ろからわかった。


彼女は、右手で右胸を、左手で左胸を押さえて、足とお尻だけでこちらを向き直した。


そこには、手ブラと縞パンだけのクラスメイトがいた。




「はい、こんなのでいいの?

これで満足?」


満足するどころか、劣情が煽られるばかりだった。


「キミに脱がされちゃった」


彼女がふざけてそう言った直後、俺はぼたぼたと大量の鼻血を垂らし、後ろに倒れて意識を失った。




原因不明の発熱に苦しみつつ、俺はボロボロの状態で帰宅した。

妖羽さんは、心配だからとついてきてくれた。


死ぬ気で頑張ればクラスメイトが手ブラになるという強烈な報酬システムに晒されたのだ。

脳はパフォーマンスの限界を超え、知恵熱の1つくらい生じてもおかしくはなかった。




こうして、朱川さんよりも過激で過酷な勉強会が終わった。




次の日……


俺は自分自身の大きな変化に気づき、衝撃を受けた。

なんと、昨日まで理解不能だった参考書が、すらすらと読めるようになっていた。

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