第1話 オタク死ね!
「……オタク死ね!」
黒髪の美少女がそうトドメの台詞を言い放った直後、女の子にあるまじき打撃のグーが、俺の顔面に対して垂直に飛んできた。
「私の持ち物に触らないでって言ってるでしょ!?」
黒髪美少女は、せっかくのキレイに整った顔を歪めながら、鼻を抑えて悶絶する俺へ斜め下の視線を向ける。
「黒沢さんの消しゴムが落ちたから……、拾おうとしただけだろ……、うぐ」
善意というのは、こうも正しく伝わってくれないものかと、俺は思った。
「この消しゴム、捨てた方がいいかしら。オタク君が触れたんじゃ、何が付いてるかわかったものじゃないし」
そう言ってこの女、黒髪美少女の〈黒沢さん〉は、目を細める。その長いまつ毛で、そんなに目を細めたら、ほとんど何も見えないだろう。
「ほんと最悪……!」と、彼女は素早く後ろを振り返った。
よほど不快だったのかあまりにも勢いよく全身の向きを変えるものだから、艶のある長い髪と一緒に、おそらく短めにしているのであろう、丈長の心許ない制服のスカートが、〈フワッ〉とめくり上がった。
俺は彼女の拳にやられ低姿勢で見上げる体勢を取っていたため、なかなか良い位置でスカートの〈中身〉を見ることができた。……バカめ、この女、拳を振るったから自業自得である。
彼女のすらりと伸びた長い脚がこの時は自身に災いし、男の見たいものが非常に見やすくなるような角度を提供していた。
しかも、白のレース下着をばっちり見られたことに彼女は気づいていないため、追加のグーをくらうことも間逃れた。
きっと、神様があまりにも不憫な俺をあわれんで、せめてもの計らいをしてくれたのだろう。
「……え、なになに?オタク君、また黒沢のこと怒らせたわけ??」
騒ぎを聞きつけて、別の女の子がやってきた。
黒沢さんよりも可愛らしさを含んだ声と、平均より少し低い背丈、さらさらとした朱色のショートヘアの〈朱川さん〉だ。
黒沢さんの攻撃的な表情に比べたら、朱川さんの顔を見ていると安心するものがある。高校生の女の子にふさわしい、愛くるしい笑顔を常に浮かべている。
……彼女、一見すると味方だが、その仮面に騙されてはいけない。
「朱川、聞いてよ。この男がまた勝手に私の持ち物に触れたの……」
黒沢さんは顔を両手で覆って泣き出すようなポーズを取り、あたかも被害者であるフリを始める。その背中を朱川さんが優しくさすり声をかける。
「よしよし、黒沢……。それは辛かったね……」
そして朱川さんは顔だけを俺の方に向け、なるべく人が傷付くような言い方を選んで、俺に言い放つ。
「……オタク君、やっぱりキミ、死んだ方がいいんじゃない?」
朱川さんは基本、俺の敵と思って良い。
俺の弁解の一言すら聞く前に死刑宣告をしてくるのだからそうだろう。
というか、黒沢さんや朱川さんに限らず、このクラスで俺の味方をする女子はいない。このクラスの女子は、1人残らず〈オタク君〉つまり俺のことが大嫌いなのだ。
……ちなみにだが、俺の味方をする男子もここにはいない。なぜなら、このクラスの男子学生はただ1人、俺だけだからだ。
つまり、正真正銘、このクラスの全員が俺の敵である。
「朱川さん、聞いてくれ。俺はただ落ちた消しゴムを──」
「オタク君、2度と私に話しかけないでって、この前言ったよね?」
朱川さんの柔らかそうな身体がぐっと迫って来た。ほんのりと、女の子の匂いを感じた。
「次話しかけてきたら、ここで『助けて!脱がすのをやめて!』って叫んで、皆で大ごとにするからね」
朱川さんは、発した言葉が脅迫でなかったらおそらく好きになってしまうだろう可憐な顔で、俺に微笑んだ。
……ああ、どうしてこう、性格がひどい女ほど顔が良いんだ。
「あらあら、黒沢さん、朱川さん。そのような野蛮な言葉を口に出してはなりませんわ。私たち、聖クラリス学院の学院生としての、気品が削がれてしまいます」
光沢のある銀髪、雪のような肌、エメラルドの澄んだ瞳。まるでファンタジー世界から出てきてしまったようなお嬢様、〈銀条院さん〉が声をかけてきた。
ありがたいことに、銀条院さんは他の2人と比べたら全然優しい人である。彼女は俺に対してひどい発言を決してしないのだ。なぜなら彼女は、俺という人間を〈存在しないもの〉として扱っているからだ。
銀条院さんは俺に一瞥もくれずに、黒沢さんと朱川さんの方へ直進する。その道中には偶然にも瀕死の俺がしゃがみ込んでいたのだが、彼女は全く減速せずに迫ってくる。
この場合、蹴られないように俺の方から、せっせと立ち上がって道を空けてやる必要がある。
なぜかって、彼女は俺が存在しないものと思っているから、俺にぶつからないように避けるという行動ができないからである。
彼女の足をかわすのが少し遅れ、俺は脛に蹴りをもらった。
じんと痛むのを我慢して立ち上がり、最終的に目の前に、俺より少し背が低く真横を向いた銀条院さんが立つという位置関係になった。
銀条院さんが俺を認識しないのなら別にいいよねと、俺は彼女の身体の部位のうち最も主張が激しい胸部に遠慮なく視線を移した。そう、銀条院さんの魅力は何と言ってもこの〈おっぱい〉である。
彼女は彼女なりに努力し、家柄に恥じぬ〈気品ある身なり〉で自らを装っている。先ほども学院生の気品がどうこうと言っていたように、言葉遣いにも気を配っている。
しかし、はっきり言って、それらに意味があるとはあまり思えない。
なぜなら、一生懸命取り繕った上品さを全てぶち壊すくらいに、彼女の〈おっぱい〉がどう見てもドス◯ベすぎるからだ。
銀条院さんは、家柄の良いお嬢様にあるまじきことに、なんと、制服のYシャツの上から〈第3ボタンまで〉を〈ガッツリ〉開けているのである。
いや、本人は決して開けたくないのだろうが、第3ボタンの裏に存在する、でかいもののせいで、閉めようにも閉めることができないのだ。
男の俺だって、どんなに蒸し暑い夏日でも第1ボタンより下は開けたことがない。どころか、都会の高校の色気づいたギャル達でさえも銀条院さんには顔負けである。彼女らだって開けるとしても最高で第2ボタンまでだ。
……それなのに、……この格式高い聖クラリス学院で、この気高きお嬢様の〈おっぱいの谷間〉が丸見えのまま晒されていることが、どれほどの異常事態であるか理解できるだろうか。
あまりにもじろじろ凝視しすぎたためか、銀条院さんは白い頬を少しだけ赤くし、苛立ちを抑えるようにして言い放った。
「ああもう……。私たち女学院生の身体を舐めまわすように見てくる野蛮な猿のような学生が、もし仮に存在したとしたら……、そいつは死ぬべきですわ」
これで今日、俺は3人の女子から3回「死ね」と言われた。一周回って感慨深い気持ちに浸っていると、銀条院さんが余計なことを続けた。
「先程、黒沢さんが勢いよく振り返って下着が見えてしまった際も、その猿は見逃さなかったでしょうね」
一瞬時が止まった。
その意味を理解した黒沢さんは、本当に悔しそうに涙を浮かべ、顔を真っ赤にして自分のスカートを押さえ付けた。
そんなに見られたくないなら見せパンでも履いとけよなと思うより前に、黒髪美少女の右回し蹴りが、俺の顔面に対して右下30度からクリーンヒットした。
「うぐぁ……!!」
今回は残念ながら、スカートと反対方向に首の骨を強制回転させられたため、白のレースをもう1度見ることはできなかった。
俺は吹き飛ばされながら、次のようなことを考えていた。しかし右下30度から回し蹴りが飛んで来たということは、彼女は重心を後方に移しつつ右足を120度も持ち上げたということじゃないか。それはつまり、スカートの布地も120度持ち上がったことを意味する。しかも先程と違い思いっきり開脚している。
黒沢さんの右側に立っていた朱川さんの見た景色が羨ましかった。
朱川さんは両手で口を押さえていた。
そんな惨めで可哀想な俺の、いつも通りの日常。
いつも通りの放課後。
俺の下駄箱の中に、差出人のない手紙があった。
「オタク君へ。
いつもひどいこと言って本当にごめんなさい。
本当は君のことが好きです。」
…………ん???
…………このクラスの中に、俺のことが好きな女子がいる……!?!?




