第7話 「3秒の王と3秒の勇者(自称)」
体育後。
グラウンド脇の水道。
神崎凌は蛇口をひねりながら、悔しそうに呟いた。
「……遅ぇ」
その隣。
山田次郎も無言で水を飲んでいる。
沈黙。
ピリッ。
凌がちらっと見る。
次郎もちらっと見る。
目が合う。
逸らす。
また見る。
「……お前」
凌が先に口を開く。
「意外と速いな」
次郎、ピクリ。
「……貴様もな」
言った瞬間、固まる。
凌「…ん…貴様?」
次郎「……いや、その…き…君もな」
(しまったぁ!!)
内心大炎上。
凌はニヤッとする。
「随分偉そうな喋り方だな」
「そ、そんなことはない」
(落ち着け。我は魔王。威厳を保て)
凌、腕を組む。
「俺、本調子じゃなかったんだよな」
次郎、即反応。
「……ほう?」
空気が変わる。
凌、少しニヤけながら。
「本気出したら3秒だから」
次郎、思わず噴きそうになる。
「さん……!?」
(我と同じことを!?)
次郎、目を細める。
「奇遇だな。俺もだ」
凌「は?」
次郎「3秒」
凌「100メートル?」
次郎「当然だ」
二人、真顔。
一瞬。
――ぶふっ。
凌が吹き出す。
「無理だろ!」
「無理ではない!」
「我……俺なら可能だ!」
(言ってしまったあああ!!)
凌、肩を震わせて笑う。
「お前面白いな」
次郎、カチン。
「笑うな勇――」
止まる。
凌「勇?」
次郎「……勇気があるな、と言おうとした」
凌「ははは、意味わかんねー」
(危なかった……!)
だが凌も内心では別のことを考えていた。
(……でも、なんだこの感じ)
あのスタート直前の気配。
あの並走したときの圧。
(こいつ、本気で“3秒”の目してた)
冗談ではない。
本気で言っていた。
次郎もまた思う。
(あの走り……魔力なしであれは異常)
御手洗梓がタオルを首にかけて近づいてくる。
「何やってんのあんたたち」
凌「いや、こいつが100メートル3秒って言うからさ」
梓、即答。
「バカなの?」
次郎、静かに反論。
「可能だ」
梓、腕を組む。
「じゃあ今やってみなよ」
沈黙。
凌「……今日はちょっと」
次郎「身体の調子がな」
梓、ため息。
「はいはい中二病コンビ」
凌「一緒にすんな!」
次郎「誰が勇者と同類――」
止まる。
梓「勇者?」
凌「は?」
次郎「……勇ましい者、と言いたかった」
凌、じっと見る。
次郎、じっと見る。
梓、にやっと笑う。
「ふーん」
その目は、どこか探るよう。
凌、心の声。
(こいつ、もしや?)
次郎、心の声。
(この女も油断ならん……)
そして二人は、ほぼ同時に思う。
(……こいつ、やっぱ普通じゃない)
水道の前。
平和な会話。
だが内側では、魔王と勇者が火花を散らしている。
――3秒の誇りをかけて。
続く。




