第5話 藤沢麗奈という女
昼休み。
教室の空気はざわついていた。
「おい山田、購買行ってこいよ」
横田が、次郎の机を軽く蹴る。
「パン三つな。もちろん奢りで」
坂田がニヤつく。
堺匠海は窓際で腕を組み、静観している。
山田次郎は立ち上がりかけ――止まった。
(……こやつら、いつか必ず滅してやろうぞ)
内心、黒い炎が揺らめく。
(この程度の小物、本来なら視界に入ることすら許されぬ存在だが)
「早く行けって」
横田が胸ぐらに手を伸ばそうとした、その瞬間。
「やめなさいよ」
凛とした声。
教室の空気が変わる。
藤沢麗奈が立っていた。
真っ直ぐな視線。
一歩も引かない目。
「三人で一人に何してんの?」
横田が舌打ちする。
「関係ねーだろ」
「あるわよ。クラスメイトでしょ」
一歩、前へ出る。
距離はほぼゼロ。
普通の女子なら、目を逸らす距離。
だが逸らさない。
(……ほう)
山田次郎の心が僅かに動く。
(この女、恐怖を知らぬのか)
横田が声を荒げる。
「お前さ、調子乗ってんの?」
「調子乗ってるのはどっち?」
即答。
間髪入れない。
坂田が小声で堺を見る。
「な、なぁ匠海……」
堺は静かに麗奈を見る。
そして、ため息。
「……行くぞ」
横田が「え?」と振り向く。
「面倒くせぇ」
そう言い、三人は引いた。
教室がざわつく。
麗奈は振り返り、次郎を見る。
「大丈夫?」
「……あ、ああ……」
(……我を、庇っただと?)
理解が追いつかない。
魔界では、弱者は踏み潰される存在。
守るという概念は、利用価値がある場合のみ。
(この世界の人間は、不可解だ)
その時――
教室後方。
神崎凌は腕を組み、静かに見ていた。
(……へぇ)
横田に一歩も引かない姿。
声の強さ。
目の力。
(この女、強い)
筋力や戦闘技術ではない。
“芯”が強い。
勇者として長年戦場に立った彼には分かる。
(ああいうやつが、一番折れねぇ)
そして――
山田次郎もまた、同じ結論に至る。
(この女……魔族であれば四天王に据えてやってもよい)
……が。
(いや待て。我は何を考えている)
麗奈は次郎に小さく笑う。
「嫌なことあったら言いなよ。黙ってたら損だから」
そう言って自分の席に戻る。
山田次郎は、しばらく動けなかった。
(……この感覚は、何だ)
守られた。
その事実が、妙に胸に引っかかる。
そして神崎凌は、ちらりと次郎を見る。
(……あいつも、何か隠してる)
読者だけが知っている。
勇者も魔王も、同じ結論に達していることを。
「藤沢麗奈――強い」
戦場ではなく、教室で。
新たな“力”を、二人は目撃した。
――続く。




