第32話「見てしまった背中」
◆放課後・公園
夕暮れ。
麗奈はコンビニ帰り。
ふと聞こえる足音。
ダッ、ダッ、ダッ――
「……え?」
公園のトラック。
全力で走る影。
勇者。
汗だく。
息を切らしながらも止まらない。
「くそ……もう一周!」
麗奈、木の陰からこっそり見る。
(え、なにあれ)
勇者は腕時計を見る。
「タイム遅ぇ……!」
再びスタート。
本気の顔。
学校で見せる笑顔じゃない。
真剣。
必死。
転びそうになっても踏ん張る。
「負けねぇからな……」
小さな呟き。
麗奈の心臓が跳ねる。
(誰に言ってるのよ……)
分かってる。
自分だ。
勇者は気づかない。
最後のダッシュ。
ゴール。
膝に手をつく。
空を見上げる。
「……ちゃんと、見ててくれよ」
麗奈、顔が熱くなる。
(ばか)
でも、少し嬉しい。
そっとその場を離れる。
◆別の日・夜道
塾帰り。
静かな住宅街。
庭先から物音。
シャッ、シャッ。
視線を向ける。
魔王。
月明かりの下。
無言でスクワット。
無駄にフォームが完璧。
(え……)
さらに腕立て。
さらにダッシュ。
息は荒いのに、顔は静か。
だが。
ぽつり。
「……我は魔王」
止まる。
「逃げぬ」
一瞬、表情が揺れる。
「……勝ち取る」
その声は小さい。
でも本気。
麗奈、胸がぎゅっとなる。
(なんで)
(なんでそんな顔するのよ)
魔王はふと空を見る。
「勇者……」
ライバルの名を口にする。
少しだけ笑う。
「来い」
麗奈、動けない。
(……ずるい)
学校では余裕ぶってるくせに。
一人の時はこんなに真面目で。
その時。
魔王、ふと視線を感じる。
振り向く。
麗奈と目が合う。
沈黙。
三秒。
魔王、固まる。
(見られた)
(終わった)
(威厳が)
麗奈、ゆっくり出てくる。
「……なにしてるの」
魔王、静かに立つ。
「散歩だ」
汗だく。
麗奈、じっと見る。
「へぇ」
間。
小さく笑う。
「頑張ってるんだ」
魔王、目を逸らす。
「当然だ」
「負けられぬ」
麗奈、少し赤くなる。
「……無理しないでよ」
その一言。
魔王の心臓が跳ねる。
「我は――」
言いかけて止まる。
麗奈、少しだけ優しく。
「ちゃんと見てるから」
魔王、完全停止。
(見て……いる?)
心の中で爆発。
(落ち着け我)
(動揺するな)
だが耳まで赤い。
麗奈はくるりと背を向ける。
「じゃあね」
去っていく。
魔王、一人。
夜空を見上げる。
「……反則だ」
小さく呟く。
そしてもう一度、スクワット開始。
さっきより気合い二倍。
翌日。
教室。
勇者と魔王。
なぜかどちらも顔が引き締まっている。
麗奈、二人を見て少しだけ微笑む。
三バカヒソヒソ。
「なんか空気違う」
「フラグ立ってる」
「体育祭やばい」




