第3話 魔王、転生する
――忌々しい。
この肉体、あまりにも脆弱。
我は拳を握る。
細い。
軽い。
魔力の流れも感じぬ。
かつて世界を震わせた我の身体とは、雲泥の差だ。
「次郎! 早くしなさい!」
背後から女の声。
……誰だ貴様は。
目の前にいるのは、中年の女。
我を“次郎”と呼ぶ。
意味が分からぬ。
気づけば我は、見知らぬ家にいた。
玉座も、魔族も、配下もいない。
あるのは狭き部屋と、薄き布団。
そして――
弱すぎる肉体。
「聞いてるの!? 今日転校初日なんだから!」
転校。
知らぬ単語だ。
だが理解した。
ここは我の知る世界ではない。
勇者に討たれた瞬間、意識は途切れ――
次に目を開けた時には、ここにいた。
神の気配は感じぬ。
勇者の気配も。
……いや。
あの男は確実に我を滅した。
ならば何故、我は存在する。
「次郎!」
女が我の腕を掴む。
引っ張られる。
我は抗おうとした。
だが。
弱い。
この肉体では、抗えぬ。
――屈辱。
「ほら! 挨拶ちゃんとするのよ!」
挨拶?
我が?
愚か者が。
我は魔王。
支配者だ。
人間風情に頭を垂れる存在ではない。
だが。
鏡に映った自分を見て、我は沈黙した。
覇気のない目。
痩せた頬。
猫背。
……これは。
弱者だ。
我は理解する。
今は耐える時。
この世界の情報が必要だ。
力を取り戻すまで、牙は隠す。
校門が見える。
巨大な建造物。
若き人間どもが群れを成している。
まるで家畜の集会。
「ほら、次郎」
背を押される。
教室の前。
扉。
「入れ」
男が言う。
教師か。
支配構造の一端だろう。
扉が開く。
視線が集まる。
――不快。
弱者どもが、我を見る。
我を値踏みする。
愚か。
愚か極まりない。
だが今は。
今は演じよ。
我は一歩前へ出る。
「自己紹介しろ」
教師が言う。
沈黙。
我の本来の名を告げれば、この世界は震撼するだろう。
だがそれは得策ではない。
今の我は、無力。
歯を食いしばる。
「……や、山田……次郎だ……」
教室の一部がくすりと笑う。
……笑ったか?
我を?
殺すぞ。
いや。
耐えよ。
今はまだ。
席へ向かう。
その時だった。
視線を感じた。
強い。
鋭い。
戦場で幾度も感じた、あの感覚。
我は顔を上げる。
教室の一角。
一人の男。
黒髪。
平凡な容姿。
だが。
目。
その目。
――知っている。
ほんの一瞬、視線が交錯する。
空気が揺らぐ。
心臓が鳴る。
あり得ぬ。
勇者は滅した。
我は確かに、あの剣に貫かれた。
だが。
あの目。
あの戦いを知る者の目。
「……気のせいか」
男はすぐに視線を逸らす。
ただの人間の顔に戻る。
だが我は理解した。
この世界。
ただの異界ではない。
“何か”がある。
そしてもし。
もしあの男が――
いや。
確証はない。
軽率に動けば、自滅する。
今の我は弱い。
まずは鍛える。
この脆弱な肉体を。
力を取り戻す。
支配を取り戻す。
そして。
もし勇者がいるのならば――
今度こそ、滅する。
我は静かに笑った。
誰にも気づかれぬように。
「待っていろ、勇者……」
戦いは、終わっていない。




