第1話 魔王討伐、そして次の試練
魔王の胸を、俺の剣が貫いていた。
灼けた城の玉座の間。崩れ落ちる天井。燃え盛る炎。
目の前には、膝をついた魔王。
「……見事だ、勇者よ」
黒き鎧に包まれた巨躯が、ゆっくりと笑う。
「我を討った人間は、貴様が初めてだ」
「当然だ」
俺は剣を引き抜いた。
「貴様は強かった。だが――俺の方が強い」
それだけだ。
戦いに理由などいらぬ。強者が勝つ。それが全てだ。
魔王の身体が光となって崩れ始める。
「勇者よ……覚えておけ」
「何をだ」
「戦いは、終わらぬ」
次の瞬間、魔王は消えた。
静寂。
そして俺は、勝利を確信する。
「終わったか」
長き戦いだった。
だが――
世界が、止まった。
炎が止まり、崩れ落ちかけた瓦礫が宙で静止する。
「……何だ?」
その時、頭上から声が降ってきた。
「よくやった、勇者よ」
姿は見えぬ。
だが、圧倒的な存在感。
「貴様は?」
「神だ」
「胡散臭いな」
「正直だな」
声は愉快そうに笑った。
「貴様は魔王を討ち、この世界を救った。ゆえに褒美を与えよう」
「褒美? いらん。次の強者を出せ」
「やはり貴様は戦闘バカだな」
戦うことこそ、生きる意味だ。
神は少し沈黙し、そして言った。
「では“次の試練”を与えよう」
「試練?」
「異なる世界だ」
空間が歪む。
「そこには剣も魔法もない。だが貴様にとっては、この世界より困難だろう」
「面白い」
俺は笑った。
「強い奴はいるのか」
「……いるかもしれぬな」
神の声が、どこか含みを持つ。
「では行け、勇者よ。新たな戦場へ」
光が、視界を覆った。
――次に目を開けた時。
「凌! いつまで寝てるの!」
知らぬ女が俺を見下ろしていた。
「……誰だ貴様」
「は?」
見知らぬ部屋。
柔らかい寝台。
奇妙な四角い箱(時計)が鳴っている。
「何ふざけてんの? 早く起きなさい! 学校遅れるわよ!」
「がっこう?」
聞いたことのない単語だ。
俺は跳ね起きた。
「ここはどこだ!」
「自分の部屋でしょ!?」
部屋を見渡す。
剣がない。
鎧もない。
代わりに――妙に軽い服。
俺は己の身体を見る。
「……弱い」
筋肉が落ちている。
魔力も感じぬ。
「何を言ってるの? 大丈夫?」
「これは……どういう術だ」
「寝ぼけてるの? いいから顔洗ってきなさい!」
女は俺の背を押した。
「ほら! 早く!」
訳が分からぬまま、俺は家の外へ追い出された。
扉が閉まる。
「行ってらっしゃい!」
静寂。
俺はゆっくりと周囲を見渡す。
巨大な石造りの箱が並び、鉄の塊が走り、空を金属の鳥が飛ぶ。
「……異世界か」
神の言葉を思い出す。
剣も魔法もない世界。
だが確かに、何かがある。
俺は拳を握る。
弱い。
今の俺は、あまりにも弱い。
「ふん……面白い」
その時。
「おはよう、凌」
背後から声。
振り返る。
そこに立っていたのは、明るい顔の少女だった。
「……誰だ貴様」
「え?」
少女はきょとんとする。
「何それ。寝ぼけてるの?」
「俺は勇――」
言いかけて止まる。
勇者?
いや。
神は言っていた。
異なる世界。
試練。
ならば今の俺は――
「……凌、なのか」
「何それ怖いんだけど」
少女はじっと俺を見る。
「ほら、早く行こ」
「どこへだ」
「学校」
またその単語。
「そこは戦場か?」
「え?」
少女は数秒沈黙し、そして吹き出した。
「何それ! 凌どうしたの今日!」
戦場ではないのか。
だが、何かが始まる予感がする。
神の言葉。
“強者がいるかもしれぬ”
俺は少女を見る。
「……貴様、強いのか」
「は?」
「いや、何でもない」
今は情報が足りぬ。
まずはこの“学校”とやらへ向かうとしよう。
俺は歩き出す。
未知の世界。
未知の戦場。
そして――
まだ気づいていない。
この世界に、かつて討ち果たした宿敵もまた、存在していることを。
それを知るのは、もう少し先の話。




