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第5話 追放された私の師匠


 私の名前はエルマ。

 ギルド『聖なる神盾』の一員であり、師匠のユウさんを最も敬愛している弟子である。


 遠征任務で半月もの間、ユウ師匠とは逢っていない。

 王都から遠く離れた辺境にある村で、ゴブリンロードの討伐に手間取ったからである。


 これだから知性のある魔物は嫌いだ。

 倒すのに時間がかかるし、そのせいでユウ師匠と会えなくなる。


 ああ、ムカつく、ムカつく。

 早く帰って、ユウ師匠の胸に飛び込んで頬ずりしたい。

 彼の匂いに包まれて眠りたい。(嫌がるかもだけど)


 だけど、それよりも先にやらないといけないのはお風呂に入ることだ。


 村から王都までの移動で、三日間も体を洗っていない。

 汗臭い女だと思われたくないので拠点に帰る前に、身体を洗うとしよう。


「へへ、なあエルマちゃん。王都に帰ったら一緒に飲むか? いい店を知ってるぜ?」

「……断る、気安く話しかけるな」

「相変わらずエルマちゃんは無口なのに、口を開いたら毒舌だよなぁ」

「はぁ」


 今回の任務でパーティを組んだ戦士さんに飲みに誘われたが、殺気を飛ばしながら断る。

 四六時中、変なところばかりジロジロ見つめてくる人なので嫌いだ。


(はぁ、ユウ師匠)


 ユウ師匠から貰った魔法の杖を撫でながら、馬車の中でため息をもらす。

 ああ、早く逢いたいな師匠。






 だけど、ギルド拠点に戻ると、ユウ師匠はいなかった。

 何処に行っても彼の姿が見当たらない。


 他のメンバーに聞いても「知らね」「そういえば居ないな〜」といった返答しかもらえず、不安が募る。

 あと、なんだかギルド内が騒がしい。


 仕方ない、ギルドマスターに訊いてみよう。


「ザラキさん、すみません。ちょっといいですか……?」

「ああ、なんだ?」


 執務室の机に座るギルドマスターのザラキさんは、不機嫌そうな顔をしていた。

 私を見るなり頬杖をついて、貧乏揺すりをしている。


「質問をするなら早くしたまえ、俺は忙しいんだ」

「はぁ」


 私がいない間、ブラック・ドラゴンの討伐でギルドランクがS級に昇格したというのに、なんでイライラしているのかこの人は。


「ユウ師匠を探しているのですが見当たらなくて……拠点に顔を出していないのですか?」


 ユウ師匠のことについて訊くと、ザラキさんは机を叩いた。

 額に青筋を立て、鬼の形相でこちらを睨みつける。


「奴が顔を出していないかって……? 出すはずがないだろう!」

「どうしてですか?」


 睨みつけられるが、私は冷静な表情を保つ。

 こういう時こそ平常心だ。

 だけど「顔を出さない」という言葉に、胸の中の不安がさらに激しくなる。


「あの男ならギルドを抜けてもらったよ! 強化付与以外に、なんの役にも立たない無能を、我らがS級ギルドに留まらせるはずがないだろう! クソっ……だが、その腹いせによくも……」


 ユウ師匠をギルドから抜け……え、それって脱退させたということなのか?

 このザラキは、私の最も尊敬する人を追い出したというのか……?


(……? は? は? は? は?)


 え、何してくれてんだ、このギルドマスター?

 思わず手が杖に伸び、殺しかけるところだった。


 それって、つまり……。

 ユウ師匠とは逢えないってことじゃないか?


「ああ? なんだその眼は? 文句でもあるのかい?」


 感情を表に出さない私でも、耐えられず顔に出てしまったようだ。


「そういえば君はユウに拾われてこのギルドに加入したのだったな。いつも奴にベタベタして、くっ付いていた。まったく、あの男のどこがいいのやら」


 ユウ師匠のいいところなら百個以上いえるぞ。

 あの人は、奴隷商人によって故郷から拐われた私を救ってくれた。

 魔法を教えてくれた。


 一年半の付き合いだけど、尊敬に値する人だ。


 それを、この男は追放したというのか?


「あんな男を選ぶぐらいなら俺にしろエルマ、あのクズにくっ付いたところで良いことなどないぞ? 正しい選択をするべきだ」

「……」


 呆れた男だ。

 呆れすぎて言葉すら出ない。


 なるほど、正しい選択ね。

 なら私は、そうすることにしよう。


「なら、私もこのギルドを辞めるとしよう……」

「なっ! エルマ! 急に何を言い出すのだ!?」


 急も何も、ユウ師匠がいたからこのギルドにいただけだ。

 恩があるのはお前じゃない、ザラキ。

 師匠を悪く言う奴の元にいるなど、死んだほうがマシだ。


「君のような有能な魔法使いは中々いない! 遠征任務に行かせたのも、それを達成すると確信していたからだ! 魔法を学び始めて一年足らずで、宮廷魔法使いに匹敵する才能を魅せてくれた! このS級ギルド『聖なる神盾』こそ君の居場所だ!!!」


 執務室から出ようとした私をザラキは引き止めた。

 扉の前で両手を広げて、みっともなく叫んでいる。


「ほう、それを知っていながら私を止めるというのか……ザラキ」


 杖を取り出し、ザラキに向ける。

 それを前にした奴は汗をかいた。


「私はお前よりも、ずっと強い」

「ぐっ……」


 ここで殺してやってもいいが、それだとS級ギルドマスターを殺害した犯罪者になってしまう。


 とりあえず殺気を飛ばすと、ザラキは諦めて扉の前からどいてくれた。

 自分の命以上に大切なものはないからな、腰抜けめ。


「そしてユウ師匠も、お前なんかよりも強くて優しい人だ」

「……ユウ、ユウ、ユウ、ユウ! それ以上、俺の前でそいつの名を口にするな! 出ていくのなら黙って出ていけ!!!」

「あっそ」


 激情するザラキに冷たい視線を向けたあと、私は執務室を出た。

 騒がしい奴だったな。


 何故、そこまでしてユウ師匠を目の敵にするのか。

 理解に苦しむ。


 不思議に思いながら自分の部屋に行こうとすると、リーンが待っていた。

 いつも明るい彼女が、ザラキと同様に不機嫌そうにしている。


「ここまで聞こえたよ、ザラキさんとの喧嘩」

「……」

「ちょっ、無視しないでよ!」


 リーンの横を通り過ぎようとしたら、腕を掴まれる。

 かなり強めで、痛い。


「ザラキさんが怒っているのは、ユウのせいだよ」

「……? 何故そこでユウ師匠の名前が出る?」

「だって、強化付与されたはずの人達がみーんな弱くなっているから。それって、どう考えてもユウが付与術を解除したからとしか考えられないじゃない」


 付与術を解除?

 されて当然のことをしたからに決まっているだろ。

 自分を見下して追い出すような連中を強化したままにするわけがない。

 頭お花畑なのか、この女は。


「ユウからは強化付与の効果は永久的に持続するとだけ聞かされたけど、解除できるなんて一言も説明されてない。ひどいと思わない?」

「……………ああ……なるほど……そういうことか」


 ザラキはユウ師匠の強化付与だけが目当てで、ギルドメンバー全員を強化した後に追い出したけど、知らないうちに強化付与を解除されて大混乱というわけか。

 道理で、下の階でギルドメンバーたちが騒いでいたのか、納得。


「そういうお前は、ユウ師匠が追い出されて何とも思わないのか? 幼馴染だったのだろう?」

「ええ、何も思わないよ。子供の頃は、まぁ気になっていたんだけど所詮、田舎っぺ。ザラキさんと比べたら天と地の差だよ」


 リーンは腰に手を当てて、鼻で笑いながら言った。


「だってザラキさんは金持ちで顔がよくて強いじゃない。ギルドマスターの地位も持ってるし将来のことを考えるのならザラキさん一択でしょ、ユウと付き合うなんてありえない」

「……ほう」


 ユウ師匠の幼馴染という特権を持っているリーンが羨ましくて、彼女に対してライバル意識があったが、必要ないみたいだな。


「それに、追い出されただけで強化付与を解除するとか器小さすぎない? 短い間とはいえギルドに面倒を見てもらえたんだよ? その恩を仇で返すとか、ますます小さな男だねっ」

「………ふふ」


 リーンが意味不明なことばかり口にするので、思わず笑ってしまった。

 そう思うのなら好きにどうぞ。


「何? 何で笑ってるの?」

「いや、これから先……お前らがどうなるのか楽しみでな」

「これから先? もしかして強化付与がなくなったから落ちぶれるとか思ってる? はっ、あんな男の付与術がなくたって問題ないよ。今はちょっと混乱しているだけで、いつも通りに戻るはずだよ」


 やはり頭お花畑だな、この女は。

 ユウ師匠のことを田舎っぺとかほざいていたが、そういう楽観的な考え方しかできないお前こそ視野の狭い田舎っぺだろ。


「そうか、まあせいぜい頑張るんだな……」


 そう言い残して、私は田舎っぺ女の前から立ち去った。

 後ろの方でブツクサ文句が聞こえるが無視だ、無視。





 荷物をまとめ終えた私は『聖なる神盾』の拠点を出る。

 1年半過ごした建物を見上げて、堪えず「ははは」と小さく笑ってしまう。


 ユウ師匠の付与術がどれだけ凄いのか理解していない。

 あれがあったからこそ今のギルドがあるというのに、それを逃すだなんて馬鹿な連中ばかりだ。


 さて、私はユウ師匠を追うとするか。

 何処に行ったのか分からないので情報収集をしながらになるが、まあ平気だろう。


「待っててね、ユウ師匠……」


 彼から貰った杖を見つめながら、甘い声で呟くのだった。

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