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第5章:崩れゆく帝都

董卓に仕え、その狂気の傍らで息を潜める日々は、ある日唐突に終わりを告げた。

初平三年(192年)。温かい春の風が吹く中、暴君は腹心であった呂布の手にかかり、あっけなくその巨体を地に横たえた 。長安の民は歓喜に沸き、董卓の残党狩りが始まった。賈詡が仕えていた牛輔もまた、混乱の中で命を落とした 。


権力の頂点からの転落は、あまりに速かった。昨日までの支配者たちは、今日には追われる罪人となっていた。董卓軍の残党である李傕、郭汜、張済らは、指導者を失い、完全に浮足立っていた 。彼らは軍を解散し、故郷である涼州へそれぞれ逃げ帰ろうと計画していた 。


その様子を冷ややかに眺めながら、賈詡は一つの決断を下していた。

(関わるべきではない)

董卓の側で学んだ教訓は、ただ一つ。巨大な権力は、崩壊する時、周囲の全てを巻き込んでいく。李傕や郭汜は、董卓と同じく涼州出身の荒くれ者だ。彼らと行動を共にすれば、いずれまた同じ運命を辿ることになる。


(今度こそ、故郷へ帰るのだ)


繰り返される死のループから解放されるには、歴史の表舞台から完全に姿を消すしかない。涼州の片田舎で、名を変え、畑でも耕して生きる。それこそが、唯一の活路のはずだ。

賈詡は誰にも告げることなく、わずかな荷物をまとめると、混乱に乗じて長安を脱出した。


故郷への道は、しかし、彼の期待とは全く異なっていた。

長安を支配下に置いた王允の政権は、「涼州人は皆殺しにせよ」という苛烈な布告を出しているという噂が、彼の耳にも届いていた 。道行く人々は、涼州なまりの言葉を使う賈詡を、蛇蝎のごとく嫌い、警戒した。



そして、関所を抜けようとした時、運命は彼にさらなる死を突きつけた。


「待て、貴様、涼州の者だな!」

役人に呼び止められた時、賈詡は冷静に弁明しようとした。自分は董卓一派ではなく、ただ故郷に帰るだけの元役人に過ぎないと。

だが、役人たちの目に理性の光はなかった。彼らの目に映っているのは「賈詡」という個人ではなく、「誅殺すべき涼州人」という記号だけだった。

「問答無用!董卓の残党め!」

振り下ろされる刃を見ながら、賈詡は己の過ちを悟った。

(そうか……個人の力など、無意味なのだ)

氐族の時は、相手が小さな集団だったからこそ、心理戦が通用した。だが、国家という巨大な機構が一度「敵」と見なした者を前にして、個人の知恵や弁明など、何の役にも立たない。この乱世において、一個人はあまりに無力で、あまりに脆い。

胸を貫く灼けるような痛みの中、賈詡の意識は深い闇へと沈んでいった。結局、自分は何も学んでいなかったのだと、絶望しながら。


なぜ賈詡は逃げなかったんだろう、と誰もが思う歴史のシーンですが、おそらく逃げられなかったのでしょう。


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