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第2章:偽りの系譜

「―――私を殺す前に、覚えておくがいい。私は、あの太尉・段熲だんけいの外孫だ」


賈詡の静かな声は、乾いた風に乗って奇妙なほどはっきりと響いた。槍を振り上げた男の動きが止まる。周囲の氐族たちも、その名に動揺の色を見せた。西域で暴威を振るった後漢の名将、段熲。その名は、彼らのような辺境の民にとって恐怖の代名詞だった。


頭目らしき男が、疑念の目で賈詡に近づく。

「……貴様のような男が、あの段熲公の縁者だと?」

「信じられぬのなら、殺すがいい」

賈詡は、死の恐怖で震える心を必死で抑えつけ、傲然と言い放った。数えきれないほどの死の経験が、彼に完璧な虚勢を張らせていた。


「ただし」と賈詡は続ける。「私を殺すのであれば、手厚く葬むることだ。そうすれば我が一族が多額の謝礼をもって遺体を引き取りに来るだろう」


その言葉は、単なる命乞いではなかった。


彼が口にした「多額の謝礼」が、きらびやかな金品などであるはずがない。この辺境の地まで遺体を引き取るという名目で派遣される、段熲の一族が率いる軍隊――それこそが、賈詡の言う「謝礼」の正体であった。これは、相手の心に「報復」という直接的な恐怖と、「遺体を丁重に差し出して許しを乞うしかない」という屈辱的な欲望を同時に植え付ける、高度な心理戦であった。


氐族の男たちの顔に、戸惑いと計算が浮かぶ。

賈詡を殺す。そうすれば、目先の鬱憤は晴れるだろう。だが、得られるものは何もない上に、段熲という虎の尾を踏むことになる 。



逆に、賈詡を解放する。そうすれば、報復のリスクは消える。報酬は得られないが、失うものもない。


賈詡は、自らの命を「価値のない捕虜」から、「危険で扱いにくい資産」へと変貌させたのだ 。どちらが合理的で、自己利益にかなう選択か。答えは明らかだった。


長い沈黙の後、頭目は苦々しい顔で縄を解くよう命じた。

「……行け。二度と我々の前に姿を見せるな」


解放された賈詡は、一度も振り返ることなくその場を立ち去った。心臓はまだ激しく鼓動していたが、彼の内面には確かな手応えが残っていた。

武力では決して敵わない相手を、言葉だけで屈服させた。この最初の成功体験こそが、賈詡という謀士の思考の根幹を形成し、彼の生涯を貫く生存戦略の原点となったのである 。


やっと史実ベースの話になりました。

よくこんな嘘で説得ができたと思います。

その選択ができたことが天才たるゆえんなんでしょうね

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