はじまりの町
夜の森を抜け出したとき、空には青白い月が浮かんでいた。赤い光に覆われていたはずの空は、まるで嘘のように静まり返り、星々が輝いている。
「……助かったのか?」
リオンが空を見上げて呟く。
「ええ。たぶん紅い災厄は村だけを襲ったのでしょう。理由はわからないけれど……」
セリアは冷静に答えたが、その表情には一抹の不安が滲んでいた。
森を抜けると、遠くに灯りが見える。
「町だ!」
リオンは思わず声を上げた。
「そうね。あれは《アストレア》……交易路の中継に使われる小さな町よ」
セリアは淡々と説明するが、その声に少し安堵が混じっている。
二人は並んで町の門へと向かった。夜でも門は閉ざされておらず、見張りの兵士が松明を掲げている。
「止まれ、身分を示せ!」
兵士の鋭い声にリオンはたじろぐ。
セリアが一歩前に出て、胸元から小さな紋章を取り出した。銀色に輝く学院の紋章。
「王立魔導学院、セリア・フィルディアよ。緊急事態で避難してきたの」
兵士は目を見開き、慌てて敬礼した。
「こ、これは失礼しました! どうぞお通りください!」
リオンは呆然とそのやりとりを見ていた。
「す、すごいな……セリアって、本当に偉い人なんだな」
「別に偉くなんてないわ。ただの学生よ」
そっけなく言いながらも、少し頬を赤らめていた。
町に入ると、夜でも賑やかな声が響いていた。旅人や商人が行き交い、屋台の明かりが並ぶ。リオンにとっては初めて見る光景だった。
「うわぁ……村とは全然違う……」
目を輝かせるリオンに、セリアは思わず微笑んだ。
「田舎者丸出しね。でも、その反応は嫌いじゃないわ」
「うっ……からかうなよ」
リオンは耳まで赤くなり、視線を逸らした。
二人は宿屋を探し、小さな木造の宿に入った。
「一部屋しか空いていないって……」
宿の主人の言葉にリオンは固まった。セリアも一瞬眉をひそめたが、すぐに淡々と頷いた。
「仕方ないわね。……安心して、私は床で寝るから」
「い、いや、それは悪いよ! 俺が床で寝る!」
「アンタ、魔物に襲われたら真っ先に死にそうでしょ? ベッドで休んで力を蓄えなさい」
「そ、それは……」
結局、リオンが床に寝ることになった。硬い床の上で毛布にくるまりながら、天井を見つめる。隣のベッドからは規則正しい寝息が聞こえてきた。
――なんで、こんなことになったんだろう。
村を失い、母を置いて逃げて、見知らぬ少女と一緒に町にたどり着いて……。
胸の奥がざわつく。けれど、不思議と孤独ではなかった。
リオンは横目で、眠るセリアの姿をそっと見た。月明かりに照らされた横顔は、強気な昼間の彼女とは違って、年相応の少女らしい穏やかさを見せている。
――俺が守らなきゃ。
そう思った瞬間、胸が熱くなった。何を根拠にそんなことを考えたのか、自分でもわからない。ただ、心の奥から強く湧き上がる感情に、リオンは目を閉じることができなかった。
こうして、二人の小さな旅は町での一夜から始まった。
この先に待ち受ける仲間たちとの出会い、そして数多の試練を、彼らはまだ知らない。




