赤い空の下で
その日の空は、まるで血を流すように赤く染まっていた。
西の地平線から昇る夕陽とは明らかに違う、不気味な紅色の光。突如として村を覆い尽くしたその光は、大地を震わせ、家々を焼き、鳥や獣までもを狂わせていった。
リオンの住む小さな村は、瞬く間に地獄と化した。悲鳴、怒号、泣き声。耳を塞いでも、炎と煙が現実を突きつける。
「母さんっ!」
リオンは必死に家へ駆け戻ろうとした。だが玄関先で、母が険しい顔で彼を押し返した。
「リオン、逃げなさい!」
「でも、母さんは……!」
「いいから行くの! あなたは――生きなければならないの!」
その目は涙に濡れていたが、決意に満ちていた。リオンは喉まで出かかった言葉を飲み込み、唇を噛む。母の言葉を胸に刻み、振り返ることなく走り出した。
森の外れへ続く細道を駆け抜ける。だが、逃げ場を塞ぐように黒い影が現れた。
――魔物。
四足の獣に似ているが、体毛は煤のように黒く、目は炎のように赤く光っている。口を開けば涎ではなく黒煙が漏れ、牙は岩をも砕きそうな鋭さだった。
「う、うそだろ……」
リオンは震える手で足元の木の棒を拾い上げた。剣の代わりにもならない。だが、素手よりはましだ。心臓が破裂しそうなほど鼓動を打つ中、棒を握りしめて構える。
魔物が咆哮し、飛びかかってきた。
リオンは反射的に棒を振るう。だが力も速度も足りない。空気を裂く音のあと、吹き飛ばされ、背中から地面に叩きつけられた。肺の空気が抜け、呼吸ができない。
――死ぬ。
恐怖で目をつむった、その瞬間。
「――〈ライト・アロー〉!」
鋭い声と共に、光の矢が放たれた。白銀に輝く矢は魔物の胸を正確に貫き、断末魔を残して影は地に崩れ落ちた。黒煙が立ちこめ、獣の体は砂のように崩れ去っていく。
咳き込みながら目を開けたリオンの前に、ひとりの少女が立っていた。
長い銀髪が炎に照らされ、揺れるたびに赤い光を反射している。年の頃はリオンと同じ十五、六か。青いローブに身を包み、杖を片手に構えたその姿は、どこか凛々しくも美しい。
「……アンタ、こんな所で何してるのよ」
冷ややかな声だった。だがその表情はわずかに安堵を含んでいるように見えた。
「お、お前は……誰だ?」
「私はセリア。王都の魔導学院の生徒よ。……それより、棒きれ一本で魔物に挑むなんて、正気?」
リオンは頬を赤くし、慌てて立ち上がった。
「な、なにが悪い! 逃げるよりマシだろ!」
「結果を見なさい。あと数秒遅れてたら、アンタは死んでたのよ」
「……っ」
言い返せず、リオンは唇を噛んだ。
だがセリアは少し肩をすくめ、ほんの僅かに笑みを浮かべた。
「でも……無謀でも、守ろうとする気持ちは嫌いじゃないわ」
その言葉に、リオンは思わず目を見開いた。
彼女は再び杖を構え、燃え盛る村を見つめる。
「ここはもう駄目。生き残りがいるかもしれないから探すわ。アンタも来なさい」
「俺も……一緒に行く」
「本当に足手まといにならないでよ」
そう言いながら、セリアは手を差し出した。
リオンは一瞬ためらったが、恐る恐るその手を取る。温かさが掌から伝わり、胸が妙に熱くなる。
「……ありがとう」
「礼なんていいわ。生き延びることのほうが先決よ」
素っ気なく言い放ちながらも、セリアはリオンの手を強く引いた。
――その瞬間、リオンはまだ知らなかった。
この銀髪の少女との出会いが、自分の運命を大きく変えることになるのだと。
そして、この胸の奥に芽生えた小さな鼓動が、やがて「恋」という名のものになることも――。




