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海中もくず  作者: 椎名 園学


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12/12

遠足前日⓫

定期券の貸し出し、他人の使用は犯罪です。絶対にしてはいけません

無賃乗車は犯罪です。絶対にしてはいけません


(お姉ちゃんに見つかったら食べられるから、隠しとこ)


「じゃまた明日」

そう言い力哉は階段を上って行った

キーホルダーも何もない簡素な鞄に手を入れ鍵を取り出す。鍵穴が錆びついていて回すのに多少コツがいり、空いているてで扉を微かにもちあげ力任せに回しきった。不思議なことに抜くときは簡単に抜ける。

虫の声だけがざわめき、灰皿から煙草のにおいがやってくる。夏の兆しを見せ始める暑さに窓を開け、靡いてくるそよ風に手で髪をかき上げ心地よいまま、ちゃぶ台に胡坐をかき煙草に火をつけた

「最後か⋯」

空箱を握りつぶしてゴミ箱にほおり、予習にと数学の教科書を開き見つめる

今日の授業の範囲との繋がりを確認し、公式を理解すると、教科書と連動しているワークに取りかかった。


どらくらい経っただろう。ふと時計に目をやる。いつの間にか針は2時間の経過を示していた。


基本的に姉と共にご飯を食べるので、だいたいの帰ってくる時間まで待ち、それでも来なければ仕事が長引いたと判断し一人冷たいごはんを食べる。二年生になり学費が上がったため最近は黙食のことが多い。

8時を過ぎ、「今日もか」と思うと目の力が抜けていき体の芯が冷たくなっていく。

パックご飯のフィルムを力なくめくりシソをふりかけ、そのまま口に運んだ。加熱されていないので米がまとまらず割りばしの隙間をボロボロ崩れていく。スカートにかかった米に手を伸ばすと、固定電話が鳴った

「はい海中です」

「あーもしもしぃーわらひー」

随分ひょうきんな姉の声が聞こえる

「もーーちっとで、帰るからぁ。ご飯食べよーねぇ。あれもひかしてもうご飯たべらー?」

「少しだけ」

「あらーわらったー。もう少しでかへるねー」

随分酔ってるのだろう。お姉ちゃんの酔い声を聴くたび申し訳なさが沸いてしまう。

「おぉ、妹さん?」

電話の向こうで男の声が聞こえてきた。この人とか⋯汚く低い声色に罪悪感がどっと高ぶり、反対の手がふととももにつく

「ひとでちゃーん。妹さんと3人だったら10出してあげるよ。確か高校生だったよね」

生々しい内容もありその声はべちゃりと耳に響き、受話器を落としそうになる。何も言えずただ震えると、

「痛たたたた。ごめんって冗談だって。耳やめて。わかったから」

「冗談やめてくだらいよ」

客であろう男のわめきが聞こえる。姉の声は泥酔を感じさせるままだが耳をつねってくれたのだろう

「ほんらーもうかえるねー」

「ツーツー」と終了音が響く、自責の念につぶされながら静かに電話を置いた

この日もくずは全く夢を見なかった


「おねえちゃんもう朝」

「んnーもうちょっと」

「もう七時だよ」

「ぅんーやばいねー。ぁー頭痛い」

眉間にしわを寄せ目を固く閉ざしながら頭を押さえる。

「ハグー」

頭から離しもくずに両手を向ける。お姉ちゃんが二日酔いの時はいつもこう甘える。上下下着の姉に近づき優しく両手で包み、顔から柔らかみを感じていると、ぎゅっともくずを抱きしめた

「昨日は酔いすぎちゃってごめんね。お客さんが好きな酒が度数高いやつでさぁ」

ハグを解き始め、もさもさともくずの髪をなでていく

「今日遠足でしょ?あの力哉君といちゃいちゃしすぎたらだめだぞー。」

「力哉はただの友達だって」

「ふっそっか。…私ね、もくずに友達ができて本当にうれしいだ」

「お姉ちゃんまだ酔ってる?」

「かも。でもうれしいのは本心だから」

姉は再度もくずを抱きしめ頬にキスをする。そっと浅いキス

「お姉ちゃん遅刻するから」

立ち上がり棚を開ける。いくつか積み重なったパック飯を二つ取り出し、のりたまをかけた

「早く食べないと冷めちゃうし食べよっかなー」

「もう冷めてる」

「あ。そっか」

姉は楽しそうに笑い二人で手を合わせる。相変わらず米はこぼれるが、ご飯は昨日より暖かかった


9時に現地到着であることを踏まえ7時半には家をでた、雑草の伸びた公園で桃色の蝶が舞っていて桜の続きが見れたようだ。川には白鳥が群れを成し「ぐわぐわ」鳴きあう、中華料理屋を過ぎコンビニを過ぎ新幹線の線路下をくぐると東金沢駅が見えてきた。公園の前にある消防から出てく人はあくびをしながら目をこすり、マンションから出てくる子供は安全帽を深くかぶり道行く人にあいさつしている。

駅の階段を上りきると姉の定期券で改札を抜ける。無人なため無賃で入ることはできるが目的地の金沢駅は係員がいるので今回は不正出来ない

ホームへの階段を降り電車を待つ。やってくる電車を見ているとスマホで何かを見ている力哉が見えた


「おはよ」

声が聞こえた気がする。気のせいか

「何見てるの?」

イヤフォンの音を越えはっきり何を聞こえる。振り向けばもくずさんがすぐそこまで近づいてきていた

「あ、ゆ、ユーチューブです」

もくずさんが顔をのぞかせるぎりぎりで急いでアニメをスワイプし、ユーチューブのアプリを押す。せっかく仲良くなれてきたもくずさんに「俺の王女はあなただけ‼気高き皇女につかえる有能執事がある日突然異世界にいくことになりましたが次の配属先は案外仕事は楽そうですseason6」を見ていたとバレる訳にはいかない。ちょうど現実世界にもどり皇女とベットシーンだったので見られた時の気まずさは計り知れない

「ユーチューブって何?」

アニメはバレていないようだ。もくずさんは興味深そうに画面を覗く。今どきの人にしては信じられない質問、が海中家を考えるともしかしたらスマホを持っていないのかもしれない。

「いろんな人の動画を見れるんですよ」

瞳から犬が好きと聞いたので子犬の癒し動画を調べおすすめを開く。兄弟と思られるポメラニアンが走り回っているのが映った。それを見て、もくずさんの瞼が分かりやすく大きく開く。アナウンスと共に電車がホームに停車したが、もくずさんが子犬に熱中しているので消すわけにいかずそのまま二人で乗り込んだ

いくつかの大学紹介広告と乗車マナーの広告に見守られながら電車は金沢を目指す。中に入ってももくずさんは画面から離れる気がなく、力哉はそっとスマホをもくずさんの前へもっていった

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