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43.5:見えてはいけない断片(だんぺん)

43.5:見えてはいけない断片だんぺん

作戦初動を数日後に控えた、午後の静かな拠点。


仮設棟の一角、電磁遮蔽処理が施された小型作戦ブース。

通常は転送装置や情報回線のチェックに使われる場所だが、今日は別の目的で利用されていた。


シーナは部屋の中央で、腕を組んでモニターを睨んでいた。

その眼差しは珍しく険しく、視線の先にはすでに作戦データの原型が映し出されている。


「――“初動で転送投入”か。……構造未確定の拠点を相手にやるには、やっぱりギャンブルすぎる」


彼女が策定中の作戦では、拠点内部へ味方を転送し、敵陣を内側から突破する構想が組まれていた。

それを成功させるには、転送座標の“確度”と、タイミングの“正確さ”が必須だ。


そこで、彼女はある一つの可能性に目を向けていた。


ロイスの未来視――

それを“戦術支援のセンサー”として活用すること。


「未来を“見る”というなら、危険な突入ポイントの予測、敵の位置、選択肢の収束……すべてに対応できる」


ただし、それは“使えれば”の話だった。


「彼の能力は、いまだに“再現性”と“精度”が数値化されていない」


彼女は指で机を軽く叩き、思考をまとめる。


「……だから、“記録”を取る。能力の実態を、数値と映像で捉えてみる。

 それが私たちの戦術に使えるレベルか――それとも、使ってはいけない力かを判断するには、それしかない」


 



翌日。

仮設ブースには必要最低限の機材が運び込まれた。


脳波連動型の簡易インタフェース、網膜投影のデコード装置、神経同調をサポートする演算ノード――

シーナ自身の手で調整されたそれらは、静かに作動を開始していた。


椅子に座ったロイスは、すでにセンサーを装着されている。


「本当に、やるのか」


「ええ。あなたの未来視が“使える力”なのか、私自身の目で確かめておきたい。

 ……安心して。視界ログだけ。脳の深部までは触れない。

 ただし、見るのは“あなたが見ているもの”だけ」


ロイスはわずかに眉を動かしたが、反対はしなかった。

おそらく、彼も自分の能力に対して、他者の視点を通じて“何かを確認したい”という思いがあったのかもしれない。


装置が起動し、静かな電子音がブースを満たす。

転送準備が完了し、ログ記録が始まる。


 


「今、何が見えてる?」


「……扉の先。通路。誰かが来る。足音」


「数秒先、か。表示と一致してる……次」


次々とロイスの視界が転写され、シーナの前のモニターに流れ込んでくる。


時間の経過とともに、重なり始める映像が増えていく。


「分岐?……いや、選択肢が“複数層”で視えてる?

 これは……すごい、同時並列処理……まるで全ての可能性が、視界に併存してる」


シーナの目が見開かれる。


「この能力……制御さえできれば、局地戦術の中核になり得る。

 ただし、脳への負担が異常……記憶連結も歪んでる」


その時だった。


 


「っ……なに……これ……」


画面がノイズを走らせ、静かな転写映像の中に“別の断片”が突如割り込んだ。


そこは、戦場のようだった。


血と灰に塗れた空。折れた柵。地面に伏せる小さな影。


画面の隅に、“自分の目”が映り込んでいる――

震える手が、何かを掴んでいた。

それが“命”だったのか、“記憶”だったのかは分からない。


だが、それは“今”でも“未来”でもなかった。


過去――

あるいは、過去が“焼き付いた未来”の残像。


その中心にいたのは――

笑っていない少年。

泣いてもいない。

ただ、静かに壊れていた。


 


「……っ!」


シーナはモニターから目を逸らした。

呼吸が浅くなる。首筋に汗が滲む。


――何かが、違った。


これは、未来の断片ではない。


「……警告……?」


ロイスの未来視を覗き込んだとき、意図せずに“踏み込んでしまった”もの。


それは、能力の本質ではない。

おそらく――“能力の代償”に関わる何か。


彼女の中で、冷たい恐怖がゆっくりと背骨を這い上がる。


 


「シーナ」


ロイスの声が、静かに響いた。


視線を戻すと、彼はただ彼女を見ていた。

何も言わず、何も問わず――

だがその瞳の奥に、“知っている”という沈黙があった。


シーナは、ゆっくりと装置を止めた。


しばらくの沈黙のあと、彼女は小さく、かすれた声で言う。


「……あなたの未来視、すごく精密で、使える可能性は高い。

 でも……危うい。情報というより、“触れてはいけない領域”を感じたわ」


「だから、使うときは気をつけろ。……それだけだ」


「ええ。ちゃんと、覚えておく」


シーナは息を整えながら立ち上がる。

今はもう、ロイスの背中に“ただの分析対象”を見ることはできなかった。


彼は、未知の戦力であると同時に――

“人としての傷”を抱えている。


その存在の不確かさこそが、この部隊にとって新しい可能性であり、同時に、最も危険な要素であるのかもしれない。


 


「……作戦に組み込むかどうかは、もう少し考えさせて」


「構わない」


「でも、一つだけはっきりしたわ。

 あなたの目に映る未来は……たぶん、誰よりも“重い”」


その言葉にロイスは何も返さず、ただ少しだけ視線を落とした。


 


こうして、未来視の能力は“戦力”としての輪郭を得ると同時に、

その奥に潜む、触れてはいけない断片が――静かに記憶の底に沈んでいった。

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