39:交錯する視線(こうさくするしせん)
39:交錯する視線
特級部隊に配属された初日。
最初の戦術会議は、形式的ではあったが内容は重く、まるで誰かが無言で銃口を向けているかのような緊張が全体に漂っていた。
会議が終わると、五人は言葉少なに部屋を出て、それぞれの方向へ散っていった。
その背中には、まだ“仲間”と呼ぶには遠い距離があった。
◆ 戦術訓練場・午後
淡い曇り空の下、訓練場に設けられた灰色の砂地には、点々と人の影が落ちていた。
ロイスとジンは、無言のまま隅のスペースに立ち、ゆっくりとストレッチを繰り返していた。
互いに口は利かないが、呼吸のテンポと動きは自然と揃っていた。
――こうして並んでいると、まるで何年も同じ部隊で動いてきたかのようだった。
少し離れたところ、壁際に腰を下ろしたアーサが、片手で紙巻き煙草を口に運び、無造作に火を点ける。
煙がゆらりと空へ昇る。
その姿はどこか退屈そうでありながら、眼差しはわずかに鋭く、何かを“測って”いるようにも見えた。
「……静かすぎる」
リリコは、訓練用ベンチに腰かけ、飲みかけの水筒を手にしたままぽつりと呟いた。
手元の水筒に視線を落としながらも、意識は周囲に向けられている。
ロイスの横顔、ジンの無駄のない動き、アーサの冷めた仕草。
それらが、まるで別々の層に存在しているかのようだった。
(誰も、他人に干渉しようとしない)
ここが“特級部隊”と呼ばれる場所――
それはつまり、「自分の内側にしか立ち入らせない者たち」が集められた戦場の最前線だった。
「他人の動きばかり見てると、自分の立ち位置を見失うわよ」
突然、すぐ隣から声がした。
リリコが驚いて振り向くと、そこには静かに立つシーナの姿があった。
彼女はリリコの数メートル後ろからずっと様子を見ていたのだろう。
眼鏡の奥の瞳は、まるでデータを走査するように淡々と動いていた。
リリコは少し口ごもって、それでも勇気を出して尋ねた。
「……なんでみんな、あんな風に黙ってるの?」
シーナは静かに肩をすくめた。
「言葉で築く信頼は、戦場ではあまり意味がないから。
この部隊では、“言わないこと”が信用されることもあるの」
「……それって、ちょっと寂しくない?」
「合理的よ」
リリコが水筒を握り直す指に、わずかに力がこもる。
「あなたは喋ることで関係を築くタイプかもしれないけど……
この場所では、感情を優先する人間ほど死にやすいの」
リリコは返す言葉を探しながらも、じっとシーナを見つめた。
その視線に、シーナはほんの少しだけ、視線を緩めたようにも見えた。
「……それ、警告?」
「助言。
特に、あの二人に対しては」
彼女の視線がジンとロイスへと向かう。
「……ジンはまだ無垢。でも、あの男――ロイスって言ったかしら?彼は、もう何も信じていない。
あれは“信じるという行為”自体を切り捨ててる目よ」
その言葉に、リリコは思わず言葉を失った。
少しの沈黙が流れたあと、リリコがぽつりと呟く。
「……でも、気になっちゃうんだよね。
何を考えてるのか、知りたくなる。少しだけでも話してみたくなるのって……変かな」
その言葉に、シーナはわずかに驚いたような表情を見せた。
普段の彼女からは考えられない、ほんの一瞬の感情の揺らぎ。
そして、顔を伏せるように視線を下げて、低く答えた。
「そういうのを“無駄”だって切り捨てる人間が、この部隊には多いわ。
でも……私は、嫌いじゃない」
リリコが目を上げたとき、シーナはすでに背を向けていた。
淡い髪が揺れ、無言のまま遠ざかっていく。
その後ろ姿は、やはりどこか寂しげだった。
◆ その一方で
少し離れた片隅では、ロイスとジンが身体を動かしながら会話を交わしていた。
「……さっき、アーサさんと目が合ったんだよな。なんか言いたげな顔してた」
ジンが屈伸の合間にそう言ったが、ロイスは反応しなかった。
ジンが笑いながら続ける。
「ロイスは、あの人のことどう思ってる?」
静かに伸びを終えたロイスが、短く答えた。
「……“力”を見せない奴は、何を考えてるかが問題じゃない。
何を隠してるかが、問題だ」
ジンは思わず言葉を失った。
重い、けれどどこか“過去に痛みを知った者の重さ”だった。
「……俺、そこまで考えられてないや」
「それでいい」
ロイスはそれだけ言って、再び無言に戻る。
その会話のやり取りを、少し離れた場所でアーサが聞いていた。
壁にもたれながら、火の消えた煙草を口から外し、笑う。
「……へえ。未来視の男は、“思考”より沈黙を好むのか」
その目は相変わらず笑っていない。
アーサはゆっくりと立ち上がり、火の消えた煙草を足元で踏みつぶした。
「ま、俺も似たようなもんか」
◆ そして――交錯する
五人の距離はまだ遠い。
言葉を交わしても、視線を交わしても、
そこにあるのは“壁”ではなく、“防壁”だった。
だが――触れようとする意思だけは、確かにあった。
それはまだ、指先すら届かない距離にある温度。
けれど、どこかで確かに、
ほんのわずかに、心の奥の氷が――解けはじめていた。




