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35.5:断線の夜(だんせんのよる)

35.5:断線のだんせんのよる

新規隊に、初めて本格的な実任務が与えられたのは、訓練開始から一週間が過ぎた頃だった。


内容は、敵の物資輸送ルートの奇襲。

監視塔の斜面を下り、夜陰に紛れて補給拠点を襲撃する。小規模な作戦のはずだった。

だが――すべては想定よりも、ずっと複雑だった。


「……様子がおかしい。数が、合わない」


ロイスが低く呟いたのは、拠点を視認した直後だった。


「配置も妙だ。通常なら見張りが散るはずなのに、まとまりすぎてる。……わざとだ」


その場にいた隊員の一人が息を呑む。

ジンも、すぐに地面に伏せて望遠鏡を覗いた。


「……確かに。罠か」


その言葉を聞いて、リリコが小声で吐き捨てた。


「じゃあ撤退? もうバレてるってわけ?」


「いや、まだ囲まれてはいない。……ただ、このまま進めば挟み撃ちになる可能性が高い」


ロイスは冷静に地形と兵の流れを読み解いていた。

だが――次に発したその言葉に、場が凍った。


「こっちから陽動を仕掛ける。俺が先行して、注意を引く。その間に回り込めば――」


「は?」


リリコの声が鋭く割り込んだ。


「ちょっと待って。それ、要するに“囮になる”ってことでしょ? 一人で?」


「他に方法はない」


「バカじゃないの? ここで無理すれば、あんたが死ぬだけだよ」


ロイスの眉がわずかに動いた。

だが、リリコの方も譲らなかった。


「この部隊は“新規隊”なの。こっちが全滅すれば、それで終わりなのよ? 任務より、人命が優先されるべきだって、訓練でも何度も言われたでしょ」


「……なら、君はどうする? このまま全員で後退して、支援部隊の補給を止められなかったら?」


「私たちが全滅しても意味ないでしょ!」


二人の声が、思わず鋭く交錯する。


周囲の空気が強張る。

隊員たちが黙って見守る中、ジンが手を挙げ、間に割って入るように声を発した。


「ロイス、リリコ。お互いの言いたいことはわかる。けど、今ここで割れるのが一番まずい」


ジンは全員を見回し、静かに提案を出す。


「全員で撤退。今は情報を持ち帰ることが優先だ。ロイス、お前の言うとおり、敵の配置は不自然だ。それを報告すれば、次の部隊が動ける。今は、その役目を果たすべきだ」


ロイスはしばらく黙っていた。

リリコは彼の横顔を見つめながら、心臓の鼓動が速まるのを感じていた。


やがて、ロイスはゆっくりと頷いた。


「……わかった。撤退しよう」


その言葉に、リリコはわずかに肩の力を抜いた。


部隊は静かに後退を開始する。

リリコも、背を向けながら仲間の歩調を気にしつつ、何度も振り返った。


(あのロイスが、あんなに迷ってた。……何か、引っかかる)


不安の種は残ったままだった。


そして――部隊が最終離脱ポイントを通過する頃、

リリコはふと、違和感に気づいた。


(……ロイスが、いない)


周囲を見渡す。

ジンも、すぐに気づいた。だが、彼女が名を呼ぶよりも早く、理解が胸に突き刺さった。


(――まさか)


リリコの脳裏に、あの表情がよぎる。


“あえて非合理を選んだ”あの瞬間の目。

沈黙の中に、何かを託していたあの視線。


次の瞬間には、彼女は走り出していた。


「リリコ!? 戻る気か、待て!」


ジンの声が背後から届いた。

けれど――今度こそ、振り返らなかった。


「バカ……バカ……!」


視界は木々の影に揺れ、息は荒れ、足はすでに限界を超えていた。


だが、止まるわけにはいかなかった。


だって、あいつが勝手に“いなくなる”なんて、

そんな結末は、絶対に許せなかった。

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