06.飯テロ×サキュバス
サキュバスはかき揚げを口に頬張ると味わうように咀嚼する。
「~~~はむはむはむ♡んん~~~~これよこれサクサクのかき揚げがふにゃふにゃになってお汁の味がよーく染みてる~~~♡」
サキュバスは恍惚とした表情でかき揚げを飲み込むとさらにその速度を増しブライアントの距離を離していく。
目の前で飯テロを見せつけられ、ブライアンの脳内はまだ知らぬかき揚げと言う料理への期待と憧れでいっぱいになる。しかし無常な事にブライアンのどんぶりの中にはかき揚げは無いのだ。その事がブライアンの心に敗北感にも似た一抹の虚しさを感じさせる。
どんぶりの中を見れば蕎麦の麺は底をつき、あとはわずかに残るスープのみだ。
敗北の二文字がブライアンの中に思い浮かぶ。…いやマイアミ育ちで漢字を知らぬブライアンにとっては「YOU LOSE」の二文字か。
マイアミのカーチェイスでコップの道に上り詰めたブライアンにとってレースでの敗北は言葉では表せぬほどの屈辱だった。たとえそれが異国ではじめて挑んだ飯テロレースであってもだ。この世にあるのは勝者と敗者のみ、ベイビーと言えど勝負での敗北は敗北だ。
追いかけるサキュバスの背中ははるか遠く、たいして蕎麦を食いつくした自分のどんぶりは空虚そのもの、残るのはスープのみだ、心なしか先程よりもスピードが落ちている気がする。
左遷された異国の地でも自分は負け続けるのか。俺の人生は負け犬人生だ、それでいいのか?
いや、それでいいはずがない。泥水を啜ってでも勝利を勝ち取る。負け犬となるのはあきらめたやつだ。
諦めなければ、勝利のチャンスは必ずある!
そう覚悟をきめるとブライアンはどんぶりに残ったスープを啜りながら、再びその速度を増す。
『美味い』その感情がブライアンの胸いっぱいに広がる。出汁も調味料も分からぬ異国の料理だが確かに旨い、上手い料理に罪は無い、そして美味い料理を食って負けるわけにはいかない。
支離滅裂ではあるかもしれないがそんな維持にも似た矜持がブライアンの胸に灯り、彼の足を高速で回転させる。速度はふたたび時速80マイル、燃料となるスープは残りわずかだ。
たとえ相手がサキュバスだろうがアイルトンセナだろうが負けない。
蕎麦のスープは美味い、言葉には出来ぬが舌の上を転がり、喉の奥へと流れ落ちるこのスープは美味い。とても美味い!美味い物を前に言葉など不要!
美味い料理に言語の壁など関係ない。美味い料理は美味い!
つまり、美味い!
─────気づいたらブライアンは叫んでいた。
「でえええええええええりしゃああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」
爆発する感情を目いっぱい叫びながらブライアンは加速する。
日本人からすると意味不明な言葉を叫びながら時速80マイルで疾走する異邦人だ、異常者以外の何物でもない。
だがしかし蕎麦への感動を表現しながら走るその光景は万国共通。『美味い』は言葉の壁を超えるのだ。そして言葉という概念の壁を超えた瞬間、疾走するブライアンは音速の壁をも超越した。