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04.デッカード×同心

 マイアミ育ちのデカと江戸っ子同心、デコボココンビの初仕事はオオエド市内の見回りだ。見回りなんてのは古今東西どこも変わりはしない。平々穏々な市内を見回り、おかしな所や悪党がいないか目を光らせるだけ。

 といってもこの街の事をまだ何も知らないベイビーのブライアンにとっては見えるものすべてが新鮮に映った。着物で歩く人々、車の代わりに往来する馬車や飛脚、板張り平屋の背の低い建物。このオオエドはマイアミとは何もかもが違い過ぎた。車が走らないのなら道路標識や信号機などあろうはずもない、ましてや電線などもなく、マイアミのようなごちゃ着いた猥雑さはなく、どこか懐かしい奥ゆかしさを覚える。

 ──これがワビサビか、見知らぬ新天地でブライアンはこの街も悪くないなと感じ始めていた。


「なんだか腹ぁ減ったな」

 ブライアンの前を歩くスケ=サンはそうブライアンに語り掛ける。

「確かに、こう歩いてばっかりだと足が棒になっちまう。少し休もう、近くにダイナーはあるかい?」

「ちょっと蕎麦でも引っ掛けるかい」

 そうしてスケ=サンは飯屋へと歩みを向ける。


 二人が入ったのは通りに面した飲食店。暖簾の奥からは醤油の美味そうな匂いが漂ってくる。

「美味そうな匂いだここで飯を食うのかい?」

「そうだ、あんたヌードルは好きかい?」

「ヌードルは大好きだ、早く入ろうぜ。まだこの国へ来てから何も食ってなくて腹がペコペコだ」

 そんな会話をし二人は蕎麦屋の中へ──


 昼下がりながら店内は人で賑わっていた。

 二人がテーブルに着くとさっそくウェイトレスが注文を取りに来る。

「どうも、何になさいます?」

 やって来たのは小柄でキュートな大和撫子だ。ステイツの金髪スタイリッシュなギャルもいいが、この国の黒髪小柄なガールも悪くなく実に奥ゆかしい、これがワビサビか…ブライアンは出された茶を一口啜りこの街も悪くないなと考える。

「かけを一つもらえるかい、あったかいので」

 スケ=サンは慣れた様子でメニューも見ずにそう告げる。常連の風格だ。

「俺も同じ奴を」

 デカ御用達のダイナーだ。常連が頼むメニューなら間違いないだろう。…そうブライアンの感が告げていた。



 ────まもなくして運ばれてきたのは深い黒色のスープに沈むヌードル。その名を蕎麦と言う。


 どんぶりからはふくよかな香りが立ち上る。カツオで出汁をとった醬油ベースの芳醇な香りだ。しかし初めて目にする異国の食い物の材料をマイアミ育ちのブライアンが知る由もない。ただ分かるのは目の前にあるヌードルが間違いなく美味い物であるという事実のみだ。

 はじめて目にする食い物を前にし、食べ方も分からぬブライアンにスケ=サンは言葉をかける。


「ブライアンさんは箸…チョップスティックは使えるかい?」

 そう聞きながら箸を動かし麺を食べる動作を示す。

「あ、ああこれで食うのか?」

 マイアミ育ちのブライアンにとってヌードルとはフォークで食うものである。見慣れぬ異国の食事道具、箸立てから割りばしを一膳とるとスケ=サンのように箸を割りどんぶりを持つ。

「大丈夫そうだな。じゃああとは好きに食えばいい」


 そう言うと手ほどきはここまでと言わんばかりに、スケ=サンは蕎麦のどんぶりを持つとズズズと音を立て蕎麦をすする。ステイツであれば飯を音を立てて啜りこむなんてマナー違反にも程がある。どんな育ちの悪いヤンキーだって、飯は音を立てずに食うもんだ。

 しかしそんなことなど野暮だと感じるほどにスケ=サンの食いっぷりは気持ちよかった。


 蕎麦を啜る音、そして実に美味そうに食べる表情。それがこの料理のすばらしさを雄弁に物語るのだ。ブライアンにとって初めて食すまだ味も分からぬこの蕎麦という料理。目の前の蕎麦っ食いの啜る仕草は否応なく、この蕎麦という料理への期待と好奇心を掻き立ててくれる。自分もあわよくばあんな風に蕎麦を啜って全身でこのヌードルを体感し味わいたい。そう感じてからは早かった…。


 ────ズズズズズズズズズズズズ


 スケ=サンと同じように、いやそれ以上に勢いよくブライアンは蕎麦をすする。啜る音は途切れない…、いややめられない、啜るのが止められない!


 ブライアンの口の中には初めて味わう醤油、カツオ、そして蕎麦の風味が爆発せんばかりに広がっていた。いままで自分が味わうどの料理とも違う、そうこれはUMAMI成分だ。あまりの美味さに他国では税関で厳しく輸出入を禁止されるジャパンが誇る最高の自然調味料。これがWASHOKUか!?

 ただのシンプルな料理を前にしてブライアンは生まれて初めて、料理を食べて感動の涙を流していた。心に広がるこの気持ち、この感情の名前それは…


「うーまーいーぞぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!!!!」


 そう叫びながらブライアンは立ち上がり、蕎麦のどんぶりを持ったまま勢いよく通りへと駆け出していく。

 これが今江戸で流行りの江戸わずらいだ。美味い物を食べたあまり感激の衝動を抑えきれずに走り出してしまう江戸にまん延している奇病だ。病と言っても実際の病気ではなく一時の衝動的な物であり副作用は無い。


 そしてブライアンに続くようにすっと立ち上がる者がもうひとり、

 それはサキュバスであった──。

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