理想的な世界
「なんてかわいそうなのでしょう。あまりにも理不尽です!そんなあなたを私の素晴らしい世界へ招待しましょう!」
これこそ、神!
真っ白な装束、金色の長い髪、青い瞳。
映画さながらの美しい男がテンション高めに話している。
俺は必死に話そうとするが、声が出なかった。
状況がいまいちわからない。
なんていうか、お約束の転生か?
「さあ、どうぞ!優しい人が報われる、悪い人がいない世界へ」
そんな世界あるわけない。
まあ、夢か。そうだよな。
そう思っていると目の前が霞んでいき、記憶が途切れた。
「目、開けたよ!」
次に目覚めると女の子がいた。
茶色の髪に、大きな茶色の瞳の可愛らしい子だ。
「リリー。その人目覚めたのかい?」
「うん。お母さん!」
女の子そっくりの女性だ。
可愛い人だ。
「おお、よかったな。君、大丈夫か?」
なんだ、夫。イケメンじゃんか。
幸せそうな家族が俺を見つめている。
えっと、どういうこと?
外国人だよな。
あ、なんていうか、素晴らしい世界に招待とか、あの神っぽい人が言っていたな。
ってことは、転生?転移か?
「どうやら、言葉が話せないようだね。言ってることはわかるかい?」
何か話そうとするけど、声が出ない。
とりあえず言ってることは聞こえてるので頷いた。
イケメンの旦那さんは悲しそうな顔をしている。
「可哀そうだね。行くところあるのかい?うちに住むかい?」
なんていい人なんだ。
いやー、本当にいい世界だ。
状況もわからないし、俺は全力で頷いた。
そうして俺の優しい日々は始まった。
いい人はその家族だけじゃなくて、街の人全員だった。
養ってもらっているだけでは申し訳ないので、仕事を探した。
とりあえず飯屋で雇ってもらえることになった。
そうして働き始め、この街に来てから一か月。
ある時、俺は気が付いてしまった。
人がいなくなってる。
でも誰も何も言わない。
いなくなる奴は大抵嫌な奴だった。
いじめっ子の子ども、店に難癖をつけてきたやつ。
まあ、嫌な奴だったからよかったか。
だけど、俺は気が付いてしまった。
みんなどこか、怯えている。
笑顔の奥に怯えが見えた。
子供の前で夫婦喧嘩した夫婦が翌日消えた。子供達は親戚の優しい家庭に引き取られた。
子供の前で喧嘩、子供に悪影響だ。
当然あの夫婦は悪い奴だった。
だけど、残された子供たちを見ると、どことなく寂しそうに見える。新しい家族はとても優しいはずなのに。
この街には優しい人、いい人しかいない。
悪い人は連れ去られてしまうから。
そのうち俺もなんだか怖くなってきて、行動に気を付け始めた。常に笑顔、しゃべれないから表情に気を付ける。
っていうか、なんで話せないんだろう?
何度か神様?に心の中で話しかけてみたが、答える声はなかった。
教会にも行ってみたけど、何も収穫はなかった。
ただ教会はもっとおかしなことになっていて、なんていうかカルト的な感じだった。悪は許さない的な。いい人たち過ぎて気持ち悪いくらいだった。
そうして過ごしていると、なんだかストレスを感じるようになってしまった。
それは俺だけでないみたいだった。
街を歩いていると急に怒りを爆発させて、怒鳴り始める奴。そういうやつは翌日にはいなくなる。
悪い奴はいない。
だけど気持ち悪い世界だった。
そうしてみると、拾ってもらった家族に対しても、気持ち悪さを感じてしまった。
しかも、注意深く観察していると俺は監視されているようだ。
笑顔も貼り付けているっていうのがよくわかる。
誰も彼もがいい人と演じている、この街はそんな感じだった。
半年が過ぎて、俺はこの家から出ていくことにした。
というか、街を出ることにした。
お金も貯めたし。
この変な状況はこの街だけなのか、他の街も同じ状況か知りたかった。
町を出ると、すぐに親切な人が近づいてきて、馬車に乗せてくれた。
この世界に悪い奴はいない。
だけど、俺の予想は裏切り、そいつは悪い奴だった。
「なあ、あんた異世界から来たんだろ?俺と一緒にこの気味の悪い世界から出ないか?」
俺はしゃべれない。
だけど気味の悪いというのは同じ気持ちだったから、頷いた。
そうして俺たちの冒険は始まったと思ったけど、神様が現れてそいつを消した。
「いい人だと思って、転移させたのです!悪い人だったのですね!」
神様、俺が最初に見た美しい男は残念そうにそう言って、男を掴んだ。するとそいつは砂の人形みたいに崩れて消えてしまった。
「あなたは違いますよね!いい人ですよね?」
そう問われ、俺は反射的にうなずく。
「隣町もいい街ですよ。楽しんください!」
神様は満足そうに笑うと消えていった。
残された馬車。
俺は馬車の走らせ方がわからない。
そう思っていると、御者がどこからかやってきた。
「よかった。盗まれたんですよ。取り返してくれたのですか?ありがとうございます」
どうやら、馬車はあの消えた男が盗んだものだったらしい。
「お礼に好きなところへ送って行ってあげますよ」
そう言われ、行き先を答えようとしたけど、俺は話せない。
だから隣町という意味で指で方向を示した。
それだけでわかってくれたらしく、隣町へ送ってくれた。
到着時間は夕暮れ時。
宿を取れないかと思ったけど、これもすんなり取れてしまった。
御者さんとはお別れし、宿に一人で泊まる。
ほっとしてベッドに横になる。
脳裏に浮かぶのは、消えゆく男。
驚いた顔、怯えていた気もする。
それはそうだよな。
あんな風に消えてるのはちょっと怖い。
きっとあの街で消えた人たちもそんな感じだったんだろうな。
必要ない人間、悪い人間は消される。
この世界はそうなんだ。
なんて恐ろしい。
悪いの基準は犯罪の基準と必ずしも一致しない。
どうして俺はこの世界に招待されたんだろう。
切り裂き魔から子供を守ったから?
今思えばあれは本当に俺だったか、そう思うくらい俺らしくなかった。
俺はそんないい人間じゃない。
嘘もついたことあったし、クラスの苛めを黙認したこともあった。
あの時だけ、俺はいい人だった。
この世界が怖い。
いい人を演じなければ消されてしまう世界が。
そう思いながら俺は新しい街で暮らし始めた。
仕事は今度は人足を選んだ。話せないからできる仕事は限られる。その中で辛いものを選んだのは、体を酷使して、余計なことを考えないようにするためだ。
人足という荒々しい人が集まるはずの場所も、暴力などとはほぼ遠い世界で驚いた。だけど、やることは一緒。物を運ぶ。仕事の終わりに酒を飲む。だけど、この世界では酔っぱらいは少ない。いや、いても悪い酔っぱらいはいない。みんな笑って、楽しく飲んでいる酔っぱらいだ。
理想的、そう理想的な酒場。
しかも帰りが皆早い。
多分これは飲み過ぎて、おかしなことをしないようにとみんなが気を付けているせいだ。
過去に呑み過ぎて、暴力を振るったり、セクハラした奴らはこの世界から消えている。
いい世界だ。
警察とか本当にいらないいい世界。
だけど、おかしいかな。
こんな世界でも、どこかで諍いはある。大きくならないだけだ。
抑圧された世界、みんな演じるのは大変だと思う。
だけど、俺はどうやって神様が人を消すのを見てしまって、思い出すと吐き気がする。
だから、演じる。いい人を。
俺は話せない。だから行動で、表情でいい人を演じる。
慣れてくると辛くはない。だけど疲れは蓄積する。
これをいつまで続ければいいんだって。
そのうち眠れなくなった。
ぼんやりとして荷を運ぶ俺はミスが多くなった。
だけど叱る奴はいない。
軽く注意するだけだ。
ある時、俺は大きなミスをしてしまった。
おかげで一人怪我してしまった。
神様は現れた。
その夜に。
がっかりした様子で。
なんかその姿を見たら、ほっとしてしまった。
もう演じなくていいんだって。
あんな消え方は嫌だと思ったけど、このまま一生演じるくらいなら消えてもいいか、そう思えるくらい。俺は疲れていた。
「どうして間違ってしまったのですか?この世界、素晴らしいでしょう?」
神様は言う。
確かに悪い人がいない世界はすごいと思う。
だけどいい人を演じ続けるのはとてもつらい。
それなら元の世界のように自由な世界がいい。
小さい悪から大きな悪がはびこる、あの世界が。
神様に頭を撫でられ、俺はなくなった。
消えてしまったんだ。そこから記憶がない。
「佐一郎!」
目を覚ますとそこにお母さんがいた。お父さんもいる。
「よかった。目が覚めて」
俺は病室にいた。
ああ、あれは夢だったのか。
おかしな夢だった。
でも元に戻れてよかった。この世界がいい。自由な、この世界が。
退院して実家でリハビリ。仕事は首になった。っていうか派遣だったから、そのまま契約が終了したって感じだ。働いていた日までは給料をしっかり払ってくれた。
子供をかばって怪我をした俺は簡単に解雇された。
あの世界なら、俺の解雇を決めた奴はきっと神様に消されている。
だけど、俺の住んでる世界はそんな理不尽な世界だ。
それでもいい。
いい人を演じて過ごすより、ずっと楽だから。自由だから。




