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理想的な世界

作者: ありま氷炎
掲載日:2025/03/03

「なんてかわいそうなのでしょう。あまりにも理不尽です!そんなあなたを私の素晴らしい世界へ招待しましょう!」


 これこそ、神!

 真っ白な装束、金色の長い髪、青い瞳。

 映画さながらの美しい男がテンション高めに話している。

 俺は必死に話そうとするが、声が出なかった。

 状況がいまいちわからない。

 なんていうか、お約束の転生か?


「さあ、どうぞ!優しい人が報われる、悪い人がいない世界へ」


 そんな世界あるわけない。

 まあ、夢か。そうだよな。


 そう思っていると目の前が霞んでいき、記憶が途切れた。


「目、開けたよ!」


 次に目覚めると女の子がいた。

 茶色の髪に、大きな茶色の瞳の可愛らしい子だ。


「リリー。その人目覚めたのかい?」

「うん。お母さん!」

 

 女の子そっくりの女性だ。

 可愛い人だ。


「おお、よかったな。君、大丈夫か?」

 

 なんだ、夫。イケメンじゃんか。

 幸せそうな家族が俺を見つめている。

 えっと、どういうこと?

 外国人だよな。

 あ、なんていうか、素晴らしい世界に招待とか、あの神っぽい人が言っていたな。

 ってことは、転生?転移か?


「どうやら、言葉が話せないようだね。言ってることはわかるかい?」


 何か話そうとするけど、声が出ない。

 とりあえず言ってることは聞こえてるので頷いた。

 イケメンの旦那さんは悲しそうな顔をしている。


「可哀そうだね。行くところあるのかい?うちに住むかい?」


 なんていい人なんだ。

 いやー、本当にいい世界だ。

 状況もわからないし、俺は全力で頷いた。


 そうして俺の優しい日々は始まった。

 いい人はその家族だけじゃなくて、街の人全員だった。

 養ってもらっているだけでは申し訳ないので、仕事を探した。

 とりあえず飯屋で雇ってもらえることになった。



 そうして働き始め、この街に来てから一か月。

 ある時、俺は気が付いてしまった。

 人がいなくなってる。

 でも誰も何も言わない。

 いなくなる奴は大抵嫌な奴だった。

 いじめっ子の子ども、店に難癖をつけてきたやつ。

 まあ、嫌な奴だったからよかったか。

 だけど、俺は気が付いてしまった。

 みんなどこか、怯えている。

 笑顔の奥に怯えが見えた。

 子供の前で夫婦喧嘩した夫婦が翌日消えた。子供達は親戚の優しい家庭に引き取られた。

 

 子供の前で喧嘩、子供に悪影響だ。

 当然あの夫婦は悪い奴だった。

 だけど、残された子供たちを見ると、どことなく寂しそうに見える。新しい家族はとても優しいはずなのに。


 この街には優しい人、いい人しかいない。

 悪い人は連れ去られてしまうから。

 

 そのうち俺もなんだか怖くなってきて、行動に気を付け始めた。常に笑顔、しゃべれないから表情に気を付ける。

 っていうか、なんで話せないんだろう?

 何度か神様?に心の中で話しかけてみたが、答える声はなかった。

 教会にも行ってみたけど、何も収穫はなかった。

 ただ教会はもっとおかしなことになっていて、なんていうかカルト的な感じだった。悪は許さない的な。いい人たち過ぎて気持ち悪いくらいだった。


 そうして過ごしていると、なんだかストレスを感じるようになってしまった。

 それは俺だけでないみたいだった。

 街を歩いていると急に怒りを爆発させて、怒鳴り始める奴。そういうやつは翌日にはいなくなる。

 

 悪い奴はいない。

 だけど気持ち悪い世界だった。

 そうしてみると、拾ってもらった家族に対しても、気持ち悪さを感じてしまった。

 しかも、注意深く観察していると俺は監視されているようだ。

 笑顔も貼り付けているっていうのがよくわかる。

 誰も彼もがいい人と演じている、この街はそんな感じだった。


 半年が過ぎて、俺はこの家から出ていくことにした。

 というか、街を出ることにした。

 お金も貯めたし。

 この変な状況はこの街だけなのか、他の街も同じ状況か知りたかった。

 町を出ると、すぐに親切な人が近づいてきて、馬車に乗せてくれた。

 この世界に悪い奴はいない。

 だけど、俺の予想は裏切り、そいつは悪い奴だった。


「なあ、あんた異世界から来たんだろ?俺と一緒にこの気味の悪い世界から出ないか?」


 俺はしゃべれない。

 だけど気味の悪いというのは同じ気持ちだったから、頷いた。

 そうして俺たちの冒険は始まったと思ったけど、神様が現れてそいつを消した。


「いい人だと思って、転移させたのです!悪い人だったのですね!」


 神様、俺が最初に見た美しい男は残念そうにそう言って、男を掴んだ。するとそいつは砂の人形みたいに崩れて消えてしまった。


「あなたは違いますよね!いい人ですよね?」


 そう問われ、俺は反射的にうなずく。


「隣町もいい街ですよ。楽しんください!」


 神様は満足そうに笑うと消えていった。

 残された馬車。

 俺は馬車の走らせ方がわからない。

 そう思っていると、御者がどこからかやってきた。


「よかった。盗まれたんですよ。取り返してくれたのですか?ありがとうございます」


 どうやら、馬車はあの消えた男が盗んだものだったらしい。


「お礼に好きなところへ送って行ってあげますよ」

 

 そう言われ、行き先を答えようとしたけど、俺は話せない。

 だから隣町という意味で指で方向を示した。

 それだけでわかってくれたらしく、隣町へ送ってくれた。

 到着時間は夕暮れ時。

 宿を取れないかと思ったけど、これもすんなり取れてしまった。

 御者さんとはお別れし、宿に一人で泊まる。

 ほっとしてベッドに横になる。

 脳裏に浮かぶのは、消えゆく男。

 驚いた顔、怯えていた気もする。

 それはそうだよな。

 あんな風に消えてるのはちょっと怖い。

 きっとあの街で消えた人たちもそんな感じだったんだろうな。

 必要ない人間、悪い人間は消される。

 この世界はそうなんだ。

 

 なんて恐ろしい。

 悪いの基準は犯罪の基準と必ずしも一致しない。


 どうして俺はこの世界に招待されたんだろう。

 切り裂き魔から子供を守ったから?

 今思えばあれは本当に俺だったか、そう思うくらい俺らしくなかった。

 俺はそんないい人間じゃない。

 嘘もついたことあったし、クラスの苛めを黙認したこともあった。

 あの時だけ、俺はいい人だった。


 この世界が怖い。

 いい人を演じなければ消されてしまう世界が。


 そう思いながら俺は新しい街で暮らし始めた。

 仕事は今度は人足にんそくを選んだ。話せないからできる仕事は限られる。その中で辛いものを選んだのは、体を酷使して、余計なことを考えないようにするためだ。

 人足にんそくという荒々しい人が集まるはずの場所も、暴力などとはほぼ遠い世界で驚いた。だけど、やることは一緒。物を運ぶ。仕事の終わりに酒を飲む。だけど、この世界では酔っぱらいは少ない。いや、いても悪い酔っぱらいはいない。みんな笑って、楽しく飲んでいる酔っぱらいだ。

 理想的、そう理想的な酒場。

 しかも帰りが皆早い。

 多分これは飲み過ぎて、おかしなことをしないようにとみんなが気を付けているせいだ。

 過去に呑み過ぎて、暴力を振るったり、セクハラした奴らはこの世界から消えている。

 いい世界だ。

 警察とか本当にいらないいい世界。

 だけど、おかしいかな。

 こんな世界でも、どこかで諍いはある。大きくならないだけだ。

 抑圧された世界、みんな演じるのは大変だと思う。

 だけど、俺はどうやって神様が人を消すのを見てしまって、思い出すと吐き気がする。

 だから、演じる。いい人を。

 俺は話せない。だから行動で、表情でいい人を演じる。

 慣れてくると辛くはない。だけど疲れは蓄積する。

 これをいつまで続ければいいんだって。

 そのうち眠れなくなった。

 ぼんやりとして荷を運ぶ俺はミスが多くなった。

 だけど叱る奴はいない。

 軽く注意するだけだ。

 ある時、俺は大きなミスをしてしまった。

 おかげで一人怪我してしまった。


 神様は現れた。

 その夜に。

 がっかりした様子で。


 なんかその姿を見たら、ほっとしてしまった。

 もう演じなくていいんだって。

 あんな消え方は嫌だと思ったけど、このまま一生演じるくらいなら消えてもいいか、そう思えるくらい。俺は疲れていた。


「どうして間違ってしまったのですか?この世界、素晴らしいでしょう?」


 神様は言う。

 確かに悪い人がいない世界はすごいと思う。

 だけどいい人を演じ続けるのはとてもつらい。

 それなら元の世界のように自由な世界がいい。

 小さい悪から大きな悪がはびこる、あの世界が。


 神様に頭を撫でられ、俺はなくなった。

 消えてしまったんだ。そこから記憶がない。


「佐一郎!」


 目を覚ますとそこにお母さんがいた。お父さんもいる。


「よかった。目が覚めて」


 俺は病室にいた。

 ああ、あれは夢だったのか。

 おかしな夢だった。

 でも元に戻れてよかった。この世界がいい。自由な、この世界が。

 退院して実家でリハビリ。仕事は首になった。っていうか派遣だったから、そのまま契約が終了したって感じだ。働いていた日までは給料をしっかり払ってくれた。

 子供をかばって怪我をした俺は簡単に解雇された。

 あの世界なら、俺の解雇を決めた奴はきっと神様に消されている。

 だけど、俺の住んでる世界はそんな理不尽な世界だ。

 それでもいい。

 いい人を演じて過ごすより、ずっと楽だから。自由だから。



 


 

 

 


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