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3:聖女(ではない)VS フラグ

 そびえ立つ巨大な壁に圧倒される。

 都市を囲む防壁は未知の技術により積み上げられ、たった二年で完成したと聞く。

 現物を前にしても信じられない。

 壁は強固でありながら美しく、全体は鮮やかな青のタイルで装飾され、色違いのタイルで動物らしき模様が描かれている。

 奇妙な形が多いのは、ダンジョン内のモンスターを模しているのだとか。


「これほどまでに大きな町とは……」


 門に連なる列は長く、入場を待つ人向けの水売りや露店が目に付く。

 人の集まる所に人は来る。膨れ上がる都市の人口を支えるのはもちろんダンジョンだ。

 ダンジョンは莫大な利益を生む。この繁栄が我が国にあればと、思わないではいられない……しかしここまで広く民に開放される事はないだろう。自由都市と謳われるゼクラスの、爆発的な発展の核は其処にある。


「あの建物がダンジョンギルドです」


 別室での審査の後、一行には案内の兵が付いた。

 だが本当に案内だけして帰って行ったので、傍らの騎士は不満そうな目を向けている。

 歓迎の式典だの晩餐会だの、手間を取らされるよりマシのように思うが、彼はまた別の思いがあるのかもしれない。

 このゼクラスには、そもそも客を歓待する貴族領主がいない。

 元は農地にもならない荒れ地、旧街道沿いに僅かな集落があるだけの土地だった。

 ダンジョンの発見と共に町になり、大陸の冒険者ギルドとは別に町固有のギルド、『ゼクラスダンジョンギルド』を発足、そこから都市の名がつけられたのだ。

 当時不足していた物資をまかなう為に商人ギルドを呼び、住人自ら自治組織を作り、教会の手の及ばぬ癒し手を直接雇うなどして独自の体制を作り上げていく。

 故に自由都市。

 現在は各組織の代表、元の町の住人が集まる合議制であり、国王ですら取り扱いに気を遣う一大経済圏に成長した。


「まったく我々を何だと思っているのか……」

「此処では等しく挑戦者なのだろうね」


 この都市において身分は意味を持たない。

 此処ではダンジョンで力を示した者だけが認められるという。

 他国の王族貴族であっても特別扱いはなし。供のグンターは顰め面だが、アルドリックはこの状況を面白く思っていた。


「まずは登録してみよう」




 シュロス王国の王子、アルドリックは少数の供を連れ、隣国イクスを訪れた。

 目的はゼクラスでのダンジョン探索、またはある品を手に入れること。

 広大なダンジョンからは様々な祝福を受けた品が産出される。

 近年『身につけるだけで呪いを解く装身具』が発見されたと聞き、一行は一縷の望みをかけてやってきた。


「冒険者登録をしたいのだけれど」

「こちらに必要事項をご記入ください。冒険者を希望する方は? はい、それでは人数分お渡ししますので、それぞれご記入をお願いします」


 アルドリックが解呪の品を求めるのは、王都に巣くう呪いを解く、または封印するため。

 三年前──丁度王子が学園に入学した直後、王都では謎の病、彷徨う亡霊の噂、行方不明者の続出と様々な怪事が起き、後に呪いのせいであると判明した。

 王は莫大な額の寄付金を積み、教会へ解呪を依頼したが失敗してしまった。

 司教は散々言い訳をした挙げ句、『聖女がいれば』『直に目覚めるはず』と古い言い伝えに縋る始末。

 血眼になってその聖女とやらを探しているが、これが一向に見つからず、国民からも見放されつつある。

 溢れ出した呪いを騎士、兵士、魔術師らを率い、なんとか水際で食い止めた第二王子アルドリックは、『そのような不確かな存在に頼る時間はない』と国王に直訴、自ら呪いを封じる品を探し求め旅に出た。

 アルドリック自身が最強の剣士である事から、それが一番早い。


「こちらが仮の身分証です。ダンジョンに出入りする際は必ず確認され、入場を記録されますのでご協力をお願いします」

「ありがとう」


 ダンジョンギルドで受付を済ませ、プレートを身につける。

 木片で作られた頼りない仮章は、実力を測るためのもの。

 実力のない人間は一層か二層が限度。三層まで到達すれば石のプレートになり、正式な挑戦権を得る。

 五層で鉄、此処で初めて冒険者として認められる。十層で銅。その後は討伐数やギルドの貢献度に応じて銀、金とランクが上がっていくようだ。


「初めてダンジョンに挑戦されるなら、案内役(ガイド)を雇う事をおすすめします」

「ガイド?」

「外で声をかけてくる者は大体が盗賊まがいの連中か、詐欺師ですのでご注意を。正式登録されたガイドは銅星から金星までおりまして、ランクに応じてレベルと依頼料が上がります。金星のついたガイドが最高ランクです」

 受付が出したリストには、名前と性別、出身地、備考欄には所持スキルが書かれていた。

 銅星は文字通りの案内役。

 銀星は荷役も兼ねており、金星はそれ以外にも[戦闘サポート][罠解除][回復]など、探索に役立つ特殊なスキルを有するようだ。


「へえ……」


 中でも表の一番上、金星三つを並べた『リリ』という名のガイドは圧巻だった。

[地図作成][荷役][強化・弱体化][罠解除][呪い解除][回復][治療]と一人だけ備考欄を縦に長く伸ばしている。[結界テント貸出][大容量アイテム袋][食事付き]、この辺りも便利そうで頼もしい。

 その分報酬は高額だが、実績を見れば納得の金額ではあった。


「この三つ星の人、頼めるかな?」

「リリさんですね。お目が高い、彼女は『ゼクラスダンジョンガイドの母』と呼ばれる第一人者なのです」

「彼女、ということは女性なんだね」


 王国における冒険者は殆どが男性で、女性は二割もいない。

 しかしイクス──特にゼクラスでは違う。

 ダンジョンにより効率的な強化が可能なため、強くなるほど男女の能力差は無くなっていき、最終的には資質やスキル構成が重要とされるらしい。


「リリさんは凄い方なんですよ!」


 元々ダンジョンにおけるガイドは初心者向け、または荷役としての意味合いが強かった。

 冒険者になり損ねた弱者の仕事とみなされ、マップの判明した浅い階層のみ縄張りとし、戦闘はパーティー任せ。

 アイテム拾いくらいはするが、拾ったアイテムを私物化したり、わざとパーティーをモンスターの群れに突っ込ませ死体から装備を剥ぐなど悪質なガイドもいて、ガイドという職業全体の評判を落としまくっていた。

 意識の低い彼らを冒険者は嫌い、トラブルが絶えない。

 契約魔法で事前に縛る、ろくな報酬も渡さず搾取、挙げ句ダンジョン内で囮に使うなど、ガイドを使い潰すような極悪パーティーも出てきた。

 ギルドでも悩みの種であったが、三年前ゼクラスに現れたリリという名の冒険者が、仕事内容や契約事項を独自の目線で見直し、ガイドの存在そのものを変えてしまった。


「まず彼女自身が優秀な冒険者で、ダンジョンを知り尽くしています」


 リリは登録からわずか三日で十層に到達、最年少銅冒険者となり華々しいスタートを切る。

 まったく無名の冒険者が、それも単独でと当時はかなり話題になった。

 山ほどのアイテムと貴重な装身具を地上に持ち帰り、ギルド職員と居合わせた冒険者達を唖然とさせた彼女は半年で金ランクに到達。

 様々なパーティーから勧誘ラッシュを受けつつも、その全てを断っている。

 たまにギルドの依頼や個人的な知り合いに頼まれ、臨時で組む事はあっても固定はなし。

 理由は『冒険者だけじゃなく商売もしてみたいから』で、事実彼女が立ち上げた『ナンデモヤ商会』は大成功、大通りに大きな店舗を構えるまでになっている。

 売り物は冒険に便利な道具類、魔法もなしに一瞬で組み立てられるテント、味良し腹持ち良しな携帯食、お湯を入れるだけで出来る『スープの素』も大ヒット商品だとか。


「最近は探索服が評判で、最初から様々なサイズが売ってるんです。体格の良い戦士や亜人種にも対応していて、皆ナンデモヤ印の服を着てますね。探索者ではありませんが、着心地が良いので私も着ていますよ」


 ギルド内を見渡してみると、確かに女性と男性で服装にあまり違いがない。

 ドレスを着ているのは比較的年代の高い婦人が多く、若い者は皆男性のような下衣(ズボン)姿である。

 見慣れない気はするが、モンスター相手に戦ったりダンジョン内を移動する時は、こちらの方が動きやすいだろう。


「リリさんは冒険者の助けになればと思いお店を始めたそうです。当時新人の帰還率が低い事が話題になっていて、ギルドでも何度となく会合を開き、補助制度を作るなどしていたのですが、有効な手立てはなく」


 そんな時金冒険者であり商会の主でもあるリリ自ら、ある行動に出た。

 経験豊富かつ探索に役立つスキルを持つ冒険者を募り、新人のサポートを始めたのだ。

 元々パーティーで潜る時はサポート役として参加していたリリならではの視点であり、ギルドもすぐにその効果を認めた。

 補助制度を利用し、あまり新人に負担にならない形でガイド部門を立ち上げたのだ。

 リリは『新人が生き残ればそれで良し』と商売の種をあっさりとギルドに渡し、代わりに厳格な免許制度を受け入れさせた。

 ガイドの能力に応じて星をつけ、わかりやすい料金形態と、ガイドの質はギルドが責任を持って管理する。

 これにより公認ガイド、非公認ガイドときっちり線引きが出来、新人の未帰還が減った。

 体力が続かず引退を決めた元冒険者や、戦闘能力が低くてもパーティーの補助スキルを持つ人間をガイドとして雇う、雇用促進の面もある。

 新人だけでなくベテランも、安定攻略の為にガイドは必須となっている。

 新部門の売上は上々で、その分を新人の補助に回すなど、冒険者への保証が充実すると『危険で博打な仕事』から『危険はあるが比較的安定した仕事』と世間の認識が改まってきたとのこと。


「経歴の事がなくても、間違いなくゼクラス一のガイドです」


 成長の妨げになるという理由で戦闘に直接参加はしないものの、戦闘の前や後に補助や回復をしてくれる。

 道中の食事は美味で、寝床も快適と評判である。


「しかし女性というのはどうなのか」


 代々騎士の家系であるグンターは渋い顔だ。

 彼にとっての女性はか弱き者。まだ意識が追いついていないらしい。


「リリさんは普段『暁』や『黒曜の剣』のガイドを務めていらっしゃいます」


 グンターの無遠慮な物言いで機嫌を損ねたか。

 片眉をぴくりと動かした受付嬢が言い添える。

 王国でも名の知られたAランクパーティーだ。


「い、一流パーティーではないか……」

「金の三つ星はそれだけ優秀なガイドという事です。ギルドとしてもリリさんの腕は保証致します」

「ぐぬぬ」

「すまない、外から来たものでね。グンター、こうして実績もあるようだ。私は彼女にお願いしたい」

「あっ、あなたは王……くっ、お立場というものが」

「言える状況か? 我々には時間がない。それにダンジョンにおいては初心者なのだから、先達に教えを請うべきだ。彼女は私達より高ランクの冒険者だぞ」

「しかし──」


 騎士家に生まれたグンターは、忠義者と名高い。

 学園でアルドリックを警護していた時は、あらゆる危険から主を守り、あの手この手で妃の座に納まろうとする貴族令嬢達を撥ねのけてきた。

 頼もしさを感じていた友の、毅然とした態度の裏に潜むもの。

 それは主を守るというより、単に女性を軽視しているが故の、邪険な態度であったかもしれない。


「グンター」

「はっ」

「私が決めた事だ」


 アルドリックとしては性別がどうあれ、優秀なガイドに案内して欲しいし、一刻も早く目当ての品を手に入れたい。

 目的のためならそれが男であれ女であれ、利用できるものはする。

 戦場ならいざ知らず、勝手の分からぬダンジョンで彼の騎士道に付き合う理由はない。


「ではリリさんに依頼を出します。丁度お休みの時期だそうで、良かったですね」

「それは素晴らしい」


 契約金は前払い。顔合わせは明日と、トントン拍子に話は進む。

 その日は宿に泊まり、身を投げ出すように眠った。

 翌日指定の時間にギルドへ向かった一行は、奥の個室に案内された。

 金星ガイドを指名すれば、ランクに関わらず打ち合わせは個室で行われるようだ。

 剥製にされたモンスターの頭部が飾られた応接室でちょこんと座っていたリリは、イメージに反し、可憐な少女の姿をしていた。


「お待たせして申し訳ない。貴方がガイドの『リリ』?」

「はい、どーも初めまし……ぎえーっ!?」

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