2:聖女(未定)、逃げだす
「で、早速開始直後のチュートリアルと」
村の外れの森の側、古い薬草小屋で一人住まいのリリアーシュ。
日課は森の探索で、薬草と木の実を採取し道具屋に売って暮らしている。
小屋の裏には畑があり、章が進むと『薬草畑』が解禁されるが、現時点では野菜が植えられているだけだ。
「まずはインベントリ拡張だ」
チュートリアル初日は採取、翌日は村に行き道具屋でそれを売る。
ただし買い叩かれて端金しかならないので省略。
発売から時間が経ち、情報豊富なリリ戦は幾つもの攻略サイトがあるが、序盤は共通して『インベントリ拡張』一択。
拾いものが金になるゲームなので、インベントリの容量が死活問題なのだ。
村で換金しないとなると採取物を持ったままの移動になる。初収入はイクスに渡ってからになるだろう。
「所持金500Gは少ないと思ったけど、この暮らしぶりだと大金だね」
早速隠し場所から現金を回収すると、ステータス画面の所持金欄が更新された。
同時に金はスロットへ移動したらしく、手元から消えてしまった。1G単位で取り出せる。これは便利だし安全!
「よしよし」
次にスキル欄を開き、初期ポイントを確認。
開始特典のボーナスポイントがちゃんとあってほっとした。早速割り振って限界まで拡張する。これでスロットが60に。序盤の10スロットとか手持ち以下だしね。
「次は癒やしの力に目覚めよう」
リリアーシュとしては最悪の台詞だが私しかいないので問題なし。
翌々日いよいよ本格的にイベント開始、森の中で罠にかかった若鹿に遭遇する。
其処で初めて癒やしの力、聖属性のヒールが使えるようになるのだ。
余談だがヒールは風属性、水属性のものが一般的。聖属性のヒールが使えるのは高位神官や聖女の極一部となっている。
正確には王国では教会が一律保護という名の管理をしているだけで、隣国に行けば普通に聖ヒールを商品に練り込み大繁盛してるパン屋のおばちゃんがいます。
効能は風or水より高く、解毒や浄化も同時に行う万能スキル。
デトックスやら若返り的効果もあるらしく、作中では貴族や金持ちにヒールをかけるよう強要されるシーンがあった。教会なのに聖女大事にせんのかい。王国腐ってんな。
「聖女認定なんか面倒でしかないよ。回復が強いのは助かるけど」
怪我をしたらヒール、疲れたらヒール、連続ダメージが入る毒沼さえヒール連がけで攻略できる。正に癒やし無双!
という事で鹿助けからのヒール覚醒、即行で森抜けがマストだろう。
余計なイベントはこなしてられない。むしろ猟師がハケたら即森に入るくらいで良いかも。
「そうだ、罠外しの道具持っていかなきゃ」
早速拡張インベントリを活用し、片っ端から道具を入れていく。
亡き父の仕事道具だが、リリアーシュはたまに小屋の修繕に使うくらい。あって邪魔になるものでもなし、質も中々良さそうである。
罠にかかった鹿は村の猟師の獲物。しかし哀れに思ったリリアーシュはそれを助け、怪我をした脚を癒やして放す。
それを猟師に目撃され、責められ、村長に告げ口される。
ただの孤児だったリリアーシュになにやら妙な力があるらしいと、村に連れて行かれる最初の難関だ。
これを回避するのは簡単。
猟師がいない早い時間に罠を解除すればいい。
鹿を逃がした事を咎められる前に村を出る。完璧だ。
「辺境スタートで良かったわ。森を突っ切ればそのままイクスだし」
家の裏の森は通称『闇の森』。
おどろおどろしい名に恥じぬ魔境で、初期ステータスでは瞬殺のつよつよモンスターがわんさかいる。
レベル1では到底走破不可能なフィールドだが、おそらくごり押しで行ける。
リリアーシュが助けるこの若鹿、正体は『闇の森の王デイル』である。
五章を終えてイクスに拠点マークを付けた後、王都に異動すると山越え裏ルートが解放される。
イベント的に言えば故郷に戻ってきたリリアーシュを村人が出迎え、過去の対応を反省し、主人公は優しくそれを許す流れなのだが……ヘイトが募りすぎて心情的にまったく納得出来なかった。イベント後村中に爆弾を投げるなどした。
村の建物がゴウゴウ燃え、村長の髪の毛も燃えて面白かったが、フィールドから入り直すと元通りになってしまう。非公式アンケートでは『許せない』が97%を占めるクソイベだ。
ムカムカしながら懐かしいフィールドを練り歩いていると、森から鹿が現れ話しかけてくる。
『あの時助けてもらった鹿です』はともかく、『実は闇の森の王でした』は今更過ぎる。猟師の罠にかかる王って何。
プレイした時は思わず『早く言え』とつっこんでしまったが、あの無礼な思考が役に立つ日が来るとは!
助けてもらった礼にデイルは闇の森を案内し、晴れてイクス側へのショートカットルートが解放される。
つまりこのイベントを最初に起こせばさっさと国境を越えられて、面倒くさい王都なんぞに行かなくて済むのである!
「絶対成功させよう。最悪デイルを拉致ってでも……」
鼻息を荒くしつつ、やる事をリストアップしていく。
今のリリアーシュはレベル1のクソ雑魚。
いくら闇の森の王こと案内&モンスター除けがいても、純粋に地形と移動距離がエグい。
旅は過酷で容赦の無いものになるだろう。入念かつ素早い準備が必要だ。
「小屋の物はできるだけ持ち出そう」
乾いた雑穀パンと薄いスープを胃にぶち込み、棚の上から裁縫箱を取り出す。
ボロ小屋にそぐわぬ上等な細工物で、これは母の形見の品。
父から受け継いだ紋章入りの短剣と同じで、これは今の私にはトラップアイテム。
他人に見られると出自がバレてろくな事にならないため、用が済んだら即行インベントリの奥深くにしまうべし。
「うひゃー、何年ぶりだろ裁縫なんて」
辺境では貴重品の、質の良い針と糸を使って下衣を作る。
今着ているスカートだと動きにくいし、森歩きには向かない。体に合わせて大まかな形を切り取り、縫い合わせていく。
「裁縫スキルやばい」
死にスキルじゃん欄開けろと暴言を吐いていた過去の自分、反省しなさい。
とんでもない早さで完成したズボンは、使い古しの生地である事を除けば売り物なみに良い出来だ。
裾を絞り、糸を始末する。昔の人が着ていたもんぺみたいな野暮ったい形だが、いざ着てみるととても動きやすい。これ流行るんじゃない?
完成したリメイクモンペに感動しつつ、ふと思い立ってアイテム欄から素材の[服:女性用]を選択し、[作り直す]を押す。
思い浮かべた通りの品が一瞬で出てきて、えっこれめちゃめちゃ使えるんですけど!?
「神スキルだこれ!」
量販品などあるはずもないこの世界で、服の仕立ては高額。
庶民は基本手縫いか古着、着たきりも珍しくない。
これで食べていく事も出来るのでは……冒険者志望ではあるけれど、お金稼ぎの手段として使えるかも。覚えておこう。
他にもボタン付きシャツや厚手の靴下を作り、上着を寸詰めする。
生前父親が着ていたもので、ちょっと埃臭いけれど、これが一番まともで丈夫な生地だった。
「良い感じ!」
出来上がった服を身につけて、ステータスボードを確認する。
数値を見れば多少なりとも防御力は上がり、一安心といったところ。
女の一人旅は危険。でもこの厚手生地のコートとズボンなら、フードを被ればぱっと見性別は分からない。
「護身用のスキルも必要だな」
薬草や木の実の採取でもレベルアップはする。次は戦闘技能にポイントを振ろう。
[杖術]か[槍術]辺りが狙い目か。山歩きの杖は武器にもなる。とりあえずはこれで行けるはず。
「布団と、水差し……お鍋で代用できるかな?」
家中を漁って必要なものをインベントリに放り込む。
最低限と心がけていても結構埋まってしまった。それでも生身で持ち歩くよりは遙かに楽、食料もまとめてしまえてこれは便利。
塩漬け肉も樽ごと入った。分類ごとの収納999個まで入るの、現実だと便利過ぎ。
小屋の裏に回って薪を収納すると、これも全部入った。いつでも乾いた薪が好きなだけ取り出せる。
弾みで屋根付きの薪置き場を収納してから、『構造物を持ち運ぶ』概念に気付く。
流石に小屋は無理だがベッドはいけた。考えた末薪置き場にベッドをくっつけ、[屋根付きベッド]を作る。寝具を戻し、古いカーテンで囲えばテントっぽくなった。道中のキャンプで活用しよう。
あらかた物を回収した小屋はがらんとしていた。
残っているのは石積みのかまどと、家族用サイズのテーブルに、棚と椅子くらい。
村の人間がこれを見たら夜逃げかと思うかもしれない。
でも流石に行き先が隣国とは思わないはず。万が一トラウム家がリリアーシュの存在に気付き探しに来たとしても、女の子が一人で闇の森を抜けるという思考には辿り着かないだろう。
私はこのまま森を抜け、イクスのダンジョン都市で冒険者登録をする。
新しい人生の始まりだ!
先のことを考えるとわくわくしてきた。
何故ゲームの世界にいるのか、しかもよりによってリリ戦なのかという疑問はあれど、まずは生き延びる事が先決。考えるのは後でいい。
よりよい生活のため努力するのは元の世界と同じ。
それにインベントリ拡張やスキル取得などゲームのシステムを使える私は、他の冒険者の一歩も二歩も先にいる。
お高いアイテムバッグも専用の荷役も必要なし。食料持ち込み放題に上限なしのステータス、トップ冒険者も夢じゃない。ダンジョンにさえ辿り着ければ無双では?
「も、燃えてきた……!」
「へくちっ」
随分可愛くなってしまったくしゃみの音に、鳥がバサバサと飛び立った。
荷物の整理を終え、就寝した私はまだ暗い内から起き出して最後の点検をした。
服装良し、必要な荷物はインベントリ格納済み。
基本手ぶらだけど、偽装用に肩から鞄を下げておく。
中身は軽いものばかり、杖を持てば旅の準備は完璧だ。
十四年暮らした小屋にさよならを告げ、日の出と共に森に入る。
道中採取した薬草やきのこは即インベントリ収納。時間経過なし、ギルドの買い取りに出したら朝露を纏ったフレッシュさに高値がつくこと間違いない。
現時点で一番品質の高い闇の森の薬草って一体幾らするんだろう? 買い取り価格を想像してニヤニヤしてしまった。
闇の森は危険度と採取物のレア度が比例する。
奥に入るにつれ貴重なアイテムが見られるようになり、薬草の在庫もたまってきた。
ぐふぐふと不気味な笑いを響かせながら歩き、見覚えのある場所に出る。
森の中には小さな池があり、動物が水を飲みにやってくる場所だ。
それを狙って猟師が罠を仕掛けるんだけど……いた! デイル! 闇の森の王!
「おお……」
イベントでは散々血を流し、ぐったりしていた哀れなデイルさんも、救助のタイミングを早めた結果元気いっぱい暴れていた。
そりゃこんなにジタバタしたら傷は開くし血も流れるわ。
「じっとして、動かないで。今助けるから」
角を引っ掛けるのじゃなく足を噛む仕掛け。この罠禁止されている筈なのに……辺境なら役人の目も届かないからこういう悪い事をする輩がいる。悪の村である。
話しかけるとデイルはじっと私を見つめた。
澄んだ目に立派な角、イベント通りのグラフィック。
しかしいざ対面するとでかいな鹿って。
「頼むから暴れないでね」
道具を手にそっと足元にしゃがむ。
ゲームだと時間をかけ、己の手を傷つけながらデイルを助ける優しいリリアーシュだけど、私はそんな効率の悪い事はしない。
このノミと槌があれば罠なんぞイチコロよ。
ココンと軽い音を立てて打つと、噛み合わさった金属の歯が外れた。
びょんと飛び退いたデイルがそのまま走って逃げようとする。待てーい! ちッ、早く助けたせいか生きが良い。まだこっちの用事が済んでないのよ。
「ちょいとお待ちを。今治しますんで」
ぎざぎざの傷口に手をかざし、『ふんぬぅ』と気合いを入れる。
ゲームだと『可哀想に……』と涙を浮かべ、神に祈りを捧げていたリリアーシュ。
しかし私の目元はカラッカラである。大丈夫なんかコレ? ……まあなんとかなった! 成功だ!
淡い光が辺りを照らす。
傷は見る間に塞がり、鹿のくせに二度見するデイルに思わず吹き出してしまった。
「これで歩けるようになりましたよ、デイル様」
『……!?』
『何故我の名を』と驚愕する鹿面白い。
『こっちの都合なので気にしないでください』と言うとますます変な顔になった。
「私の名前は……」
めんどくさいな、リリでいいや。
「リリと申します。森の側の小屋に住む独り者で、思い立って隣国に行くところです。森を抜けたいのですが、案内してもらえませんか?」
『この森をか? 危険だぞ?』
「あなたがいれば大丈夫かと」
RTA並みに端折ったせいか、怪訝な顔のつぶらな瞳の鹿。
でもなんとか罠から助けたこと、ヒールの恩に免じて案内の許可が出た。
『妙な人間だな』
「私もそう思います」
リリアーシュの行動としてはかなり変だけど仕方が無い。
村の人間に見つからないうちにとっととずらかるぜ。
とはいえ猟師が見回りに来るのは明日。時間もあるし、ついでに池の水を汲んでおこう。
二章の学園編でアイテム作成が解禁されるのだが、此処の水が最高品質だった。
今後の為にためておいて損はない。もちろんポチッとサクッとインベントリに収納だ。
「それじゃ行きましょう!」
用事が済んだらさっさと逃げる。
デイルを先頭にさくさく森を進む。流石闇の森の王、進むだけで草や木がわさわさ除けてくれるので大変に歩きやすい。ついでに薬草摘みもはかどるはかどる。
やがてなだらかな道は終わりを告げ、アップダウンが激しい山道を、途中休憩を挟みつつ進んでいく。
険しい崖や飛び越せない割れ目は『我に乗れ』で運んでくれて、かなりショートカット出来たのではないだろうか。
こっちもどしどしヒールをかけ、道中柔らかそうな新芽を摘んで特製森弁当を食べさせるなどし、デイルは終始機嫌良く歩を進めた。
後になって[森の新芽×100個]の採取クエスト発生してたもんね。
食い意地張ってるんだよね、この鹿。
『リリ、頼む』
「ヒール!」
覚え立てのヒールを連発し経験値をゲット。
まだまだレベルが低いので、これが結構効率良い。
人が行き交う場所で辻ヒールしたらあっという間に稼げそう。町に着いたらやろうかしらどうかしら。
『便利なものだ』
「まだこれくらいしか出来ませんけどね」
トロい人間の足だけど、ヒールのおかげか思ったより進めた。
森林地帯を過ぎ、岩山に差し掛かると空気が冷え冷えとしてくる。
空の様子を見る。雨は降りそうにない。
念のために岩陰のスペースに[屋根付きベッド]を出す。
「今日はここをキャンプ地とする!」
『何故急に大声を出した?』
インベントリから出した薪を重ね、焚き火を作る。
物珍しそうにベッドを覗き込むデイルに壊さないでねと釘を刺し、中身ごと持ってきた鍋を温めた。
デイルは新芽、私はパンとスープ。
カチカチの雑穀パンと食べ慣れたキャベツのスープだけど、外で食べるからかおいしい。食べ物腐らないのはチートですな。
「はあ、あったまるぅ……」
見切り発車の割に旅は順調だった。
道は険しいけれど案外いける。
デイルの補助があればこそ、人が通れない場所も越えられる。背に乗って絶壁を駆け下りた時は生きた心地がしなかったが、それも何度か繰り返すうちに慣れた。
そしてこのルート、思わぬ実りが多い。
「ひゃっほう!」
デイルが途中立ち寄りたがった野生の塩場──露出した岩塩鉱──では岩塩取り放題。
「ばんざい!」
湯気の立ちこめる河原では自然に湧いた温泉を発見、半日かけて露天風呂を作るなどした。
せっかくだからとデイルを誘ったものの、湯の匂いがつくと断られた。
温かくて清潔で、最高にリラックス出来るのに。
魔法がある世界でも、生活は貧しい。
お湯がふんだんに使える機会は貴重なのだ。庶民は水浴びか、パン屋併設の蒸し風呂がせいぜい。
貴族や裕福な商人なら家にお風呂もあるけれど、日本のように毎日入ったりはしない。
レベル20で覚えられる[浄化]があれば洗濯も掃除にも使えるけど……現在の私のレベル、4。
「綺麗にしないと虫がわいたり、病気になったりするんですよ。毛繕いと同じです」
『つくづく奇妙なやつだ』
叶うなら一ヶ月ほど逗留したい。
だが食料には限りがある。後ろ髪を引かれつつ温泉を後にした。
道中ポイントがたまったので当初の予定通り[杖術]を習得する。
杖を振り回す動きが、やや洗練されたような気がうっすらと?
ついでにポイントの安かった[拳術]も取ってみたら、こっちの方が馴染みが良い。クソみたいな村の連中を思い浮かべるだけで拳に鋭さが増す。
朝夕二回それっぽく素振りをし、実践に向け備えるものの、今のところモンスターとの遭遇は一度もなし。デイル様々である。
ちょくちょく寄り道をしながら進むこと一週間。
ようやく周囲の景色が変わってきた。
「ひょっとしてあれ道じゃない?」
『ああ。この森はここで終わりだ』
「うわ感動するー! 文明の香りぃー!」
険しい山からなだらかな丘へ……そして向こうに見えるはイクスの街道!
小躍りして喜ぶ私を静かに見つめる黒い瞳。
そうか、そうだよね……森を抜けたって事は、別れの時が近づいてきたんだ。ちょっとセンチメンタルな気分。
「デイル様、ありがとうございました。このご恩は忘れません」
『我こそお前に助けられた。リリに会えて楽しかったぞ』
たくましい首に抱きつき、別れを惜しむ。
スンスン鼻を鳴らしながらインベントリ内の新芽を全出しすると、私そっちのけでもしゃもしゃ食べ始めた。もうこっちを見もしないよ。闇の森の王、食欲に負けてる。