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第6話 覚醒

(私が二人の仲を壊したようなものだわ。私が祭祀の日に倒れてしまったせいで、私の代わりにバーバラがサリカウッズに嫁ぐことになったのだもの。そしてあんなひどい状態でバーバラは帰ってきた)


またしてもユーリアを自責の念が襲う。


「おにいさま、私が…」


気持ちを抱えきれなくなって隣に腰を下ろしたディレクのほうに顔を向けると、ディレクは自分の右手の人差し指をユーリアの唇に当てて、彼女の口から零れそうになる言葉を押し留めた。


「ユーリア、おまえのことだ。どうせ私のせいで、などと思っているんだろう」

ユーリアは顔はディレクに向けたまま伏し目がちになって、ディレクの指を自分の左手でそっと払う。


(なんでわかるの、、)


「だって私が祭祀の日に倒れたから…」


ディレクは払われた手をそのままユーリアの頭に乗せて、幼子にするように頭を二度三度撫でた。


「それ以上言うな。それ以上はバーバラの気持ちを踏みにじることになるぞ。あのおとなしいバーバラが自分から行くって言ったんだ。その意味をおまえはわかっているのか。バーバラの思いを決して軽々に扱ってはいけない」


ディレクの言うことは尤もだ。

ディレクの口調は優しく窘めるものだったが、差し出した言葉は鋭い。

ディレクが躊躇いながら付け加える。


「それにこれは公然の秘密だが、バーバラの魔力は優れている。形式上はお前に決まっていたクライス殿下の相手が、お前が倒れたことで彼女に代わったことになっているが、クロードという婚約者がいなければ当初から満場一致でバーバラに決まっていたはずだ」


ユーリアはバーバラが力なく頷いたときに見せた表情を思い浮かべた。


(バーバラの矜持、、でも、だからこそ)


「だったらなおさら。バーバラはクライス殿下と幸せになるはずではなかったの。おにいさま、おにいさまはおっしゃった。クライス殿下は思いやりがあって、バーバラが不幸になることはないって。もしそうだとしたらあの傷は、あの傷はどうしてできたの。あれは誰にやられたの」


「今ベッドに横たわっているのは本来なら私のはずだったのよ。バーバラが傷つく必要はなかったのに。バーバラはクロードと幸せになるはずだったのに」


気持ちに収拾がつかなくなって、言葉が矢継ぎ早に脈絡なく出ていく。


「わかった、わかったから」


一旦落ち着けと言うようにディレクがユーリアの両肩に自分の手を置き、その手をゆっくり背中に回して彼女を優しく抱き締めた。


「バーバラもユーリアも決してあのような姿で戻ってきていいはずがない。バーバラだっておまえだって」


トントンと背中をそっと叩きながら、宥めるような穏やかな声で囁いた。


「バーバラの体にはいたるところに痣や傷があったと聞く。それこそ衣服に隠れたところにも。だがどうしてそうなったのか、まだバーバラが目を覚まさない以上、わからないんだ」


ディレクの心遣いにユーリアも少しずつ落ち着きを取り戻す。


「そうだ、付き添っていたイザークは、護衛のイザークは何か言ってなかったの」


「イザークは状況のわからないまま帰国させられたらしいんだ」


「どっ、どういうこと」


「私も間接的にしか聞いていないが」


ディレクが答えようとしたとき、コンコンコンと部屋の扉を叩く者がいる。


「後で話すこともあろう」


と言葉を切って「入れ」と扉に向かって声をかけた。

入ってきたのは侍女のアンだ。


「陛下からお二人にお話があるとのことでございます」


案内された部屋にはすでに王と王妃が上座に座っていた。

王妃はバーバラの部屋で見た時と同様辛そうな表情をしていたが、王は何やら思案顔だ。

ディレクとユーリアが斜向かいに並ぶ。

まず呼ばれたのはイザークだ。


「イザークよ。サリカウッズからノーランスに帰国することになったいきさつを説明せよ」


言葉の端々にどことなく非難めいたところを感じてユーリアは父をまじまじと見た。


(イザークが連れ帰らなきゃバーバラはどうなっていたかわからないのに)


イザークは床に片膝をついた姿勢を崩さずに顔を上げたが、視線は斜め下に落としたままだ。


「恐れながら、、正直に申し上げますと、王女殿下が帰国することになったいきさつはわかりません。そもそも私の帰国時に伴走していた馬車の中に王女殿下がいらっしゃるとはつゆ知らず、、城に到着して初めて事の重大さを理解した次第です」


イザークの言葉にユーリアは唖然とした。


(ああ、これは聞かなきゃよかったという案件だわ。何て無能なの。これじゃあ護衛の意味がないじゃないの。さっきのおとうさまの非難めいた口ぶりも無理がないかもしれない)


「ではなぜ帰国することになったのじゃ。そなた、バーバラの護衛であろう。バーバラから離れるなどあってはならないことだと思わなかったのか」


「そ、それはサリカウッズから帰国するように命じられて」


「あらためて聞く、そなたの(あるじ)はバーバラかクライス殿下か」


「…もちろん王女殿下です」


「ならなぜ離れる。なぜサリカウッズの命令のほうに従う」


王が語気を強める。


(お話にならないわ)


ユーリアの落胆はそのままディレクのそれだったようだ。


「これでは何もわからないな」


ブツブツ呟いている。

王も呆れ果てたのだろう。


「もうよい、下がれ」


とイザークに退出を促した。

ところがその段になってようやくイザークは懐から何やら手紙を取り出して、王に恭しく差し出した。


(いやいや、そんなもの預かってるんなら、もっと早く出しなさいよ)


王は苦虫を噛み潰したような顔をしたまま手紙を受け取り、イザークに手振りで去るように命じた。

今度こそ転がるようにしてイザークは退出した。


「イザークも咄嗟のことでなかなか判断ができなかったかもしれませんね」


ディレクが少しだけ護衛を庇う。

続いて呼ばれたのは医師団の一人、さきほどバーバラの部屋でユーリアが目礼を交わした相手だった。


「バーバラの状況を端的に説明せよ」


王の命令に医師は畏まって居住まいを正す。


「王女殿下の命に別状はございません。今は昏睡状態でいらっしゃいますが、一両日中には目を覚ますかと」



(予想していたよりも病状は良いみたいね)


そう思うとユーリアの胸も少しだけ弾むが、あの傷だらけの姿を思い出すにつけても医師の言葉にはにわかに信じがたいものがあり、念を押してみる。


「ではあの傷もやがては」


「全身にある傷も腫れも打撲によるものではありませんでしたし、骨折も見当たりませんでした。おそらくは一種の魔力焼けのような状況だと考えています。王女殿下ご本人によるものか外部からの力によるものかは、本日は判断できませんでしたが」


先ほどまで俯き加減だった王妃も顔を上げ安堵したようにユーリアと同じ言葉で医師に確認した。


「ではやがてあの傷も」


「おそらくは元の通りに」


医師の言葉に全員が顔を見合わせてほっとしたようにいったんは溜息をついた。


「引き続き治療に力を尽くすように」


王の言葉を合図に医師も一礼をして部屋から出て行く。

何はともあれバーバラの命に別条がなく、しかも一両日に傷も癒え、意識を取り戻すという朗報に浸る中、一人、王だけがイザークの持参した書状を広げた。

黙ってひととおり目を通したあと王妃に手渡し、受け取った王妃は時折眉を顰めながら読んでいる。

その後ディレク、そしてユーリアへと渡ってきた。


“バーバラにはサリカウッズの風土が合わなかったようだ、こちらで彼女に処置をした。一度ノーランスで3日間ほど静養したのち、再びサリカウッズで暮らすこと”


そんな内容だった。


「それって、バーバラはまた向こうに行かなきゃいけないってこと?」


相手国の理不尽さに憤慨しながらユーリアが問い返すと、ディレクが「ああ」と短く答えた。


「この文面からすると、あの傷が処置ってこと?そんなの変よ。それに3日間なんて短すぎる。第一バーバラだって目覚めるかどうかわからないのに。意味がわからない」


その言葉に思わず王妃が苦笑した。


「ユーリア、祭祀の日に倒れてからこっち、一時期ずっと目が覚めなかったときはどうなることかと思ったけれど、今日のようすを見るにユーリアらしさが戻ってきたのね。悪いことじゃないわ」


それでユーリアも真顔になって胸を張った。

この時にはすでに自分の腹は決まっていたのだ。


「そう、ですからおかあさま、私がサリカウッズに行こうと思います。おとうさまも許してくださいますわね」

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