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第5話 事件

前話から回想シーンが続いています。

ユーリアに決定していた隣国の皇太子(クライス)の相手をバーバラに変更したのは、ついひと月前の出来事が原因だ。

その日は秋の祭りの最終日、すなわちラディスル川の祭祀を行う日だった。

祈り手はユーリアである。

ここ何年かは、春はバーバラ、秋はユーリアが担当していたのだ。

生来活発な性格のユーリアは幼い頃から祭祀に先立つ祭りが大好きだ。

賑わいや喧騒に好奇心を駆りたてられて、屋台や出店を侍女のアンを連れて練り歩くのを楽しみにしていた。

だが、祭祀を行う側となると話は別だ。

祭祀の厳かな雰囲気が苦手で、数年前に初めて自分に祈り手の役割が回ってきたときは逃げ回ったほどである。

そわそわしてしまい、じっと落ち着いていることができないのだ。

実際、十二分に練習しバーバラにアドバイスをもらっていたはずなのに、本番ではシラカンバの樹液を飲み干す場面でなぜか笑いがこみ上げてきて、それを抑えるのに必死だった。

得意なはずの舞も要所要所でピタリと止められずふらついた。

シラカンバの枝はうまく投げたつもりがその場、つまり舞台の上に落ちたものだから式次第にある「抱きとめる」ものがなく、しょうがないので両手を広げてその場に突っ伏した。

要するに初回は散々だったのだ。

とはいえ三度目ともなれば、さすがのユーリアも慣れてきた。

純白の絹の式服も黄水仙の髪飾りもしっくりくる。

シラカンバの樹液の爽やかな風味は心地よいし、女神への言葉も滑らかに口から出て行く。

祭祀はつつがなく進んだ。

そして舞の終わり。

体の赴くままにシラカンバの枝を投げた。


(去年はすごくうまくいったから、今年もあんな感じで)


ところが、なぜか枝は手をすっぽ抜けてしまったのだ。


(特に油断をしたわけではない。前年と同様に投げたつもりだったのに)


と、ほぼ同時に見物客からどよめきの声が上がった。

やっぱり失敗したか、とどぎまぎしながらユーリアが目を開ける。


(あらぬ方向へ飛んでいったとしても、シラカンバの枝を拾えばそれで済むわ。冷静に、冷静に)


ユーリアは心を落ち着かせつつ舞台を下りた。

ノールの長が困惑した顔をこちらに向けて上空を指す。

顔を上げて見れば、決して小ぶりとは言えないシラカンバの枝を一羽の大きな白い鳥が咥えたまま悠々と羽ばたいていた。


(あれはハト?いいえあの嘴、、カラスだわ)


白いカラスに見物客からも嘆息や囁き声が漏れた。


(枝が落ちればすぐ近くで住民が見守っているはず。まさか待ち構えてた?)


白いカラスは頭上をくるくると回りながらユーリアから少しずつ距離をとっていく。


(とにかくカラスを、枝を見失うわけにはいかないわ。儀式はまだ終わってないもの)


ユーリアと祭祀の関係者、そして一部の観客が追う。

だがさすがにカラスも疲れたのだろう、舞台からそう遠くない場所に下りてその場で枝を離した。

今だとばかりユーリアは駆け寄って、咄嗟に白いカラスを抱きとめる。


(祭祀を最後までやりとげなくちゃ)


カラスなど抱くことはおろか本当は触るつもりすらなかったのだが、シラカンバの枝のところにあるものがそれ以外に目に入らなかったのだ。


「えっ」


刹那、眩い光がユーリアの、そしてそれを見ていた周囲の人々の目を貫く。

光の消えたあと人々の視界に入ったのはシラカンバの枝の横で呆然としゃがみ込むユーリアだった。

祭祀のまとめ役である住民の長が駆け寄る。


「王女殿下」


助け起こすと彼女は胸に両手を重ねて気を失っていた。

白いカラスの姿はもうどこにもない。

あの強い光とともに消え去ったのだ。

その後、意識のないユーリアは住民らの協力でノール地方にある離宮に運ばれてそのまま3日を過ごすも、容体に変化がなかったため王都にある城に移された。





「あれ、私」


ユーリアがぼそっと呟くと耳ざとく聞きつけた侍女が慌ててベッドに駆け寄る。


「姫さま?」


「ア…ン…?」


「アンですよ、姫さま。おわかりになりますか。姫さまは祭祀の日から2週間以上目をお覚ましにならないまま。お待ちくださいね、今、陛下をお呼びいたします」


よかったと言いながら慌てて部屋を出て行くアンをぼんやりと目で追いながら2週間、と言ってみた。

祭祀の日、カラスを胸に抱きとめ、その瞬間にそれが光り輝いたことは覚えている。


(あれ、私)


何気なく両手で胸元を押さえてみた。


(!)


硬い手触りにそっと衣服をめくってみると、輝く何かが胸骨部に貼りついていて、どうやってもとれない。

枕元の手鏡をまさぐり、仰向けのまま胸骨部を映してみると親指の爪くらいの大きさのハートの形にも見える結晶だった。


(これは、宝石)


指先で擦るとつるつるするが、なぞると貼りついているというよりも自分のからだの一部が変化しているようにも見えた。

体の変化に戸惑う間もなく「入るぞ」と父王の声がする。

父だけでなく母、兄、姉もそっと様子を窺うように入ってきた。

4人とも祭祀の日のあらましは聞いていたはずだが、ユーリアの話を漏らさないように頷きながら聞いてくれているようだ。

ひとしきり話した後で母と兄が安堵したように口を開いた。


「あまりに長い時間眠っていたから本当に心配していたのよ」


「でも思った以上に元気そうだ」


だがユーリアはむしろバーバラの元気のなさが気になった。


(いつも物静かで穏やかだけど、今日は何か変)


「バーバラ、どうしたの」


何でもないとバーバラは首を振るが、よく見れば彼女の目は腫れていて真っ赤だ。


「ユーリアがずっと目を覚まさなかったから心配で。でも安心したわ」


寂しく微笑むがやはりいつもと違う感じがして、ユーリアはとりあえず父王に話を振ってみた。


「おとうさま、眠っている間、ご心配をおかけしました。そして祭祀を最後までやり遂げられなくて申し訳ありません」


「ああ、祭祀のことは何の心配もない。あまりにも偶発的なできごとでやりようがなかった。それに聞けば、最後までやり遂げたそうじゃないか。よくやった」


王はまるで幼子にするようにユーリアの頭をそっと撫でて労い、言葉を足した。


「来年の春も頼むよ」


「来年の春ですか。春はバーバラの役目では」


秋の聞き間違いではないかと何の気なしにユーリアが問い直すと、王は一瞬しまったという顔をしてバーバラのほうを一瞥した。

ユーリアにはバーバラが先ほどよりさらに消え入りそうに儚く見えた。


「ああ、バーバラは2週間後に結婚することが決まったのだ」


儚く見えたが、父の言葉にそれを打ち消す。


「えっ、クロードとですか。おめでとう、バーバラ。本当によかった…でも急ね」


ユーリアは思わず大きな声を出して長年の想いが叶う姉を祝福したが、姉の顔はむしろ辛そうに歪んで見え、祝福の言葉が萎んでいく。


「…うの」


バーバラが一言微かに呟くが聞こえない。


「えっ、何?どういうことですか」


状況がわからずユーリアは父王と姉の顔を交互に見た。


「違うのだ。実は」


王が悲痛な表情で絞り出すようにして話を始めた。





「祭祀の翌日、すなわちユーリアが倒れた翌日に、サリカウッズから面倒ごとが持ち込まれたのだ。城ではその対応に頭を悩ませていた。面倒ごととはほかでもない。半年近く先のはずの皇太子の婚姻を1か月後に早めてほしいという要請だ。つまり、その時点で意識のない状態のそなたとの結婚を数週間以内に手配せよという厄介な要求だ。こちらもノーランス側がウェディングドレスや持参品の準備などが間に合わない旨を理由に、今しばらく期間をおくように伝えたが『否』の一点張りで埒が明かない。おまけに『身一つでよい、とにかく早く』とあちらはむしろひと月の猶予を温情のように恩着せがましく言い出したのだ」


王妃が口を挟む。


「私もこのままあなたが目を覚まさなかったらって悲観的な気持ちになって」


王が言葉を継いだ。


「私にはその真意はわからず戸惑ったが、これだけははっきりと言える。要するにサリカウッズは誰とは指定しなかったし、王女はもう一人いる以上、結婚はなかったことにはならぬ。そなたが万一目を覚まさなかったときのために、バーバラがサリカウッズに嫁ぎ、ユーリアはバーバラの婚約者だった従兄弟と婚約することになったのだ」


「…そんな。そんなバカなことって。…私、もう元気です。私、嫁げますよ、サリカウッズに。バーバラはクロードと結婚するって、クロードと結婚して幸せになると思っていたのに」


取り乱すユーリアをディレクが制止する。


「落ち着け。体に障るぞ。それにもう向こうには正式にバーバラの名を告げたんだ。もう決まったことなんだよ。バーバラも覚悟はできているんだ」


その言葉にバーバラが力なく頷いた。


「私はクライスを知っているが現皇帝とは正反対の穏やかで思いやりのある男だ。バーバラが不幸になることはない」


ディレクの言葉にユーリアもそれ以上何も言えなかった。

ただただ黙するほかなかったのだ。


それが一度はユーリアと決まっていた花嫁がバーバラに変更された経緯であった。


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