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第4話 隣国の申し入れ

もう10年以上前の、家族で過ごしていた温かく幸せなひと時。


(おにいさま、あの時と同じだわ)


ディレクの切れ長の目に滲む、変わらぬやさしさを思う。


「大丈夫か。頑張ったな」


ユーリアを支えたまま彼女の部屋までたどり着いて、ディレクが部屋の扉を片手で押し開けた。


「ほらここに」


ユーリアを部屋の真ん中の大きなソファーに誘導する。


「ありがとう」


ユーリアはディレクに言われるまま腰かけ、ソファーに沈み込む感覚に安堵して溜息をついた。


「それにしても」


ディレクが立ったままで(せわ)しない様子で口を開く。

苛立ちを腹にため込んでいたのだろう。

あたかも吐き出したくてたまらなかったというように、ユーリアを座らせるやいなや顔をしかめて一気に言った。


「それにしてもいくらバーバラの容体が気になるからと言って、あいつのお前への無関心は何だ。仮にもお前の婚約者ではないか」


あいつとは今はユーリアと婚約しているクロードのことである。

ユーリアの不調に気を留めるどころか、彼女に気がついていたのにも拘らず無視していたクロード。

その彼を非難しての発言なのだ。

露骨に従弟のことを詰っている。


(確かに、、確かにクロードの今の婚約者は私だけど。バーバラの容体は深刻だし、何より二人は)


心の中ではディレクの言葉を肯定しながらも、ユーリアは逡巡した挙げ句クロードを庇った。


「おにいさま、どうかそんなに私の婚約者のことを悪くおっしゃらないで。それにそもそもクロードの婚約者はバーバラだったのよ。もともとあの二人が本当に好き合っていたのはおにいさまもご存知でしょう。それを…」


胸が詰まって自分らしくないか細い声が思わず出てしまう。


(私が二人の仲を壊したようなものだわ)


**************************************


7か月ほど前、バーバラがラディスル川の春の祭祀を終えてすぐのことだった。


隣の大国であるサリカウッズ帝国からこの国ノーランス王国に婚姻の申し入れがあったのだ。

ノーランスの王女のうち一人を皇太子クライスの妃にという申し入れだ。

その申し入れにノーランスの王はサリカウッズの使者を前にして烈火のごとく激怒した。

そして使者を罵倒したのである。


「無礼な。この国の成り立ちや歴史も、タクラクルとの関係も蔑ろにしている。そんな戯言など聞くに及ばぬ」


王の怒りも無理はない。

ノーランスがどちらか一方の国と結びつくことは、とりもなおさずこの地域の平衡関係を破ることになるのだ。

婚姻が成立すれば、ノーランスにその気がなくてもサリカウッズに肩入れすることになってしまう。

それは150年前に交わされた約定を破ることであり、どんなことがあっても絶対にやってはならないことのはずであった。

ノーランスはあくまで中立でなくてはならないし、サリカウッズもタクラクルもノーランスに手を出してはいけないのである。


しかし、申し入れの拒否をサリカウッズがノーランスに攻め入る口実にするとなれば話は別だ。


―ノーランスの王女の輿入れがなければ、サリカウッズはノーランスを滅ぼす


サリカウッズの使者は王の怒りに体を縮こませながらも皇帝の言葉をそのまま伝達し、即答を求めた。

使者は目の前の他国の王の怒りよりも自国の皇帝の命令を全うできないことの方を何十倍も何百倍も怖れている。

使者の怯えた様子を見て、王は皇帝が本気で攻めてくるのだと理解し、頷かざるを得なくなったのだ。

だが決断のあとの王の行動は早かった。


「腹は括った。サリカウッズと結ぶ以上、タクラクルにも手立てを講じる」


使者を歓待することでノーランスに数日間足止めし、時間稼ぎをした。

その間に王はタクラクルに早馬をとばす。

そしてまだ婚約者を決めていなかった第一王子のディレクとタクラクルの王女の結婚を働きかけたのだ。


「タクラクルとは貿易を通じて良好な関係にある。だからわが国の姫とサリカウッズの皇太子が結婚したところで、タクラクルの王は動じはしないだろう。むしろ懸念すべきはサリカウッズの受け止め方だ」


―サリカウッズのほうがノーランスと結びつきが深い


「サリカウッズにそう主張されるのは避けたかったのだ」


王に説明されて、ディレクも納得した。

元より王族の結婚などそんなものだとディレク自身が思っていたこともある。

何より、三国の平衡関係を維持しようという意図がタクラクルにも伝わり、実際に奏功した。

かねてからディレクに思いを寄せ、ディレクも満更ではなかった第三王女のレティシアの輿入れがすんなりと決まったのである。

ノーランスとのさらなる結びつきを模索していたタクラクルからすれば王女の願いも聞き届けられる願ったりかなったりの機会だったのだろう。

二つ返事だった。


「さて問題はサリカウッズの皇太子にバーバラとユーリアのどちらを嫁がせるかだが」


翌日の夕食後、王妃、ディレク、バーバラ、ユーリアを前に王はサリカウッズとノーランス、ノーランスとタクラクルの婚姻についてかいつまんで話をした。

そして最後に帝国の皇太子の相手をどうするのか切り出したのだ。


「申し入れに王女の名指しはなかった。王女であれば誰でもよいのであろう。まったくあの皇帝の考えることは」


王は苦々しげに言った。

サリカウッズの現皇帝は歴代の中でも一、二を争う好戦的な人物だという。

それに対して皇太子は穏やかな気質の温かい人柄だと聞こえていた。


(おとうさまは誰でもっておっしゃるけれど)


ユーリアはそっと右隣に座るバーバラの横顔を見た。

自分そっくりのその顔はやや悲しげである。

バーバラとユーリアは顔立ちや姿かたちこそそっくりだったが、性格が全く異なっている。

活発で社交的なユーリアに対し、バーバラは物静かで内向的だ。


(どうしてどなたもバーバラには婚約者(クロード)がいるっておっしゃらないの。バーバラを嫁がせるべきではないって)


自分のもやもやした気持ちを心の中ではっきりと言葉にして、はたと気がついた。


(みなクロードと婚約しているバーバラを行かせるのはかわいそうだと思ってらっしゃる。でも、だからと言って私を嫁がせようと進言するのも酷だと考えていらっしゃるのだわ)


ユーリアは顔を少し伏せたまま目だけで父母と兄姉の様子を見た。

みな沈痛な面持ちで、誰かが何かを言う気配はない。


(なら私が言うしかないじゃない)


「おとうさま、おかあさま。私が嫁ぎます。私かねがねサリカウッズという国のことを知りたいと思っていたの。それにバーバラにはクロードがいるもの。私には婚約者はいません。もっと早く、自分から言うべきでしたね」


この雰囲気を打ち消そうと努めて明るい声を出し、大袈裟に手振りをする。


「ユーリア…」


バーバラが先ほどの表情のままユーリアを見つめた。

王妃とディレクもはっとしたようにユーリアを見る。


「そうか、行ってくれるか」


安心したように口を開いたのは王だ。


「はい」


ユーリアは精一杯の笑顔で返した。

こうして一旦はユーリアが嫁ぐことに決まったのである。

一旦は、というのはそれが覆るような事件が起きたからだ。

回想のシーンに入りますが長くなるのでいったん切ります。

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