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第3話 あにいもうと

左側から()()()()力強く支えられた。

「!」

ユーリアは抱きとめられたことのほうに驚いて少し上目遣いで見る。

相手の左の目元の泣き黒子を認めて初めて自分を助けたのが誰なのか確信した。

揺らいだ彼女の上半身を慌てて両手で受けとめたのはディレク()だった。


「ユーリア、顔が真っ青だぞ」


いつの間にかベッドのこちら側に来ていたのだ。


「おまえは病み上がりなのだから」


彼女を見つめるディレクの眼差しは労わるかのように温かい。


「あっ、ありがとう。…おにいさま」


ユーリアはディレクの行為に感謝しながらも少し戸惑っていた。

兄が咄嗟にそんな行動に出られるほど自分のことを気にかけてくれているとは、つゆほども思っていなかったからだ。

年子の(ディレク)にとって自分は庇護対象とは程遠く、むしろ競争相手に近い存在だと思っていた。

幼い頃は男女に関係なく同じように歴史や文化などの一般教養を学び護身術としての武術を体得し、長じては帝王学を一緒に学んだ。

となれば「負けられない」という気持ちがディレクに生じるのは致し方のないことだろう。

年嵩でしかも男性でもあるのだから。

実際、バーバラやユーリアのほうが得意な分野があるとディレクは食って掛かってきたし、努力も怠らなかった。

そしてそれをバーバラやユーリアも十分に理解していた。

自分たちからすればたった一つ違いでも尊敬するべき兄であり、何よりたった一人の王子、王の後継者として誰からも尊重されるべき存在なのである。

だから二人ともそれをよく弁えていて、彼の自尊心を傷つけないように心を配っていたのだ。

だが今、兄は妹を守るべき存在としてやさしく気遣う。

あたかも二人の心配りを知っていたかのように。


「私にすらバーバラのことは衝撃的で悲しいできごとなのだ。おまえのショックはいかばかりか。しかもつい最近まで寝込んでいただろう。…部屋で休んだほうがいい」


わが身を自然にユーリアに寄せてきて周りには聞こえないように耳元で囁いた。

その言葉に頷きながらもユーリアがなおもからだの平衡を保てないでいると、今度はユーリアを支えたまま王のほうに顔を向け、ひとこと断りを入れて、バーバラの部屋をゆっくりと出た。

ディレクのまなざしと気遣いはユーリアのもっともっと幼い頃の記憶を呼び起こす。


「おまえたちがすんでいるこのくにはふたつのおおきなくににはさまれているのだよ」


この国の形のことを教わったときのことだ。


**************************************


「バーバラ、ユーリア。おいで。ディレクはここに」


おとうさまがそう言って私たちを誘うときは決まっておかあさまもいた。

お二人の間におにいさまを座らせ、まだ小さくて椅子に座るのではテーブルに十分には届かない私たちをそれぞれのお膝の上に乗せてくださったっけ。

その場所はいつも固定されたわけではなく、おとうさまのお膝の上でお話を聞いた次の機会はおかあさまのお膝の上で聞く、というふうに交互に座らせてくださった。

きっと、お二人なりの心遣いだったのね。

その時はおとうさまのお膝にバーバラ、私はお母さまのお膝。

私たちの間にはおにいさま。

今思えば、おにいさまはもう教わっていたから補助役をしてくださっていたのね。

テーブルの上には紙とペンが置いてあって、おとうさまは私たちに優しくおっしゃった。


「きょうははんぶんのおつきさまをかいてごらん」


半分のお月さま、バーバラはきれいな半円を描けたけど、私のはちょっとだけへしゃげてた。

それでもおとうさまは同じように褒めてくださった。


「やあ、きれいにかけたね」


おとうさまがバーバラの、おかあさまが私の頭を撫でてくださって。


「では、おつきさまのまるくないせん、まっすぐなほうのせんをうえしたにおなじくらいのながさでのばしてごらん」


私たちがちょっと困ってペンを持つ手を止めているとおにいさまが私たちの絵のそれぞれの端点を指して教えてくださった。


「ここからね、このくらいまでひくといいよ」


それで私は少し曲がった、バーバラは真直ぐな線をおにいさまが指し示してくださったところまで書いた。


「ふたりともじょうずだね」


おとうさまは頷きながら今度は私たちを試すような顔をなさったっけ。


「それではつぎのもんだいだ。まるいほうのせんのいちばんでっぱっているところからまっすぐにみぎにせんをのばしてみて」


その時もやっぱりおにいさまがそっと円弧の中点に当たるところを指して、そこから垂直にのばすような手振りをしてくださった。

私はおにいさまの手振りの通り、ひしゃげた丸の半分あたりからぐいぐいと右に線を伸ばしていく。

バーバラのほうはちょっとだけ考えたあと私の書くのを見て確信したように、同じく半円の弧の一番高いところに点を取って真横に直線を引いた。

おとうさまは満足そうな顔をしていらっしゃった。


「ではさいごのもんだい。こんどはちょっとむずかしいよ。みぎにのばしたせんのはしとうえにのばしたせんのはしをむすぶことはできるかな。それができたらみぎにのばしたせんのはしとしたにのばしたせんのはしをむすぶんだよ」


おにいさまはバーバラのペンも私のペンも全く動かないものだから、おとうさまの言葉をもう一度口に出しながらそれぞれの絵の上を指で点をさした後、そっと各点をつなぐようになぞってくれた。

私が先に「わかった」と手を挙げて、線こそぐにゃぐにゃ曲がっていたが、一応おとうさまの指示通りに結ぶことができた。

バーバラも「みぎにのばしたせんのはしとうえにのばしたせんのはしを…」と繰り返しながらきれいな弧を書いて「こう?」とおとうさまに見せた。

おとうさまは2枚の絵を見ながら「ふたりともじょうできだ」とにこにこなさってたっけ。

そしてもうすでに答えを知っていたおにいさまにおとうさまが説明を求めた。


「さてディレク、これはなんだね」


「半月がわが国ノーランス、上のほう、つまり北にあるのがサリカウッズ帝国、南にあるのがタクラクル王国です」


おにいさまは私たちの描いた絵を交互に指さし、顔を見ながら、私たちがわかるように教えてくれたのだ。

そしてそのあとそれまで何もおっしゃらずに微笑んでいたおかあさまがノーランス王国の成り立ちを教えてくださったのだ。

**************************************

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