第14話 嘘と詭弁
随分と間が空きました。
が、もちろん、お話しは続きます。
よろしくお願いします。
「ふーん」
カリアンの態度がいきなり砕けたものに戻った。
いや、戻ったのではない。
先ほどよりもずっと緩くなっている。
彼は解いていた脚をもう一度絡ませて、膝のあたりに肘をついて顎を乗せた。
かなり行儀が悪い。
「カリアン」
クライスが咎めるように名を呼んだが、カリアンはそれを無視して続けた。
「なぁんだ、護衛くん、お姫さまの従兄弟だったんだ。ってことは君も王族か。ふーん」
その態度と言葉遣いにユーリアの目つきが厳しくなる。
(なあに、その言い方。…確かに大国のサリカウッズからすれば、ノーランスはちっぽけな国かもしれない。でも苟も私たちは一国の王女と王弟の息子よ。それに引き換えカリアンは一介の魔術師。下手すれば不敬じゃないの)
その、怒りを含んだ目つきに気がついたのか、カリアンが慌てて付け足した。
「おっと、言葉遣いの悪いのは大目に見てよ。堅っ苦しいのは性に合わないんだ。何なら君も敬語抜きでいいぜ」
ユーリアはちらっと「君」と呼ばれたクロードのほうを見たが、彼は全く頓着していないようだった。
先ほどと同じ生真面目さを湛えたままだ。
それでも、
「じゃあ、国としてってどういうことなのか説明してくれないかな。バーバラに怪我をさせたことが明らかになるのもユーリアが身代わりできたとわかるのも、あなた方にとって不利なことだと思うけど」
とさっきの質問をもう一度、今度は敬語抜きで繰り返して、クライスのほうに目を遣った。
国という言葉が出てきたから、皇太子のほうに答えを求めたのだろう。
しかしクライスは口を開こうとはしない。
「うーん。ユーリア姫が身代わりに来たことを公表するのはむしろそっちにとって不利なんじゃないかぁ、ってこと」
と頬杖をついたまま、カリアンがクライスの代わりに口を挟んだ。
「本当ならバーバラ姫を寄こさなくちゃいけないんだからさぁ。非はそっちじゃん」
脅しのような文句を口にしたのは、彼からすれば牽制の意味もあるのだろう。
しかしクロードは怯まない。
クライスを手振りで指しながら、
「そちらの乱暴な皇太子殿下のせいで、バーバラは瀕死の状態なんだ。招ばれたって来られるどころか、動かすことも医者に止められているんだよ。バーバラは来たくても来ようがない」
とカリアンを睨みつけた。
そして今度は自信満々の表情で付け加える。
「バーバラをこの地で静養させるようにという貴国の命令には応じられないということをユーリアが名代で説明しに来たんだ。カリアン殿、君は勘違いしているようだね。確かに身代わりにって言うのはちょっと語弊があったね。それは認める。繰り返しになるけど、ユーリアはバーバラの名代で来たに過ぎないんだよ」
その言葉に驚いたのはユーリアだ。
自分はバーバラの代わりに嫁ぐつもりでやってきている。
その決意は母国で家族を前にきちんと告げた。
(それなのにクロードったらっ。私の決意表明を反故にしないで!)
「ちょっ」
思わずクロードに向かって文句を言おうとしたところを逆にクロードに目で制止された。
そしてこの場は任せて、とでもというように軽く左目を瞑ってみせた。
クライスやカリアンからは見えないように。
(もうっ変なことを言ったら、あとでただじゃおかないわよ)
ユーリアもきつい目で牽制してみる。
けれど。
(な、なに、その顔)
クロードときたら、一瞬自分に向かってふにゃりとした表情を見せたのだ。
でもそれは一瞬で、すぐ正面に向き直る。
カリアンがすかさず反論した。
「そりゃおかしいだろ。ユーリア姫は、さっきクライスに妃と呼びかけられて返事をしたし、戻ってきたのかって聞かれて戻ってきたと答えてたじゃん。明らかにバーバラ姫の振りをしてたでしょ」
ユーリアはぐうの音も出ない。
視線が少しずつ下へと下がっていく。
(しまった、失敗したっ)
自分はバーバラに成り代わるつもりでバーバラとしてこの国に来、クライスに嫁ぐつもりだったのだ。
だから「妃よ」と言われて「はい」と返事をした。
「戻ってきたのか」と問われて「戻ってきました」と答えた。
カリアンの言う通りなのだ。
言ってみればバーバラの振りをしていた。
おまけに嘘までついていたのだ。
自分は妃ではないし、ここには初めて来たのだから。
もう逃れようがない。
ここに来ていかに自分の考えが浅はかなものかを思い知った。
いや、こうなるまでわからなかったとは、愚かとしか言いようがなかった。
さっきまで思っていたことも忘れてどうしていいかわからず、なんだか涙も出そうになる。
ユーリアはやっとの思いでただ一言絞り出した。
「ごめんなさい」
そして言葉を続けようとして躊躇する。
このまま嘘をついていたと認めてしまえば、先ほどのカリアンの「国として謝罪する」という言葉は翻されるかもしれない。
それだけではない。
カリアンは、バーバラを寄越さなかったから非は自分たちノーランス側にあると言った。
責任を問われるかもしれないのだ。
でも。
嘘を言ってしまったことに変わりはない。
ユーリアが次の言葉を迷っていると、クロードが
「ユーリアはとても繊細なんだ。おまけにここに来た時、ユーリアはとても緊張していた。クライス殿下の前で委縮していたのが私にもわかった。氷のような殿下の前では何を言われても頷かざるを得なかったんだ」
と庇う。
ユーリアは涙のこぼれそうな目を大きく見開いてクロードを見た。
クロードが言い訳しようとしているのはありがたいが、どう考えてもそれは自分のことではない。
(果たして、そんなでまかせが相手に通じるかしら)
案の定、カリアンが痛いところを突いてくる。
「百歩譲って、初対面時のユーリア姫が君の言うような状態だったとしよう。でも、それじゃあ、さっきここで言ってた治癒魔法をかけてもらった、っていう話は何なの。どう説明する?やっぱりバーバラ姫の振りしてたってことでしょ。ってことは」
(ああ、もうだめだ)
「ごめんなさい」
ユーリアが遮った。
今度は叫ぶように。
そして続ける。
「私、嘘をついていました。本当に私がクライス殿下に嫁ぐつもりで。本当にごめんなさい。私ひとりが考えたことです。だから、ノーランスに非はないわ。責めは私が負います」
一息に喋り、もうどうにでもなれと頭を下げた。
1秒、2秒、3秒、…、10秒、…、30秒、…、1分。
(えっ)
誰も何も言わない。
「あの」
ユーリアがそっと頭を上げてものを言いかけると、肩にクロードの左手が伸びてきた。
左手は任せろというように一瞬だけ触れてまた戻っていく。
「カリアン殿」
クロードが姿勢を正した。
「カリアン殿、ユーリアは噓をついたと言っているけど、弁明させてくれないか。最初に殿下に妃であると肯定してしまった手前、本当のことを言えなくなって、嘘を重ねるしかなかったんだよ。それにクライス殿下もカリアン殿も妃かどうかを尋ねていたのであって、バーバラかどうかを尋ねていたのではなかったはずだよね。バーバラかと問われれば、ユーリアだって否定しただろう。それをあとになってバーバラを寄越してないって文句を言うのはただの言いがかりだよね」
弁明させろと言いながら、最後は非難になっている。
ユーリアは黙ってクロードの言い分を聞いていた。
自分は言葉にこそしなかったが、バーバラの振りをしていた。
クロードもそれはわかっているはずだ。
しかし、言葉にした部分だけを掬い、ユーリアの「嘘」を「バーバラの振り」から「妃の振り」にすり替えて、なんとか話を立て直そうとしているのだ。
詭弁と言えば詭弁である。
「はっ」
カリアンが顎を乗せていないほうの手で太もも辺りを軽く叩いた。
それまでずっと黙していたクライスが
「ユーリア姫はバーバラ姫の名代、その意味については不問。これでこの話は終わりだ」
と席を立とうとする。
ユーリアはこの場が何とか収まったことに心底安堵し、クロードに感謝した。
(なんとかなった)
それを「殿下」とクロードが呼び止めた。
「お待ちください。では、カリアン殿がおっしゃった『国として謝罪する』という話は」
終わったはずの話を蒸し返されて、クライスは渋々というように向き直った。
「追って沙汰する。それでいいだろう」
クロードは食い下がる。
「ではその旨、今一筆を」
クライスは面倒だという表情を見せながらも、再び座った。
クロードが差し出した紙とペンにさらさらと綴る。
―バーバラ姫に対する行為についてのちほど正式に国として謝罪する
「これでいいだろう」
ペンと紙をクロードに渡しながら、クライスが立ち上がろうとした。
それをクロードがもう一度呼び止める。