第13話 発覚
バタン。
見かけよりもずっと重い扉だったのだろう、思いがけず大きな音がしてユーリアは一瞬びくっと両肩を上げた。
しかし、みな何もなかったように平然と座っている。
自分と同じ状況のはずのクロードすら落ち着いているように見えた。
(な、何が始まるのかしら)
このような形でクライスと向かい合うとは思ってもみなかった。
(声には温かみがあったけれど、肩に触れたあとの目は怖かった)
先ほどのできごとは抜きにしても身代わりで来ているという負い目があるだけに、到着してすぐこんなふうに改まった席を設けられると何を聞かれるか気が気でない。
(でも、これは自分の望んだこと。私がここに来るって言ったんだもの)
「さて」
まず口を開いたのはカリアンだった。
思わず彼を見る。
飴色の瞳は一応笑っているように見えた。
そこにこちらを疑うようなものは宿ってはいない。
(心配するようなことはないのかしら)
ユーリアは少しだけ安堵した。
「じゃあ、僕から始めるね」
と切り出して今度はユーリアに微笑みかけた。
はからずも目が合う。
自分を見つめる彼の瞳にやさしいものが感じられて、ユーリアはさらにもう少しだけ緊張を解いた。
「単刀直入に聞くね、お妃さま、向こうで何をしてきたのかな」
「向こう?」
一瞬何のことかわからずにユーリアが問い直すと、カリアンが頷く。
「そう、お妃さま、一度、国に帰ってたでしょ?あっちで何か特別なことをしてきたの?」
(何のことを言ってるの?特別なこと?特別なことなんて何も)
「えっと」
戸惑いのまま正直に思ったことをそのまま口にしようとして、彼が自分のことをバーバラだと思っているのだと考えるに至った。
バーバラは一度この国の皇太子に嫁ぎ、怪我をして帰国し、でもすぐにここに呼び戻された。
とすれば自分はバーバラとして返事をすればいい、、だけど。
(バーバラはひどい有り様で帰ってきたわ。でも今の私にはそんな痕跡などない。このままでは疑われる。どうしたらいいの…もう適当にごまかすしかないのかしらね)
一生懸命に無い知恵を絞る。
(そうだ、私が祭祀で事故にあったとき、治癒魔法がどうのこうの言ってなかったっけ。結局そんな話にはならなかったようだけど)
ユーリアは思いつきをそのまま口にする。
「魔法を、治癒魔法をかけてもらったの」
中途半端な知恵で絞りだした言葉は半ば叫ぶような形になった。。
その言葉にカリアンとクライスが顔を見合わせる。
(えっ、やっぱり間違えたかしら)
ユーリアが内心焦っていると、不思議そうな顔をしてカリアンが尋ねた。
「ノーランスの治癒魔法は怪我を治す以外に何か効き目を持つのかな?」
その質問の意図を測りかねて、助けを求めるように横目でクロードの横顔を見る。
だがクロードにもわからないようだ。
正面を向いたクロードの薄緑色の瞳は小刻みに揺れている。
(でも無理はないわね。治癒魔法なんて作り話だもの。しょうがないわ…ええい、ままよ)
「ええっとそうですね、強力な治癒魔法ですから、元の状態よりももっと元気になるのでは」
「ぶはっ」
噴き出したのは、カリアンだ。
「おっと、失礼。なるほど、もっと元気に。確かにクライスから聞いていたのとは随分と違って、すっごく元気なお妃さまだね」
笑いながらそう言い、言い終わってなおクスクスと笑い続けている。
(どうしよう、笑われちゃった)
クロードはと見れば、顔を下に向けて何やら胸のあたりを押さえて小刻みに震えていた。
客観的に見れば笑いすぎて悶絶していたのだろうが、ユーリアにはそうは見えなかったらしい。
「ちょっ、ちょっとクロード、具合悪いの?あなたも治癒魔法が必要なの?」
と小声で話しかけ、クロードの悶絶状態に拍車をかけた。
そもそも治癒魔法などかけてもらっていないのだから、クロードの状況もさもありなんなのだが、ユーリアが気づく由もない。
しかたなくクライスを見ると、相変わらずの仏頂面だ。
おまけに睨まれたように感じて、ユーリアは下を向いた。
「カリアン、話を進めろ」
やや低めの声が響く。
クライスに促されて、カリアンが頷いた。
笑いすぎて目に溜まった涙を拭いながら口を開く。
だがもう真顔だ。
「ところで、ノーランスには王女が二人いるはずだよね。バーバラ姫とユーリア姫。お妃さまはどっち」
ユーリアは言葉をなくす。
(どうしよう、やっぱり怪しまれてる)
さっきあなたが私の名を呼ぶから、と心の中でクロードに文句を言い、恨めし気に彼を睨む。
視線に気がついて彼もこちらをちらっと見、ほんの少し申し訳なさそうな顔をして小さく頷いた。
(その頷きはもう正直に言うしかないっていう合図なの?合図してるの?)
間に少し焦れたのかカリアンが問う。
「今ここにいるお妃さまはユーリア姫さまということでOK?」
だが確認する声はそれでも優しい。
だから咎めているのではないと判断し、観念してユーリアは渋々肯定した。
ユーリアの表情にカリアンがもう一度笑顔になる。
「ごめん、ユーリア姫さま、困らせるつもりはないんだよ。それに、ちょっと意地悪な聞き方してたのもごめん。僕たち、とっくにあなたが最初にいらっしゃってたバーバラ姫さまではないって気づいてたんだ」
(じゃあ、カリアンがさっき「初めまして」って言った時にはもう、身代わりだって気がついてたってこと?ならやっぱり、クロードが)
その気持ちが思わずユーリアの口からこぼれた。
「それは、この人が私の名を呼んだからですか」
カリアンがクライスと顔を見合わせた。
「いや」
と答えたのはクライスだ。
「おまえの肩に手を置いたときだ。私を抑圧する力はすべてお前に吸い込まれていった。最初の妃はすべて弾いたのだ。すぐ別人だとわかったが、念のため、故国で何か特別な処置をしてきたのか確認したのだ」
ユーリアは先ほどの何とも間の抜けた自分の応答に恥じ入りながらもなんとか聞いた。
姉の怪我のことを明確にしたかったのだ。
「弾いたというのはどういうことですか」
「私の力に抗おうとして妃の持つ魔力が発動したようだ」
カリアンが言葉を添える。
「いわゆる魔力焼けのような状況だよ」
(やっぱり!やっぱりあのときにバーバラは手負いの身になったのね)
急激にユリアンの心を怒りの気持ちが覆う。
「そのせいで、彼女は今も意識が戻らぬまま、伏せっているのですよ。このままでいいと思っているのですか」
思わず椅子から立ち上がって詰め寄ろうとしたところをクロードが押し留めた。
「いや、いいはずはない」
クライス口にしたのは一言だけだったが、カリアンが言葉を継いだ。
「予想外のこととはいえ、バーバラ姫さまの現在のごようすについては申し訳ないとしか言いようがありません。心から謝罪するべきことで、クライス殿下に留まらず、国として謝罪したいと思っています」
姿勢を正し、先ほどの砕けた調子とは打って変わって丁寧な口調に改めている。
だがその言葉に引っ掛かるところがあったらしい。
クロードがカリアンとクライスを交互に見て声を上げた。
「国として、とは」
それまで護衛然として控えるだけだったクロードがいきなり声を発したことにユーリアも驚く。
「失礼しました。私はノーランス王の弟、ハラリット公爵が嫡男、クロード・ハラリットと申します。ユーリアの従兄弟にあたります」
あらためて名乗ってから、カリアンらの意図を質した。
「国として、となれば、バーバラに怪我をさせたことが明るみに出るし、彼女の身代わりでユーリアがきたということが明らかになってしまいます。どちらもサリカウッズにとっては不利なことでは」