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第12話 痛み

ピリリッ。

掴まれた右肩に痺れが走る。

これまでに感じたことのない強い痛みだ。


「やっ」


ユーリアが思わず身を竦めると、あろうことか今度は彼女の左肩をクライスの右手が掴んだ。

逃げられない。


(うわっ、何これ)


知らずユーリアの顔が歪む。

両肩から先ほどよりも強いビリビリとした痛みが間断なく差し込んでくる。


「んっ」


こらえようとして呻いた。

しかし不思議なことにその痛みは流れ込んでも流れ込んでも胸骨の、そう、例の石に吸い込まれるようにして消えていく。

最後の痛みが消えたあとは何か切ないような不思議な喪失感が残った。

その間、わずか数秒ほどか。

クロードが異変に気付いてユーリアを守るために動こうとしたときには、もうすでにクライスはその手を離していた。


「ほう」


クライスは一言漏らすが、ユーリアはそれをどう解釈してよいのかわからない。

顔を上げた時、彼と目が合ってしまったのだ。

無表情、なのに、目が少し笑っている。


(こわい、、温厚な人柄って嘘よね、こんなことして)


石が少し熱くなったような気がしてユーリアは目を閉じ、胸に両手を当てて屈みこんだ。

実際に指で石の辺りに触れると確かに熱を持っている。

それでハッと気づいた。


(バーバラにもこれと同じことを?)


さっきの痛みは自分の場合は石に吸い込まれて行ったが、バーバラが石に代わるような何か、あの強烈な痛みを中和するようなものを持っていたとは思えない。


(だとしたら、もしかするとあの痛みに耐えかねて彼女の魔力がショートしたように働いたのではないかしら)


脳裏にまた、バーバラの痛ましい姿が浮かぶ。


(く、悔しい)


屈みこんだままでそっと目を開けると、目の前にブーツが見えた。

たまりかねたクロードが厳しい顔つきでクライスとユーリアの間に立ちはだかったのだろう。

彼の帯剣が一瞬揺れて、右手をかけたのがわかった。


「おまえは」


クライスの冷たい声が響くがクロードは何も答えない。

クロードのことだ。

ただ静かにクライスの瞳を睨みつけているのだろう。


(だめっ、止めなきゃ、もしかしたらクロードは)


ユーリアは声を出して彼のことを説明しようとするが、しゃがんだままで声が通らない。

そこでよろよろと立ち上がろうとしたが、先ほど来の不調で少しふらついて倒れそうになった。


「あっ」


思わず声が出る。

その声で気がついたクロードが振り向いて叫んだ。


「ユーリア!」


(だから、ダメよ、私の名を呼んじゃ)


だが今の彼女にそれを口にする余裕はない。


「お妃さま」


男性にしては少し高い声がユーリアの耳に響き、すんでのところで倒れそうだったところを後ろから抱きかかえられ、ゆっくりと起こされた。


(えっ、誰?)


この場にいたのはクライスとクロード、そして自分の3人だけのはずだった。

いつの間にか背後に誰か来ていたのだ。


「大丈夫ですか、お妃さま」


もう一度同じ声で呼びかけられて


「ありがとうございます。もう大丈夫です」


とユーリアは身を起こしながら、声の主を確かめた。

視線の先にいたのは黒の丈の長いローブを纏った若い男性だった。

濃いブラウンのうねった髪が肩にかかり、飴色の瞳。

左耳のピアスは垂れ下がるチェーンの先に三日月と星形のチャームが付いていた。

背恰好はクロードと同じくらいか。


(美形だけど、なんか、軽そう?)


「あの、失礼ですが」


姿勢を正し、簡単に身づくろいをしてユーリアが尋ねようとした。


「カリアンだ」


答えたのは、クロードを隔てて顔を見せるクライスだ。


「魔導士だ」


相変わらず無表情なまま本人に代わって続ける。


(まあそうよね、服装から察しはついたけど)


ユーリアも見当はつけていたが、もう少し情報が欲しい。


「魔導士、さま」


と鸚鵡返しに言ってカリアンを見た。


すると彼はユーリアを支えていた手をパッと離し、一歩退く。

そのまま左手を腹部に当て右手を後ろに回してさっとお辞儀した。

と思うと、くるりと回って


「なあんてね」


とちろっと舌を見せた。


「あの、この方はいったい」


というユーリアの怪しむ言葉と


「いい加減にしろ」


とクライスが嗜める声が重なる。

だがカリアンはケロッとして、むしろ呆れたように両手を広げてみせた。


「ふっ、いい加減にしろっていうのはこっちのセリフだよ。お妃さま相手に何脅してるのさ。それにこんなところで立ち話するのもなんだろ」


クライスにそう言うと、今度はユーリアに向かって城の中を指さしながらにこやかに促す。

「お妃さま、はじめまして。俺に“さま”は不要ですよ。で、コイツなんですけど、今色々抱えているんです。根はくそまじめでいいやつなんですけどね。まっ、とりあえず城の中に入りましょう」


(はじめまして、ということはバーバラとは会っていないのね)


ユーリアが頷くと、今度は帯剣に手をかけたままのクロードのほうに顔を向けた。


「君は護衛くんかい。君もクライスに負けず劣らずまじめみたいだねぇ。まあ…」


その言葉をクライスが遮る。


「おまえが仕切るな。妃は」


と一瞬言葉を切ったあと、クロードを凝視し


「妃とそこの男は」


と言い直して自分たちについてくるように指示した。

先に歩くクライスとカリアンは何かについてああだこうだと言いあっているが、決して険悪な感じではない。

その様子に、歩きはじめはユーリアの後ろについていたクロードが横に並んでそっと話しかけてきた。


「仲がいいみたいだな」


「そうね」


生返事をしながらユーリアは「クロードも一緒に」と言ったクライスの意図を考える。


(クロードが私をユーリアと呼んだことに気づいているはず。それにバーバラの護衛だったイザークが別行動を強いられたことを考えると、やっぱり変ね)


イザークはバーバラをサリカウッズに連れてきた後、バーバラから離されて帰国させられた。

しかも帰国して初めて、自分に伴走していた馬車の中にバーバラがいたことを知ったくらいなのだ。

ユーリアは先ほどの一連のクライスの表情を思い浮かべる。

特にあの両肩に触れたあとの言葉。


(もう、あの「ほう」って何?「ほう」って何よ!)


「ふふっ」


「な、何よ」


いきなりクロードが顔を綻ばせるので、ユーリアは小声で突っかかった。


「いや、ユーリアの百面相がすっごくかわいくてね」


(もう、こんな時に何言ってるの、この男は)


内心呆れながらも聞かないふりをする。


「クロード、とりあえず、ユーリアと呼ぶのは厳禁よ。あと、何が起こるかわからないから緊張感を持って。さっきあなた、私に注意を怠るなって言ってたでしょ」


「そっ、そうだっけ」


(もう!絶対覚えてるくせに。あの、カリアンとかいう魔導士はクロードのことまじめって言ったけど、どこ見て言ってたのかしら)


「そう、私はあくまで人質なんだから」


そう言って前を向くと、前方で二人がこちらを振り返って待っていた。


(クロードとのやりとりを見て怪しまれてないかしら)


不安に思いながらもユーリアたちが追いつくと、カリアンがクライスとユーリアを交互に見て


「今更だけど、クライス、お前、お妃さまをエスコートしないでよかったの」


と冷やかす。

ずっと無表情だったクライスの瞳が一瞬大きくなった。


(わざとかなって思ったけど、そこまで気が回らなかったのね)


しかしクライスはカリアンの言葉には答えず


「ここだ」


とだけ言って、その場所にあった扉を指した。

扉の脇にいた城の者が扉を開ける。

4人は中央に一枚板の大きなテーブル、その両側にソファの置かれた重厚な雰囲気の部屋に入った。

まずクライスが、次いでその向かい側にユーリア、その隣にクロード、最後にカリアンがクライスの隣に腰かける。

クライスの合図で部屋の扉が閉められた。

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