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第11話 対面

「昼前でこの暗さじゃ少しでも日が傾けば物陰に不届きものが隠れていても気づかないんじゃないか」


ユーリアの後ろを付かず離れず続くクロードが独り言のように呟く。

確かに庭の植え込みはところどころ仄暗い影を作り、不穏な雰囲気を漂わせていた。


「ユーリア、注意を怠らないで。誰がバーバラに怪我を負わせたのか、まだわかっていないからね。もちろん目的もわからないし」


クロードは周囲に気を配りながらユーリアに小声でそう言って、ユーリア自身にも警戒するよう促した。


(クロードの言う通りだわ。結婚と言えば聞こえはいいけど、元はと言えば、ノーランスに攻め込むと脅されて渋々呑んだ申し入れだもの。私は人質と同じね。どう扱われるかわからないわ)


ユーリアは少しだけクロードを振り返り


「わかったわ。でもユーリアと呼んじゃダメよ」


と微笑んでから、前方を見据えた。


「あっ」


城の入口に人影を見つけてユーリアが小さく叫び声をあげる。

出迎えはいないものだと思っていたが、城の入口に一人だけ立っているのが見えた。

遠目でも長身ですらっとした体格が目を引く男性だ。

はっきりとはわからないが、身に着けているものからかなり高位の貴族であると察せられた。

ふいに建物の間から僅かにさす光が彼の上半身を照らす。

アンと見た絵姿を思い出す。


(あの人は、、)


二歩、三歩とさらに近づいたところでクロードが小声で話しかけてきた。


「あれはもしかして」


ユーリアも男性の金色に流れるような髪色を認めて、前を向いたまま頷く。


「ええ。おそらくクライス殿下ね」


押し殺した声で応答したつもりだったからその声が届いたわけではなかろう。

しかし気配で二人に気がついたのか、男性もこちらに向かって歩み始めた。

馬車から下りた時よりもさらに緊張の度を高めながらユーリアも彼に近づいていく。


(クライス殿下…穏やかな気質って聞いてるけど、あくまで噂だもの。もしかしたら、彼がバーバラに怪我をさせた張本人…バーバラの仇ということだってありうるわ。そしたら私は)


どっどっどっ、と胸が苦しくなってくる。

けれど逃げ出すことはもちろん、立ち止まることもできない。

ユーリアの気持ちの張りが伝わったのか、


「ユーリア」


と声をかけてクロードがそっと肩に手を置く。

ユーリアはもう一度振り返り


「だから呼んじゃダメよ」


と小声で言って、さりげなく肩の手を躱したあと


「でもありがとう」


と微笑んで前を向いた。

クロードは行き場のなくなった手をぐっと握りしめる。

やがて男性とユーリアたちの隔たりが1メートルほどになったところで、お互いが歩みを停めた。

クロードはユーリアの真後ろで相手に見えないようにすっと帯剣に手をかける。

ユーリアは男性を一瞥して前日見た絵姿を思い浮かべ、彼の空色の瞳を確かめてさっと目を伏せた。


(間違いない、クライス殿下だわ。殿下直々に迎えに出るなんて思いもしなかった)


予期せぬ登場に身が震えるのがわかる。

クロードはユーリアよりも頭一つ背が高い。

だがそのクロードよりもさらにクライスは上背がある。

それだけでもなんという威圧感。

さらにその空色の瞳は笑っていなかった。


(大丈夫、怖がるな、私。大胆、こわいものなしがこっちの身上でしょ。怖気づくな)


自分を奮い立たせるようにユーリアは顔を上げる。

そして彼の目を真直ぐに見た。


「妃よ」


思いのほか繊細な、しかし温かみのあるやや低めの声が彼女の頭の上に降ってきた。

呼びかけられて思わず声が出た。


「はい」


この人(クライス殿下)も名を呼ばないのね)


この人も、と思ったが、さきほど馬車から降りた時にクロードが自分の名を呼ばずに「姫」と言ったのとはまったく事情が違う。

クロードはユーリアを偽りの名では呼びたくなかったのだ。


(でもこの人は私がバーバラであろうとなかろうとどうでもいいのよ。もしかしたら、名前など知らないのかもしれない)


そう思うと、名を呼ばれなかったことにむしろほっとした。


(私はバーバラじゃなくていいんだわ)


気持ちがかなり楽になる。


(この人にとっては嫁いできたのがノーランス王国の人間だということが大事で、その名は大切ではないのだわ)


ユーリアは淑女の礼を取って、出迎えに対して文字通り感謝の気持ちを述べた。


「クライス殿下御自ら、お出迎えくださり、ありがとうございます」


「戻ってきたのだな」


先ほどと同じく温かみのある声だ。

だがユーリアはその言葉の意味するところを計りかねた。

温かみのある声で発せられたにもかかわらず、言葉には何の熱も感じられなかったからだ。

言葉に感情が乗っていない。

文字通り戻ってきたという事実を確認するだけなのか、戻ってきたことへの歓迎の意味を含むのか、はたまた戻ってくるとは思わなかったという驚きか、それとも、、


(考えても仕方ないわね)


「はい。戻りました」


と鸚鵡返しに返事をして上目遣いにクライスの様子を伺う。

気のせいか自分を見つめる空色の瞳がさきほどよりは優しいように感じられる。


(この人はどういう気持ちで私を見ているんだろう。この人とバーバラの間に何があったのかしら。二人が一緒にいたのがごく短い間だとしてもこんなふうに話しかけてくるのであれば、何かはあったはず。慎重に探らないと)


「怪我のほうはもうよいのか」


沈黙を嫌うようにクライスがさらに問うた。

やはり温かい声音だが、言葉は無表情だ。


(えっ?怪我のことを気にしてるの?ということは怪我をさせたのは殿下ではないってこと?でも、怪我をしたことは知ってるのよね)


―戻ってきたのか、というさっきの言葉は安堵だったのだ。

そう勝手に解釈して、ユーリアはクライスがバーバラに戻ってきてほしかったのだと確信すると同時に、問いにどう答えるのが正解であるか考えた。


(殿下に心配させないためには、治ったと信じてもらうのが一番よね)


ベッドに横たわっていたバーバラの様子を思い浮かべる。

帰国したバーバラの白い肌は赤黒く腫れ、首や手首にも傷があった。

髪も切られていた。

その時のようすを思い浮かべると、自分の表情が萎むのがわかる。

でも今はそんな場合ではない。


(髪の毛はどうしようもないとして、今着ているのは首や手首が覆われたドレス。とすれば見せられるのは、、)


「はい、この通り」


と答えながら、ユーリアは自分を奮い立たせ、顔を上げて少しばかり微笑んでみせた。


(表に出ているところとなれば、やっぱり顔が一番わかりやすいものね)


そう思ったのだが、クライスは一瞬「あれ」というような顔をし、その表情をユーリアも見逃さなかった。


(ま、間違えたかしら)


だがすぐに彼のその表情は打ち消され、無表情のまま右手を出してユーリアの顎を上げる。


「見せてみろ」


(えっ、いきなり。いくら結婚してたからって、バーバラはこんなに易々と触れさせていたの?)


不意を突かれてユーリアが戸惑っていると、背後でダンと足で強く地面を蹴る音がした。

今の今まで気配を消していたというのに。


(い、今のもしかしなくてもクロード?何やってるのよ)


当惑するユーリアにクライスは顔を近づけて柔らかく微笑む。


(でも、目は笑ってないのよね)


一方、今度は後ろで咳払いだ。


(もう、クロード、なにやってるの。そのうち殿下の矛先が向くわよ)


だがクライスは見事にスルーして


「本当だ、きれいに治っている」


と柔らかい声でやはり感情のない言葉を漏らす。


「はい、おかげさまで」


この場を切り抜けられたと思ったユーリアが無難な返事をして、クライスの右手からも逃れようとした。


だがその右手は今度はユーリアの左肩をガシッと捕らえた。

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