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第10話 隣国到着

触れたすぐのクロードの両の手は熱かったがそう思ったのは一瞬だった。

じきに自分の頬のほうが熱いと感じた。


(どうしよう、耳まで熱いよ。とっ、とにかく冷静になろう)


ユーリアは自分の右頬に添えられたクロードの左手をそっと躱して、車窓に目を遣る体でふいっと右に向いた。

それでも彼は視線をユーリアから外さず、今度は払いのけられなかった右手のほうをユーリアの髪に滑らせてすっと優しく撫でる。


「ん?どした?」


と甘い声で尋ねてきた。

その仕草と声に思わず知らず胸が高鳴ってしまい、それが我ながら気恥ずかしくて窓の外に顔を向けたまま首をぶんぶんと振る。


(とにかく冷静になろう)


ユーリアは心の中で同じ言葉をもう一度、今度は叫ぶ。

目の前の男は確かに姉のバーバラと婚約していたのだ。

傍目には仲睦まじく、お互いに愛し合っているのだと思っていた。

…そう感じていたのは私だけではないはずだ。

けれど、この男が言うには二人が交わしていたのは愛の言葉ではなくこの国の将来のことだった。

それは国王()王太子()も承知だという。

しかも(クロード)の意中の相手は自分で、自分と婚約できたことを至上の喜びのように話す。


(こんなことってあるかしら)


考えているうちにだんだんと冷静になってきた。

ユーリアにとってクロードはあくまで姉の婚約者だ。

もちろん幼いときから三人でずっと過ごしてきたから、兄弟に抱くような親愛はあるが、そのほかの気持ち、ましてや恋愛感情など持っていなかった。


(気持ちを受け止めろって言われても困る。それに私はあくまでクライス殿下に嫁ぐつもりなのに)


そう思ったところではっとした。

クロードの甘い告白から醒めたのだ。


(私に皇太子妃など務まるのかしら)


バーバラは幼い頃から向学心が強く、読書好きで、新しい知識をどんどん吸収していた。

それだけではない。

おとなしく寡黙だが思慮深く、物事を筋道立てて考え的確に判断するから王や王太子、宰相も彼女の意見には耳を傾ける。

だからさっきクロードから、彼とバーバラの会話が甘い囁きではなくて固い政治の話だと聞かされても、何の疑いも驚きも抱かなかったのだ。

バーバラと自分のどちらが皇太子妃に適任なのかと問われれば、十人が十人ともバーバラと答えるだろう。


(それに対し私は、、)


ユーリアは自分を顧みる。

自分にはバーバラのような賢さはない。

物事の判断にはどちらかと言うと理性よりも感情が先にたつ。

思いついたことはよく考えもせずに行動に移してしまう。

バーバラがおとなしく控えめだと評されるのに対し、自分は負けん気が強く、兄からは怖いもの知らずとよく言われた。


(我ながら呆れるわ)


先ほどのクロードの「将来のことを話し合ったことはないの」という言葉も耳に痛かった。

バーバラが将来のことをどう考えていたかは知らない。

だが少なくとも自分は先のことなどほとんど考えたことがなかった。

思わず小さくふーっと溜息をついてしまう。

しかしそれを向かい合わせに座るクロードが見逃すはずがない。

ユーリアの髪に絡めていた手をぱっと離して


「ユーリア、ぼくの気持ち、迷惑かな。急に変なこと言ってごめん」


と謝ってきた。

クロードはユーリアの溜息を自分の告白や行為に対する返事と受け止めたのだろう。


(えっ、そこ?)


ユーリアは内心戸惑いながらもクロードの気持ちは蔑ろにしないように、かつ誠実に答えようとした。


「め、迷惑というか…確かにすごく驚いてる。でも、あなたの気持ちに応えることはできないわ。だって私がクライス殿下に嫁ぐのは決定事項だもの」


「じゃあその溜息はクライス殿下に嫁ぐのを嘆いてってことなんだね。ぼくの気持ちに応えたくてもクライス殿下に嫁がなきゃいけないからだね」


(えっ、クロードってこんな勘の鈍いひとだっけ。それともわざと?わざとなの?)


まったくの的外れな反応に、はあっと今度は盛大に溜息をついてユーリアは少し声を荒げる。


「いやいやなんでそうなるの。私が不安なのは皇太子妃が務まるかどうかってこと。今日のあなたは本当にどうかしてるわ」


これ以上クロードが頓珍漢なことを言い出してはたまらない。

ユーリアはさっき抱えていた不安をすべて、畳みかけるようにクロードに話した。


「バーバラと違って私はあまり賢くもないし、ものも知らない。こんな私が将来皇妃としてやっていけるのかしらって思ったのよ。自分から身代わりを買って出たくせに」


自嘲気味になって話しているうちに実感する。


(私ってつくづく「怖いもの知らず」で「考えなし」なんだわ)


クロードは黙って聞いていたが、ユーリアがひとしきりこぼしたのち力尽きたように押し黙ると、漸く口を開いた。


「ぼくは君に皇太子妃になんてなってほしくない。なってほしくはないけど、君の大胆さも行動力も勝気なところも、人の上に立とうとする者には時に必要なことだ。けっして向いてないなんてことはないと思う。でもそんなことを抜きにして、ぼくは君のそういうところが好きだよ。できるならぼくを選んでくれないかな」


さらっと最後に余計なことを言われた気もするが、認めてくれるのは純粋にうれしい。


「そ、そうかしら」


クロードの言葉を「皇太子妃に向いている」とユーリアが勝手に解釈して照れていると、ガタンと音を立てて馬車が止まった。

何の前触れもない停車に二人のからだが揺らぐ。


(び、びっくりしたあ)


前のめりになったユーリアの上半身をクロードががしっと支えた。


「着いたか」


俄かにクロードが表情を引き締める。

その表情がうつりでもしたかのように、ユーリアも真顔になった。


(緊張してきたわ)


下りる前に「そうだ」とユーリアがクロードに声をかけた。


「ここからは私のことをバーバラと呼んでちょうだい」


その言葉に案の定クロードはものすごく嫌な表情をした。

だがユーリアは目で強く合図する。


「姫、お気をつけて」


先に降りたクロードがユーリアに向かって手を差し出した。


(あくまでバーバラとは呼ばない気ね、まあいいわ)


その手に自分の手をのせて振り返ると、背後に大きな門が見え、それを潜り抜けたのだと察せられた。


(身を乗り出せなくて通りすがりに窓から見ただけだけど、あんなに大きかったとは思わなかったわ)


クロードに続いて馬車を下りて背筋を伸ばすと前方には荘厳な城が聳え立つ。

門といい城といい小国のノーランスなど比較にならないほど立派だ。


(比べること自体失礼に思えるほどね)


護衛然としてユーリアの後方につこうとするクロードをそっと見ると、彼もまた少し気圧されているように見えた。


(これじゃ案内なしではどこに行けばいいかわからないわね。…でももし誰か来てくれたとしても、バーバラと面識がある人だったら、私とは初対面だし。困ったな。どう話しかければ、、)


ノーランスの城と同じような規模を想像していたユーリアは「いきなり詰んだ」と天を仰ぐ。

今更ながら楽観的で無計画な自分を呪ったが後の祭りだ。


(誰でもいい、どこでもいいから何も言わずに連れてって)


馬車を止めた場所に出迎えは誰もいなかった。


「先触れを出していたはずだが」


クロードが訝るが、


「サリカウッズ側からすればすでに結婚式も終えた花嫁が里帰りしたのちまた戻ってきたというだけだから、もう特別扱いをするつもりもないんじゃない」


とユーリアが応じた。

昼前だというのに、あまり明るさはない。

この国の風土のせいか、それとも高い城に遮られているからか。

ユーリアは馬車を下りた場所から城の入口までの石畳を緊張しながら歩いた。

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