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第1話 三国の約束

この国(ノーランス)は二つの大国に挟まれた小さな国だ。

北に広がるのは広大な領土を持つサリカウッズ帝国。

ただし北部の気候は寒冷で厳しく、国土の三分の一は凍土である。

農地として使えるのはその六分の一ほど、つまり国土の一割強しかない。

その土地もタクラクルとの国境にほど近いラディスル川の支流域であるランサス地方以外はやせていた。

ランサス地方は気候も温暖で栽培しやすい作物は多い。

それに対してその他の土地は主要作物としてじゃがいもや雑穀を栽培してはいたが、この国の人口を十分に支えられるとは言えない量であった。


一方南に位置するタクラクル王国はサリカウッズの半分程度の国土ながら、温暖な気量と肥沃な土地に恵まれていた。

ことにサリカウッズの凍った山奥に源流を発するラディスル川は中流あたりでタクラクルの国境に入り豊かな水量の河川となって下流で扇状地を形成した。

川に沿ったこの地域一帯はノール地方と呼ばれていて、国全体に豊かな恵みを与えていた。


そしてサリカウッズとタクラクルの間に挟まれているノーランス王国はと言えば…

元々は存在しない国であった。

つまりこの地域にはこの二つの国しかなかったのだ。


タクラクルの肥沃な土地と国境付近のラディスル川の恩恵を要求してたびたび侵攻するサリカウッズ。

タクラクルはサリカウッズの森林資源や鉱物などの天然資源を必要として交易に努めてはいたが、タクラクルの優位は否めない。

帝国(サリカウッズ)の民の多くは貧しく、為政者はその不満の矛先を変えるためにラディスル川の領有権を主張し、たびたびタクラクルに侵攻した。

そのため両国は決して歩み寄ろうとせず、長らく紛争が絶えなかった。

いわば犬猿の仲だったのである。


しかしその状況に決定的な変化が生じ、ノーランス王国が誕生するきっかけとなった事件が起こった。


今から150年ほど前のことだ。


そもそも、好戦的な代々の君主や都市部の領主とは異なり、川の周辺に住まう人々はどちらの国の民も長く続く戦いに疲弊していた。

中央集権など程遠い時代である。

国は違えども、川を仲立ちにして協力し共存という道を歩もうという動きがやがて出てきた。

川の上流の森林部での狩猟や下流の扇状地での畑作などの共同作業といった(日常)だけではない。

晴れ(非日常)の日もまた同様だ。


ラディスル川の流域の人々には川への信仰が根付いていた。

川がすべての恵み、豊穣の母として崇められたのだ。

特にタクラクル側では年に二度春と秋に上流から下流まで周辺の住民が一堂に集って、川に宿る女神に祈りを捧げるという祭祀を行う。

その祭祀や祭の準備にサリカウッズ側からも人員が割かれ共同で開催されるようになったのである。

それに伴って場所もかつての下流に近い中流付近ではなく、両国の国境と川の交わる地点で行われるようになっていた。

祭りには両国の名産品や特産物の市が出、歌や踊りが披露され、タクラクルの他の地域からも人々が集まる。

帝国からの侵攻がなかった年には遠くサリカウッズの帝都からも見物客が来たことがあった。


肝心の祭祀の儀式は3日間行われる祭りの最後の日の正午に行われる。

式の次第はこうだ。

まず純白の絹の式服に身を包み黄水仙の花を象った髪飾りをあしらった祈り手が、川辺に設けられた祈りの舞台に赴く。

そこで長から渡されたシラカンバの樹液を口に含み、舞台の中央に進む。

次にそこに置かれたシラカンバの枝を天に向かって捧げる。

そして女神に感謝する言葉を紡ぎながら目を閉じたまま舞い、舞の終わりにに体の赴くままにその枝を投げる。

最後に祈り手は目を開き舞台を下りて、シラカンバの木の枝の先まで赴く。

その場所にあるものを祈り手が胸に抱きとめて祭祀は幕を閉じる。

祈りを捧げるのはタクラクルの王女もしくはそれに準ずる王族の未婚女性と決まっていた。


さて、150年前のこの日は秋の祭祀のために第一王女ヴィオレットが祈りを捧げるためにラディスル川のほとりに来ていた。

春の祭祀に続き今回が2度目だ。

銀色の髪に黄水仙の飾りが輝く。

タクラクル側の住民の代表が跪き、シラカンバの樹液の入ったショットグラスを両手で捧げ持ちヴィオレットに渡した。

「ありがとう、クレリ」

ヴィオレットは緊張した面持ちで少量のシラカンバを2回に分けて飲む。

そしてゆっくりと地面よりも一段だけ高い舞台に上がり、中央に置かれたシラカンバの枝を高く掲げた。

幾重にも重なる観衆から大きな歓声が沸き上がる。

だがそれも彼女が枝を一振りすれば、水を打ったように静まり返った。

川のほうを向いている彼女の表情は見えないが、枝を再び掲げれば、張りのあるやや低めの声で歌うように言葉が紡がれ始めた。


“悠久の時を流れ、私たちに恵みを与えし水の守り手に

大いなるラディスル川の女神さまに

この地を代表しヴィオレット・タクラクルがお祈りいたします

清らかな流れは私たちの命を育み、穏やかな水音に心を癒します

女神さまはこの地を豊かにし日々の糧をお与えてださいます

変わりゆく季節の中で、変わらず私たちを見守り、希望をもたらしてくださいます。

あなたの力と優しき流れに、私たちは深い感謝を捧げます

どうぞこれからも私たちをお守りください“


歌いながら静かに舞う。

川に舞い降りた大型の鳥が羽ばたくように優雅に。

上流側に向け一度、下流側に向け一度、最後中流側に向け一度舞ったところで徐に手に持っていたシラカンバの枝を投げた。

わぁー!

枝を投げたあと、予期せぬどよめきが見物客から湧く。


(なに、どうしたの)


開けなければいけない目を逆にぎゅっと閉じてしまう。


(春の祭祀の時は終始静かに執り行われていたわ)


たった今まで冷静に勤めてきたヴィオレットの心がざわめく。

何とも言えない不安が襲ってきた。

でも、自分は祈り手の使命を全うしなくてはならない。

意を決して目を開けて枝のありかを探した。


(あった)


と同時にそれを持つ長身の青年と目が合った。

金色の髪に空の青の瞳。

15歳のヴィオレットの心に衝撃が走り、青年から視線をそらせられない。

青年もまたじっと自分を見つめている。


(視線は気になる。気になるけど、()()までやり遂げなくてはならない)


ヴィオレットが歩き出すと、また一同は静まり返る。

祭祀の()()とはシラカンバの枝の場所にあるものを胸に抱きとめることだ。

ヴィオレットは早鐘のように打つ胸の高鳴りを抑えながら青年に近づいた。

青年の美しい顔に自分の顔を少しだけ寄せる。

長身の青年に届くように少しだけ背伸びをして。


(!)


自分と同じく青年の顔にも赤みがさしたように見えた。


「ごめんなさい、ちょっとだけ我慢なさって」


青年にしか聞こえないように耳元で囁き、シラカンバごと彼を胸に抱きしめた。

途端に割れるような大歓声と大きな拍手が沸き起こる。

ヴィオレットをさまざまに称える声が観衆から方々から上がり、彼女は青年から身を離して一礼をして微笑んだ。

青年はずっと彼女の薄緑の瞳を見つめたままだ。

そのとき彼女はまだ知らなかった。

青年がサリカウッズから内密に川の視察に訪れていた皇太子ミシルドであることを。


しかしこの出会いで秘密の恋は始まってしまったのだ。

そしてその恋が公になると双方の国から当然のように反対されるも、両国の争いに疲弊していたノールとランサスという双方の国の一番豊かな地方の支持を得た。

結果として2つの地方は一つの国となり、王としてミシルドを戴いてノーランス王国として独立する。

サリカウッズは渋々ミシルドを廃嫡しその弟を皇太子とし、タクラクルは地固めのためのヴィオレットと国内の有力貴族の結婚を諦めざるを得なくなった。

そしてサリカウッズもタクラクルも未来永劫ノーランスとの関係を中立で不可侵のものとすると約束したのである。


約束は未来永劫すなわち150年経った今でも当然守られているはずであった。

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