ダイエット勇者
太ってた。しかも3キロも。
体重計の前で、わたしはがく然とする。
「受験終わって、解放感でいっぱい食べたからだぁ…」
どうしよう、こんなずんどうボディで高校デビューなんてしたくない…。
「しかたない、冒険に出かけますか」
パンっと手を叩いて、わたしはリビングへ向かった。
「あんた、またゲーム? 受験終わったからって、気を抜きすぎじゃない?」
「お母さんはだまってて。わたし、今からダイエットの冒険に出るんだから」
察してくれたのか、お母さんは何も言わずにリビングから出ていった。
とりあえず椅子に座って、動けるスペースを作り、わたしは腕まくりした。ゲーム機のスイッチを入れて、メガネをかける。とたんにわたしは、見知らぬ草原へと転送された。
「ほんと、いつやってもびっくりするわよね」
これが、最近開発された『どこでも勇者』だ。専用のメガネをかけると、ゲームの世界にダイブできる。と言っても、体はそのままリビングにあるから、座ってプレイしなくちゃならないけど、それでもすごい没入感だ。
「あっ、ネズーだ!」
ネズミみたいな敵キャラ、ネズーが飛びかかってくる。わたしは勇者の剣(つまりナイフ型コントローラー)を一気に振り抜く。
「よーし、命中!」
ネズーは吹き飛ばされたが、さらに仲間がわんさかやってきた。これこれ、いい運動になるのよね。
「かかってきなさい!」
ぶんぶん剣を振り回し、ネズーたちをやっつけていく。ふん、ネズーみたいなザコ、わたしの敵じゃないわ…って、しまった! 頭上にハチのモンスター、ストレイビーが!
「キャッ!」
やられた…と思ったら、ストレイビーは矢につらぬかれて吹き飛んでいた。えっ、なに、どういうこと?
「頭上には気をつけなよ、お嬢さん」
わっ、すごいイケメン! 弓矢を持った、さらさら銀髪のナイト様が、わたしにほほえみかけてくれた。思わずほおを押さえてうつむいてしまう。でも、ナイト様の幻想は、すぐに打ちくだかれてしまった。
「お嬢さんっていうか、お前阿部じゃんか」
「その声、もしかして、河野?」
げっ、同じクラスだった、お調子者の河野じゃん! なんであんたも、『どこでも勇者』やってんのよ! しかも、なにしれっとイケメンキャラ使ってんのよ!
「阿部、お前なに美少女キャラメイクしてんだよ!」
「な、うっさいわね、あんたこそ!」
しばらく河野とにらみ合っていたが、不意に笑いがこみ上げてきた。アハハと笑うと、なぜかつられて河野も笑ってた。
「お前、西高受かったんだろ?」
「そういやあんたもだっけ? げー、また一緒の学校なの? かんべんしてほしいわ」
「こっちのセリフだよ。で、なんでお前『どこでも勇者』してんだよ?」
「別にいいじゃん、受験終わってヒマだからよ」
太ったからだなんて、死んでも口に出すわけにはいかない。幸い河野も気づいてないみたいだ。
「なんだ、同じじゃんか。なあ、それなら一緒にパーティー組もうぜ。おれ、遠距離キャラだから、ちょうどお前みたいな剣士と組みたかったんだよ」
「はぁ? まぁいいけど。普通逆じゃない? 男子のほうが近接キャラ選ぶでしょ」
「そういうお前はどうなんだよ」
重ね重ね言うが、ダイエットのためだなんて、口が裂けても言えない。
「別にいいでしょ? それより、あんたの理由教えなさいよ」
「おれか? いや、その…」
珍しく河野が言葉をにごす。まさか、こいつもダイエットしてんじゃ…?
「まぁ、射抜きたいものがあるってだけだよ」
「はぁ? なによそれ?」
「いいだろ、別、にっ!」
河野が弓を引き、わたしの頭上にいたストレイビーをまた射抜いた。こいつ、すごいうまいじゃん。
「で、どうするんだ?」
「乗ったわ! パーティー結成よ!」
河野はグッとガッツポーズした。ダイエットのつもりで始めたけど、これ、ちょっとはまっちゃうかも。わたしはぶんっと剣を素振りした。