解析・する(された?)
「いやぁ、いい運動になったわね」
「『いい運動』じゃないよもぅ、エイミーってばすーぐ調子乗るんだから」
あの後しばらく追いかけっこの延長線でひたすら走った結果ノフィスまでの残りの移動時間は1時間と当初の予定より30分早い見通しとなった。
「まぁま、結果として早く着きそうだし時間かからず行けるならそれに越したことはないでしょ?」
「それもそうだね、まぁそういうことにしておくよ。 あまり遅くなるといくら街道でも……?」
「ノエル? やっぱり怒っ……」
今草むらから物音が、まさか魔物? でも街道周辺は魔除けの術式が張られてるから大丈夫なはず。 ならなんでこんな殺気が。
「構えてエイミー、茂みになにかいる」
「まさか盗賊? にしてはまだ夕方にもなってないけど」
警戒態勢のまま様子を見ていると奥からルガンらしき魔物の唸り声が響き、『魔物?』と頭で理解した時には鼓膜を破らんばかりの咆哮が聞こえたのと同時にオオカミ種のルガンが飛び出してきた。 肘に風素を集め、刺突を繰り出そうとするもその一撃は爪に易々と弾かれる。
「弾かれたっ? この個体、硬いっ」
態勢を立て直す間もなく逆立った尻尾が私の右頬に迫る。
「間に合わない……だったら、これでっ」
風素で右わき腹に回る。
「エイミー、当たらない程度に撃ちこんでもらっていいかな?」
「オーケーっ、上手く誘導するからトドメ任せたわよ」
放たれた矢は左脇の前足すれすれで地面に刺さり、私の方向に向かって回避してきた。
「次は外さない、届けぇっ!」
なんとか剣先を喉元に突き立てる。 同時に四足の肢体はガクンと崩れた。 どうにか倒せたみたい。
「危なかったわね。 なんか一瞬よろけてたけどどしたの? ノエルの剣術はまだ初級だけどルガン程度に後れは取らないような……」
さっき剣を弾いたこの爪、形からして……。 詳しく調べようと変異したルガンに近づいたその時だった。
「消えた、大蛇と同じ……エイミーどう思う?」
「どうもこうもおかしいとこだらけね。街道に出るってとこも含めてネイさんに話しておく必要がありそう」
「賛成、こんなのがうろついてたら街や村の人だって不安で仕方ないもんね……ロカムの件と関係してたりするのかな?」
これが人為的なものじゃなければいいけど……。
「裏が取れてない以上なんとも言えないわね。 それを確認するためにも向かうんでしょ? ノフィスに」
「そうだね。 急ごう」
知識の街ノフィス、この〝フリーミア地方〟の学が集結する〝見聞の館〟の扉を開けるなりエイミーは静粛な館内に似つかわしくない声を轟かせた。
「こんにちはー、ネイさんいますかーっ!?」
「しっ、声大きいってばっ、みんなこっち見てるじゃない」
エイミーは『まぁまぁ』といった様子で手を振るけど、知を求む人にとっては図書館や博物館と同じくらい神聖な場所なんだからね?
代わりに誰に謝るでもなく周りに頭をペコペコ下げていると館内の看板とも言える緑のショートヘアの女性が姿を現した。
「ノエルさん久しぶりね。 エイミーさん今日も元気じゃない」
「ごめんなさいねネイさん、後でこのおバカさんはお説教しておきます」
改めて頭を下げるとネイさんは微笑を浮かべた後軽くあくびを浮かべた。
「気にしないで。 店番で眠かったとこだからちょうどよかったわ」
ネイさんは考古学を専門とするこの道10年のベテランだ。
5年前の当時は過去を話すつもりはなかったけどとてもいい人で思い切って話してみた。
以降は依頼と称しては私の記憶探しに協力してくれて、ほんと頭が上がらないよ。
「今日も記憶の手がかりを探しに来たの?」」
「はい。このペンダントがのことなんですけど、作成された時期って調べることはできますか?」
今まで気にも留めてなかったけど、これがいつできたものかくらいは知っておかないとね。
「できるけど、それが身体から外れない以上ノエルさんごと陣に乗ってもらうしかないわよ?」
「ってことは私の年齢や体重まで知られるというわけですね?」
恐る恐る聞いてみるとネイさんはサラリと『もちろん』と断言した……あぁ憂鬱。
「気にしなくていいんじゃない? あたしとノエル同い年の22だし」
「体重までバレるんだよっ? 乙女として由々しき問題だよっ」
「でもノエルにとって目下の目的の方が由々しきことじゃない?」
う、それを言われたら返す言葉がない。 たじろぐ私はエイミーに回れ右の状態で陣まで押された。
「ほぉら、うだうだ言わず陣に乗る、別に減るものでもないんだから」
「わ、わかったってばもうっ」
渋々歩き解析用の陣の中心に立ったのと同時に全体が青白く光る。 ちょうど見上げるくらいの高さにあらゆる情報が浮かび上がってきた。
***ノエル・イルセリア 精光暦2125年 8の月生まれ 22歳 55kg***
「本当だ、ノエルの生まれ年や体重が正確に示されてるわ」
「準備はしてた。確かに心の準備はしていたよ? けど実際にこう数字で表示されるとさぁ」
「それよりもノエルさん、これ……」
ネイさんの言葉で我に返った私とエイミーはただただ困惑するしかなかった。
最後に聞こえた「ノイヴィ……精光暦25……製ぞ……」という言葉を聞いた直後、ネイさんは驚きの声をあげる。
「精光暦25年製造ですってっ!?」
このペンダントの作成された時期として示された年が2000年以上も離れてる?
驚愕する私とネイさんの横でなにやら計算をしているエイミーがどこか釈然としない顔をしていた。
「おかしいわね」
「おかしいって、なにが?」
「今って精光暦2048年よね?。 ペンダントが作られた年と23年の開きがあるのはなんなのかなって」
言われてみれば……どこか中途半端というか、なんか変。
「ネイさん、それに関してなにか知ってたりは……」
「ごめんなさい、私もある程度の遺跡を巡ってはきたけど生贄について記されているとこは見られなかったわ」
「そう、でしたか。 協力してくれてありがとうございます。 今回の調査料はいくらになりますか?」
不可解な生物の部位とペンダントの調査費用、合計して2万ファムってとこかな……と思っていたらネイさんから思わぬ提案が入ってきた。
「調査料ならちょうどお願いしたいことがあるからそれでチャラってことでどうかしら?」
そう言うとネイさんが古代語の書かれた一冊の書物を手渡してきた。。
「生贄と厄災の足音……?」
「やっぱり、ノエルさんそれが読めるのね?」
「あ、はい。なんとなく読めました」
渡された書の題名を読み上げるとネイさんは感心したのか目をしばたたかせていた。 なんでだろう、これもペンダントの力なのかな……。
「この館の誰もそれに書かれてることを解き明かせなくて困ってたのよ。 解読を明日までできるとこまで依頼してもいいかしら? 生贄について載ってるかもしれないからノエルさんにとっても悪い話じゃないかも」
「っ! わかりました。宿着いたら早速取りかかってみます」
この書になにが、故郷の風習や呪いの解呪方載ってるかな、進展すればいいな。
そんな期待を胸に鞄に書をしまった。