残された猶予
「さぁ来い」
騎士の方に引っ張られる中、セリガムさんは抵抗する様子なく応じ、おぼつかない足取りで数歩進みながらこちらへ振り向く。
「ノエルさん、法廷で」
「えっと、その……」
言葉が出ない。 王政がなく騎士団が秩序を守るこの国で式典の妨害は国家反逆に当たる。
重いの一言では済まない判決がセリガムさんを待ち構えていると思うと私はとても返事なんてできなかった。
「大丈夫?」
「平気、いろいろあったから考えをまとめてるだけ」
聖都へ向かう馬車の中で思いを巡らす。
リュカ・ヴェルムン……セリガムさんの言葉が本当ならなぜ動けなくなったのか。
なにが組織打倒へ突き動かしてるのかそして、彼の過去になにがあったのか。
けど、再審のこともありそれどころではなかった。
法の館の受付に要件を伝えると応接室へ通され、後から来た市長さんとイリスさんから労いの声がかかる。
「おぉウィルヘルドさん、真犯人の捕縛とノエルさんの護衛お疲れでしたの
後で折を見て報告をいただきたい」
「もちろんだ。 落ち着き次第後で顔を出させていただきたい」
「他のみなさんもお疲れ様でした。 特にノエルさん、色々と大変でしたね。
大変なことを押し付けてしまい重ね重ね申し訳なく思っています」
「イリスさんは悪くないですっ。 それに……思わぬ収穫も得られましたから……」
「なにかあったのですか? 顔色が優れないようですけれど」
この短い間で色々ありすぎたからか、気丈に振る舞おうにもさすがにそれは無理があった。
イリスさんの問いになんて答えればいいかわからず俯いているとエイミーが側に来て対応をしてくれた。
「あの、後であたしからお話が……ノエル少し疲れてるようですので」
「わかりました。 ではこの後少しお時間を下さい」
館にはエイミーだけ残ることとなり、ウィルさんは今後の対策のため本部へ、ロウさんは鍛錬のため訓練場へと向かい私はエイミーの話が終わるまで入り口の前で待った。
イリスさんも葛藤するに違いない。 あの人きっととても慈悲深いだろうから、フェイス君の件しか見てない私でもそれはわかる。
けど今回はそうはいかない、国家に関わる法だけは私情を挟む余地がない。
再審時、どう顔合わせればいいんだろう。
そんなことを座り込みながら考えてる内に時間のことなんて忘れてしまった。
どれくらい経ったか、横の扉が鈍い音を立てて開いた。
「あ、エイミーお疲れ。 結構かかったね」
「かかったね、じゃないわよ。 疲れてるんだから宿に行ってよかったのに」
「聞いておきたいこともあるから」
立ち上がって歩き始めるも私達は互いに黙り込んだままだった。
普段は呆れ返るほど明るいエイミーの沈黙がそうさせるのか、言いたい言葉は喉元までは来ているのに出てこない。
ド忘れした振りでもしちゃおうかと考えながら歩いてるとエイミーの言葉で我に返る。
「聞きたいことってあれでしょ、イリスさんとなにを話してたか」
「うん、私とセリガムさんの関係性のことも含めて話したのかなって」
貧しき少年を保護しようとした青年と式典妨害の犯人が同じ人物なこと、私に道を示すために進んで道を外れたという事実を知ったことに対するショックはきっと大きい。
私の問いを肯定するようにわずかな沈黙のあとエイミーは小さく頷きながら言った。
「イリスさん、かなりキテる様子だった」
一定の状況下であれば裁判の即時中断もしくはやり直させる権限を持つイリスさんが参ってる様子を聞く限りセリガムさんは……。
「ねぇそれって……」
「今日はやめときましょ」
「でもっ」
「この数日いろんなことが起こりすぎた。
今だけでもノエルはゆっくり休むべきだと思う」
核心を突く言葉になにも言い返せないまま宿屋について横になるも、頭の中を様々な考えが駆け巡る。
なぜリズィは襲撃しなかったか、式典の妨害はセリガムさんの自己判断だったのか。
そしてリュカ、彼とどう繋がってるのか。
考えがまとまらないまま仰向けで天井を見ていると部屋にノックが響いた。
「ノエルー、いるー?」
親の声より聞き覚えのある声に扉を開けた先にはエイミーが立っていた。
それもなぜかティーポットとカップを2人分持って。
「ど、どしたのこんな夜更けに」
「寝付けないんでしょ? お茶でもどう?」
部屋に通すとエイミーはただ紅茶を淹れ、それを私に手渡すなりジーッと見つめてきた。
またなにかやっちゃった……?
違う、これは私からなにか言うまでひたすら待つパターンだ。
でもせっかくの気遣いだし、話してみるか。
「よく寝付けてないってわかったね」
「ノエルって渋々納得する時って黙って首だけで頷くでしょ?」
え、ウソっ。 私にそんな行動があったなんて、全然気づかなかった。
エイミー言葉からしてピオスに来た時からその癖出てたのかな。
思うことがないなんてことはなく、誤魔化したところで私の隠し事なんてすぐ見抜かれる。
ここまで来たら素直に話してしまおう。
「私を強くするためだとしても他に方法なかったのかな……本当に独断だったのかな」
「船でなにか聞いたわけね」
「実はね……」
監視と称してセリガムさんから聞いた話を包み隠さず話すとエイミーは紅茶を一口だけ啜ってから部屋の天井を見あげた。
「リュカって人の気持ちを汲んでノエルを危険から遠ざけるためのセリガムさんなりのやり方だったんだと思う、不器用な気もするけどね」
「私が証言すれは減刑できるかな?」
「ごめんノエル、あたしからそれは言いたくはない」
沈黙が訪れ、気まずいまま紅茶を啜る音だけが流れる。
よくよく考えるとエイミーだってセリガムさんのことで思うところはあったはず。
イリスさんへの報告を私の代わりにしたことだって辛かったに違いない。
「私もごめん。 それと、ありがと」
「どうしたってのよ急に」
「イリスさんへの報告、丸投げしちゃったから」
「それだけ追い詰められてたのよ。 かなり無理してたんでしょ?」
否定はできない。 前触れなく犯人の容疑がかかったこともだけど、この数日でオルフィナさんやセリガムさんから聞いたことについて頭も心も整理できないまま今日まで来たからなにもかもが限界だった。
この先手がかりを追う過程でこんなことはいくらだってあるはずなのに、こんなんじゃダメだ。
「もっと強くならないと」
私が呟くとエイミーは「あのねぇ」と2杯目の紅茶を飲み干しながら溜め息混じりに呆れていた。
「今の時点で十分強いっての」
「そう、なのかな?」
「そうだって、あたしだったら罪着せられた時点で無法地帯へ高飛びするし手がかり探すのもぶん投げるわね」
「え? エイミーはそれでいいの?」
自分の居場所や大切な記憶なら取り戻したいと思うのが普通だと思うけど、でも普段から『ストレス溜めない主義』を掲げるエイミーの性格を考えたらなんとなく納得がいく。
「だって見つかる当てのないもののために命を懸けて組織に挑むなんて割に合わないもの。 それにさ……」
「それに?」
「差出人不明の依頼書を怪しんでる時だってノエルは真っ先に「行くべき」と正しき選択をした。
一番近くで見てるあたしが保証する。 ノエルは強いわよ」
エイミーの言葉になにかが掻き立てられる。 正しき選択、3日後の再審までに私がするべきことは……明日動いてみよう。
セリガムさんの減刑の余地を明日探ろう。 そう決意をするも現実は私の希望を塗りつぶすほどに非情なものだった。




